爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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11年目の縦軸 16歳-42

2014年07月29日 | 11年目の縦軸
16歳-42

 会うこともなくなり、うわさも聞かなくなる時期になる。

 最後のうわさは結婚したというようなものだった。それから、早い年齢で子どもの母親になる。うわさすら、ぼくはもう手に入れることができない。

 未練を下敷きにしたような本もたくさんある。反対に人間の再生を謳う本も負けずとある。ぼくは、いつかこのことを書かなければいけないと勝手に宿題にしている。何度も焦るが、結論を急ぎ過ぎて失敗に陥ってしまう。克服も、ぱさぱさに乾いた未練もぼくにはなかった。どこかで見たものを滑稽にマネしただけのものになった。後世にのこすに値しない及第点に満たないもの。また、後世の読者としてイメージできるのは、さらに年齢を増した自分自身の忠実な姿のみだった。

 いま、こうして、書いている。もうあの日々を詳細に書き写すことを先延ばしにする限界が来ていた。そして、きちんと整理が済んだうえでの解決も、完全なるピリオドを打てる決着もないことを知っている。丁寧にプレゼントを用意したが、移動のうちに揺られた結果、包装紙とリボンが少しぐらいずれても、渡された相手は文句を言わないだろう。でも、誰が受け取るのだろう。これを、首を長くして待ち望んでいるのだろう。ぼくですらどこかにこの箱を置き忘れる可能性だってあるのに。

 ぼくは自分の気持ちが、あの日々に、あれほどまでに高揚したことを確かめる手立てもない。中味はすっかり入れ替わってしまっている。充電式の電池のように中は別のところで補充したエネルギーなのだ。この目盛りはあの当時から変化をしたが、同じレベルを保っているのに、高揚感だけが他人の素振りをした。

 ぼくはあの恋と、別れた後に費やしたエネルギーではどちらが分量として多いのか比較しようとしている。結果は問う前から分かっている。あの亡霊を払い除けるのにぼくは我が生命のかなりの部分を消耗したのだ。努力の甲斐なく、完全には亡霊は消えなかった。その亡霊と折衷して、ときには壁を通過して出現することまで許したのだった。

 実物は、どこかで幸福になっているのだろう。娘か息子がいる。ぼくの耳にできるうわさも中断した。これ以上、物語を進行しても彼女はもう関係者ですらなく、登場する資格さえ失うのだ。そこから派生したぼくの副次的なつまらない物語として終始することになってしまう。さらに読み手は減少する。ぼく自身も、もう執着も未練もないぼくの人生だけが長々とつづられる。

 そろそろ終わりに近付く。現実はとっくのむかしに終止符を打っている。蘇生させるように何度も胸にショックを与える器具で衝撃を加えた。これも役に立たなくなる。絶命。

 ぼくは病院のベッドで横たわる自分を、横に置いた背もたれもない固い椅子にすわり、見守っている。この死んだ青年に再度、命を吹き込む女性があらわれるかもしれない。生きることを謳歌し、賛美するのをためらわせる余地などもたない女性が。そのときまで、ゆっくりと目をつぶっていてもらう。記憶を抜くこともできず、ひとつのキーであっさりと消去することも不可能だ。段々としぼませるしか方法はない。風船は小さな元の形状になる。あのなかの密度は霧散する。

 ぼくは悲しみという元手を利用して賢くなろうとしていた。横たわる自分の耳元で本を読んであげる。数百冊の本から自分の歩むべき未来の回答を探してあげようとした。ヒントもあれば、その正体の近似値あたりをさまよえる幸運もあった。だが、どれも永続はしない。一時的な睡眠薬と同じで、結局、悲しみは目を覚ました。

 着替えをさせ、食事を与える。おしゃれという観点もなく、自分の身を覆うのは白いTシャツと古びたジーンズで充分になった。女性を笑わせるとか、楽しませるという目先の利益に通じることもぼくにはできなくなってしまう。誰にしたらいいのだ?

 ぼくはひとがスタートを切る年代にゴールの切なさを味わってしまった。表彰も喝采も王冠も祝杯もない、ひとりぼっちのゴールを。だが、終わっていると思っていることも、実際には終わっていない。スパイクの汚れを取ったり、ロッカーを片付けたりするのも試合の一部であるのだ。勝てば、インタビューがある。負けチームは無視されるという覚悟を得なければならない。ぼくは勝ったつもりで感想をあらかじめ組み立てていた。それを披露する機会など決してないのだ。

 だが、これは語られなかったヒーロー・インタビューで、ぼくの不屈の格闘でもある。だいぶ、時間が過ぎてしまった。冷凍して、解凍させて、また凍らせてという鮮度をなくすことを何遍も繰り返した。しかし、新鮮さを完全に奪うことだけを願ってもきたのだ。博物館の薄暗い照明のもとで、ほこりをかぶらせることを念頭に置いてきたのだ。ある意味、成功して、その成功自体に不満をいだく。ぼくのあの日々だけが、ぼくの栄光でもあり、高揚した時間だったのだ。保管も保存も要しない、まっさらな熱々の記憶として保つのを求める時間だった。

 横たわる彼に告げる。あとどれぐらいの時間がかかるか。その先にあるものは。君は幸福になるのか。不幸のどん底に突き落としたのは? 答えはない。麻酔はまだ効いている。その麻酔は強烈で、副作用を起こす。


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