爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
http://snobsnob.exblog.jp/
へ変更

11年目の縦軸 27歳-1

2013年11月10日 | 11年目の縦軸
27歳-1

 ぼくは理想の顔を発見する。人間のもつ立体感の豊かな実りだった。ひとは正面だけで判断するのではないことを知った。さまざまな角度が物事を照らし、その微妙な差異によって変化がもたらす美しさが訪れているようであった。

 もし仮にぼくに彫刻をする腕前があるのなら、この顔や首からうえの像をつくったことだろう。そして、飽きることもなく眺める。次第に魂のようなものが注ぎ込まれ、表情を得るようになる。だが、決して視線はぼくには向かわない。この世に産み落とされてしまった戸惑いを永久に持ちつづけているのだ、その像は。

 ぼくは実際に粘土を捏ね繰りまわす才能などないのだ。家の一角に飾って、始終、見惚れているという願望も叶うことはない。たまに彼女を目にする程度が関の山だ。ぼくは毎月、請求書をもって取引先に向かう。以前まで対応してくれたひとが部署の変更で辞め、彼女が担当になった。前任者が、「ちょっと、渡辺さん」と彼女を呼び、引継ぎが行われた丁度ひと月前に、ぼくは彼女のことをはじめて目にした。名刺を手渡し、彼女の軽やかな会釈を目にする。声は発したのだろうが、まったく覚えていない。特別の事情がない限り、請求する金額も変わらないので、事前に変更を伝えるなどの用件の電話をする理由もなく、次月までただ実在する人物なのか思い出すだけにとどまっていた。

 実際に見たら、あのときには何となく美人に見えただけで、彼女もまた普通の人間に過ぎないことを思い知らされる結果になるだろうと、半分以上、ぼくのこころはそう決めていた。どこかで、性格を深くしったらとか、声があきれるぐらいひどい、という減点になる材料を逆にたくさん探そうともしていた。ぼくは防御を覚える年齢になってしまったのだろうか、とぼんやりする時間に思いをあれこれさすらわせ、あちらこちらに浮遊させていた。だが、一瞬の邂逅を長持ちさせるぐらいののどかな、十九世紀のような時代に生きられるわけもなく、日々の慌しさによって鮮烈な印象も薄められていった。炭酸が自然に泡をなくすように。

 ただ泡がなくなってもその原料は甘いものとしてコップのなかに残っていた。ぼくは経理部に立ち寄り、請求書をうけとって彼女がいる会社に向かった。

 ぼくは応接スペースに通され、柔らかなソファに座った。初恋というものは、もう決して味わえないが、恋がもつ新鮮さも完全に消滅し、ぼくから奪われてしまうものでもなかった。ぼくは待っている間に、話すべきことを探し、それはぼくの印象をあげるという策略によって、行われようとしているようだった。手の内もすべて明らかにする必要はないが舞台の裏は、そういうものだった。それにしても調査するものが少なすぎる。把握しているのは彼女の名前と、おおよその年齢。話し方のアクセントも、もちろん趣味も知らない。ぼくは彫刻になった彼女を思い浮かべる。微動だにしない顔。それでもやはり魅力は横溢するのだろう。

「ごめんなさい、お待たせしました」
 いつもなら、前の担当者とぼくの馴れ切った関係の終焉地として数字が記入された紙切れを手渡せば済むだけだったものが、彼女は新しい仕事に疑問をもっていて、その解決策としてぼくにたくさんの質問を投げかけたがっていた。ぼくは急いで帰る身でもない。あらゆる知識を総動員して(そんなに難しいことではない)受け答えをした。
「いろいろ、ありがとうございました。また、分からないことがあったら電話してもいいですか?」

 ぼくは彼女の会社がスムーズに機能し、かつ自分の会社の売り上げがあがる些細な提案をして、幕を閉じた。ぼくの一ヶ月間の疑問の答えもきちんと得られ、見事に立証された。彼女は理想の顔を有していたのだ。いくらか胸のふくらみは乏しい。爪はあまりにも深く切り過ぎているようでもあった。だが、情熱を奥深く潜めているような瞳は、すべてに対して雄弁であった。わたしはいまは檻のなかにいるが獰猛さにいつだって帰れるのだと主張するようだった。試しに、放してみる? と、身勝手なぼくのこころはその叫びを聞く。

 紙切れ分だけ薄くなったぼくのカバンだが、こころは重くなり、同じ意味で充分すぎるほど軽くなった。あとひと月先にはまた会えるのだが、それも長い時間だった。先ほどの提案の枠組みをざっとイメージする。横顔も首もない紙切れとしての薄っぺらな資料の作成。彼女の深い瞳。ぼくは透明度の高い湖を想像していた。石ころをなげる。いくら透き通っていたとはいえ、あまりにも深いために底に到着したのかも分からない。ぼくの印象がどうだったかの答えでもあった。みな、仕事は仕事として頑張っているのだろう。それにしても、ぼくは気持ちを簡単に切り替えられなかった。地下鉄のホームのベンチでぼんやりと座り、周囲で立体に見えるものを探そうとした。新聞や雑誌の束。詰め替えられる缶ジュースの箱。それらはみな角張り過ぎていた。だが、球体やなめらかな角度をもつものはあまりないようだった。この座る椅子の安っぽい固さが、それにもっとも近いようだった。内面は抜きにして、外側だけの判断では。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿