竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

猪突して返り討たれし句会かな 多田道太郎

2018-10-05 | 


猪突して返り討たれし句会かな 多田道太郎


猪】 いのしし(ヰノ・・)
◇「猪」(しし) ◇「瓜坊」(うりぼう) ◇「猪道」(ししみち)
昼間は土を掘った穴にかたまって眠り、夜になると猪道(ししみち)通って出歩き、小動物や木の実・山芋、稲・豆類など田畑の作物を食い荒らす。怒ると毛を逆立てて突進する。子の背中には爪のような縦縞があるため瓜坊(うりぼう)とも呼ばれる。「山鯨(やまくじら)」とも呼ぶ。
例句 作者
鉱泉といふも山小屋猪を吊る 新村寒花
猪の寐に行かたや明の月 去来
猪の荒肝を抜く風の音 宇多喜代子
淋しくて猪垣に猪突き当る 大島雄作
猪罠や大台ヶ原雲の上に 神保素海
猪よぎり晩稲田いたく潰えたり 農口鶴仙渓

泥まみれなる猪の虫退治 たけし

猪の泥浴の痕冨士枯野  たけし

猪の鼻は万能蚯蚓掘る  たけし


猪突して返り討たれし句会かな     多田道太郎

道太郎先生が亡くなられて二年余。宇治から東京まで、熱心に参加された余白句会とのかかわりに少々こだわってみたい。「人間ファックス」という奇妙な俳号をもった俳句が、小沢信男さん経由で一九九四年十一月の余白句会に投じられた。そのうちの一句「くしゃみしてではさようなら猫じゃらし」に私は〈人〉を献じた。中上哲夫は〈天〉を。これが道太郎先生の初投句だった。その二回あと、関口芭蕉庵での余白句会にさっそうと登場されたのが、翌年二月十一日(今からちょうど十五年前)のことだった。なんとコム・デ・ギャルソンの洋服に、ロシアの帽子というしゃれた出で立ち。これが句会初参加であったし、宇治からの「討ち入り」であった。このときから俳号は「道草」と改められた。そのときの「待ちましょう蛇穴を出て橋たもと」には、辛うじて清水昶が〈人〉を投じただけだった。「待ちましょう」は井川博年の同題詩集への挨拶だったわけだが、博年本人も無視してしまった。他の三句も哀れ、御一同に無視されてしまったのだった。掲出句はその句会のことを詠んだもので、「返り討ち」の口惜しさも何のその、ユーモラスな自嘲のお手並みはさすがである。「句会かな」とさらりとしめくくって、余裕さえ感じられる。句集には「余白句会」の章に「一九九五年二月十一日」の日付入りで、当日投じた三句と一緒に収められている。道草先生の名誉のために申し添えておくと、その後の句会で「袂より椿とりだす闇屋かな」という怪しげな句で、ぶっちぎりの〈天〉を獲得している。『多田道太郎句集』(2002)所収。(八木忠栄)
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