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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

モンゴル北部の森林ステップの草地群落への放牧の影響:放牧と非放牧の比較

2018-05-03 16:36:34 | 最近の論文など
2018.5.3
モンゴル北部の森林ステップの草地群落への放牧の影響:放牧と非放牧の比較
高槻成紀・佐藤雅俊・森永由紀

Grassland Science, 64: 157-214.

2002年からモンゴルに通っています。最初はモウコガゼルの調査から始まったのですが、その後家畜と草原の関係を調べるようになって今日に至っています。モンゴル中央の北部はモンゴルとしては比較的降水量があり、山の北斜面には森林があるので「森林ステップ」と呼ばれています。もっと北のロシアに行けばタイガになる、草原と森林の移行帯です。その一つとしてブルガンという場所があり、そこで放牧影響を調べた調査結果が論文になりました。こちら

要旨:モンゴルでは牧畜のあり方が移牧から定着に変化したため、草原が過放牧になり、群落に変化をもたらしている。この調査はモンゴル北部の深林ステップで長い時間家畜を排除した好例を見つけたので、放牧が草原にどのような影響をもたらすかを示そうとした。ブルガン飛行場は1950年代から柵をしてきたので、放牧された場所とされていない場所を比較できる。そこで群落構造、種組成、生育形に着目して柵の内外を比較した。植物量は柵外で40 g/m2であり、柵外(305 g/m2)の7分の1にすぎず、出現種数も半分ほどだった。柵内では草丈は30-40cmあったが、柵外では10cm未満だった。柵内では直立型、分枝型、大型叢生型が多いが、柵外では小型叢生型と匍匐型が優占的だった。柵内では微地形に応じて優占種に違いが見られたが、柵外ではCarex duriusculaというスゲとPotentilla acaulis(キジムシロ属)という匍匐型が優占していた。すなわち放牧影響はもともとある微地形の影響を「マスク」すると言える。この調査は、放牧による群落への影響を生育型を用いることで有効に示せることを示した。


A: 柵内外の比較、B:柵内の様子、C:柵外の様子、D: Potentilla acaulis

Effects of grazing on grassland communities of the forest-steppe of northern Mongolia: a comparison of grazed versus ungrazed places

Seiki Takatsuki, Masatoshi Sato, and Yuki Morinaga

Abstract
Overgrazing of grasslands in the Mongolian steppes resulting from a transition from pastoral to sedentary livestock production has led to significant changes in the plant communities. This study aimed to show how livestock grazing affects steppe vegetation in northern Mongolia by a good example of a long-termed exclusion of grazing. The Bulgan Airport in northern Mongolia has been fenced since the 1950s and thus is suitable to compare grazed and ungrazed plant communities. We studied plots both inside and outside the fence with reference to community structure, species composition, and growth form. Plant biomass for the outside plots averaged (40 g/m2) less than one-seventh of that inside the fence (305 g/m2), and average species number per plot was about half of that inside the fence. Height of plants inside the fence ranged from the ground surface to 30 - 40 cm, whereas most of the plants outside were less than 10 cm tall. Erect, branched, and tall tussock form plants were reduced outside the fence, and short tussock and prostrate form plants became dominant. Microtopography resulted in different dominant plants inside the fence whereas only Carex duriuscula, a sedge, and Potentilla acaulis, a short growing prostrate forb, prevailed outside. That is, grazing as a factor effecting plant communities prevailed and "masked" microtopography outside the fence. It was shown that the use of growth form is effective to evaluate vegetation changes by grazing.

仙台の海岸に生息するタヌキの食性

2018-02-04 16:19:07 | 最近の論文など
2018.2.4 
仙台の海岸に生息するタヌキの食性

高槻成紀・岩田 翠・平吹喜彦・平泉秀樹
保全生態学研究, 23: 155-165.

「3.11」はこんなところにも影響していたという事例です。あの津波は仙台の海岸では高さ9mにもなって何もかもを飲み込み、なぎ倒しました。この海岸にはタヌキも住んでいたのですが、流されたに違いありません。私の友人たちはその海岸の動植物の回復を記録してきました。その一人平泉さんは、東北大学時代の後輩ですが、鳥類の調査をしているときにタヌキのタメフンを見つけました。2013年6月のことですから、津波の2年後ということになります。タヌキは内陸まで津波でさらわれて、おそらく死んだはずですから、「戻ってきた」というより、新たな個体が海岸に住みついたものと思われます。ということは、タヌキが暮らせる環境が戻ってきたということです。そのタメフンが私のところに送られてきて分析をしました。そうしたら、テリハノイバラとドクウツギ、それにヨウシュヤマゴボウの種子がたくさん検出されました。テリハノイバラとドクウツギは砂浜に生える低木で、津波を受けたにもかかわらず、少なくとも地下部が残っていて復活したものと思われます。ヨウシュヤマゴボウは外来種ですが、かき回すように荒れた環境が好適だったようで、その後は少なくなったそうです。このほかコメや大麦、ポリ袋なども出てきたので、農業地帯の人工的な食物も食べていたことがわかりました。これはタヌキという動物の、環境が変わってもその環境に合わせて生きてゆくたくましさを示す好例だと思います。私は糞を分析しながら、そのことを感じ、不思議な感動を覚えました。

要約:これまで知られていなかった東北地方海岸のタヌキの食性を宮城県仙台市宮城区岡田南蒲生と岩沼市蒲崎寺島のタヌキを例に初めて明らかにした。このタヌキは2011年3月の東北地方太平洋沖地震・津波後に回復した個体群である。南蒲生では防潮堤建造、盛土などの復興工事がおこなわれ、生息環境が二重に改変されたが、寺島では工事は小規模であった。両集団とも海岸にすむタヌキであるが、魚類、貝類、カニ、海藻などの海の生物には依存的ではなかった。ただしテリハノイバラ、ドクウツギなど海岸に多く、津波後も生き延びた低木類の果実や、被災後3年ほどの期間に侵入したヨウシュヤマゴボウなどの果実をよく利用した。復興工事によって大きく環境改変を受けた南蒲生において人工物の利用度が高く、自然の動植物の利用が少なかったことは、環境劣化の可能性を示唆する。また夏には昆虫、秋には果実・種子、冬には哺乳類が増加するなどの点は、これまでほかの場所で調べられたタヌキの食性と共通であることもわかった。本研究は津波後の保全、復旧事業において、動物を軸に健全な食物網や海岸エコトーンを再生させる配慮が必要であることを示唆した。

キーワード:津波、テリハノイバラ、ドクウツギ、糞分析、ヨウシュヤマゴボウ


タヌキの糞から検出された種子。1)ドクウツギ、2)テリハノイバラ、3)サクラ属、4)ノブドウ、5)クワ属、6)ヨウシュヤマゴボウ、7)イヌホオズキ、8)ツタウルシ、9)ヘクソカズラ、10)ギンナン(イチョウの種子)、11)コメ(イネの種子)、12)ウメ。格子間隔は5mm

最近の論文など

2015-04-04 14:31:05 | 最近の論文など
2014年

「このは」8号、骨特集

 文一総合出版という出版社があり、生物系の本を出しています。同好の人であれば「ハンドブック」シリーズの出版社といえばおわかりかと思います。そこが「このは」という雑誌を出しています。なかなか内容のある雑誌で気に入っています。
 この「このは」が骨の特集号を出すことになり、相談をもちかけられました。麻布大学には動物の骨の標本はたくさんあるので、撮影協力をし、解説文を書きました。カメラマンと編集者が来て、多少の荷物をもっていましたが、二人で運べる程度のものでした。標本室で撮影をはじめましたが、三脚にカメラをつけたのはいいんですが、白い骨だから黒いバックがよいと思いました。壁は灰色で、よくないので、暗幕をもってきていると思ったのですが、出て来たのは幅1mあまり、長さ2mくらいの黒布です。ネコの標本ならまにあいそうですが、ウシやウマもあるのでどうするのかと思っていたら、頭の部分の背後の布をおいてそこを写し、それから肩、腹、尻と動かして行きます。あとでゲラが送ってきたのをみたら、見事に合成されて真っ黒なバックに馬の骨がありました。
 その「このは」ができて送ってきましたが、なかなかの出来でした。骨についてさまざまな記事があり、これまでにない本になったと思います。骨のことを知らない人、1200円です。内容は3000円くらいはあるので、ぜひ進化の産物としての骨の魅力を味わってみてください。


 

「捕食者なき世界」ウィリアム・ソウルゼンバーグ著、野中香方子訳、高槻成紀解説
2010年に単行本として出たものがわりあいによく読まれたらしく、文庫本化されました。こういう本が一般の読者に受け入れられるというのは意外感があります。内容はけっこう難解で、私などからするともっとすっきりと書いたほうがよいのにと思うところがたくさんあります。しかしサイエンスライターの取材力はすごいもので、アルド・レオポルドの位置づけなどはとても興味深いものです。



Tsuji, Y., Y. Yasumoto and S. Takatsuki. 2014. Multi-annual variation in the diet composition and frugivory of the Japanese marten (Martes melampus) in western Tokyo, central Japan.
Acta Theriologica, 59: 479-483.

この論文は東京西部の盆堀というところのテンの食べ物を糞分析で調べたもので、ミソは異なる年代を比較したことです。テンの食性そのものを調べた論文はけっこうあり、日本でもいくつかありますが、ほとんどは1年間を調べて季節変化を出したものです。しかし、果実依存型の動物の場合、結実の年次変動があり、1年だけで決めつけるのは危険です。辻さんはニホンザルでこのことを指摘し、粘り強く経年変化を調べています。H25年度の4年生安本が分析をし、辻さんが10年ほど前に分析したものと比較しました。思ったほどの違いはありませんでしたが、それでも果実の違いはたしかにあり、90年代にはサルナシが少なかったのですが、2000年代には多くなり、おそらくそれに連動して哺乳類や鳥類への依存度が小さくなりました。

2013年
Takahashi, Kazuhiro, Akira Uehara, and Seiki Takatsuki. 2013
Plant height inside and outside of a deer-proof fence in the Otome Highland, Yamanashi, central Japan.Vegetation Science, 30: 127-131

この論文はこの春に卒業した高橋君の卒論です。乙女高原ではシカの増加によってススキが増えて、「きれいな花」が減ったといわれています。きれいな花とは大型の虫媒花で、キンバイソウ、クガイソウ、ヤナギランなどです。そこで乙女高原ファンクラブが作った柵を使ってこのことを実証することにしました。ところが、実は高橋君は植物の名前をあまり知らなかったので(ほかの学生もそうですが)、主要な植物を選んでマーキングをし、それの草丈を毎月測定してもらうことにしました。名前がわからないということもありますが、個体を識別して測定すると、データが確実だということがあります。ランダムに調べると、個体差がありますから、どうしても「違うとなったけどたまたま測定した個体による」「同じとなったけど、本当は違うのではないか」ということがあります。その点、マーキングしておけば、先月の値と今月の値は確実に違うことが自信をもっていえます。そういうわけで定期的に調べたら、ほとんどのものは柵の中で高くなりました。ただし2種だけ違いのないものがありました。ひとつはススキでイネ科は成長点が地表にあり、刈り取られても内側から新しい茎が出て来るので、刈り取りに強いので、説明ができます。もうひとつはヨツバヒヨドリで、これはシカが好まないからです。このほかにもハンゴンソウ、マルバダケブキが代表的なシカが食べない植物ですが、この柵の近くにはありませんでした。本当は群落レベルでの種組成比較などのほうが大切なのですが、手始めとしてはよいデータが出たと思います。


Vegetation Science より許可を得て掲載

Takahashi, Kazuhiro , Akira Uehara and Seiki Takatsuki
Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica.
Mammal Study, 38: 231-234.
この論文は高橋和弘君が乙女高原のシカの食性を糞分析法で明らかにしたもので、次の2点が評価されました。これまでのシカの食性論文の多くは季節変化を4季節で表現してきましたが、この論文ではほぼ毎月の月変化を示しました。また、その結果、冬を中心としてミヤコザサに依存的な季節と、ササに依存しない季節とに2分されることを示しました。このことは乙女高原が森林伐採によって草原となり、その後も刈り取りで草原が維持されていることを反映しています。もし森林だけであれば、岩手県五葉山や栃木県日光などのように一年中ミヤコザサに依存的なはずです。この論文では糞分析に加えて、ササの採食率も測定しました。


SUZUKI, T., A. HIGUCHI, I. SAITO, S. TAKATSUKI
FOOD HABITS OF THE URAL OWL (STRIX URALENSIS) DURING THE NESTLING PERIOD IN CENTRAL JAPAN.
Journal of Raptor Research, in press
この論文は鈴木大志君の卒業論文がもとになっています。八ヶ岳にかけられた20ほどのフクロウの巣に残されたネズミの骨を分析したところ、草原性のハタネズミと森林性のアカネズミ系の骨が出て来ましたが、その比率は巣の位置と牧場との距離に比例して、牧場に近いほどハタネズミが多いという結果でした。このことは森林伐採によってネズミの生息が変わり、それがフクロウの食性に影響するということを示唆します。実際に八ヶ岳の牧場でネズミの捕獲調査をしたら、牧場ではハタネズミだけが、ミズナラ林ではおもにアカネズミが捕獲されました。日本のフクロウはユーラシア北部にヨーロッパまで分布していますが、大陸ではおもにハタネズミを食べています。日本のフクロウは密生した森林でアカネズミ食に特化したもののようです。論文の査読者とのやりとりでよい勉強をさせてもらいました。


Takatsuki, S. and M. Sato. 2013.
“Biomass index” for the steppe plants of northern Mongolia
Mammal Study, 38: 131-133
この論文はモンゴル北部の森林ステップ地帯の植物を被度と高さの積で表現したバイオマス指数と実際の地上部現存量との対応を示したもので、これを使えば被度と高さを測定すればおよそのバイオマスを推定できることを示したものです。ミソは植物の形によって指数と重量の関係が違うので、それを生育型で類型したことで、同じ生育型なら相関が強いことがわかりました。


Fragmentation of the Habitat of Wild Ungulates by Anthropogenic Barriers in Mongolia.
Takehiko Y., Badamjav Lhagvasuren, Atsushi Tsunekawa, Masato Shinoda, Seiki Takatsuki, Bayarbaatar Buuveibaatar, Buyanaa Chimeddorj
PLoS ONE 8(2): e56995. doi:10.1371/journal.pone.0056995
 この論文はモンゴルのモウコガゼルとモウコノロバにGPS発信器をつけて動きを調べたところ、鉄道の東西で捕獲して放したにもかかわらず、一頭も鉄道を越えたことがなかったことから、こういう移動性の大きい動物の保全にとって鉄道のような障壁が障害になっていることを示したものです。いまモンゴルでは露天堀りで鉱山開発が進みつつあり、鉄道建設も予定されているので、こうした配慮が必要だと提言しています。Plos Oneという新しい形式の論文ですが、査読者の名前ものるようで、有名なFesta-Bianchetが読んでくれたようです。



2012年

高槻成紀・立脇隆文. 2012. 雑食性哺乳類の食性分析のためのポイント枠法の評価:中型食肉目の事例. 哺乳類科学, 52: 167-177.
 この論文は動物の食性分析法としてのポイント枠法の有用性をアピールしたもので、実は学生実習のデータです。タヌキとハクビシンの夏と冬の胃内容物をポイント枠法で分析すると、どのくらいの時間がかかるか、カウントするにつれて食物内容が増えていくが、どのくらいで十分といえるのか、食物ごとの出現頻度と占有率はどういう関係にあるか、ポイント枠法は食物の面積を表現する方法だが、その数字と重量はどういう関係にあるかなどを調べました。その結果、時間は重量法の3分の1くらいですむこと、200カウントすればほぼ満足がいくカテゴリー暴露ができること、組成も信頼性があること、「おいしいがなかなかない食物」と「どこにでもあるがおいしくない食物」の関係が頻度と占有率のグラフから明瞭に表現できることなどがわかりました。
 この方法が普及してほしいものです。分析した胃内容物は交通事故で死んだ動物から得たもので、よい論文を書くことで私たちなりに追悼の意味をもたせました。

Kakinuma, K. and S. Takatsuki. 2012.
Applying local knowledge to rangeland management in northern Mongolia: do 'narrow plants' reflect the carrying capacity of the land?
Pastoralism: Research, Policy and Practice, 2012, 2:23
この論文はモンゴル北部のボルガン地方で、過放牧にみえる草原が実はそうでもないということを示したものです。この地方はモンゴルとしては降水量があるので、山の北部には森林があるほどです。ですから草の伸びもよいのですが、家畜になめるように食べられて芝生のようになっています。その優占種はスゲの仲間です。共同研究者の柿沼薫さんは、牧民に聞き込みをして「ここはよい草地ですか?」と質問をしたところ、よい、悪いという返事があり、よいところには「ナリン・ウブスが生えているから」というのです。ナリンは細い、ウブスは草です。このことは双子葉草本は回復力がないが、小型のイネ科やカヤアツリグサ科は再生力があることを知っているということです。柿沼さんは実験的に柵を作って一夏おいてみたところ、中では草丈が高くなりましたが、この柵を移動させることで、家畜のお腹にはいってしまたはずの植物量を推定したのです。そうしたらみかけよりずっと生産量が多いことがわかりました。私たちはモンゴルの牧民が信じている知識を、科学的に検証し、正しいものはその理由を示したいと思っています。そして多くのことにはそれなりの理由があることがわかってきました。牧民の「知恵」としては理由がわからないままに信じていて説明ができないこともありますが、長いあいだに経験的に言い伝えられてきたことが多いと思うのです。そういうことを示すことのできた論文になりました。

Jiang, Z., S. Takatsuki, M. Kitahara, and M. Sugita. 2012.
Designs to reduce the effect of body heat on temperature sensor in board house of GPS radio collar.
Mammal Study
, 37: 165-171.
この論文は野生動物保護管理事務所のジャン(姜兆文)さんがGPS発信器の機能について野生動物の動きを調べる前に予備調査をして得た知見を記述したものです。

Okutsu, K., S, Takatsuki and R. Ishiwaka. 2012.
Food composition of the harvest mouse (Micromys minutus) in a western suburb of Tokyo, Japan, with reference to frugivory and insectivory.
Mammal Study
, 37: 155-158.
この論文は奥津憲人君の卒業論文の一部で、カヤネズミの食性を量的に評価したはじめての論文となりました。東京西部に日ノ出町という町があり、そこに廃棄物処分場跡地があります。要するにゴミ捨て場です。そこに土をかぶせてスポーツグランドにしたほか、一部に動植物の回復値を作りました。ススキ群落が回復し、ノウサギやカヤネズミが戻って来ました。カヤネズミは体重が10gもないほど小さなネズミで、独特の球状の巣を作ります。そこに残された糞を顕微鏡で分析したのですが、分析する前に次のようなことを予測していました。体が小さいということは体重あたりの体表面積が広いということですから、代謝量が多く、良質な食物を食べなければならないはずです。でもススキ群落はほとんどがススキでできていて硬い繊維でてきています。カヤネズミが食べられるようなものではありません。そうするとカヤネズミとしてはススキ群落にいる昆虫とか、生育する虫媒花の花や蜜のような栄養価の高いものを選んで食べている可能性が大きいはずです。実際に調べてみると確かに昆虫の体の一部や、なんと花粉が見つかったのです。ただし、カヤネズミの生活を撹乱してはいけないので、糞は繁殖の終わった12月に採集しました。したがって夏から秋までの蓄積をみたことになります。実際には季節変化があったはずで、これは今後の課題となりました。

Minami, M., N. Oonishi, N, Higuchi, A. Okada and S. Takatsuki. 2012.
Costs of parturition and rearing in female sika deer (Cervus nippon).
Zoological Science, 29: 147-150.
この論文は金華山で長年シカの観察をしてきた南さんたちのグループがとってきたデータと合同でおこなってきた体重などの計測を総合的に解析したもので、メスが出産育児をすることの負担がいかに大きいかを示しました。金華山のメスジカは妊娠率が低いことは知られていました。<以下未完>

Kojo, N., N. Higuchi, M. Minami, N. Ohnishi, A. Okada, S. Takatsukiand H. B. Tamate. 2012. Correlation between genetic diversity and neonatal weight of sika deer (Cervus nippon) fawns.
Mammal Study, 37: 11-19.

Kobayashi, K. and S. Takatsuki.2012.
A comparison of food habits of two sympatric ruminants of Mt. Yatsugatake, central Japan: sika deer and Japanese serow
Acta Theriologica, 57: 343-349.
この論文は私の長年の懸案を解決したものです。私はシカの食性を調べて来ましたが、機会があってカモシカの食性も調べたことがあります。明らかにカモシカのほうが常緑樹の葉や果実などをよく食べているという確信があったのですが、いずれもシカがいない場所のカモシカだったので、その違いはカモシカの食性ではなく、場所の違いを反映しているだけかもしれないということを反証できないでいました。同じ東北地方で比較したこともありますが、シカは岩手、カモシカは山形でした。5年前に八ヶ岳で調査するようになり、そこにはシカもカモシカもいることがわかりました。それで小林謙斗君といっしょに糞分析をしました。予想が見事にあたり、シカはササをおもに食べていましたが、カモシカは常緑黄葉順などをよく食べていました。また糞の粒径もカモシカが小さいほうに偏っていました。このことにはシカとカモシカの進化が関係しており、消化生理学的な説明も可能です。

Tsuji, Y. and S. Takatsuki. 2012.
Interannual variation in nut abundance is related to agonistic interactions of foraging female Japanese macaques (Macaca fuscata).
International Journal of Primatology, 31,DOI 10.1007/s10764-012-9589-0
辻大和さんは大学の3年生のときから金華山のサルの食性を軸にした研究を継続しています。たいへんな努力家で、よいデータをたくさんとってくれました。中でもこの研究は力作で、サルの食性を長年継続調査するとともに、結実状態、その栄養分析、個体識別したサルの順位を総合的に調べて、豊作の年には群れ全員が良質な栄養を十分にとれることを示しました。それも重要ですが、今日昨年に起きたことの発見が重要でした。ブナが凶作でカヤが豊作の年の冬にはサルがカヤの木に集中するのですが、そのとき社会的に優位なサルがカヤの木を独占したのです。カヤの木はあまり大きくないため独り占めが可能なのです。劣位なサルは栄養が悪くなって妊娠しませんでした。つまり凶作年には全体に繁殖率が悪くなるのではなく、劣位なサルだけがつらい状況になるということです。これを示すにはたくさんのデータを何年も継続しなければならず、文字通りの力作となりました。

ジャヤワルダナ,J,・高槻成紀. 2012
スリランカのゾウの状況と孤児支援
ズー・エクスプレス, No.605 - 2012年09月14日
スリランカの友人のジャヤワルダナさんはゾウの研究をし、著作もありますが、仕事はお茶の生産です。最近はゾウを通じて自然教育をしていますが、その活動のひとつとして、ゾウに親を殺された孤児の学費の支援をしています。そのことを紹介した論文です。

高槻成紀. 2012.
シカと高山.
私たちの自然, 2012(1/2):24-27.
シカが増えて分布を拡大してかなり時間が経ちました。われわれ研究者が予測していたよりもはるかにすごい勢いで増え、今や高山帯にまで達しています。私はライチョウの保全を考える集会で自分の考えを述べましたが、それを聞いていた編集者からこの雑誌に書くように求められました。20世紀中葉のアメリカの生態学者シェルフォードのバイオームという概念で考えた場合、ニホンジカと高山植物とはミスマッチである可能性が大きく、警戒と対策が必要であることを指摘しました。

高槻成紀. 2012.
オオカミを見る目
「新しい国語1」, 東京書籍
私は2006年に「ヤシ動物と共存できるか」という岩波ジュニア新書を書きました。その本はよく読まれていま5刷で、いまどき珍しいことだろうです。中学校の国語の入試問題によく引用されるのですが、今回国語の教科書に載ることになりました。たいへん光栄なことです。編集の方の説明では、文章の構造を学ばせるのに適した文章だということでした。自分ではあまり構造を意識したつもりはなく、わかりやすく書くためにはどういう順序で書けばよいかを「本能的に」考えただけなのですが。

高槻成紀, 2012.
食物連鎖を教える
理科教室, 2012(6): 36-41.
いま初等教育の現場はたいへんです。先生に貸される課題がたいへん多く、また社会からのきびしい批判からしてはいけないことだらけです。そうした中で理科で生き物のことを教えることがいかにたいへんかは想像できます。とくに生態系について教科書で概念を説明するだけでは生徒に興味を持たせるのはむずかしいと思います。そのためにどうすればよいかを考えて書きました。

高槻成紀. 2012
おもしろいと思うことをやればいい:菊池さんから教えてもらったこと
「ねこさんに教えてもらったこと菊池多賀夫博士追悼文集」
東北大学の先輩であり、上司でもあった菊池多賀夫先生が急逝され、同志が追悼文集を作りました。私は菊池さんに大きな影響を受けました。そのことを想い出とともに書きました。

高槻成紀. 2012
小さな会誌に書かれた菊池さんの文章
「ねこさんに教えてもらったこと菊池多賀夫博士追悼文集」
私は大学院生のときに市民活動として「仙台自然に親しむ会」の運営をお手伝いしており、「ばっけ」という文集を編集していました。それはガリ版刷りという今の学生はまったく知らない手書きの方法で作ったものでした。菊池さんはこれに何編かの文章を寄せてくださいました。それを書架にみつけたので文集に採録してもらいました。名文です。

高槻成紀. 2012. 幸せな男たち
Ouroboros, 16(3)
ブータンシボリアゲハという幻の蝶が発見されたという話題について、かつての「昆虫少年」がその思いを書きました。

高槻成紀. 2012
生態学者が都市に住む
都市問題