goo blog サービス終了のお知らせ 

爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
http://snobsnob.exblog.jp/
へ変更

11年目の縦軸 16歳-1

2013年11月09日 | 11年目の縦軸
16歳-1

 ぼくは目当ての公衆電話に向かっている。まだ十六才。ぼんやりと照らされた電話ボックスには遠目だが人影がないのが確かめられる。数十歩分を歩いてからそこに入り、緑色の受話器をとる。片足でドアを開けたままにして覚えている七桁の電話番号を押す。未来を自分自身で作っている実感があった。

 声がする。目的の声ではない。家のみんなが使えるスペースに設置された電話には誰が出るかは分からない。取り継がれて彼女が出る。好きな女性。女性と定義するのには、もう少しだけ早いのかもしれない。猶予がいる。少女との決別が直きにすむ。ゴールは近い。だが、あどけなさが残ろうが最愛の女性だ。間違いや誤りを正すこともなく。当時、自分の愛情の度合いを測れるほどの分際でもなかったぼく。その事実が過去になることもなく、もっと好きになる女性があらわれる可能性すら皆無だったあの頃の自分。電話ボックスの外の国道には普通車やトラックが途絶えることなく流れている。いったい、みなはどこに向かっているのだろう。ぼくの思いは電話線を通して、目的地に着いていた。

 その電話の線の距離だって、たかがしれていた。世界の果てでもない。地球の裏側でもない。何分か歩けば、彼女の家の前まで行けるぐらいの路程だ。だが、その年代のぼくは、このことだけで満足していた。これ以上、彼女の言葉が自分だけに語られていること以上に、何かを求めることすら自分に許していなかったのかもしれない。

 彼女は笑う。彼女は黙る。そのひとつひとつがぼくに影響を与える。笑った原因を作れたことに喜び、黙る瞬間を与えてしまったことにも戸惑った。だが、生きている人間はどちらもするものなのだ。深い意味もなく。

 交際をはじめるために発したぼくの意志は彼女のもとに届く。彼女は同意する。その頷きや、柔らかな眼差しを含んでいる表情がぼくの幸福の根源だった。彼女はぼくの言葉を、やはり、幸福に似たものに感じていたのだろうか。コップから水が溢れてしまうというような例えも気分として近いのだろうか。それとも、幸運が接近するのを象徴する流れ星の到来を予感させる存在としてのぼく。

 だが、ぼく自身には幸福の実感がない。つかめないという意味で確かな形あるものではない。それは、つかまえるという能動的なものでもなかった。ぼくの体内でみなぎっているものなのだ。目が覚めたときから、眠る寸前まで彼女の存在が張り巡らされている。ぼくはつかまえずに受容する。それは選択でさえもなかった。彼女はその当時のぼくの目の前にあらわれる必要が絶対的にあり、微笑みも、かすかに手の平が触れるというような単純な接触も必要としていなかった。ぼくは好きになってしまうのだ。だが、大人の視線を差し向けてしまえば、誰かを好きになるという若者にプログラムされている仕組みが発動した際に、彼女がその場にいただけなのか。決して、そうではないだろう。でも、女性に対する趣味は内臓されている。その近似値に彼女はいる。これも、分析のし過ぎだった。

 ぼくは、電話ボックスにいる。分析などはいらない。ぼくは自分自身の物語の主人公であり、書きかけの脚本のつづきを書きなぐる当人でもあった。消しゴムでたどたどしい部分を失くし、改めたりする時間の猶予もない。給水のボトルもつかむ時間も惜しいほどのランナーなのだ。まっしぐらに進むのみ。でも、誰よりも幸福だ。彼女も同じ気持ちでいてくれたらと願っている。そのために、ぼくはもっと冷静さを前面に出し、彼女のことばかりを優先させていればよかったのだろうか。だが、これはぼくの幸福の動機であり、動力源の問題でもあるのだ。もし、ぼくは彼女に会わなかったら、この気持ちは一生、この場に存在しなかったことになる。十六才の自分を証しする最大の理由が消滅する。すると、ぼく自身の痕跡も情熱も消え去る。正直なところ消えるのでもない。はじめから起こらなかったのだ。ぼくは夜に入った時間に電話ボックスに立っていることもなくなり、電話番号も押さない。その数字の羅列も覚えることもないし、女性の声がぼくのこころに波風を立てることも知らない。知らなければ、幸福も不幸もなかった。だが、ぼくには未だ不幸などまったくもってない。小さなものでいえば、この電話を切るタイミングを考えることぐらいなのだ。長い時間をぼくはこの国道沿いで過ごし、電話を切る。足取りは軽い。恋というものが、ぼくのあらゆるところにある。電話をかけるための小銭にもそれは内在され、ぼくのポケットに忍び入っている。ぼくは手の平で恋が達する幸福の音を確かめるように小銭を揺する。金属的な音がする。それは使えばなくなるが、ぼくのこの気持ちは使い果たされることもないと思っていた。どこからか無尽蔵に湧き出し、補充される。さらに、その気持ちは発展され、強固なものになる。いつか、声だけでは物足りなくなる。それは彼女の肉体が放つ魅力を独占することなのか、彼女のこころの奥深くにあるぼくへの気持ちを膨らませている核心をつかみ、奪うことなのかぼくには分からない。分からないだけではなく、気付いてもいない。足取りは軽い。缶コーヒーを自動販売機で買い、飲みながら歩く。彼女との電話での会話を反芻する。ぼくのものであり、彼女ひとりだけのものともその会話はいえた。それを彼女は友だちと共有するともぼくは思っていない。眠る直前までぼくは彼女のことを考えている。彼女の家族や親友なども含め、一員として彼女が所属するべきである社会のことも想像していない。多分、世界にはぼくと彼女しかいないと思い定めることが近いのだろう。さっきまで使った電話を作ったひとや会社も存在していない。ぼくと彼女の世界なのだ。つまりは、ここは。