人生はコーヒールンバだな 12

2004年08月25日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
「ゴマ粒をね。こうやって、一粒一粒前歯でつぶして、そこからはじけ出る油を味わっているとですね。」

にむは、話をつづける。

「ゴマの産出国は、まあ、ある程度判るようになりました。日本産かミャンマー産か、インド産か、中国・スーダン・ナイジェリア・タンザニア、そうそうトルコ産は「金ゴマ」って、珍重されてますねえ。ま、煎餅なんかの加工食品に使われるのは、中国産あたりの中でも安価なゴマですけどね。」

「でもですねえ。このゴマ煎餅にはね」

「入っているゴマがどうかしたのか?」と素留が受ける。

「噛みつぶせないゴマがいくつか入っています。だからいただけないと言ったんですよ。」

にむは、人差し指にゴマ粒を5粒吐き出して、素留と春田に差し出した。

素留は、訊ねる

「これはなんか、理由があるんのだろうか。煎りすぎて、焦げてるとか」

「う~む、焦げてるんだったら、油が出ないだけで、さくっとつぶれてしまいますよねえ。このゴマはゴチッと歯に当たって潰れない。まるで白飯に入っている石粒のようですね。ちょっと舌の上でロレロレしてみましたけど表面が軟化する気配すらないですね。」

とにむ。

その時、素留の鷹の目が一瞬光ったのに気がついたのは、筆者だけであった。だって、私が書いてるんだものぉ

素留は

「これは、調べてみる必要があるな」

と、電話の受話器をとって、署内内線番号をプッシュした。

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【兵庫県警特殊科学捜査部附属分析センター】

と書かれた白木の板がドアの横に掲げられている。そして、小さく[兼脳神経情報流通機構研究所]と書かれている。

素留とにむ、そして春田はその扉をノックもせずに開けた。

部屋は10畳程度の広さ。いくつかのテーブルの上に、分析機器と思われる機械が置かれている。人は、いない、所長を除けば。

所長は背中をこちらに向けて少し前かがみに何かをしている。回りこんで覗いて見ると、ピッチカードの差し込まれたノートパソコンに向かってカチャカチャとキーボードを操作している。
彼は、自分の所属するネットコミュニティーの掲示板に書き込みをしているのだった。

当然のことなのだが、署内のLANを経由して私的なメールや、掲示板書き込みなどは禁止されている。もちろん、ネットワーク上のすべての行為はモニターされているのでやろうと思っても出来るわけではない。
したがって、所長は自分の持ち込みパソコンからPHS経由でネットにつなげているというわけなのである。

この所長は、鳴戸佐助という徳島生まれの秀才である。徳島にある国立大学の医学部で脳神経内の信号伝達機構を研究し、コンピュータメーカにおいて、相互探索自己増殖型ネットワークの研究を進める。脳神経情報工学博士。

鳴戸佐助は人の気配を感じて、ちょっとあせったのだが、何事も無いようにノートパソコンの液晶をパタンと閉めて椅子ごと3人の方に振り返る。細おもての顔、耳にかぶるストレートな髪。研究所長らしく白衣を着ている。黒ぶちメガネの奥に、神経質そうな目がこちらを見据えていた。

「あ、あぁ。皆さん部屋に入るときにはノックをしていただかないと、若干、困るんですがねえ」

「これはこれは、失礼しました。内線電話でこれからすぐ行くからとお話ししましたので、ノックもせずに入ってしまいました。」

と丁寧に素留はその場をとりなす。

「で、見ていただきたいのはここにあるゴマ粒なんですけどね。」

素留が白いハンカチに乗せた先ほどの5粒のゴマ粒を見せる。
鳴戸佐助はメガネを上げて裸眼でそれを見る。そして、すこし目を光らせて

「お、新型のRFIDチップですね。」

「え?ポテトじゃなくて、煎餅なんですが。ポテトチップならハバネロが好きです。」とにむ

「へ?煎餅こそ関係ないでしょう。これは、RFIDチップだと言ったのです。知りませんか?」

「あ~るえふあいでぃいって、いわれたって、わかんないしぃ」とにむ

鳴戸佐助はフッと息を吐いてから、仕方ないなあという顔になる。

「RFIDというのはね、radio frequency identificationといいましてね。無線を用いた自動識別技術で、最近、注目が集まっているものです。決して目新しい技術でも無いんだけどなあ。ま、ここにあるものよりはるかに小さなチップが製造できるようになったんで話題にはなってますがね」

「厳密言うと、これはRFID技術をベースとする『ICタグ』というもんでね、まあ荷札のようなもので,ものに貼りつけたり,埋め込んだりして使用します。ICタグはこの世の中のあらゆる物品を識別できるようにすることを目的としてましてね。今後のユビキタス社会の重要な構成要素だぁ、なんて言う人はいますが、いわゆる山師というやつらですね。当たれば大きいけど・・。例えばインターネット技術と組み合わせて,有価証券や各種金券類の偽造防止,認証技術などに利用しようという動きが出てきているますが。どうなんでしょうねえ。」

「あ、そうそう、キャベツ畑にある肥溜めに、所在地を記録したチップを混ぜ込んで、肥料と一緒にばぁ~~っと畑全体に撒き散らしたら、収穫後最終的に、スーパーマーケットでリーダーで読み取らせるとそのキャベツにかけられた肥料を作った肥溜めの住所がわかる、なんてアプリケーションも提案されていますねえ。」

「キャベツサラダと一緒に、あなたの名前情報の入ったRFIDチップを飲んでおけば、その肥溜めにたまっていたウンコが誰のケツから出たものかもわかる。いわゆる究極のトレーサビリティー、なんてのも可能です。」

「このチップは中国産ですね、珍しい。あの国では、アンテナ込みでこの位の大きさのものが出来たとは聞いていたけど、見たのは初めてです。素留さんどこで手に入れたんですか?」

素留は少し混乱している。

「え、あ、どこで手に入れたのかと聞かれても。結論的に言えば、これはただのゴマ粒じゃないんですね?」

鳴戸佐助は、内心ではあきれているが、それを顔に出す人間ではない。冷静に話をする。

「はい、植物のゴマではありません。ゴマ粒大のRFIDチップ。いわゆるゴマチップ。すなわち半導体の一種です。いろんな情報を記憶させて、その情報を読み出すことが出来ます。どれ、ちょっとこっちの機械で調べてみましょう」

鳴戸佐助は入り口から3番目の机においてある機械に歩み寄る。素人目には電子レンジとしか見えないこの機械は、彼の開発した「超小型CT」である。手近の飯茶碗に先ほどのチップをチョロリンと入れて、CTの横開きドアをあけ、中のターンテーブルに乗せる。蓋をしめ、その横の大型つまみを右に回して、矢印を1分30秒にあわせ、スタートボタンをおす。
ターンテーブルが、黒いガラスのはめられてドアの向こうで薄暗い豆電球に照らされてくるくると回転を始めた。

「これは、私がここにきて最初に開発したものです。ご想像の通り電子レンジを改造してまして、言うまでもなく酒の燗機能もそのままです。」

1分30秒きっかりで、お決まりの「チンッ」という音をたてて、ターンテーブルは回転を止める。鳴戸佐助はCTの横のノートパソコンにデータを表示する。そこには、拡大されたゴマチップの内部構造が見て取れた。

佐助はディスプレイを指差して

「この真ん中の正方形の黒いところ。これがチップ本体ですね。一辺が0.058mm。ま、世代的には1世代前のものです。そして、そのチップの取り巻くようにぐるぐると渦巻き状に見える部分が、アンテナ部分ですね。外部から電力を取り込むのと同時に外部へ情報を発信します。」

「しかし、このアンテナの長さだと、取り込む電力はちょっと不足するかもしれませんね。スーパーのレジのバーコード読取装置程度の距離では難しそうです。特別の読取装置が必要になりますね。では、ここに書き込まれた情報を読み取ってみましょう。」

鳴戸佐助は引き出しからクレジットカード大のプラスチック板を取り出し、板から出ているケーブルの端を、ノートパソコンのUSBコネクタに差込み、再起動をかける。

「このプラスチック板はなんですか?」と今度は春田が質問をする。

「これは、PaSoRiです。FeliCa技術対応の汎用リーダー/ライター。ソニーが開発した非接触ICカード技術FeliCaに対応したUSBリーダー/ライターです。もちろん、ソフトの方を改造しましたので、いかなるRFIDチップの情報も読み取れるシステムにしてますがね。」
と佐助。

「まあ、ね。県警でもこの手の物に対する予算が無くてね。さっきの超小型CTも、こちらにある脳内活性度検出装置もそっちの携帯電話型皿洗い機もそうなんですが、何に使うものかというのを理解させないと予算措置ができないんです。電子レンジ1台、とかPaSoRi1台とか、i-pod一台、携帯電話一台、とかであれば予算がつきますからそういったものを買ってきて改造してこうやって使っているというわけですね。」

「さて」とデータ読み込みソフトを立ち上げてPaSoRiの表面にゴマチップをセロテープで固定してスキャンする。

「あ、なんだ、簡単に読み込めました。データ形式はFeliCaのそれですね。これだったら、JRの改札機でも読み込めますよ。ただし、入っているデータはなんだろうなあ。なんか、大きなデータの一部のように見えますが」

「そんなこと、一目でわかるんですか!すごいなあ」とにむはわけもわからず感心している。

その時、素留の頭は超高速で回転を始めた。
右回りに1915.1回、左回りに2904.5回そして、右回りに3426.3回した時におもむろに素留は話した。

「春田さん、ゴマの仕入先の会社に連れて行っていただけますか?」

春田は、
「あ、はい、どうぞ、東京なんですが」

にむは、状況はまったく飲み込めずに
「でも、煎餅の話なんだけどなあ・・」とつぶやく


素留、にむ、春田、鳴戸佐助は新神戸から新幹線に乗って東京に向かう。


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樂校

2004年08月19日 | 人生はマーケティングもある。
●『オーバルリンク』とは何か?
2002年春、日経BP社によるWebとメーリングリストを活用したビジネスコミュニティの試み『ブロードバンド・ビジネス・ラボ』が始まった。この『ブロードバンド・ビジネス・ラボ』は、新たなコミュニティ形成という大きな社会的価値を創出したにもかかわらず、事業的な不採算という経営的ジレンマから抜け出すことなく、その年の12月に閉鎖された。そして、ここに集った参加者は、独自に新たなビジネスコミュニティ『OVAL LINK(オーバルリンク)』を立ち上げ、ここに生まれたネットワークの価値を新たな社会性の中で存続させた。
●「OVAL LINK MAG@GENE 01 樂校」とは何か?
『OVAL LINK』の創立から1年間の我々の活動を総括する一冊の本を作成した。ここでの編集のキーワードは、『樂校(Gakkou)』。学校という組織の機能を、社会の外でも内でもない、「パサージュ、敷居」としての中間領域として捉えた。我々は、オンラインネットワークの居住まいをこの感覚に重ねる。ある種の緊張感を伴うその場所から、どこにでもあり得るどこでもない『樂校(Gakkou)』をメタファーとして、一年間の出来事を記録し未来に向け配信する。

・主なテーマ:コミュニティ+音楽+脳+ブロードバンド+放送+コンテンツ
・オフラインセミナーの記録
・スタジオセッションの記録
・メーリングリストによって積層した論考
・会員からの寄稿
・仕様:A4判64ページ/フルカラー
・頒布価格2,000円(税込) ※送料込(全国一律)
・限定200部


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