爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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11年目の縦軸 27歳-3

2013年11月23日 | 11年目の縦軸
27歳-3

 相手のことを考える時間と、自分が気に入ってもらえる方法を天秤にかけ模索する時間がつづいた。仕事の合間や通勤途中の短い間に。ひとはひとりで考え、友人たちの間で思いの包みを開くように話題にする。ぼくは渡辺さんのことを話頭にのぼらす。

「相変わらず、女性の外見のことがいちばんなんだ」
 と、いささか軽蔑の念が感じられるような口調で友人は言う。ぼくはただ彼女を表現するきっかけとして外見のことを話したに過ぎない。ひとがひとをイメージするには、髪の長さや、どういった印象を与えるのかが具体例として適切で必須だった。ミケランジェロのピエタ像を説明するのに内面の如何など関係がないように。

「違うよ」

 と、否定しながらもぼくはその疑念を打ち消すだけの言葉をもっていなかった。そして、さらに重要なこととしてぼくは彼女の内なるスペースに秘められていることなどまったく知らなかった。ひとの内側にはなにがあるのか? 休日の過ごし方。目標。勉強していること。趣味や教養。なにかの資格。家族と会う頻度。そもそも、ひとり暮らしをしているのかも分からない。だが、出身が岐阜と言っていたので、おそらく、東京のどこかの町でひとりで住んでいるのだろう。あの地下鉄がつながる路線で。

 ぼくは自分のストーリーの手持ち分がなくなり、代わりに友人の話を聞く。女性というのは簡単に彼に身を任せた。永続ということも誰もが念頭にないようだった。季節ごとに咲く花のように自分の一瞬の美を彼に見せつけ、しぼむ姿など見せないで彼の前から消えた。もしかしたら、彼がただ鉢を変えるように仕向けているのかもしれないが、本当のところは介在者ではない自分に分かるわけもなかった。

 ぼくは友人というものがいっしょに育つ環境にいた時代を懐かしがっていた。同じグラウンドを走り回り、同じ教室でノートをとるという範疇にいたころを。ぼくは目の前にいる友人のそのころの姿をまったく知らない。似たような趣味をもち、気が合うということが関係をつづけていくひとつの理由で、彼の家庭環境も、もちろん両親の顔もしらない。幼少のころ遊んだ友だちの誰々のお母さんという立場ではない。喧嘩をくりかえしながらも、また遊んだ仲というものを非常に貴く感じていた。

 だとしたら、渡辺さんのこともまったく同じだった。ぼくは彼女のスカートをめくって泣かすこともできない。夏のある夜、少女から大人に変化する一ページを見ることもできなければ、浴衣姿をからかうこともできないし、動揺や驚きを隠すこともできなかった。ぼくは貴重な瞬間の数々を失ったことを思い知る。みな、ひとりで大人になったような顔をして、ぼくの前にあらわれていた。ぼくも、やはり、誰の手もわずらわせないで、母の乳などもふくんだことがないような顔をもった大人として生活していた。

「ビール、お代わりするだろう?」友人はぼくの返事もほとんど待たずにカウンターに新しいグラスを取りに行った。

 ぼくは内面というものを考えている。となりの高いスツールの椅子にすわって足を組んでいる女性というものも説明するのには外側しかできなかった。彼女はちらとぼくを見る。ぼくの全身を視線でかるくなぶった。どれだけの収入があり、それを外側にどれだけ向けているのかを判断する一瞥だった。そろばんというものが彼女の頭のなかに横たわっている姿をイメージする。それは、もう足されたり引いたりされることもないようだった。バーゲンにもかからない店の奥の品物。ぼくはなぜかしら悲観的な気持ちが支配するままに任せていた。

「あと、二、三杯は飲めるかな?」と言って友人はうまそうに泡に口をつけた。となりの女性は友人のことも採点表をもって眺めたようだった。彼はそれに気づき、押しつけがましくない素振りでほほ笑んだ。冷たそうな女性の頬がいくらか紅くなった。パプリカやトマトまではいかない。淡いさくらんぼのような色。彼女の外見にもたらせたものは内面のテクニックではごまかせない気持ちの変化のようだった。ぼくはそれを明るみにだすことができなかった。

「今度、国代にあうとき、その子のことも見たいな」と、最後に彼はいう。ぼくは彼に渡辺さんを会わせたときのメリットとデメリットを比較する。良きことなどひとつもなかった。悪いことはたくさんありそうだが、そうきっちりと決めつけるのもフェアでも妥当なことでもないので直ぐに辞めた。ぼくは、歩きながら昔のことを振り返っている。いっしょに育つなかでは近所にいたりすれば、ぼくより情報をたくさんもっていることもある。またその小さな生き物を異性として認識することなど、最初は全然、思ってもいなかったのだ。ぼくは目の前にいる女性を、女性として判断しないことなど不可能な生き物になっていた。口説くということとは別問題で、自分とは違う価値観に支配されているものとして、近づこうと努力をしたり、一線を置こうと見えない膜のようなものを張り巡らせたりしていた。たったの十年で世の中の仕組みが複雑になるとすれば、自分の脳もいらないものまで取り込み、正確に設計されなかった迷路のようにゴールにもたどり着けないまま、おなじところをただグルグルと廻った。


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