仏教小話
旦那、温うございます!
寛政の頃、京都に因縁乞食というのがいた。彼はどんなことがあっても、怒らず、愚痴をこぼさず、ただ「因縁でございます」とだけ言った。ある日にし六条新町の近江屋主人が酒に酔って夜更けに帰ってきた。主人は何気なく軒下に小便をたれた。丁度そこに因縁乞食が菰(まこも)をかぶって寝ていた。
彼は頭の上からぬくい小便をかけられたので、ひょいと起きて座り、「だんな、温うございます」と少しも割びれず、静かに言った。近江屋はびっくりしてひどく恐縮したが、乞食は「はい、因縁でございます」と重ねて言った。近江屋は「小便をかけた代わりに、もしお前がわしより先に死んだら、盛大な葬式をしてやるから」と言った。
乞食はいつも暗いうちに起きて、西本願寺本堂の階段の下にひざまづいて勤行が終るまで一人で合掌して念仏していたと言う。しばらく経って西六条の路頭で乞食が死んでいるというので、近江屋がかけつけてみると、果たして因縁乞食であった。彼は菰(まこも)の上に和やかな顔で微笑を浮かべて死んでいた。
近江屋は約束通りその夜七条の焼場で火葬にした。翌朝、店のものが骨を拾いにゆくのを忘れていたところ、焼場の者が走って来て、大変なことである、早く来てくれと言うので、行ってみると、灰は美しい紫色になっていて、白骨はすべて水晶のようにすき透っているではないか。白骨があまりに美しいので、近江屋は勿論、このことを知った周囲の人々は、厚く供養して、水晶のようなお骨を、皆持ちかえって内仏におまつりしたという。この因縁乞食は白隠級の悟りの境涯に遊んでいた人であるまいか。
(作者不詳)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます