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高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

浦和のタヌキの食性 月ごとの分析結果 2022年4月-6月

2022-10-13 13:59:12 | 最近の論文など
<2022年4月>
 2022年4月9日に回収した糞を分析した。今回もサンプルごとの違いが大きかった(図6a)。種子は少なくなり、センダンが10個の糞サンプルうち1粒だけあったに過ぎない。昆虫と節足動物の外骨格が多くなった。昆虫は微小な脚のほか、幼虫の皮膚があった。外骨格は不明が多かったが1例でカニが検出された(図6b)。植物はイネ科の葉を含め葉がほとんど出なくなった。一部にサクラの花弁があった。人工物としては1例でプラスチックがあったが、3月よりさらに少なくなった。


図6a. 2022.4月のフン組成


図6b. 2022.4月フンからの検出物

参考 サクラの花弁

<2022年5月10日>
 5月になり、木のはは展開し、草本類も伸びたが、タヌキの食物としては少数例で双子葉草本の葉が検出されたものの、季節にふさわしい食物は特になかった。むしろ古い木材と思われるボロボロのブロック状の材が多かった。これは食物として食べられたとは考えられず、中にいた昆虫を食べるときに混食されたのかもしれない。4月に少なくなっていたカエルの骨が検出された他、やはり4月に少なくなっていた種子がやや増えた(図7a)。多かったのはエノキの種子で噛み砕かれたものもあった(図7b)。ムクノキの種子が1例あった。また少量ながらクワの種子もあった。今年のクワはまだ結実していないので、前年の果実を探して食べたのかもしれない。1例だが鳥類の羽毛が多く検出された。

図7a. 2022.5月のフン組成

 主要な検出物を図7bに示した。


図7b. 2022年5月の検出物. 格子間隔は5 mm

 「サクラ種子」としたものは属レベルしかわからなかったが、その後、小林が現地で落下していたソメイヨシノとオオシマザクラの果実を採取し、種子標本を作ったらソメイヨシノの種子であることがわかった。図7dに見るように、ソメイヨシノの種子は半球型で扁平な傾向があるが、オオシマザクラはやや水滴状に上方が尖る傾向があることで区別ができた。

図7c. 5月10日のサンプルで検出されたサクラ種子


 
 占有率の大きいものから小さいものに並べる「占有率-順位曲線」(こちら)を求めると、3つのパターンが認められた(図8)。一つは比較的大きい最大値からほぼ直線的に小さくなり、多数のサンプルから出現したものでS型とした(図8a)。S型には脊椎動物(カエルの骨)、昆虫、種子、葉があり、タヌキにとって遭遇率が高く、可能な限り摂取すると考えられる。

図8a. 占有率-順位曲線, S型の例

 第2のタイプはL字型で、最大値はある程度大きいが少数例しかないために、カーブは急激に下がってL字型となる(図8b)。これには鳥の羽毛と人工物が該当した。これらは遭遇率が低く、タヌキが確保しにくいと考えられる。

図8b. 占有率-順位曲線, L字型の例

 第3は低い値を続けるためカーブは横一文字のようになるもので、果実と植物の支持組織が該当した(図8c)。これは一般には遭遇率は高いが、タヌキにとってさほど魅力が高くないために、多くは摂取しないと考えられる。支持組織はこれに該当するが、果実(果皮と果肉)はタヌキにとって魅力的なはずであり、消化率が高いために糞での占有率が低かったものと考えられる。

図8c. 占有率-順位曲線, F型の例

<2022年6月9-16日>
サンプルごとのばらつきがかなり大きく、1では葉、4では哺乳類の毛、5では無脊椎動物(主に甲殻類*)、6では種子(エノキ、ビワ、クワ)が多かった(図9)。種子はエノキは昨年の落下果実によるものと思われる。サクラ、クワ、ビワは今年のものである。クワは全部のサンプルから検出された。人工物は少なかったが、1例から輪ゴムが検出された(図10)。

図9. 2022.5月のフン組成


図10. 2022年6月のタヌキの糞からの検出物

*これまで「甲殻類」としてきた外骨格はカニではないかと思っていたが、小林はアメリカザリガニではないかと思った。というのが「細い脚」(歩脚)の先端に小さなハサミがあったが、カニにはこれがないからである。そこで6月24日に白幡沼でアマリカザリガニを捕獲しようとしたが、これは不首尾であったが、死骸を拾うことができた。それを見ると確かに小さいハサミが確認でき、脚全体の質感や色もピタリと一致したので、これはアメリカザリガニであると判断した。同じサンプルから平坦な外骨格も検出されたが、これは尾の瓦状に重なる部位と先端の花びら状に広がる部位(尾扇)に該当することがわかった。これに伴いこれまでの記述を修正した。

図11. これまで「甲殻類」とした歩脚(左)と、アメリカザリガニの死骸から得た歩脚(右)


ヤマネの巣に使われたサルオガセ

2022-10-04 09:09:49 | 最近の論文など
八ヶ岳のヤマネの巣材について公表した(こちら)。その中で巣材にサルオガセが使われていたと記述したが、これを地衣学の専門家が読んで、写真などの提供を求められた。それが2022年10月に出版された「図説地衣学講義」に引用されたので、紹介する。それによるとこのサルオガセは主にヨコワサルオガセであるらしい。流石に専門家は写真を見ただけでわかるようだ。


乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日 結果

2022-07-05 07:30:42 | 最近の論文など
手際の良い植原さんがデータを送ってくださったので集計してみた。記録数は合計66で、先月の128の半分ほどだったが、これは調べなかったコースがあったからで、距離あたりに換算すると1.2匹/10mで、これは6月の1.3匹/10mとほぼ同じであった。歩く速度などもほぼ前月並みだった。


 記録された花の内訳は、やや意外だがアヤメが41.5%と半分近くを占めていた。昆虫からすれば、少ししかない大きい花よりも小さい花がたくさんある方が効率が良くて好まれるだろうという頭があったためだ。あやめについでニガナ、ノアザミと続いた。


訪花昆虫が記録された花の数

 記録された昆虫をまとめて、5月、6月と比較してみた。5,6月は甲虫が60%以上で同じような内訳だったのだが、7月になると30%ほどに減り、ハエ・アブとチョウが増えた。これにはアヤメに来たセセリチョウと、ニガナに来たヒラタアブの貢献が大きい。

訪花昆虫数の推移


 5月にはミツバツチグリなどに甲虫が多かったことを思えば、確かに花と昆虫のリンク(組合せ)も季節と共に推移しているのだなと思った。今回は林のデータがとれなかったので森林と草原の比較はできなかった。
 ヨツバヒヨドリやチダケサシ、オオバギボウシなどは蕾状態だし、他にも柵ができてから増えた植物がいくつかあるので、今後の推移を調べるのが楽しみだ。




乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日 野外調査

2022-07-03 07:01:57 | 最近の論文など
乙女高原での訪花昆虫調査 2022年7月3日

 5月から始めた訪花昆虫の調査も3回目となった。7月は後半は私が予定があるので前回(6月18日)と少し間が詰まったが7月3日に行うことになった。このところ全国的に猛暑で40度を超えるところさえあり、甲府でも猛烈に暑かったようだった。塩山駅に着くとやや曇りで、雨が降ったらしく地面が少し濡れていた。いつものように植原さんが車で迎えに来てくださった。今日は井上さんと五味父子が参加してくれるということだった。道中、ヤマボウシ、ウツギ、ノイバラなど白い花が目についた。東京よりは1ヶ月ほど遅いようだ。
 10時前に乙女高原について早速3班に分かれて調査を始めることにした。

植原さんと五味父子

 ごく弱く雨がパラつく曇天だった。天気が怪しいので、最低限ここは調べようというコースを選び、他のコースは「できたらやる」ということにした。

調査コース


乙女高原

 先月多かったミツバツチグリ、キジムシロはなく、アヤメ、ニガナ、ヤマオダマキが目についた。そのほかヤマハタザオ、オオヤマフスマ、ノアザミがあるほか、レンゲツツジが少し残っていた。全体としては花は少なめだった。私としてはヤマオダマキのあの複雑で距がある花にマルハナバチが来ているところをみたいと思った。

 1本目のDコースの往路では花はある程度あったのだが、少し雨がパラパラ降ってきたせいで昆虫は見られなかったが、復路では日が射したのでキンポウゲやニガナに甲虫(細長いカミキリモドキみたい)やヒラタアブが見られるようになった。

キンポウゲと甲虫

ニガナとハムシ

 ここにはアヤメが多かったが、最初のうちは昆虫が見つからなかった。しかし明るくなったらセセリチョウが来ているのを見つけた。

アヤメにセセリチョウ

 その後でマルハナバチが花の中に潜り込むところを見て嬉しかった。小学校の時にこの説明があったのを覚えている。面白いと思って学校の近くにあったキショウブを見ていたが昆虫は来ず、そのまま見ないでいたので、それが見れて嬉しかった。

アヤメのおしべの下を潜るマルハナバチ

 アヤメの花の「綾目」はこの奥に蜜があるというシグナルそのもの(蜜標)だし、そこに昆虫が着地して潜る時に上からかぶさる花柱の下に潜り込むというのに興味を惹かれた。後で調べたら花柱の内側(天井)に花粉があって昆虫の背中に花粉がつくようになっているとのこと、観察しそこなった。

 次のFコースではヨツバヒヨドリが多くなったが、まだ蕾状態で昆虫は見なかった。

ヨツバヒヨドリ

またノアザミも目につくようになり、これにはさっきの細い甲虫と、別の短めのハムシが来ていたし、記録が終わってからマルハナバチも来ていた。

ノアザミにヒラタアブ

ノアザミにハムシ

ノアザミにマルハナバチ

Gコースも同じような感じだったが、シモツケが一株だけあって、ヒラタアブと甲虫がいた。

シモツケにヒラタアブ

全体にヤマオダマキが多かった。控えめな卵黄色できれいだった。

ヤマオダマキ。上に伸びるのが距

 この花の作りは複雑で、昆虫は花の下にぶら下がって、部屋に別れた筒状の花の奥に進んで吸蜜するといわれている。

ヤマオダマキをしたからみる

 その奥には先がカールした距があってそこに蜜があるというのだが、本当にこんな細長い距の先まで口が届くのだろうかと不思議な気がした。距の部分をとって舐めてみると確かにほんのりと甘かったので、蜜があることは確かなようだった。


 花をよく見ようとバラしてみると中にたくさんのおしべがあった。ただし明らかに2タイプがあって、内側にたくさんある黒っぽいおしべには花粉が見えたが、それとは明らかに違う黄色く扁平で大きめのおしべが外側にあった。これはどういうわけかわからない。

ヤマオダマキのおしべ

 プロットの写真を撮影してお昼前になったので、ロッジに戻ることにした。

 小雨が降ったり止んだりしていたので、ロッジの中でお弁当ということいなった。井上さんが持ってきてくださったキュウリとスモモがおいしかった。このところの暑さの話題になったので小学4年生だという五味君に話しかけた。
「あのね、私が君くらいの時、それまで知らなかったほど暑い日があったの。それで、その日のラジオを聞いたら<今日は30度になりました>というので<30度というのはすごい暑さなんだな>と思ったんだよ。その頃、イギリスで30度の日があったら人が死んだというので<白人は暑さに弱いんだ>と思ったね」
「今じゃ30度なら特に暑いとは言えないよね。これから氷山が溶けたり、地球全体が大変なことになるんじゃない」
「そうだよ、こんな時に戦争してる場合じゃないよね」
と雑談は続く。そうこうしていると雨が降ってきたので、午後できたらやろうと言っていたいくつかのコースはやめることにした。

 せっかくなので後でじっくり観察しようと主な花を採集したくて傘を持って草原を歩くことにした。C,J,Kと歩かなかった方に行ったが、比べてみると、私が歩いたD,F,Gの方が花が多かったことがわかった。
そうして歩いていると井上さんと植原さんも歩いてきたので合流した。井上さんがF, Gの方に行きたいというのでご一緒することにした。そうしたら私がこれまで見たことのない花を3種も見つけて紹介してもらった。地味な花なので調査で歩いたのに完全に見落としていた。井上さんは毎年確認しているからと謙遜しておられたが、その観察眼の凄さに舌を巻いた。貴重な花なのでここには書かないでおこう。

井上さん、高槻

乙女高原のスミレの生育環境について 高槻成紀・植原彰

2022-06-23 21:06:51 | 最近の論文など


高槻は乙女高原にたくさんの種類のスミレが生育していると聞いており、調査におくたびにそのことを確認していた。毎年春になるとスミレの観察会が行われ、その豊富さが報告されていた。高槻は同じ属の植物が豊富に共存することには何か理由があると思い、一言で「乙女高原のスミレ」といっても各種のスミレにとっての細かな環境には違いがあり、スミレのもつ生理生態学的な特性の違いによって多種の共存が可能になっているのではないかと考えた。実際、サクラスミレは草地に多く、ミヤマスミレは林に生え、ニョイスミレは湿った場所を好むなどのことは経験的に知っている。そうであれば、多くのスミレに関心を持つ人がいるのだから、調査としてデータをとることを提案した。
 2022年の春に調べる内容を考えて記録用紙を作り、観察会などで記録をとり、6月16日までに171の情報が得られた。このうち14は「なし」という記録なので、実質157ということになる。これを標高と生育地について整理したので報告する。標高は900 m台から100 m刻みで集計した。生育地は湿地、草地、林縁、落葉樹林(落葉広葉樹とカラマツ)、常緑樹林(常緑針葉樹林)に分けた。これを種ごとに集計し、記録が5以上であったスミレを取り上げた。

結果
 多くの種は標高1500 mから1700 mレベルで多かった(図1)。低地でもみられたのはニョイスミレとタチツボスミレであった。アカネスミレは1700 m台だけとなっているが、実際にはこれより低いところにも生育する。ニョイスミレとタチツボスミレが1100-1400 mの間で記録がないが、これも実際には生育することはわかっている。その意味で、この結果は調査した場所の標高に偏りがあることを反映しており、来シーズンは標高による調査頻度をそろえるようにしたい。


図1. 乙女高原一帯でのスミレの標高100 m刻みでの分布。マンジュリカとは狭義の「スミレ」Viola mandshuricaのこと

 生育地については次のような傾向があった。サクラスミレが草地で多い、アカネスミレ、マンジュリカ(狭義の「スミレ」Viola mandshurica)は草地だけ、エイザンスミレとミヤマスミレ、ヒナスミレは落葉広葉樹りんが多い、タチツボスミレは湿地以外は多くの生育地にある、ニョイスミレは湿地と草地で多い(図2)。


図2. 乙女高原一帯でのスミレの生育地ごとの出現頻度。マンジュリカとは狭義の「スミレ」Viola mandshuricaのこと

結論
 記録用紙はやや複雑で記録がしにくかったので改良したい。データの取り方として、乙女高原周辺に集中したため、低標高での実態を捉えることができなかったので、調査地の調査頻度をそろえるようにすべきである。生育地については種ごとの傾向がある程度把握できた。まとまった調査でなくても、野外でスミレを見かけたら報告するようなシステムを工夫し、情報の充実を図るようにしたい。
今後はこれらの点を反省し、今後の調査を改善したい。




ヒミズの骨格標本

2022-06-23 10:47:25 | 最近の論文など
2022年6月18日に乙女高原に行った時、ヒミズの死体を手に入れました。地面に無造作に転がっていて、新鮮なものでした。

見つかったヒミズの死体 2022.6.18 山梨県乙女高原

顔の辺りをよく探すとごく小さな目がありました。そのつもりで探さないと見つからないほど小さなものでした。


ヒミズの目

よく見ると体の3,4箇所にハエの卵が産んでありました。死体を察知して素早く産んだもののようで、たいした能力だと思います。後で剥皮したとき、卵はしつこく離れず何か粘着物質で毛にくっつくようになっているみたいです。

生みつけられたハエの卵

ヒミズの前肢

ヒミズの後肢

 それを骨格標本にしました。

ヒミズの骨格標本

丁寧に扱ったつもりですが、頭骨が割れていました。もともと割れていたのか、処理途中で割れたか不明です。1ミリの何分の位置という薄い骨なので皮を剥ぐときに割れたのかもしれません。この「薄さ」ですが、顕微鏡に使うカバーグラスというのがありますが、あのくらいです。カバーグラスの暑さは0.1 mmくらいのようです。ヒミズの頭骨は薄いので半透明で脳がみえ、処理の段階で取り出すとそれがわかります。
 特徴的なのは肩甲骨で、背中にある細長い骨です。モグラと共通ですが、多くの哺乳類で面的な三角形なのに、線的です。上腕骨も特殊ですが、モグラほどではありません。


シバとススキの脱葉に対する反応

2022-05-25 00:15:09 | 最近の論文など
ススキとシバの摘葉に対する反応 – シカ生息地の群落変化の説明のために
高槻成紀
植生学会誌, 39: 85-91. 2022. こちら

この論文は新しいもので2022年に公表される運びですが、データをとったのはなんと1990年です。現役時代には忙しくて論文にできなかったものがあり、退職後データを見直して論文にしていますが、これはその中でも格物古いものです。想像するに、査読者は当時小学生だったということも十分あり得ます。私の研究の多くは野外調査によるものですが、これは野外での観察現象を栽培実験で証明したもので、1年で結果を出すつもりが、3年もかかってしまいました。自分で言うのは憚られますが、明快なデータで、日本の草地学では今後引用されるはずです。

摘要:
シカ(ニホンジカ)が生息する金華山島(992ha)は森林植生が卓越するが、その中に草原状の場所が点在する。多くはススキ群落であるが、シカ密度が高い場合はシバ群落が成立する。このことはシカの採食圧に応じてススキ群落がシバ群落に移行することを示唆し、家畜の放牧地でも現象記述がある。しかしそのメカニズムを実証した研究はないので、両種の混植摘葉実験によりこのことを実証することを試みた。その結果、摘葉頻度が15日と30日を3年間継続した場合、ススキがほぼ消滅したが、60日間隔では減少しながらもススキ群落が維持された。ススキは摘葉頻度が高くなるにつれて葉長も生産量も減少したが、シバは違いがなかった。金華山島においてシバ群落が維持されている場所では夏の採食率(採食された葉数の割合)は70%以上であり、シカの強い採食圧がススキ群落を減少させてシバ群落に移行・維持させていることが説明できた。

キーワード:長草型群落、短草型群落、採食影響


最終年のススキとシバの積算生産量に及ぼす摘葉処理間隔の比較. 誤差バーは標準偏差. 多重比較したが, 隣接する群間だけを取り上げた. α = 0.05/3 = 0.017,  +:左側よりも有意に長い, NS: 有意差なし.

金華山島の調査地1(シバ 群落), 2(シバ 群落とススキ群落共存)におけるシカによるシバの採食率の季節変化. 誤差バーは標準偏差. **: P < 0.01, NS: 有意差なし.

記載的な論文と査読のあり方について

2021-12-30 07:03:57 | 最近の論文など
2021.12.1 「哺乳類科学」受理

記載的な論文と査読のあり方について

高槻成紀

ある哺乳類研究者の発言
 年代や出典は不確かだが,内容ははっきり覚えている.哺乳類について書籍も論文も貧弱であった1970年代に,ある哺乳類研究者が博物学の伝統について次のような内容を書いておられた.曰く,
 「欧米には博物学の伝統があるが,日本にはそれがない.そのために分子生物学のような研究は盛んだが,哺乳類の生活に関する地道な研究が乏しい.」
 これに続く内容については記憶が曖昧だが,学生だった私はその言葉に強く共鳴して「だから日本の研究者もそのような研究を進めるべきだ」と思った.そして自分は学生だが,そう書いた人は大学の教授だったから,日本でもそういう研究が進められるものと期待していた.しかし私の知る限り,その人や周辺からそういう研究が生まれることはなかった.
 遠藤(1992)は比較解剖学の立場から1980年代から1990年代の我が国の生物学における還元主義重視と,その必然的動きとしての記述軽視の状況を捉え,批判的警告を発している.
 時が経ち,2003年に「Wild Mammals of North America」(Feldhamer et al. 2003)が出版された.A4版で5 cmほどの厚さがあるその大著は,大部であるにもかかわらず小さな文字で膨大な記述があり,本文が1187ページもあって,種ごとに文献がついていた.例えばミュールジカを例にとると,文献だけで7ページに及ぶ.1970年代に大きく水を開けられていた日本の哺乳類学は,私が「これからはその距離が縮むはずだ」と思っていたのとは裏腹に,四半世紀後にさらに隔たりが大きくなったことを思い知らされた.

記載的論文
 私はその後,研究者になった.博物学的な研究が重要だという意識はあった.ではこのことについてお前はどれだけ貢献したのだと問われれば恥入るしかないが,私なりに動物の生活を描くタイプの論文を書いてきたつもりである.それはいろいろな種の食性,ニホンジカのハビタット利用(高槻 1983),ニホンジカの個体群動態(Takatsuki et al. 1994),ニホンジカによる群落への影響(Takatsuki 2009),種子散布(タヌキ: Sakamoto and Takatsuki 2015, テン: Yasumoto and Takatsuki 2015)などである.食性についての論文は多種にわたるので代表的なものだけ紹介すると,
ニホンジカ(高槻ほか 2021), 
ニホンカモシカ (Takatsuki and Suzuki 1984), 
ニホンジカとニホンカモシカ(Kobayashi and Takatsuki 2012), 
モウコガゼル(Yoshihara et al. 2008), 
タヒとアカシカ (Ohtsu and Takatsuki 2020),
モンゴルの家畜(Takatsuki and Morinaga 2019), 
アジアゾウ(Campos-Arceiz et al. 2008), 
ニホンザル(Tsuji and Takatsuki 2004), 
タヌキ(Takatsuki et al. 2020), 
テン(足立ほか 2017), 
タヌキとテン(Takatsuki et al. 2017), 
ツキノワグマ(Hashimoto et al. 2003
ヒグマ(Sato et al. 2004), 
カヤネズミ(Okutsu et al. 2012)などである.
 さて,この種の論文は必然的に記載的であるから,投稿してすんなりと受理されることはあまりない.多くの例ではさまざまなきびしい査読コメントがつく.その内容はさまざまだが,かなり多いのは「このことはすでに判っていることだから新規性がない」という類のものである.これは通常の科学論文では正当なコメントであることは認めたい.もし私が「どこどこのアカシカの食性」という論文を査読することになったら,雑誌と内容によって評価を違えるだろう.というのは,私は雑誌によって役割分担があると考えるからだ.もしその論文が国際誌に投稿されたのであり,何らかの生態学的概念を提唱するなどの内容であれば,その部分を読んで評価を考える.しかし,もしその論文が対象とする調査地では未知であったアカシカの食性情報を記述するという内容であれば,地方誌を奨めることになるだろう.

仮説検証型と記載型
 国際誌に掲載される論文は,一般性があり,未知な内容を解明する意義が明解であり,優れた総説がされており,方法が適切で,結果が充実しており,論理的な考察がなされたものであらねばならない.その種の論文はしばしば仮説検証型である.そのような論文が価値があり,国際誌に掲載されるにふさわしいものであることを認めた上で,動物種や対象地域が個別的で,新規性はあまりない記載的な論文(このような論文を以下「個別記載的論文」とする)もまた哺乳類学には必要不可欠であることを強調したい.昆虫や魚類に比べて大量のサンプル数を確保することも飼育にも困難が伴う傾向のある哺乳類の研究においては記載的研究の価値は大きい.冒頭にあげた哺乳類研究者が強調した博物学的研究にはその種の要素がある.例えば私が取り組んできた課題の一つである哺乳類の食性解明はギリシアの時代から情報の蓄積がある.博物学には創造主によって生み出された被造物を讃えるためにあらゆる生物のあらゆる属性を記載するという精神がある.文字通り枚挙的に記載しようというわけである.しかし現代生物学では,例えば体重と食物内容との関係の原理を解明すべくクライバー則があり,有蹄類についてはジャーマン・ベルの原理(グレイザー・ブラウザーの類型,いずれも例えば高槻, 1998)があるなど,生物の特性の背後にある原則を理論的に説明することで一般性を追求する.
 個別記載的研究の蓄積があることが,例えば前述の北米の哺乳類の大著に見るように,ある哺乳類の体格の南北変異とか食性の地域変異を示すことを可能にする.ジャーマン・ベル原理も個別記載的研究があってこそ可能であった.そうした俯瞰的総説は個別の情報なしには不可能である.
 では個別記載的な論文は俯瞰的総説のためだけにあるかといえばそうではない.個別記載的な論文がある時代のある理論のために有益な情報となることもある.そして,また新たな発見があって考え方が変われば,別の記載的論文が役に立つこともある.その意味で,記載された事実そのものに価値があるのであり,その意義は既往の概念で評価できないこともしばしばある.
 ここではあえて単純化して仮説検証型と記載型の典型例を取り上げたが,実際にはさまざまなレベルでその中間型の論文がある.
 さて,論文の内容と雑誌の関係であるが,大きくいって国際誌には一般性を重んじた仮説検証型の論文が主体であり,個別記載的な論文はローカルな雑誌が掲載を引き受けるのが妥当だというのが私の考えである.もちろん前者に優れた記載的論文があったり,後者に一般性を解明した論文があることを否定するものではない.本学会で言えばMammal Studyが前者,「哺乳類科学」が後者に対応する.「哺乳類科学」は日本というローカルな地方の雑誌である.
 このような雑誌の役割分担を考えると,査読のポイントも自ずと力点が違って然るべきである.私は,「哺乳類科学」は個別記載的論文が総合的に見て日本の哺乳類学を底上げするものであれば積極的に取り上げるべきだと思う.原稿の記載事実に価値があるが,執筆者が論文執筆に不慣れであることや,原稿の文章がわかりにくいこと,論理に無理があることなどはしばしばあるが,それは論文の致命点ではなく,査読によって改善すればよい.この点,現行の「哺乳類科学」の査読者には,上記の一般性追求型の論文以外は否定すべきと考えている人がいるようである.私は,それはローカル雑誌としての「哺乳類科学」のあり方としては違うと思う.このことについて私自身のささやかな体験を紹介したい.

フクロウ論文の体験
 私は鳥類について一つだけ論文を書いたことがある.それはフクロウの食性に関するもので,八ヶ岳に架けたフクロウの巣箱を調べたところ,牧場に近い巣箱ではハタネズミの割合が高く,森林に近い巣箱ではそれが低くなり,アカネズミ属が多くなるという結果が得られた(Suzuki et al. 2013).実際,牧場と森林でネズミの捕獲をしたらこれを裏付ける結果が得られた.これまでの日本のフクロウの食性分析例のほとんどはアカネズミ属が主体であることを示唆しており,里山的な環境で例外的にハタネズミが多いという事例があるに過ぎなかった.このことから八ヶ岳では開拓のために森林伐採が行われて牧場が造成された結果,アカネズミ属が減少し,それまでアカネズミ属を食べていたフクロウは牧場のハタネズミを食べるようになったのであろうと考察した.考察にはアムールで調べられたフクロウの食物はハタネズミが主体であることも付け加えた.
 これを日本の鳥類関係の雑誌に投稿したところ否定的だった.その理由の一つは「世界中の全てのフクロウの論文を網羅的に引用しない限り受理できない」というものだった.私は,この論文の意義は森林が卓越する日本ではフクロウは基本的に森林のアカネズミ属を主食とするが,草原的な環境になればハタネズミにシフトすることもあるということを示したことにあるので,それを論じるに必要十分な引用をすればよいと考えた.そして,この査読者との議論に生産性はないと判断して取り下げ,Journal of Raptor Researchに投稿し直した.すると,その反応は驚くほど違っていた.編集者は「これは大変よい論文であり,特に牧場との距離とハタネズミの割合の関係は美しい.ぜひ論文を改良してほしい」とあった.「Beautiful」という言葉が忘れがたい.そして「日本のフクロウの食性論文はほとんどが和文で書かれているので我々は読めない.この論文で総説して特徴を記述してほしい」とあり,さらに「そちらでは手に入りにくいであろう東ヨーロッパの博物館の報告に重要なものがあるから送るので引用してほしい」として論文が添付されていた.

査読の精神
 私はもちろんその査読のよい評価に喜んだのだが,同時に査読の姿勢が彼我でこれほどまでに違うのかとため息の出る思いだった.もちろん別の論文を国際誌に投稿して門前払いのように却下されたこともある.それはそれで悔しいが科学する精神として納得すべきことは納得する.しかし総合的に「よし」と判断すれば,微細な改善点はアドバイスして直し,こうすればもっと良くなると建設的な情報を提供するという対応をしてもらえば,「一緒に科学をしている」という充実感を持てる.いや,却下された場合であっても,自然界で起きていることを捉えようとしたのに,自分の方法はそれをうまく捉えるのにふさわしくなかった,あるいはとったデータの解析が不適切であったと知ることも「一緒に科学している」ことだと思える.
 これに対して,論文は仮説検証型のものこそ重要であり,記載的なものはレベルが低いとし,内容を十分に理解しないまま,重箱の隅をつつくような否定的なコメントをし,まるでアラ探しをして足を引っ張ることを査読と心得違いをしているような査読者に出会うと,失意しか残らない.そういうことが繰り返されると「哺乳類科学」に記載的論文が投稿されなくなり,そうなれば日本でその種の研究が低調になるであろう.とくに若手研究者が記載的研究に関心を失うようなことがあれば,日本の哺乳類学にとって大きなマイナスである.
 私は論文の査読とスポーツの解説に共通点があるように思う.よき選手必ずしもよき解説者ならずというのは周知のことである.そして解説と応援を混同している「解説者」もいる.だが,そのスポーツの世界,特に一般人が知らない,練習での苦労やプレーの背後にある意味などを論理的に解説されると「さすがにその道のプロだ」と感銘を受ける.
 私自身,査読はよくするが,思えば査読とはどういうことかを教わったことはない.自分が査読された体験から査読とはこういうものらしいと推察して実行してきたに過ぎない.「哺乳類科学」の編集委員会は査読について講習をすることを検討したらどうだろうか.それによって査読の精神を理解した人に査読を依頼すれば状況は大きく改善されると思われる.
 ただし,誤解があってはいけないので付け加えると,私は査読が甘くてもよいと言っているのではまったくない.すでに述べたように,哺乳類の調査では多くの事例を確保したり,観察の繰り返しが難しいことが少なくない.それだけにその記載によって言えることと言えないことを厳密に見極めなければならない.根拠がある論理的な解釈は許容されるが,主観的解釈は排除されなければならない.またその記載がどのような意義があるかは,背景を含めて明確に書かれなければならない.そうした点や記載の仕方には厳密な科学的姿勢が求められるのは論を俟たない.私が取り上げるべきであるという論文はこれらの点をクリアしたものであることを確認しておきたい.その上で,査読者には記載の価値を正しく捉えてもらいたい.
 付け加えることがもう一つある.ここまで私はMammal Studyを国際誌,「哺乳類科学」を地方誌として論を進めてきた.しかしMammal Studyは「アジアという地域の雑誌」という側面もあり,その意味では私がここで論じたことはMammal Studyにも当てはまる部分があると思う.アジアという世界でも稀に見る多様な生物を擁する地域の牽引という重要なミッションを担うMammal Studyが記述を重んじるよき地方紙となればなんとすばらしいことであろうか.

結語
 編集委員会と査読者が「哺乳類科学」を記載的論文を評価する雑誌にするという意識を持ち,読者,執筆者とそのことが共有されれば,個別記載的な論文が増えるに違いない.そうなれば欧米の哺乳類学との差は縮まらないまでも,開きが大きくはならなくなるだろう.
 1994年の「日本の哺乳類」(阿部 1994,現在は改訂2版, 2004)は我が国の哺乳類学の一里塚であり,2009年の「The Wild Mammals of Japan」(Ohdachi et al. 2009)はその時点での記念すべき到達点であった.「哺乳類科学」に個別記載的な論文がどんどん蓄積され,これら古典的な書籍を「古いもの」にできる日が来ることを期待したい.

謝辞
 東京大学総合研究博物館の遠藤秀紀教授にはもとの原稿を読んで有益なコメントを頂いた.そこでは科学哲学に言及されていたが,私はそこについて深めることはできなかった.しかし記述を軽んずる空気が現在よりも強かった1990年代の我が国の生物学の空気の意味などについて見解を共有でき,もとの原稿を改善することができた.遠藤教授に感謝申し上げる.

引用文献
阿部 永(監修)1994. 日本の哺乳類. 東海大学出版会, 東京, 195pp.(改訂2版は2008, 206pp.)
足立高行・桑原佳子・高槻成紀,2017. 福岡県朝倉市北部のテンの食性−シカの増加に着目した長期分析.保全生態学研究 21: 203-217.
Campos-Arceiz, A., Larrinaga, A. R., Weerasinghe, U. R., Takatsuki, S., Pastorini, J., Leimberger, P., Fernando, P. and Santamaria, L. 2008. Behavior rather than diet mediates seasonal differences in seed dispersal by Asian elephants. Ecology 89: 2684-2691.
遠藤秀紀, 1992. 比較解剖学は今.生物科学 44:52-54.
Feldhamer, G. A., Thompson, B. C. and Chapman, J. A. 2003. Wild Mammals of North America: Biology, Management, and Conservation. JHU Press, Maryland, 1216pp.
Hashimoto, Y., Kaji, M., Sawada, H. and Takatsuki, S. 2003. Five-year study on the autumn food habits of the Asiatic black bear in relation to nut production. Ecological Research 18: 485-492.
Kobayashi, K. and Takatsuki, S. 2012. A comparison of food habits of two sympatric ruminants of Mt. Yatsugatake, central Japan: sika deer and Japanese serow. Acta Theriologica 57: 343-349.
Ohdachi, S. D., Ishibashi, Y., Iwasa, M. A. and Saitoh, T. 2009. The Wild Mammals of Japan. Shoukadoh, Kyoto, 544pp.
Ohtsu, A. and Takatsuki, S. 2020. Diets and habitat selection of takhi and red deer in Hustai National Park, Mongolia Wildlife Biology 2021: wlb.00749 
Okutsu, K., Takatsuki, S. and Ishiwaka, R. 2012. Food composition of the harvest mouse (Micromys minutus) in a western suburb of Tokyo, Japan, with reference to frugivory and insectivory. Mammal Study 37: 155-158.
Sakamoto, Y. and Takatsuki, S. 2015. Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal. Zoological Science 32: 157-162.
Sato, Y., Aoi, T., Kaji, K. and Takatsuki, S. 2004. Temporal changes in the population density and diet of brown bears in eastern Hokkaido, Japan. Mammal Study 29: 47-53.
高槻成紀. 1983. 金華山島のシカによるハビタット選択.哺乳動物学雑誌 9:183-191.
高槻成紀. 1998. 哺乳類の生物学5 – 生態. 東京大学出版会, 東京, 144pp.
Takatsuki, S. 2009. Effects of sika deer on vegetation in Japan: a review. Biological Conservation 142: 1922-1929.
Takatsuki, S., Inaba, M., Hashigoe, K., Matsui, H. 2021. Opportunistic food habits of the raccoon dog - a case study on Suwazaki Peninsula, Shikoku, western Japan. Mammal Study 46: 25-32.
高槻成紀・石川愼吾・比嘉基紀. 2021. 四国三嶺山域のシカの食性−山地帯以上での変異に着目して. 日本生態学会誌 71: 5-15.
Takatsuki, S., Miyaoka, R. and Sugaya, K. 2017. A comparison of food habits between the Japanese marten and the raccoon dog in western Tokyo with reference to fruit use. Zoological Science 35: 1-7.
Takatsuki, S. and Morinaga, Y. 2019. Food habits of horses, cattle, and sheep-goats and food supply in the forest-steppe zone of Mongolia: A case study in Mogod sum (county) in Bulgan aimag (province). Journal of Arid Environments 104039.
Takatsuki, S. and Suzuki, K. 1984. Status and food habits of Japanese serow. Proceedings of the Biennial Symposium of Northern Wild Sheep and Goat Council 4: 231-240.
Takatsuki, S., Suzuki, K. and Suzuki, I. 1994. A mass-mortality of Sika deer on Kinkazan Island, northern Japan. Ecological Research 9: 215-223.
Tsuji, Y. and Takatsuki, S. 2004. Food habits and home range use of Japanese macaques on an island inhabited by deer. Ecological Research 19: 381-388.
Yasumoto, Y. and Takatsuki, S. 2015. The Japanese marten favors Actinidia arguta, a forest edge liane as a directed seed disperser. Zoological Science 32: 255-259.
Yoshihara, Y., Ito, Y. T., Lhagvasuren, B. and Takatsuki, S. 2008. A comparison of food resources used by Mongolian gazelles and sympatric livestock in three areas in Mongolia. Journal of Arid Environment 72: 48-55.

著者名:高槻成紀,
住所:郵便番号187-0041 東京都小平市美園町3-29-2(所属機関の住所ではなく自宅)
所属:麻布大学いのちの博物館,
ファックス番号042-347-5280,電子メールアドレス takatuki@azabu-u.ac.jp

モンゴル、フスタイ国立公園のタヒ(モウコノウマ)とアカシカの群落利用と食性

2020-11-30 21:35:03 | 最近の論文など
モンゴル、フスタイ国立公園のタヒ(モウコノウマ)とアカシカの群落利用と食性
大津彩乃:高槻成紀

この論文は2020.12/21にWildlife Biologyに受理された。

モンゴルのフスタイ国立公園では1960年代に野生状態で絶滅したタヒをヨーロッパの動物園から復帰させ、その後順調に回復している。ここにはアカシカも生息しており、両種が高密度になると食物をめぐる競合の可能性があるため、食性の定性評価が必要である。そのため糞分析のより食性と生息地選択を調べた。タヒは主にイネ科を食べ、草原をよく利用したが、アカシカはイネ科と双子葉をよく食べ、森林をよく利用した。したがって現状では両種は住み分け、食い分けをしているといえる。今後どちらかあるいは両種が増加すれば競合の可能性もあるし、植生への影響も強くなることを考察した。

調査地

タヒとアカシカの群落利用

タヒ(灰色)とアカシカ(黒)のフン中の植物片の大きさ別の重さ

タヒとアカシカの糞中のタンパク質含有率

モンゴル北部の森林ステップ帯におけるウマ、ウシ、ヤギ・ヒツジの食性:ブルガン県モゴドソムの事例

2019-10-17 05:08:40 | 最近の論文など
Food habits of horses, cattle, and sheep–goats and food supply in the forest–steppe zone of Mongolia: a case study in Mogod sum (county) in Bulgan aimag (province)

Seiki Takatsukia and Yuki Morinaga

Journal of Arid Environment, in press (Impact Factor: 1.77, accepted on October 16th, 2019)

摘要:モンゴルでは1990年代の社会体制の変化により家畜の数が増え、草原植生も大きな変化をしつつある。にも関わらず、意外なことに家畜の食性を定量的に解明した研究はない。そこで、モンゴル北部の森林スッテプ帯のブルガン県モゴド・ソムの。谷にある調査地1と川辺にある調査地2でウマ(大型非反芻獣)、ウシ(大型反芻獣)、ヤギ・ヒツジ(小型反芻獣)の食性を糞分析法で調べた。
 ウマは典型的なグレーザー(イネ科を主体とする食性をもつ草食獣)であり、糞はグラミノイド(イネ科・カヤツリグサ科)が50-70%と優占していた。スゲ(Carex)が多いのもウマの特徴だった。ウシでもグラミノイドが多く、Stipa(イネ科の1種)が20-40%を占め、ウマよりも多かった。ヤギ・ヒツジではStipaが30%、稈(イネ科の茎)が40%であった。類似度指数とDCA分析によると、糞組成は場所よりも家畜の違いをより強く受けていることがわかった。これはおそらく家畜のサイズ、消化生理、放牧の仕方などによるものと思われる。つまり、ウマは自由に動けるから自分たちの好きな水辺のスゲが生えているところに行ってスゲをよく食べるが、ウシはゲルの近くで採食して夕方はゲルに戻るという行動パターンをとるので、ゲルの周りのStipaが多い植生を反映した食べ物になっていた。ヤギ・ヒツジはウシと同じ反芻獣だから食性もウシに似ていたが、牧民に動きを規制され、場所によって違いがあった。


調査地


比較した2カ所の地形と植生。S:斜面(slope)、B:湿地(bog)、A:河辺沖積地(alluvial flat)


比較した2カ所の景観。調査地2はオルホン川に近くスゲのある河辺沖積地生がある。


オルホン川に近くスゲのある河辺沖積地。スゲが優占し、家畜の食べないアヤメの仲間が目立つ。ウマはここによく来る。


2カ所での糞の組成。ウマでCarex(スゲ)が多く、ウシでStipa(イネ科の1種)が多い。


糞組成を示すDCA展開図。組成が近いほどグラフ上の点が接近して表現される。ウマがその他の家畜と違うことがわかる。

場所ごと(左)と家畜同士(右)の糞組成の類似度(PS)。似ているほど100に近づく。どの家畜でも2カ所の類似度は80%前後と大きい。場所1ではウシとヤギ・ヒツジが似ていた。場所2ではウマの違いがよりはっきりしていた。




2カ所における地形ごとの植物の組成。植物の量はバイオマス指数(被度x高さ)。場所1では緩斜面、急斜面の面積が広く、そこではStipaが多い。場所2では湿地が広く、すげと双子葉草本が多く、斜面ではStipaと低木が多い。



2カ所の地形の面積割合をもとに推定した、土地全体のバイオマス指数。調査地1ではStipaが44%を占め、調査地2ではStipaは15%にすぎず、双子葉草本、低木、スゲ(Carex)などが多いという違いがあった。

以上の結果から家畜の食性は、場所の食物供給の違いをあまり反映せず、動物の消化生理学的特性や、行動圏の違いを反映していると考えた。

第 4 回企画展示「フクロウが運んできたもの」展の記録 ─ 構想から展示まで

2019-07-13 16:09:00 | 最近の論文など
2018.7.13
第 4 回企画展示「フクロウが運んできたもの」展の記録 ─ 構想から展示まで
高槻成紀
麻布大学雑誌, 30 : 29 − 41
2017 年 7 月から 10 月まで「フクロウが運んできたもの」と題する企画展示をおこなった。この展示の 内容は八ヶ岳におけるフクロウの食性と生息地に関する論文内容をもとに、関連の標本類などを展示したも のである。2 つのケースを用い、ひとつにはフクロウの概略を把握できるものとし、もうひとつは分析の内容 を解説できるものとした。このほか「フクロウ・ギャラリー」と称する写真展示の空間を作った。展示のほか、 分析をするワークショップを 3 回開催し、セミナーもおこなった。本展示は大学と学外組織との協働の好例と なった。


動物の食物組成を読み取るための占有率−順位曲線の提案  −集団の平均化による情報の消失を避ける工夫−

2019-06-19 16:13:27 | 最近の論文など
2018.6.30
動物の食物組成を読み取るための占有率−順位曲線の提案 
−集団の平均化による情報の消失を避ける工夫−

高槻成紀,高橋和弘,髙田隼人,遠藤嘉甫,安本 唯,野々村遥,菅谷圭太,宮岡利佐子,箕輪篤志
哺乳類科学, 58:49-62

 動物の食物組成は平均値によって表現されることが多いが,同じ平均値でも内容に違いがあることがある.ニホンジカ(以下シカ),ニホンカモシカ(以下カモシカ),イノシシ,タヌキ,アカギツネ (以下キツネ),ニホンテン(以下テン)の糞組成の食物カテゴリーごとの占有率を高いものから低いものへと曲線で表現する「占有率−順位曲線」で比較したところ,さまざまなパターンが認められた.シカとカモシカでは占有率が小さく,頻度が高い例(「高頻度・低値」)が多く,イノシシでも同様であった.これに対して食肉目では占有率も出現頻度も多様であり,1)供給量が多く,栄養価が低い(あるいは採食効率が悪い)と想定される食物では「高頻度・低値」が多く,2)供給量が限定的で,高栄養と想定される食物では「低頻度・高値」(占有率−順位曲線はL字型)が多い傾向があった.テンでは果実が「高頻度・高値」であった.このパターンには供給量,動物種の食物要求や消化生理などが関係していると考えられた.この表現法の特徴などを整理し,その使用を提唱した.


非常に重要な食物で集団のほとんどが食べており、占有率は大から小まで続く


一部の個体にはよく食べられるが、半分くらいの個体は全く食べていない


ありつける個体がごく一部


 これは「大論文」で、かなり長くなりました。ある動物の食べ物におけるある食物の平均占有率が50%だったとします。その数字を出すのに10のサンプルがあったとして、平均値が50%になるのは色々なパターがあるはずです。全部が50%のこともあれば、半分が100%で残りの半分が0%という場合だって平均値は50%です。これは意味が違うのに「平均」されると同じ50%になってしまいます。私はこのことを問題と考えました。それで、サンプル全てを占有率の大きいものから小さいものへと並べ、そのカーブを「占有率−順位曲線」と名づけました。日本人10人の食事を考えた時、米は大体誰でもある程度食べていますが、肉だと食べる人と食べない人がいるはずです。そうするとこの曲線はコメではなだらかなカーブになり、肉では急カーブになり、ゼロ値のものもるはずです。これを動物について試みました。そうするとシカなどの草食獣では横長のグラフになるのに対して、肉食獣だと様々で、L時型になるものもあれば、低空飛行するものもありました。そのことは食物の供給量と動物の「食べたさ」にもよるし、シカのように反芻するかしないかにもよります。
 このことを麻布大学で指導した学生の皆さんのデータを計算し直してこの論文を書きました。高橋君はシカ、髙田君はカモシカ、遠藤君はこれらに加えてイノシシ、安本さんと宮岡さん、箕輪くん(帝京科学大)はテン、菅谷君はタヌキ、野々村さんはタヌキとキツネを調べてくれました。だから、この論文は私の麻布大学での指導の一つの集大成と言えると思います。その意味でも「大論文」と言ってよいと思います。

東京西部にある津田塾大学小平キャンパスにすむタヌキの食性

2019-01-15 18:43:57 | 最近の論文など
2018.1.15 
東京西部にある津田塾大学小平キャンパスにすむタヌキの食性
高槻成紀

人と自然 Humans and Nature, 28: 1−10 (2017) こちら

 この論文は2016年の春から始めた玉川上水の自然観察から生まれたものです。津田塾大学によい林があり、タヌキがいそうだと目をつけていました。知人が津田の先生を知っているので連絡をとって入れてもらい、たしかにいることを確認し、タメフンばをみつけたところからスタートしました。大学を定年退職しても研究意欲は失っていないことが形になったという意味でもうれしいものでした。糞の分析だけでなく、森林の調査もして、なぜムクノキやカキノキの種子がよく出てくるかの説明もできました。観察会の成果が生かされました。以下は要旨です。

 東京西部の市街地にある津田塾大学に生息するタヌキの食性を糞分析によりあきらかにした.調査地の林は植林後90年経過したシラカシ林で,林内は暗いため,都市郊外の雑木林のタヌキの食物になる低木や草本は少ない.合計で109の糞試料をポイント枠法で分析した.糞組成は晩冬には果実や葉など多様であったが,春には昆虫と哺乳類が増加,夏には昆虫と葉が多く,秋には果実と種子が優占し,初冬には再び多様になった.果実としては高木のムクノキ,カキノキの果実が重要であり,低木や草本の果実は乏しかった.津田塾大学は周囲を市街地に囲まれているが,タヌキ糞中の人工物は少なかった.


津田塾大学のタヌキの糞の組成の季節変化

タヌキが利用する果実の特徴 - 総説

2018-05-08 16:31:03 | 最近の論文など
2018.5.8
タヌキが利用する果実の特徴 - 総説

高槻成紀
哺乳類科学, 58: 1-10.

摘 要
 ホンドタヌキ(以下タヌキ)が利用する果実の特徴を理解するために,タヌキの食性に関する15編の論文を通覧したところ,タヌキの糞から103種の種子が検出されていた.これら種子を含む「果実」のうち,針葉樹2種の種子を含む68種は広義の多肉果であった.ただしケンポナシの果実は核果で多肉質ではないが,果柄が肥厚し甘くなるので,実質的に多肉果状である.また,乾果は30種あり,蒴果6種,堅果4種,穎果4種,痩果4種などであった.このほかジャノヒゲなどの外見が多肉果に見える種子が3種あった.果実サイズは小型(直径10mm未満)が57種(55.3%)であり、 色は目立つものが70種(68.0%)で,小型で目立つ鳥類散布果実がタヌキによく食べられていることがわかった.「大型で目立つ」果実は15種あり,カキノキはとくに頻度が高かった.鳥類散布に典型的な「小型で目立つ」な果実と対照的な「大型で目立たない」果実は10種あり,イチョウは検討した15編の論文のうちの出現頻度も10と高かった.生育地ではとくに特徴はなかったが,栽培種が21種も含まれていたことはタヌキに特徴的であった.こうしたことを総合すると,タヌキが利用する果実には鳥類散布の多肉果とともに,イチョウ,カキノキなど大型の「多肉果」も多いことがわかった.テンと比較すると栽培植物が多いことと大きい果実が多いことが特徴的であった.

以前にテンについて同じ趣旨で論文を書きました。その比較をすると、タヌキの方が多様な果実を食べること、大きな種子を含む果実を食べること、栽培植物をよく食べることなどがわかり、タヌキの特徴を反映していました。