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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

ムササビ 後日談

2018-11-25 10:37:26 | 研究
ムササビの体はとてもおもしろい。とくに手の「小指」はおどろきでした。骨標本を作ろうとお湯で加熱しました。しばらくして様子を見て
「あっ!」
と声をあげました。「小指」がなくなっていたのです。正確にいうと、なくなったのではなく、チリチリにねじれて縮まっていました。あれは骨でなく軟骨だったのです。私が「小指」だと思ったのは、指が4本あって、その続きに「小指」があったからですが、その「4本の指」、つまり左手の内側をみると左から親指、人差し指・・・と並びますが、私がそう思っていたのは、実は人差し指、中指・・・だったのです。親指はどこに行ったかというと、ちゃんとあるのですが、極端に短くて手のひらに埋没していて「指」とは認識できませんでした。ややこしいことです。


ムササビの左前足内側。4本の指を私は親指、人差し指、中指、薬指と思い込み、針状軟骨を小指だと考えた。正しくは左から人差し指、中指、薬指、小指で、親指は手のひらに埋没している。


 それで文献を調べて見たら、これまたややこしい事情があることがわかりました。その説明をするために、まず人の手のひらを確認します。左手の内側です。手のひらの付け根には手根骨という小骨があって、私などにはとても覚えきれません。医学や獣医学を習得する人はこういうものを暗記するのだから大したものです。


人の手根骨


 わかりやすくするために小骨にA, B, Cと番号をつけました。このうちC, D, F, Gは問題がないので灰色にしていますが、ややこしい問題がある骨は色をつけました。
 ムササビの手の解剖学については押田先生の2000年の論文があり、針状軟骨は種子骨由来であると結論付けています。種子骨というのは手や足の筋肉や腱の中に形成される骨で、腱や靱帯の方向を変える滑車のようにふるまって筋力を伝達する腱の能力を高めるのだそうです。「膝の皿」も種子骨です。だから骨といっても、普通の骨は存在する場所が決まってそれにふさわしい名前がありますが、種子骨は「あちこち」にあるということになります。
 Oshida 2000はムササビの針状軟骨をこの種子骨由来と考えました。私はその論文を読みましたが、手根骨の知識がないので、論文に書いてある名前を確認しただけで、なぜ針状軟骨が種子骨由来と言えるかはわかりませんでした。要するに手のひら付け根に小骨が色々あって手首の右側にある三角骨(B)から種子骨由来の軟骨が伸びていると理解しました。人の手根骨を比べると豆状骨(A)が退化していることになります。この論文では筋肉も調べていて、針状軟骨には筋肉はついておらず、従ってムササビはこれを動かすことはできないとしています。これは納得できました。動かすわけではなく、前足を動かし、そこにこうもり傘の「骨」のようにあることで、飛膜の広がりに強度を持たせているということです。
 ところが、翌年Thoringtonという人がこれを批判した論文を出しました。難しいので、結論だけを紹介します。それによると、そもそもOshida(2000)の種子骨の識別は間違いだというのです。Thorngton(2001)の論文にその関係が出ています。


OshidaとThoringtonのムササビ手根骨の特定の違い


それによるとOshidaが三角骨(B)としたのは正しくは豆状骨(A)、その隣にある月状骨(E)は三角骨(B)ということです。なぜそう言えるかというと、多くのリスの仲間と比較すると、頭骨と尺骨との位置関係からそう言えるのだそうです。そして舟状骨(H)はそのものではなく、舟状骨(H)と月状骨(B)が癒合した骨で「scapholunate」と書いてあり、舟状骨はscaphoid、月状骨lunateなので、「舟状・月状骨」としておきました。つまり、1つ1つの骨を比べるとムササビでは月状骨(E)は退化したということになります。Oshida(2000)との違いはこのことと、豆状骨(A)が存在するとしたことです。そして、Thoringtonは、針状軟骨は種子骨由来ではなく、軟骨そのものだとしました。そのように結論付けた論理は私の解剖学的知識では十分に理解ができていません。

 良い骨格標本作りには失敗したみたいですが、勉強になりました。なんとか補完模型でも作りたいと思っています。
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