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高槻成紀のホームページ

「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

タヌキの糞からイチイ

2019-11-09 21:14:22 | 研究
アファンのタヌキの糞からイチイ
 今年(2019年)の10月のタヌキの糞を分析していたら、サルナシやケンポナシとともに見かけない種子が出てきました。やや弾丸状に先が尖っています。草本の種子ではなさそうです。どこかで見たような気もしますが、知らないので、図鑑の初めからチェックし直しなのでなかなか大変です。種子の図鑑は3冊あって、一通り見ましたが、該当なしです。ずっと見ていって、最後の方になると単子葉植物のランなどになるので
「あれ、該当なしだなあ」
とがっかりします。主だった樹木のあたりは丁寧にみましたが、該当するものがありません。
 困っていましたが、別の機会に気を取りなおして図鑑を開き、最初のほうにある裸子植物もチェックしたら、キャラボクがちょっと似ていました。しかしキャラボクは黒姫にはありません。でも似ています。それでハッとしました。キャラボクに近いイチイが出ていました。そういえばイチイはアファンの森の近くの農家の生垣で見たことがあります。改めて図鑑をよくみるとそっくりです。以前に採集していた標本を見たらぴったりでした。間違いありません。


タヌキの糞から検出されたイチイの種子


 多肉果といえば広葉樹と思いがちで、針葉樹という発想がありませんでした。針葉樹といえば松ぼっくりやモミなどの毬果を連想してしまい、図鑑をみるときも裸子植物のページは身を入れて見ていなかったと反省しました。
 林では見たことがないので、タヌキはどこかの農家まで出かけて落ちていたイチイの「果実」を食べたものと思われます。いや、正確にいうと果実ではなく種子の仮種皮が肉質に肥大したものです。


イチイの「多肉果」



人工林が広がる場所でのシカの食性 – 鳥取県東部の事例 --

2019-11-02 23:14:03 | 研究
19.9.19
人工林が広がる場所でのシカの食性 – 鳥取県東部の事例 --

高槻成紀(麻布大学いのちの博物館)・永松 大(鳥取大学)

摘要:日本各地でシカが増加し、森林植生に強い影響を与えるとともに林業被害も増加している。スギ人工林が卓越する鳥取県東部の若桜町では過去20年前からシカが急増し、林床植生が貧弱化した。林業被害対策にはメカニズム解析が不可欠で、シカの食性は一つのポイントとなるが、人工林の卓越する場所でのシカの食性は知られていない。植生は、スギ人工林では柵外はコバノイシカグマ以外は非常に乏しかったが、柵内にはチヂミザサ、ススキ、スゲ類などがあった。落葉広葉樹林でも貧弱で、ムラサキシキブなどが散見される程度であったが、柵内ではタケニグサ、ベニバナボロギク、ジュウモンジシダ、ガクウツギ、ニシノホンモンジスゲ、ススキなどがやや多かった。シカの糞分析の結果、シカの糞組成は植物の生育期でも緑葉が20-30%程度しか含まれておらず、繊維や枯葉の占有率が大きいことがわかった。夏に葉の占有率がこれほど小さいのは神奈川県丹沢のシカで知られているだけである。

はじめに
 シカ類の増加と森林生態系の問題は世界的に深刻である(McShea and Rappole, 1992, Waller and Alberson, 1997, Côté et al., 2004, Tanentzap et al., 2010)。日本でも過去20年ほどでシカが増加し(++)、森林生態系に利用を及ぼすとともに(Takatsuki, 2009)、林業の被害を起こしている(大井 1999、Akashi N, Nakashizuka T (1999), Ueda et al., 2002, 2003, 尾崎 2004、Honda et al., 2008)。シカ(ニホンジカ)は落葉広葉樹林に生息することが多いが、場所によってはスギやヒノキの人工林が卓越した場所がある。人工林は密植されるため林内が暗く、林床植物は乏しいことが多い。そのため同じ生息密度であっても広葉樹林よりはシカの食物は乏しく、そのことが林業被害とも関連している。林業被害は被害発生のメカニズムを解明することが重要であり(Ueda et a., 2002, 2003, Honda et al., 2008)、シカの密度や食性を解明は重要な情報となる。
 シカの食性は北海道から屋久島まで広範に分析され、大体の傾向は把握されているが(Takatsuki, 2009)、まだまだ残された地域も多い。中国地方はその一つで、2000年に山口県のシカで断片的な情報が報告されたにすぎない(Jayasekara and Takatsuki, 2000)。この分析がなされた1990年代後半には中国地方でのシカの生息は限定的であったが、その後、徐々に拡大した。鳥取県においても兵庫県から連続的な分布域が県東部から徐々に拡大傾向にある(鳥取県, 2017)。
 このため農林業への被害が大きくなり、鳥取県ではその抑制のために捕獲が進められ、2010年からは3000頭台、2013年以降は4000頭を超えるレベルになっている(鳥取県 2017)。
 調査地である若桜町を含む鳥取県東南部で群落調査とシカの糞密度の関係を調査したところ、若桜町はその中でもシカ密度が高く、植物への影響も強いことが示された(川嶋・永松, 2016)。場所によってはもともとはササがあったが、シカによって食べ尽くされ、低木層も貧弱化し、不嗜好植物(シカが嫌って食べない植物)が増えている場所もあった。
シカが高密度になり、植生に強い影響を与えて食物が乏しくなった状況で死体の胃内容物を調べた例では、枯葉が大きな割合を占めていた(Takahashi and Kaji, 2001)。このようにシカは食物供給の状態に応じて食性を変えることができる。人工林が卓越する場所では食物供給状態は良くないと想定され、シカの食性も落葉樹林とは違う可能性がある。しかし、これまで人工林が卓越した場所でのシカの食性は知られていない。
 本調査はこのような背景から鳥取県東部の若桜町のシカの現時点での食性を明らかにすることを目的とした。


方法
1)調査地と林床植生
 調査地は鳥取県東部の若桜町に選んだ。この地方は伝統的に林業が盛んであり、若桜町の林野率は95%,人工林率は58%に達していて(鳥取県東部農林事務所 2017),「若桜の杉の美林」として知られる。鳥取県東部のスギは常緑であり葉の垂直的厚さがあるために林床は暗く、林床植生は貧弱である。シカの糞は若桜町役場の南側にそびえる鶴尾山(452 m)の山頂周辺,国指定史跡「若桜鬼ヶ城」の隣接地で採集した(図1)。


図1. シカ糞採取地の位置


 糞採取した場所はアカマツとコナラの林で、下生えは強いシカの影響を受けて貧弱になっており、場所によっては2m程度のシカの口が届く高さ以下では植物が非常に乏しくなって「ディア・ライン」が認められた(図2)。


図2. シカ糞採集地の景観。下生えは非常に貧弱で、「ディア・ライン」がみられる場所もある。

 シカによって影響を受けている林床群落を記述するために、スギ人工林と落葉広葉樹林の林床に1m四方の方形区をランダムに10個とり、方形区内の植物種の被度(%)と高さを記録した。また史跡保護のために設置されている防鹿柵を利用して,比較のために柵設置後10年の柵内でも同様の記録をとった。これらをもとに、バイオマス指数(被度%×高さcm, Takatsuki and Sato 2013)を求めた。そしてバイオマス指数を木本、双子葉草本、グラミノイド(イネ科とカヤツリグサ科の総称)、シダ、つるに分け、草本はさらに大型草本(50cm以上になるもの)と小型草本に分けて比較した。

2)糞分析
 シカの糞の採取に際しては1回分の排泄と判断される糞塊から10粒を採集して1サンプルとし、10サンプルを集めた。糞は2018年の5月から2019年1月まで6回採集した。5月は春、6月、7月、9月が夏、11月が秋、1月が冬に対応する。これを光学顕微鏡でポイント枠法(Stewart, 1967++)で分析し、占有率を求めた。ポイント数は200以上とした。
 糞中の成分は次の14群とした。
 ササの葉、イネ科の葉、スゲの葉、単子葉植物の葉、双子葉植物の葉、常緑広葉樹の葉、枯葉、その他の葉(コケ、シダなど)、果実、種子、その他、木質繊維、稈、不明
枯葉は黒褐色の不透明な葉脈となった落葉樹の葉であり、緑葉は葉肉部もあり、葉脈は半透明であるから区別ができた。中間的なものもあったが、違いが不明瞭なものは緑葉にした。占有率が1回でも10%以上になった食物群を「主要食物」とし、月間の占有率を多重比較した。

結果
1) 林床植生
 調査地のスギ人工林と落葉広葉樹林のようすを図3に示した。柵外はどちらの林でも植物が非常に乏しかった。柵内では回復が見られ、スギ人工林ではススキが、落葉広葉樹林では草本類やスゲが目立った。


図3. 林床の景観。A. スギ人工林、B. スギ人工林柵内、C. 落葉広葉樹林、D. 落葉広葉樹林の柵内

スギ人工林と落葉広葉樹林で植被率(%)を見ると、シカの影響を受けている柵外ではスギ林が3.8%、落葉樹林が3.0%といずれも小さく、両者に有意差はなかった(多重比較、クラスカル・ウォリス検定、z = 0.495, P = 0.96)。柵の内外ではいずれも有意差があった(スギ林、z = 3.631, P = 0.002、広葉樹林、z = 3.9621, P < 0.001)。
スギ人工林と落葉広葉樹林で、バイオマス指数を生育型ごとに合計したところ、スギ人工林でも落葉広葉樹林でも柵外では植物が非常に乏しいこと、柵内では大幅に増加することがわかった(図4)。スギ人工林柵外でのバイオマス指数は45.6で柵内の11.7%に過ぎなかった。内訳ではコバノイシカグマが68.3%を占め、目立って多かった。柵内ではスギ人工林ではイネ科が目立って多く、シダ、大型草本がこれに次いだ。
落葉広葉樹林でのバイオマス指数は13.0と少なく、柵内のわずか2.5%に過ぎなかった。内訳ではムラサキシキブなどの木本類が半量程度であった。柵内では大型草本、シダ、木本が多かった。
 柵内をスギ林と落葉広葉樹林で比較すると、スギ林でグラミノイド(チヂミザサ、ススキ、ニシノホンモンジスゲ)が多いこと、広葉樹林で大型草本(タケニグサ、ベニバナボログクなど)、木本(ガクウツギ、クロモジなど)、シダ(ジュウモンジシダ)が多い傾向があった。つる植物は柵外にはほとんどなかったが、柵内ではバイオマス指数で10から20程度あった。


図4. スギ林(Con)と落葉広葉樹林(Bro)の柵外と柵内のバイオマス指数

2)シカの糞の組成
 主要食物(一度でも10%以上になった食物)にはイネ科の葉、双子葉植物の葉、枯葉、稈、木質繊維の5つであった。その季節変化は以下の通りであり(図5)、主要種を含む各食物群の組成は付表1に示した。
 イネ科は季節変化が不明瞭で10%前後を推移したが、9月の3.8%は7月の10.3%より有意に少なかった(多重比較、z=3.403, p=0.009)。
 双子葉植物は7月から11月に多い山型を示した(図3)。6月(1.7%)から7月(15.6%)には有意に増加(z=-3.781, p=0.002)、7月(15.6%)から9月(10.7%)に有意に減少(z=3.326, p=0.011)、9月(10.7%)から11月(19.5%)に有意に増加(z=-3.780, p=0.002)、11月(19.5%)から1月(4.6%)に有意に減少(z=3.78, p=0.002)と、増減を繰り返した。
 枯葉は春(5月, 17.8%)と夏(9月、25.1%)、秋(11月、19.8%)に20%前後と多かった。しかし隣あう採集月で有意差はなく、有意差があったのは6月(10.0%)と9月(25.1%)の間だけであった(z=-2.948, p=0.038)。
 稈は全体に大きな値をとり、夏に多くなる山型をとった(図3)。7月には45.4%と非常に多く、9月(23.4%)に有意に少なくなり(z=3.780, p=0.002)、1月(10.8%)は11月(27.2%)より有意に少なかった(z=3.024, p=0.030)。
 木質繊維も全体に多く、特に5月(55.5%)と1月(48.4%)に多くてU字型を示した。6月(36.3%)から7月(4.2%)へは有意に減少(z=3.781, p=0.002)したが、9月(30.9%)には有意に増加し(z=-3.781, p=0.002)、11月(36.3%)には減少(z=3.780, p=0.002)、1月(36.3%)には増加(z=-3.780, p=0.002)と変化した。


図5. 若桜町(鳥取県東部)のシカの主要食物の月変化


考察
 群落調査の結果、柵外ではスギ林でも落葉広葉樹林でも植被率が3%程度しかなく、シカの食物という点で言えば、ほとんど食物がないといえる状況であった。特に面積的に広いスギ林ではその乏しい植物のバイオマス指数の半量以上がコガノイシカグマで占められていた。コバノイシカグマはシカが食べず、食べ残された状況にあった。関東地方ではオオバノイノモトソウが同位的な位置にある(高槻、未発表)。
 柵内はスギ林でも広葉樹林でも林床のバイオマス指数が大幅に増加し、スギ林では8.6倍に、広葉樹林では37.9倍になった。このこともシカの採食圧の強さを示している。柵内で回復した植物の構成には違いがあったが、これは元々の種組成の違いと、柵設置後の光条件が落葉広葉樹の方が良いことなどが関係していると考えられる。
 シカの糞組成において、夏を中心に葉が多く、冬を中心に繊維が多いというパターンは各地のシカの食性で見られるものであった。しかし葉が夏でも30-40%しかなく、9月には16.8%に過ぎなかった点(後述)と、繊維が冬や春には50%前後にもなり、9月でも30.9%になった点は注目に値する。さらに、夏でも枯葉が食べられて、7月には12.9%、9月には25.1%にも達した。これらのことは、本調査地のシカの食物供給状態が劣悪であることを示唆する。
 このことを確認するために、岩手県の五葉山(Takatsuki, 1986)、山梨県の乙女高原(Takahashi et al., 2013)、宮城県の金華山(Takatsuki, 1980)、神奈川県の丹沢山地(高槻・梶谷、印刷中)を比較する。五葉山と乙女高原はシカの密度はあまり高くなくて植物が豊富な場所である。金華山はシカの密度が50頭/km2にも達し、植物は強い影響を受けてシカの食物供給は劣悪である。丹沢山地は場所によって密度は違うが場所によっては金華山並みの高密度の場所もあり、シカの影響を長く受けているので植生は貧弱である(村上ほか, 2007)。
 葉の占有率は五葉山が一年を通じて非常に多いが、これはミヤコザサが主体であった(図6)。乙女高原では夏・秋が40%程度、春・冬が50-60%で冬の方がササを食べてやや多くなった。金華山では夏・秋に50-60%と多く、春・冬は20-40%であった。丹沢山地では春と夏が20%程度と少なく、秋・冬にササを食べて40-50%になった。これらに比べると。若桜では春は丹沢と金華山よりは多く、乙女高原程度であり、少ないとは言えなかった。しかし夏は丹沢とともに他の3カ所よりもはるかに少なかった(13.0%)。秋には増加したが5カ所中最少であった(36.3%)。冬も5カ所中最少であった(19.3%)。


 図6. 若桜以外4カ所のシカ糞における葉(A)と繊維(B)の占有率。ただし金華山では繊維のデータがない。

 繊維は金華山では糞組成を類型するとき「その他」にまとめたので図示できなかった。それ以外の4カ所の比較では、シカの密度が低い五葉山と乙女高原では一年中10%以下と少なかったが、丹沢山地では春以外は多く、若桜では春と冬は4カ所中で最多、夏と秋は丹沢山地に次いだ。
 川嶋・永松(2016)は若桜を含むこの地域の植生を調べて、シカによってササが減った場所があると指摘した。シカの糞におけるササの占有率は最も多かった冬でも2.1%に過ぎなかった。しかも、サンプル間のばらつきが大きく、変動係数は繊維が22%であったのに対して、ササは119%であった。このことは調査地ではササが点在していたことと符合する。これは五葉山や乙女高原でササ(ミヤコザサ)が林床全面を覆うのと違い、供給が確実、安定的でないことを意味する。ササは常緑であり、鹿の冬の重要な食物である。このことは五葉山(Takatsuki, 1986)、日光(Takatsuki, 1983)、大台ケ原(Yokoyama et al., 1996)などで示されている。ササの喪失は調査地のシカにとっても林業被害にとっても深刻であろう。
 冬は草本類が枯れ、落葉樹は葉を落とすからシカの食物が乏しくなる。そのような状況では植林木への被害が強くなる(Ueda et al. 2002)。この意味で、ササの減少は林業被害につながる可能性がある。
 林床群落は非常に貧弱であり、シカの採食影響が強いことを示していた。このことは当然、シカの食性に影響を与えているはずであり、夏でも葉が少なく、枯葉が多いこと、繊維含有率が高いことなどはこのことを反映していると考えられる。
シカの個体数管理は密度を調べて過剰と判断されれば捕獲頭数を決めて駆除がおこなわれる。しかし、シカにとっての資源量である植物量が違えば、密度のもつ意味が違い、植物量の少ない人工林では同じ頭数のシカがいても食物量は少なく、被害が発生する可能性が大きい。その意味でシカ頭数管理は単純に密度ではなく、シカの栄養状態、繁殖率、食性など、シカの状態の質的判断に基づくべきである。この調査の食性分析は、この地方のシカの食料状況が劣悪であることを示した。糞分析方は非侵襲的で比較的簡単であるから応用されることが期待される。

文献
Akashi N, Nakashizuka T (1999) Effects of bark-stripping by sika deer (Cervus nippon) on population dynamics of a mixed forest in Japan. For Ecol Manage 113:75–82
Jayasekara, P. and S. Takatsuki. 2000. Seasonal food habits of a sika deer population in the warm temperate forest of the westernmost part of Honshu, Japan. Ecological Research, 15: 153-157.
川嶋淳史・永松 大. 2016. 鳥取県東部におけるシカの採食による植生の被害状況. 山陰自然史研究, 12: 9-17.
McShea, W. J. and J. H. Rappole. 1997. Herbivores and the ecology of forest understory birds. In The Science of Overabundance: Deer Ecology and Population Management, ed. W. J. McShea, H. B. Underwood and J. H. Rappole. Washington: Smithsonian Institution Press, pp. 268-309.
Stewart, D. R. M. 1967. Analysis of plant epidermis in faeces: a technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology 4: 83–111.
Takahashi,H. and K. Kaji. 2001. Fallen leaves and unpalatable plants as alternative foods for sika deer under food limitation. Ecological Research, 16: 257-262.
Takahashi K, Uehara A, and Takatsuki S. 2013. Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica. Mammal Study, 38: 231-234
Takatsuki, S. 1980. Food habits of Sika deer on Kinkazan Island. Science Report of Tohoku University, Series IV (Biology), 38(1): 7-31.
Takatsuki S. 1986. Food habits of Sika deer on Mt. Goyo. Ecological Research, 1:119-128
Takatsuki, S. 2009. Geographical variations in food habits of sika deer: the northern grazer vs. the southern browser. Sika Deer: Biology and Management of Native and Introduced Populations, (eds. D. R. McCullough, S. Takatsuki and K. Kaji): 231-237. Springer, Tokyo. Elsevier
Takatsuki, S. and T. Kajitani. in press, Food habits of sika deer of Mt. Tanzawa: a case study at a habitat affected by long-term heavy deer grazing. ++ in press
Takatsuki, S. and M. Sato. 2013. Biomass index for the steppe plants of northern Mongolia. Mammal Study, 38: 131-133.
鳥取県. 2017. 鳥取県特定鳥獣(ニホンジカ)管理計画.
鳥取県東部農林事務所 2017. 鳥取県東部地区の林業の概要. 6pp.
Ueda H, Takatsuki S, Takahashi Y. 2002. Bark stripping of hinoki cypress by sika deer in relation to snow cover and food availability on Mt. Takahara, central Japan. Ecol Res 17:545– 551
Ueda H, Takatsuki S, Takahashi Y. 2003. Seasonal change in browsing by sika deer on hinoki cypress trees on Mount Takahara, central Japan. Ecol Res 18:355–364
Waller DM and Alberson WS, 1997, The white-tailed deer: a keystone herbivore. Wildl Soc Bull 25:217-26.


四国三嶺山系のシカの食性

2019-11-02 15:37:58 | 研究

高槻成紀・石川慎吾(高知大学)

 高槻は東北地方や関東地方のシカの食性を調べ、冬を中心にササが重要であることを明らかにしてきた(北海道白糠、岩手県五葉山、宮城県金華山、栃木県表日光、山梨県乙女高原)。ただし南西日本の暖温帯では双子葉植物の木本、草本が多い傾向があり、南北で違いがあることもわかってきた。一方で1990年くらいから各地でシカの個体数が増加して、森林への影響が強くなってきた。
 そうした中で1970年代からシカ問題がある神奈川県の丹沢でシカの糞分析をする機会に恵まれて分析したところ、夏でも緑葉が少なく、枝などを食べていることがわかり驚いた(こちら)。また2018〜19年には鳥取県東部でも同様の調査をした。ここはスギ人工林が卓越する場所で、もともと植物が乏しいが、ここでも夏に緑葉が20-30%と少なく、夏でも枯葉を食べていることが明らかになった(こちら)。このように、シカが高密度である場所では、植物に強い影響が現れる。このため、植生の調査は行われているが、シカの食性の定量的な分析は非常に重要な情報を提供するにもかかわらず、分析があまり進んでいない。
 四国でも三嶺を中心にシカの影響が強く、その植生を守るために活発な活動が行われ、その活動は高い評価を受けている(三嶺の森を守るみんなの会、こちら)。高槻は2018年にこの会にお招きいただいてシカと植生について講演をした。そのときに、東北大学時代の後輩で、高知大学で活躍し、最近定年退職された石川さんと話をするうちに、シカの糞分析をすることになった。

調査地
 調査地は三嶺の南側に3カ所とった(図1)。


調査地(三嶺)の位置図

調査地1は地蔵の頭という場所で、標高1,780m。ミヤマクマザサが卓越した場所で、シカの影響は強いが、まだミヤマクマザサは残っている(表1)。調査地2は1,650mの「カヤハゲ」という場所で、最初にシカ問題が顕在化した。ミヤマクマザサが卓越していたが、シカによって減少し、今はススキが生え、ヤマヌカボが増加している。周辺の森林にあったスズタケは壊滅状態にある。調査地3は「さおりが原」という場所で、1,160mと低くなる。サワグルミなどの林だが、スズタケはなくなり、土壌流失が激しい。

表1 調査地の比較


 三嶺の概況はこちらを参照されたい。

方法
 シカの糞の採取に際しては1回分の排泄と判断される糞塊から10粒を採取して1サンプルとし、10サンプルを集めた。これを光学顕微鏡でポイント枠法で分析した。ポイント数は200以上とした。

結果
 調査は進行中で、現在2019年11月までの試料の分析が終わった。
 興味深いことに、以下のように、3カ所ではっきりとした違いがあった(図2)。

 調査地1(地蔵の頭)では5月にササが3分の1程度を占め、他のイネ科と合わせて6割近くを占め、良好な食糧事情にあることを示していた。7月になるとササの占有率が60%を超え、非常に重要な食物になっていた。多くはないが双子葉植物も増加した。ササは9月にはやや減少した。11月は9月に似ていたが、双子葉植物がやや少なくなった。
 調査地2(カヤハゲ)の5月では一転してササが全く検出されず、イネ科の葉と稈(イネ科の茎)がそれぞれ40%ほどを占め、全体がほとんどがイネ科で占められており、ここも食料事情は良好であると判断された。7月でも基本的には違いがなく、稈がやや減少し、双子葉植物とササが増加した。9月になるとイネ科は大きく減少し、双子葉植物と稈が増えた。11月になると、双子葉植物もイネ科も減少し、稈・鞘と枯葉が増え、質の低下が示唆された。
 調査地3(さおりが原)の5月はこれらとは違い、繊維が40%ほどを占めて、この中では食料事情が一番良くなかった。ササもイネ科も少なく、針葉樹と思われる葉が20%ほどを占めたのが特徴的であった。8月になると双子葉植物が大幅に増え、イネ科も増えて、繊維は半減し、食糧事情はよくなっていた。9月になると双子葉植物が40%近くを占めるようになった。イネ科も増加し、繊維はさらに減少して、5月よりは食糧事情がよくなっていた。11月になると双子葉植物が大幅び減少し、枯葉と稈・鞘が増えた。その結果、11月は調査地2と3の糞組成は似ていた。


図2 三嶺のシカの糞分析結果



 このように食性の内容は平均値で表現されるが、同じ占有率50%でも試料全体が50%前後で平均値が50%の場合だけでなく、半分くらいが100%近くで、残りの半分が0%近くで平均値50%になることもあり、その意味は違う。その違いを表現するために、各成分について試料ごとの占有率を大きいものから小さい順に並べるという「占有率-順位曲線」という表現法を考案した、わかりやすいようにタヌキの例を紹介する。


タヌキの糞組成における占有率-順位曲線



 この例では果実と種子が左上から直線的に下がっている。タヌキはたくさん果実を食べるものから少ないものまでいるということである。一方、昆虫は80%から30%までは急激に減少し、その後はなだらかに右下がりになった。これは一部のタヌキはたくさんの昆虫を食べたが、多くのタヌキはあまり多くは食べられなかった、しかしほとんどのタヌキが多かれ少なかれ昆虫にありついたということを意味する。そして脊椎動物(主に哺乳類と鳥類)では上位から13位までは昆虫以上に急なカーブを取り、それ以降では急になだらかになり、30位以下では全く食べられておらず、「L字型」に折れ曲がった。このことは脊椎動物は滅多にありつけず、その幸運に遭遇したタヌキはたくさん食べるがそういうタヌキは少ないということを意味する。つまりたくさんある栄養価の高い果実や種子は多くのタヌキが様々な程度に食べるが、動物質は一部のタヌキが集中的に食べるという関係が表現されている。
 これを三嶺のシカで表現してみた。シカのような反芻獣の場合は、食べた食物を反芻する、つまり食べ物を繰り返し咀嚼して「かき混ぜる」ので、出現頻度は高くなる。


三嶺3カ所のシカ糞組成における占有率-順位曲線



 地蔵の頭での占有率-順位曲線はササが最高値も大きく、多くの試料が大きな占有率をとっており、際立って重要であることを示している。これについで、稈・鞘、イネ科が重要であったが、いずれもなだらかで高頻度であった。カヤハゲでは稈・鞘、ついでイネ科が重要であるが、やはりなだらかであった。地蔵の頭とは双子葉植物が重要である点が違い、トップ4がやや断続的に大きな占有率をとった。これは5月の試料では繊維質が非常に多いものがあったからである。さおりが原でも稈・鞘の重要性が目立ったが、「繊維ほか」は最高値が非常に大きくトップ4までは稈・鞘よりも大きくて、その後で交差した。双子葉植物が他の2箇所より大きく、やや2極化し、占有率が20%以上とそれ未満に分かれた。ここではイネ科が5%未満であり、主要種にならなかった。
 
 まとめ
 近接した3カ所であるが、糞分析の結果は場所ごとに大きく違うことを示し、それぞれの場所の特徴をよく反映していた。調査地1は安定してササが多かったが、調査地2は9月にイネ科の減少と双子葉植物の増加があり、11月にはこれらがさらに減って、逆に枯葉と稈・鞘が増えて食物の質の低下があった。また調査地3は季節変化が明瞭で、春から秋にかけて双子葉植物が多くなって食糧事情がよくなったが、11月には調査地2と同様、枯葉と稈・鞘が増え、質の低下が起きた。
 全体としては、三嶺山系ではシカが増加して植生は強い影響を受けて深刻な状況にあるが、シカの食性から見ると、丹沢や鳥取県東部のような劣悪な食性ではないと言える。今後とも継続して分析したい。




丹沢のタヌキの糞

2019-05-25 18:20:38 | 研究
2019年5月18日に丹沢の鍋割山に行きました。目的はシカの糞を採集してもらって分析したのですが、現地を見ていなかったので、シカの影響を自分の目で確認することです。険しくて休み休み登りましたが、標高1000メートルくらいのところでタヌキのタメ糞を見つけました。
 

タヌキのため糞

見ると、明らかにちょっと違うものがあります。シカの毛と思われるものが見えるものや、何かの骨が見えるものもあります。


色々な糞がある

 そうなると拾わないではいられません。常備しているポリ袋と割り箸を取り出して拾うことにしました。


糞を拾う

 5個を持ち帰って水洗したところ、確かにシカの毛が入ったものがあり、ネズミと思われる細かい毛がたくさん入ったものもありました。骨はどうやらカエルのもののようで、ネズミやヒミズなどとは違うものでした。一番頻度が高かったのは甲虫で一部にはオサムシとわかるものがありました。


丹沢のタヌキの糞からの検出物

果実や種子はほとんどなく、冬から春にかけての糞は動物中心のようでした。東京西部では冬でも果実が多く、早春の一時期は果実と哺乳類・鳥類が出ますが、春になればまた果実が多くなります。そう思うと、丹沢湖では、もしかしたらシカが低木を食べてしまってタヌキが食べる果実が乏しくなっているということもあるのかなと思いました。調べたのが5個ですからなんとも言えませんが、ちょっと興味をそそられました。

バードストライク

2019-03-06 23:08:06 | 研究
2019年3月6日、友人の棚橋早苗さんから電話が入りました。それによれば国立駅前のビルにハトがぶつかって死んでいる、どうするか?ということでした。貴重なものなので受けることにしました。体重は296gの若いドバトのようでした。



 骨格標本にするために体を開きましたが、ナイフが首のところに達したとき、びっくりしました。トウモロコシなどの穀類が溢れるように出てきたのです。とり出してみるとトウモロコシ、コメ、オオムギ、コウリャンなどがありました。分からなかったものはサフラワーのようです。コメントを下さった皆様、ありがとうございました。




ハトの食道部分から出てきた穀類。格子間隔は5mm


 それにしても、このハトはどこでこれを食べたのでしょう。国立駅界隈は都市化したとはいえ、少し離れれば畑もあるし、ハトの飛翔力からすればもう少し田園的な場所から飛んできた可能性もあります。ただ、トウモロコシ畑からトウモロコシを食べ、田んぼからコメを食べたというようなことでないことは確かです。というのは穀類はイネ科であり、その果実は穎(えい)をつけています。もし茎の先についていたものを食べたら必ず穎が出てくるはずですが、これはそうではありません。つまり脱穀されたものを食べたということです。しかも複数種のミックスです。これはおそらくニワトリ用の餌として配合された飼料があって、それをこのハトが食べたと考えるのが一番ありうる推理です。いや、もっと直接的には、これが飼育されているハトで、ほかの飼い鳥の餌をくすねたのではなく、与えられたものを食べた後にビルのガラスに激突したのかもしれません。大腿骨がまともに折れており、肋骨にも内出血があったので、胸でぶつかり、地面に落ちた時に脚の骨が折れたのかもしれません。

追記:標本にしてみました。確かに若い個体で、骨がまだ未完成で、作りにくかったです。


ドバト 2019.3/6 国立市 棚橋早苗、高槻成紀作


八王子滝山里山保全地域のタヌキの糞の中身

2019-01-10 13:27:16 | 研究
八王子に八王子滝山里山保全地域というのがあります。豊口信之さんが2018年12月4日にタヌキの糞を見つけたというので、送ってくれました。2箇所のタメフンにあったもので、合計10個ほどでした。一つずつを分けにくかったので、全体に何があっただけ報告しておきます。


八王子滝山里山保全地域の位置


一番目立ったのはジャノヒゲの種子でした。これは日の出町のタヌキでも同様でした。またエノキの種子もかなり多く出てきました。カキノキの種子は3個だけでした。名前がわからない小さな種子がかなりの数出てきました。扁平で、見た記憶はあるのですが、思い出せません。ナス科の雑草などではないかと思います。ケンポナシの種子が一つだけ出てきました。
 農作物としてはイネの籾が出てきました。あの辺りだと小さな田んぼがあるのでしょう。
 というわけでほとんどは果実と種子でしたが、イネ科の葉と昆虫が少しだけありました。
 人工物としてはポリエチレンでしょうか、石油製品のひものようなものと、輪ゴムが一つ出てきました。
 特に目新しいことがわかったということではありませんが、ジャノヒゲ をよく食べているということは明るい場所や藪のようなところの低木ではなく、林の下で食べているということです。私たちが探しても、結構見つけにくく、葉を分けて見ないと気づきませんから、よく探して食べるということでしょう。


滝山自然公園のタヌキの糞の検出物(2018年12月4日採集)



津田塾大学のタヌキの糞分析

2019-01-09 10:21:54 | 研究
津田塾大学の冬のタヌキの糞における検出物の出現頻度の推移
– 2017年11月から2019年1月まで -

2019.2.27 更新

 津田塾大学キャンパスでは3カ所のタヌキのタメフン場を確認し、定期的に回収することで食性の季節変化を明らかにした(こちら)。



 2017年11月からは頻度法で主要成分を検出している。この方法は全体の組成の量的割合はわからないが、糞全体に対してどの程度の頻度で出現するかを調べることができる。

<方法>
 2017年11月以降に3カ所のタメフン場で同じ糞と判断されるものを一つのサンプルとして採取した。分析した糞の数は245である。付図には検出物を植物質、動物質、人工物の順に示した。


タヌキの糞


 それを0.5mm間隔のふるい上で水洗し、乾燥させてから主要物を取り出した。出現頻度とはその成分を含む糞数を分析糞総数で割った値(何個の糞のうち何個に含まれていたか)である。


タヌキの糞を水洗する学生


水洗する様子


<結果と考察>
2017年11月にはカキとブドウが高頻度であったが、その後、大幅に減少し、2月以降は低迷した。このことは秋に供給された果実類が冬の間にどんどん少なくなっていったことを示している。頻度の数字はカキやブドウほど明瞭ではないが、ムクノキの10月までは非常に高頻度であるが、11月以降は低迷した。タヌキは地上に落ちていた果実を、丁寧に探して食べているようだ。多くはないが3月、4月になってドングリや殻が検出された。ほぼ未消化の状態で出てきたので、栄養摂取になっているとは思えないが、記録しておいた。イネ科は主にアズマネザサであるが、これもこの期間に供給量が増えることはないので、これも果実が乏しくなったためにタヌキが口にするようになったと考えられる。
 4月には果実はごく少なくなったが、5月になるとサクラがやや頻度が高くなり、低頻度ながらクサボケ、ナツグミなど、初夏の果実が検出されるようになった。
 6月にはウメとクサボケが検出された。またイネ科の葉が頻度30%ほど出た。
 7月には2度訪問したが、糞は分解されていて回収できなかった。センサーカメラには排糞するタヌキが撮影されていたから、分解が活発であることは間違いない。
 8月にはブルーベリーとブドウが高頻度で、フンによってはほとんどがこれらで占められているものもあった。(こちら)。
 9月になると糞虫の活動が不活発になったため、急に糞が多くなった。多くの糞からカキが検出され、量的にも非常に多かった。ブルーベリーは出なくなり、ブドウも減少した。ムクノキが15%ほど出現した。キャンパス内にギンナンが落ち始めたが、糞からは検出されていない。
 10月になると大きな変化があり、カキとムクノキの果実と種子が非常に多くなり、そのほかにエノキ、ブドウの種子が検出された。
 11月は基本的に10月と同じであり、カキが高頻度かつ、占有率も高かった。ただしムクノキは頻度が少なくなった。
 12月はカキが非常に高頻度で、量的にも柿だけという糞が多かった。多くはない斧のムクノキもある程度見られた。
 2019年1月になるとカキは相変わらず高頻度ではあったが、占有率は明らかに下がっていた。逆にブドウは頻度はカキ並みであったが、種子だけでなく果皮も多く含まれており、この月で最重要な食物と思われた。これは1年前とは明らかに違う。ムクノキはほとんど出現しなくなった。1例であるが、サクラの種子、マンリョウの種子があった。
  2月には果実も頻度が下がり、これまで多かったカキでも22.2%に下がり、次のムクノキも16.7%に低下した。これまでなかったジャノヒゲが低頻度ながら検出された。


植物質の出現頻度の月変化。一度でも10%以上になったもの。


 動物質・人工物では、骨は11月から1月にかけて明らかに減少した。11月に多かった理由はよくわからないが、大きめの鳥の骨と思われ、灰色の羽毛もあったことから、ドバトである可能性がある。もしそうであれば、この時に偶然にドバトの死体が供給され、タヌキが集中的に利用するということがあったのかもしれない。しかし1月に一度減少してからその後、徐々に増加し、4月には50%近くになった。また哺乳類の毛も秋には低頻度であったが、3月から5月にかけて大きく増加した。毛はネズミのものと思われるが、ネズミの下顎骨は出ていない。
 5月はほとんどの糞から毛が検出された。また、羽毛、昆虫も3月に増加し、4月にもある程度出現した。果実類がなくなったこの時期、タヌキは食べ物を動物にシフトせざるを得ないものと思われる。5月には、哺乳類の毛は4月以上に高頻度になった。プラスチック・ポリ袋などの人工物の出現頻度は明瞭な月変化を示さなかった。
 6月には昆虫の出現頻度が非常に高くなり、ほぼ全ての糞から検出された。カブトムシと思われる昆虫の体も検出された。毛と骨はは頻度がやや下がった。
 8月には脊椎動物は全く検出されなくなり、甲虫が非常に多くなった。タヌキの食物事情は良くなったようだが、一部にはポリ袋も検出された。
 9月になると、哺乳類の毛も鳥類の羽毛も全く出現しなくなり、昆虫は頻度で50%あまりを維持したものの、量的には微量となった。人工物も全く出現せず、果実が優占していた。
 10月になると、昆虫はごく少なくなり、哺乳類や鳥類は全く検出されなくなった。ポリ袋と何らかの食品の包装袋が少数例検出された。
 11月は10月とほぼ同様であったが、鳥類の骨が出た点が夏にはなかったことである。
 12月以降は動物質も人工物もほとんどでなかった。なお、12月30日にマーカー入りソーセージをおいたので、1月13日に回収した糞からマーカーが検出された。
 2月には動物質は低頻度だったが、おそらく鳥類と思われる骨の破片が11.1%検出された。


動物質と人工物の出現頻度の月変化


<まとめ>
 推移を見ると秋にはほとんどの糞に大量のカキが含まれていたが、月を追うごとに急激に減少した。そして出現した種子の種類は限定的だった。3月、4月になると動物質が高頻度になったことから、タヌキは果実がなくなり、乏しい動物質(哺乳類や鳥類の死体、昆虫)にシフトしたと考えられる。5月になると哺乳類の毛が非常に高頻度になったが、同時にサクラなどの初夏の果実の種子も出現するようになった。いくつかの人工物が検出されたが、頻度は低かったから人工物に依存的とは言えないようだった。6月は昆虫が高頻度になり、毛もある程度高頻度であり、動物が多かった。果実としては春の果実が検出された。8月には哺乳類や鳥類は全く検出されなくなり、ブルーベリーやブドウなどの果物と甲虫が高頻度になった(量的にも多かった)。9月になると劇的な変化が見られカキを主体とし、ムクノキも出現するようになり、昆虫も量的にはほとんど出なくなり、哺乳類と鳥類は全く検出されなくなった。10月になると9月の傾向がよりはっきりして、カキとムクノキが頻度、占有率ともに非常に大きくなり、糞の組成が単純になった。動物質はほとんど出なくなった。11月はほぼ10月を引き継ぎ、「カキの旬」出会った。12月でかきがややへり、1月になるとさらに減ってブドウが最重要になった。
 昨年の11月から始めたが、津田塾大学のタヌキの食性は大きく言えば秋から冬の果実(特にカキ)の時期と春の鳥・哺乳類の時期、昆虫の夏に分けることができそうである。ただし夏は糞虫による分解が激しくて分析サンプルが十分には確保できなかった。また人工物は市街地に生息することを考えれば非常に低率であると言える。

<検出物>
上から哺乳類、鳥類、無脊椎動物、植物、人工物の順に配列した。格子間隔は5mm


2017年12月


2018年1月



2018年3月



2018年4月


2018年5月


2018年6月


2018年8月


2018年9月


2018年10月



2018年11月


2018年12月



2019年1月


丹沢のシカの糞からヤマボウシの種子

2019-01-04 21:37:47 | 研究
シカは植物の葉を食べるのを基本としています。分析すると糞から時々キイチゴやヤマアグワなどの種子が出てくることがありますが、そう頻度が高くはありません。丹沢のシカの糞分析をしていますが、秋の糞からはかなりの頻度でヤマボウシの種子が出てきました。「丹沢ブナ党」というグループの人が糞を採集してくれて、私が分析をしています。ブナ党の人の話では、現地にも多いそうです。他にも色々な果実があるのでしょう、これだけが目立って多く、高頻度で出てきました。


丹沢のシカの糞から検出されたヤマボウシの種子

Food habits of the raccoon dog at Afan Wood, northern Nagano

2019-01-01 20:52:39 | 研究
Food habits of the raccoon dogs at Afan Wood, northern Nagano

Seiki Takatsuki


Studies on food habits of the raccoon dog have been biased to Kanto Area. There are of course unique studies such as an example on a small island of Kyushu (Ikeda et al. 1979), the southern island of Japan or an example on the coast of Sendai, northern Honshu, the main island of Japan (Takatsuki et al., 2017), or on mountain areas (Sasaki and Kawabata, 1994; Yamamoto, 1994). However, many of them were done at country sides or suburbs of big cities (Hirasawa et al. 2006; Sakamoto and Takatsuki 2015), or small greens in big cities (Sako et al., 2008, Akihito et al., 2016). In such habitats as in or around cities, the raccoon dogs show such food habits as they are dependent on fruits, with seasonal variation where they feed on insects in summer, mammal, birds or artificial foods in winter. Food compositions vary not only by seasons but also by habitats. This seems to reflect elastic nature of the raccoon dog.

In terms of elasticity, which characteristics the raccoon dogs at Afan Woodland have? Afan Wood is situated at the f northern part of Nagano. It is covered by deciduous broad-leaved forests (Quercus forest), accompanied by sugi Cryptomeria japonica plantation, pastures, or croplands. It is thus expected that the raccoon dog can utilize not only plants and animals in the Quercus forest but also crops or plants or animals in agricultural habitats.

Previous studies have shown the elastic nature in the food habits of the raccoon dog. It is true that the raccoon dogs show local variations affected by habitat differences. The elasticity is found not only spatially but also temporary, or they show yearly variations in food compositions. Nevertheless, most of the studies on the food habits of the raccoon dogs have been based on one-year data. Only one exceptioin is a study done at the Royal Palace for five years (Akihito et al. 2016). In this case, the food habits of the raccoon dog were stable through the five years, which seems to reflect the stability of food resources of the forest of the Royal Palace. Being different from the Royal Palace, the food conditions of Afan Woodland show clearer seasonality: the forest of the Royal Palace is dominated by evergreen trees whereas that of Afan Wood is dominated by broad-leaved trees. The latter often show yearly variations in fruit production, from which we expect yearly variations of the food habits of the raccoon dogs.

  The objective of the present study is to show how the proportions of the foods of the raccoon dog afforded by Afan Wood and surrounding agricultural lands vary seasonally as well as yearly. For this objectives, we collected the fecal samples for six years. This report is a part of the long-term study and presents the results of 2018. Others will be reported later.

Area Studied
Afan Wood is situated at the north-eastern foot hill of Mt. Iizuna in Shinano Town, northern Nagano. It is covered by konara oak (Quercus serrata) forest which is weakly logged and the understories are regularly cleared. The adjacent forest to the north is a dark forest of sugi Cryptomeria japonica. The northern and eastern parts are covered by pastures or crop fields.

Methods
Droppings were collected almost all months from April to November every year. At latrines, only fresh dropping were sampled.



A raccoon dog defecating at a latrine at Afan Wood taken by a sensor-camera.


Droppings of raccoon dogs at a latrine at Afan Wood (June, 2018)


   The samples were washed over 0.5 mm aperture sieve, and the retained materials were microscopically analyzed by the point-frame method (Stewart 1967). At least 100 counts were done for every sample. The category "fruit" means fleshy fruit. Although it was difficult to identify fruit coats, it was possible to identify seeds. "Artificial materials" include plastic bags, rubber, and others. "Crops" include rice, corn, and buckwheat.


Contents of a fecal sample washed over a sieve


Results
< General Compositions >
Droppings were mainly collected at two latrines. Collection was difficult during summer when dung beetles actively decomposed them. Fresh droppings found in May, 2018 were treated as May samples, but older ones below them were treated as "winter samples".

In the winter samples, crops, plant supporting organs, and mammals accounted for 20-30%. All the crops were rice, suggesting that the raccoon dogs went out the Afan Wood to feed on rice in the crop fields. Wild fruits occupied only small portions.

In May samples, mammals and other animals were abundantly recovered, suggesting the raccoon dogs fed on carcasses of mice and other mammals.

  In June samples, mammal decrease while insects increased.
Samples were not available because of decomposition by dung beetles.

September samples and October samples were summed because of small sample sizes. The compositions greatly changed from those in early summer: animal materials decreased and plant materials such as fruits and mushroom increased. Seeds of Cornus kousa (yamaboushi) were abundantly found.

In December samples representing autumn foods were diverse: seeds accounted for 28.5%, and fruit coats, plant leaves, and crops accounted for around 10%.



Seasonal changes in the fecal compositions of the feces of the raccon dogs at Afan Wood, northern Nagano.


<Seeds>
Seeds increased in September-October where Cornus kousa (yamaboushi) accounted for greatly, followed by Vitis coignetiae (yamabudou). In December, as many as 9 species appeared: occupations were 6.1% for Actinidia arguta (sarunashi), 5.9% for Celtis sinensis (enoki), 3.4% for Magnolia kobus (kobush, 3.5% for Morus australis (yamaguwa), and 2.4% for Vitis coignetiae (yamabudou), Many fruit coats were unidentifiable, but those of Actinidia arguta (sarunashi) and Vitis coignetiae (yamabudou) were identified and abundantly recovered.


Seasonal changes in occupations of seeds recovered in the feces of the raccoon dogs at Afan Wood.


As crops, rice and buckwheat were recovered in winter.

Discussion
Winter foods of the raccoon dogs at Afan Wood were categorized by mammal carcasses and crops. These and abundance of plant supporting organs suggest that the raccoon dogs looked for these foods in the environment where fruits disappeared and foods were limited. In early summer, mammals and insects increased but fruits appeared less. Summer foods are not known because fecal samples were not available. In autumn, fruits became abundant, and insects decreased in the feces. Such clear seasonal difference as dominance of animal materials in spring and early summer and dominance of plant materials in autumn and winter seems a characteristic feature of the food habits of the raccoon dogs at Afan Wood.

Recoveries of rice and buckwheat in the samples of winter, June, and December suggest that the raccoon dogs went out the Afan Wood and entered crop fields to feed them on. Dependence of artificial materials was negligible.

In summary, the food habits of the raccoon dogs at Afan Wood are characterized by that they are mainly dependent on plants and animals in the forest as well as by that they use crops during winter when forest foods are limited.

References
Akihito, Sako T, Teduka M, Kawada S (2016) Long-term trends in food habits of the raccoon dog, Nyctereutes viverrinus, in the imperial palace, Tokyo. Bulletin of National Museum, Natural Science, Ser. A, 42:143-161
Hirasawa M, Kanda E, Takatsuki S (2006) Seasonal food habits of the raccoon dog at a western suburb of Tokyo. Mammal Study, 31:9-14
Ikeda H, Eguchi K, Ono Y (1979) Home range utilization of a raccoon dog, Nyctereutes procyonoides viverrinus, Temminck, in a small islet in western Kyushu. Japanese Journal of Ecology, 29:35-48
Sakamoto Y, Takatsuki S (2015) Seeds recovered from the droppings at latrines of the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides viverrinus): the possibility of seed dispersal. Zoological Science, 32: 157-162
酒向 貴子, 川田 伸一郎, 手塚 牧人, 上杉 哲郎, 明仁 (2008) 皇居におけるタヌキの食性とその季節変動. 国立科学博物館研究報告A類(動物学), 34:63-75
Sasaki H, Kawabata M (1994) Food habits of the raccoon dog Nyctereutes procyonoides viverrinus in a mountainous area of Japan. Journal of Mammalogical Society of Japan, 19:1-8
Stewart DRM (1967) Analysis of plant epidermis in faeces:A technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology, 4:83-111
山本 祐治 (1994) 長野県入笠山におけるテン, キツネ, アナグマ, タヌキの食性の比較分析. 自然環境科学研究, 7:45-52
山本 祐治, 木下 あけみ (1994) 川崎市におけるホンドタヌキの食物組成. 川崎市青少年科学館紀要, 5:29-34

Appendix


Representative food materials recovered from the droppings of the raccoon dogs at Afan Wood in 2018.


丹沢のシカの食性

2018-12-31 21:44:45 | 研究
2019.1.8 更新

丹沢のシカの食性 -- 糞分析の試み


高槻成紀(麻布大学いのちの博物館)・梶谷敏夫(丹沢ブナ党)


はじめに
 丹沢大山は1970年代からシカ問題が生じ、問題解決の取り組みが行われてきた。これは我が国でももっとも初期のことであり、シカと植生に関する記述としても非常に古いものがある(国立公園協会, 1964)。
 丹沢では戦後は狩猟が解禁になってシカは激減した(山根, 2012)。このため神奈川県は1955年から1970年までシカ禁猟とした。その効果があって、シカ個体数が回復した結果、林業被害が現れるようになった(神奈川県, 1984)。このため、1970年に有害獣駆除がおこなわれたものの、効果は十分でなく、1980年代を通じて植物への影響が顕在化した(田村, 2013)。その後、シカ個体数管理の努力が続けられ、徐々に植生回復が認められるようになったが、場所によってはシカの過密状態を脱しておらず、低山帯への拡大傾向もあり、問題は続いている。
 シカの頭数調査や植生のモニタリングなどは神奈川県の事業としておこなわれているが、シカの食性については不明な部分が多い。もっとも古い記録は1972-75年にシカの食痕を記録したもので、食性内容はわからないが、それ以前には食べなかったススキを食べ始めるようになったという記述がある(古林・丸山, 1977)。この時期から1980年にかけて丹沢東部の札掛で行われた調査ではシカの採食によりスズタケが減少し、その結果、ここではシカ個体数が減少したことを示した(古林・山根, 1997)。やや特殊な事例ではあるが、丹沢東部の塔ノ岳で人馴れしたシカの採食行動を観察した記録によると、冬はササ(ミヤマクマザサ)に依存的であるが、春にはヒメノガリヤスをよく食べ、夏になると緑化に使われた牧草に依存的になったという(三谷ほか, 2005)。しかし、丹沢のシカの食性の定量的評価はなされておらず、シカ問題が深刻であるにも関わらず、基本的な情報が欠如していた。
ニホンジカの食性の定量的分析はおもに糞分析によっておこなわれ、北海道から九州にいたるおよその傾向が明らかにされている(高槻, 2006)。この方法を採用すれば、非侵襲的に(シカを殺すことなく)、繰り返し調査ができるという利点がある。
 現在の丹沢では20年ほど前にシカの強い影響を受けて林床植物が退行し、とくにスズタケが大きく減少した(古林・山根, 1997)。また山頂部にはミヤマクマザサが生育する。このような高密度な場所のシカは植物が枯れる冬に食物不足に陥り、常緑のササがあれば集中的に利用する。ササは表皮細胞が特徴的であるため、糞分析で確実に識別できる。一方、丹沢ではシカの影響と土壌流失との関係が調べられている。それによると、林床植物とリターが失われるほど、土壌流失量が大きくなることが知られている(石川ほか, 2007, 畢力格図ほか, 2013)。つまりシカが生きた植物や枯葉を食べることが土壌流失に影響するということである。同様のことは奥多摩でも知られている(Yamada and Takatsuki, 2015)。したがって、シカの食性をこの点に注目する必要がある。林床植物を食べていることを糞分析から知ることはできないが、食糧事情が悪ければ、シカは葉を食べ尽くして、枝、樹皮、枯葉なども食べるようになる。枝を食べれば、糞から木質繊維が検出されるし、枯葉を食べれば、糞から不透過な葉脈だけになった葉が検出されるので、食糧事情の劣悪さを推定することは可能である。
 一方、丹沢は垂直的にいえば高地には落葉広葉樹林がひろがり、中腹ではそのほかにおもにスギの人工林がひろがり、低地は落葉広葉樹の二次林の占める割合が大きい。したがってシカの食性にも垂直的な変異があることが想定される。一般にスギ人工林は暗いために林床植物が貧弱であることが多く、シカの食物供給という意味では不適であるといえる。このような状況下にあるシカがおもに何を食べているかを知ることは現状の丹沢のシカの置かれた状況を食性を通じて知ることにつながる。
 本調査はこのような背景から丹沢のシカの食性を丹沢の高地、中腹、低地で調べる。食物供給という視点からは季節変化を知ることが重要であるから、それぞれの高さでの季節変化を明らかにする。


方法
 標高による違いを比較するために、高地が檜洞丸(中H)、中標高が西丹沢教室周辺(中M)、低地が丹沢湖北東岸(中L)のラインをとり、これを「中ライン」とした。これを丹沢のシカの食性を示す代表的なものとし、比較のためにその東側に「東ライン」をとった。これは、高地が塔の岳(東H)、中標高が岳の台(東M)、低地が名古木(東L)である。このほか切通峠(西H)でも糞を採取し、これを「西」とした(図1、表1)。


図1 シカ糞採集地の位置関係


表1 シカの糞採集地点


 シカ生息地で代表的な群落を選び、新鮮なシカの糞を10の糞塊からそれぞれ10粒拾った。糞サンプルは0.5mm間隔のフルイ上で水洗し、残った植物片を顕微鏡でポイント枠法で分析した。カウント数は200以上とした。

結果

 食物は次の9つのカテゴリーに分けた。ササ、イネ科、双子葉(双子葉植物の葉で、顕微鏡下では網目の葉脈やモザイク状の表皮細胞が認められる)、枯葉(不透明な葉脈だけが残り、表皮細胞はない)、果実・種子、繊維(木質繊維と樹皮)、稈(イネ科の茎)、その他(透過性はあるが識別不能、不透過なため識別不能など)である。

各季節の垂直変異
 中ライン:冬には垂直的な変異は非常に小さかった。どこでもササと双子葉(多くは常緑広葉樹の葉)、繊維が多かった。
 春になるとササは減少し、稈が非常に多くなった。高地ではイネ科が多く、繊維も多かったが、中標高と低地では稈が非常に多く、繊維は少なく、ササが10%前後あるという違いがあった。
 夏には低地でサンプルが得られず、垂直比較ができるのは中ラインの高地と中標高のみであった。春と同様、高地でイネ科・稈が多く、中標高では繊維が多かった。ササは1年で最も少なくなった。
 秋には垂直的な違いがあり、高地では春、夏と同様イネ科・稈が多かった。中標高ではササが増え、低地では春よりも稈が減り、繊維が増えた。双子葉は冬よりは少なかった。



図2a. 中ラインでの各季節の垂直変異


 東ライン:冬は垂直の違いがあり、高地ではササが多く、中標高ではササがさらに多く、低地ではササが少なく、双子葉、繊維が多かった。春も同様の垂直変異があり、高地でイネ科・稈が増え、中標高ではササが大きい値を維持し、繊維と稈が増えた。低地ではササと双子葉がへり、稈が増えた。夏には高地しかサンプルがなく、イネ科が非常に多かった。秋も垂直的な違いが大きく、高地はイネ科が多く、中標高はイネ科・稈が多く、低地は双子葉と繊維が多かった。



図2b. 東ラインでの各季節の垂直変異


 以上、場所による違いがあったが、概して高地ではイネ科・稈が多く、低地では双子葉が多い傾向があり、中ラインでは変異が小さかった。ただし東ラインでは垂直的な変異が大きい傾向があった。

場所ごとの季節変化
中ライン:低地では冬にササと双子葉(常緑広葉樹の葉が多い)が多く、春には稈が非常に多くなり、秋は春と似ていたが、繊維が多くなった。冬よりは稈が多かった。中標高では冬と秋がササと双子葉が多いという点で共通していた。春にはここでも稈が非常に多くなり、夏には繊維が非常に多くなった。高地では冬だけがササと双子葉が多く、それ以外はイネ科・稈が多く、春と夏は繊維が多かった。



図3a. 中ラインでのシカの糞組成の季節変化


東ライン
 東Lでは冬と秋しかサンプルがない。これらの組成は似ており、双子葉が20%程度あり繊維が30%程度あった。東Mでは冬と春はササが非常に多く40-60%を占めた。夏はサンプルがなく、秋はササは少なく、イネ科が30%台あった。東Hでは冬にササが非常に多かったが、そのほかの季節では少なく、代わりにイネ科が多かった。ただし春には繊維が40%近くを占めた。
 このように東ラインでは高さによる違いも、季節による違いも大きい傾向があった。




図3b.東ラインでのシカの糞組成の季節変化


西:冬と秋に双子葉と繊維が多く、春と夏にはイネ科・稈が多くなった。春には繊維も多かった。



図3c.西でのシカの糞組成の季節変化季節変化


 以上、季節変化を見ると、冬の糞にはササがある場所ではササと常緑広葉樹の葉が多く、春になるとイネ科にシフトし、イネ科の葉と稈が多くなった。

考察(未完)

 丹沢は山体が大きく、地形的にも植生的にも多様であるから、シカの食性も単純には論じられない。今回の分析でも統一的な傾向を読み取るのは困難であった。それでも、これまでにない精度のサンプリングを行ったことにより、従来知られていなかったことがいくつか指摘できた。そのことを中ラインを中心に考える。

<季節変化>
  冬には、どの標高でもササと双子葉植物(常緑広葉樹)が多かった。これらの植物の冬の栄養価はよくわからないが、占有率だけを見ると、冬の緑葉が他の季節よりも多いという意外な結果であった。
春にはイネ科が多くなった。シカの採食影響を受けた場合、双子葉草本と比較するとイネ科は分げつにより再生できるから、生き残りやすい。実際、丹沢では低木や、シカが好まない種を除けば、双子葉草本が減少して、相対的にイネ科が生き残ったとされる(田村, 2013)。ただしイネ科の葉は少なく、稈が非常に多かった。これは生育初期のイネ科の葉は消化率が良いために食べたもののうち稈が多く残るからと考えられる。ただし、高地の糞では葉と稈が同じ程度であったが、繊維が多いという違いがあった。
 注目されるのは、夏に糞が得にくかったことである。特に低地では全く発見できなかった。この理由はよくわからないが、食物が豊富になるとシカが低地から山に登って行くのかもしれない。ただ、中標高でも高地でも、夏には糞は発見しにくく、発見された糞にしばしばエンマコガネ系の糞虫が見られたから、糞虫によって分解されるために、糞が少なかったことは間違いない。
 夏に糞が得られた中標高では繊維が60%以上を占め、高地でも稈と繊維で70%を占めており、葉は少なかった。また糞から量は多くないが枯葉も検出された。このことは、丹沢のシカは夏でも非常に劣悪な食糧事情にあることを強く示唆する。雨が降った場合、生きた植物はいうまでもなく、枯葉があるだけでも雨滴が地面を直接打たないため、土壌流失を抑制する効果があるが、これらが少なくなると土壌流失が大きくなることが知られている(石川ほか, 2007, 畢力格図ほか, 2013)。したがって、夏にシカが枝や枯葉を食べることが、土壌流失に影響している可能性が大きい。丹沢のシカが夏でも枝や枯葉を食べていることの発見は本分析の大きな成果であった。
 さらに意外なことに、シカが夏よりも秋の方が良い食物を食べていることであり、低地と中標高では糞中にササと双子葉がやや多かった。高地では葉の占有率は夏と変わらず、繊維が減り、稈が非常に多くなり、ササはなかった。この理由はよくわからないが、中標高でササが増えたのは草本類が枯れ始めてササの必要性が大きくなったからかもしれない。

<塔ノ岳での季節変化>
 1994年に塔ノ岳で人馴れしたシカの採食行動を観察した調査例がある(三谷ほか, 2005)。それによると、そのシカは冬にササ、春にイネ科のヒメノガリヤス、夏に緑化工で吹き付けた牧草、秋に枯葉をよく食べたという。本分析の結果はこれとよく対応している。すなわち塔ノ岳(東H)では冬にササ、春にイネ科・稈・繊維、夏にイネ科・稈、秋にイネ科・枯葉が多かった(図3b)。観察では稈や繊維は評価されないし、1994年当時とは植生も同じではないことを考えれば、非常によい対応を示しているといえよう。

<垂直分布>
 糞組成の垂直分布をみると、高地でイネ科が多かった。一般に尾根は乾燥しがちであり、また風を受けやすいので、尾根の樹木は斜面や沢に比較して風倒被害を受けやすい。通常であれば、風倒木によってできた森林ギャップは後継樹によって補完されてゆくが、丹沢の場合、シカの強い採食によってそれができず、草原が広がっている。鈴木・山根(2015)は空中写真を解析して、1970年代に比較して2000年代は丹沢の尾根でブナ林が減少して草原が54%も拡大していることを明らかにした。尾根の草原には双子葉草本類もあるが、この草原もシカの採食影響を受けて、再生力のあるイネ科が相対的に多く、そのことが高地でシカの糞にイネ科が多いことの理由になっていると思われる。

<他地域との比較>
 夏にシカの糞中に葉が少なかったことについて、他の場所のシカと比較してみたい。岩手県五葉山のシカの場合、代表例として山地帯のミズナラ林(標高1150m)を取り上げると、一年を通じてミヤコザサが重要で夏から秋まで70%台を占め、春には実に89.0%に達した。夏には他の単子葉が21.6%を占め、葉が95%を占めた(Takatsuki, 1986)。
 山梨県の乙女高原のシカの場合もミヤコザサが多いが、大きな季節変化を示し、多いのは11月から4月までで、ほかの植物が枯れるため常緑のササの利用度が高くなることがわかった(Takahashi et al, 2013)。初夏にはササ利用は少なくなり、稈が50%程度を占め、秋にはイネ科が20%、稈が30%程度であった。
 これらの事例から葉とその他に分けて、葉が占める割合だけを取り出してみた(図4)。すると五葉山のシカの糞は一年中ほとんど葉だけに占められていることがよくわかる。これに対して乙女高原では6月には葉が30%を下回り、7月には40%ほどになるなど、乙女高原でも初夏には葉が少なくなることがわかる。この時期に多くなるのは丹沢と同じく稈であった。丹沢ではそれ以上に葉が少ないが、秋(10月)には乙女高原とほぼ同レベルであった。


図4a.岩手県五葉山、山梨県乙女高原、丹沢(中ライン、中標高)のシカの糞に占める葉の占有率の季節変化。五葉山(Takatsuki, 1986)と乙女高原(Takahashi et al., 2013)は元のデータから計算し直して作図した。


 したがって、ミヤコザサの豊富な五葉山(表日光でも同様である)とは大きく違うが、ササがさほど多くない乙女高原とはある程度、似たパターンをとった。ただ、それに比べても丹沢では春と夏は大幅に葉が少ないことが確認できた。

 次に食物状態の劣悪さの指標として、糞中の繊維の占有率を比較した。これによると、五葉山でも乙女高原でも繊維は一年を通じて5%未満であったが、丹沢では秋と冬には20%台となり、特に注目されるのは夏に60%以上になったことである。ただし春には4.5%に止まった。このことから、丹沢のシカにおける葉の占有率は乙女高原とやや似ていたが、繊維占有率では大きく違うことが確認された。


図4b.岩手県五葉山、山梨県乙女高原、丹沢(中ライン、中標高)のシカの糞に占める繊維の占有率の季節変化。五葉山(Takatsuki, 1986)と乙女高原(Takahashi et al., 2013)は元のデータから計算し直して作図した。


 丹沢では長年のシカの影響でササは少なくなっているが、それでも冬の食物としては重要度が高い。そのことはササへの影響が非常に強く出ることを予測させる。今後、さらにササが減れば、冬季のシカの栄養状態に悪影響を与えるようになるであろう。また、夏にも十分に葉を利用できない状況にあるようだった。

 この分析により、丹沢においては、シカの糞に、春から秋にかけての植物生育期においてさえ、葉が少量しか検出されないことがわかった。このことは、現状の丹沢のシカが劣悪な食物環境に生きることを強いられていることを示唆する。したがって、これまで以上に、植生のモニタリング、シカの頭数管理、特にその質的特性(妊娠率や蓄積脂肪など)を把握しながら適切なシカ管理を進めることが重要であろう。そのためにも、糞分析による食性解明は有益な情報を提供するであろう。



文献
石川芳治・白木克繁・戸田浩人・片岡史子・鈴木雅一・内山佳美 . 2007. 丹沢堂平地区のシカによる林床植生衰退地における降雨と土壌侵食量. 関東森林研究 58: 131‒132.

国立公園協会.1964. 丹沢大山学術調査報告書,神奈川県,横浜

鈴木 透・山根 正伸. 2013.空中写真からわかるブナ林の衰退. 森林科学, 67: 6-9.

高槻成紀. 2006.「シカの生態誌」、東京大学出版会

田村 淳. 2015.神奈川県丹沢山地におけるシカ問題の歴史と森林保全対策.水利科学, 333: 52-66.

畢力格図, 石川 芳治, 白木 克繁, 若原 妙子, 海 虎, 内山 佳美. 2013.丹沢堂平地区のシカによる林床植生衰退地における降雨量, 降雨係数および地表流流出量と土壌侵食量との関係. 日本森林学会誌, 95: 163-172.

古林賢恒・丸山直樹. 1977. 丹沢山塊札掛におけるシカの食性. 哺乳動物学雑誌, 57: 5-62.

古林賢恒・山根正伸. 1997. 丹沢山地長尾根での森林皆伐後のニホンジカとスズタケの変動.野生生物保護 2 :195-204.

三谷奈保・山根正伸・羽山伸一・古林賢恒. 2005. ニホンジカ (Cervu snippon)の採食行動からみた緑化工の保全生態学的影響 -- 神奈川県丹沢山地塔ノ岳での一事例. 保全生態学研究, 10: 53-61.

山根正伸. 2012.シカの管理─奥山に登ったシカ.「丹沢の自然再生」、木平勇吉・勝山輝男・田村 淳・山根正伸・羽山伸一・糸長浩司・原慶太郎・谷川 潔編,日本林 業調査会,東京),283-295.

Takahashi, K., A. Uehara and S. Takatsuki. 2013. Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica. Mammal Study, 38: 231-234.

Takatsuki, S. 1986. Food habits of Sika deer on Mt. Goyo. Ecological Research, 1: 119-128.

Yamada, H. and S. Takatsuki, 2014. Effects of deer grazing on vegetation and ground-dwelling insects in a larch forest in Okutama, western Tokyo. International Journal of Forestry Research, 2015, Article ID 687506, 9 pp.




2018-12-02 18:40:01 | 研究
ムササビは胴長に対する胃の長さが38%もあって大きいなという印象でしたが、モモンガは24%でした。長さの割に幅が広いので、長さによる数字の意味はあまりないかもしれませんが、モモンガの方が胃は小さい印象です。


モモンガの胃と、その内容物

中身を取り出して顕微鏡で覗いて見ましたが、よくわかりませんでした。不透明なモワモワしたものが多く、葉と認められたものは10%以下でした。でんぷん質のようなので、ドングリなどかもしれません。保存はしておきます。
 ムササビはサルナシばかりだったので、どちらも葉食専門ではないということだけは言えます。



飛膜

2018-12-02 17:06:33 | 研究
安藤・白石(1985)の「ムササビにおける相対成長と滑空適応」という論文を読みました。ムササビが主体ですが、モモンガを含め、新生児から成獣になるまでに体がどう変化するかを論じた論文で難しいところもあるので、要点をわかりやすく説明しておきます。

 リスの仲間であるムササビ、モモンガは飛膜で滑空しますが、同じことをする哺乳類でヒヨケザルというのがいます。私も去年ジャワで見ました。ヒヨケザルはムササビなどに比べて顔から手までに飛膜があり、後肢から尾にも飛膜があり、6角形の飛膜を持っています。針状軟骨はないため、手足の先までは飛膜がありますが、それ以上ではありません。そのため面積を稼ぐために必然的に手足は長くなっています。その結果、木を移動するのは苦手です。


飛膜の比較


ヒヨケザルは四肢が長いので樹上を歩くのは苦手 https://plaza.rakuten.co.jp/yamashoubin/diary/201407190000/ 


このことを考えると、ムササビの針状軟骨は手足を短いままで、樹上の移動にも支障が少なく、いざ飛ぶときにピンと「指代わりの骨」である針状軟骨を伸ばして飛膜面積を大きくしているということです。


モモンガ。四肢の長さはリスなどと同じ程度であり、樹上でも支障なく移動できる。https://hb-l-pet.net/small-animals/


 針状軟骨については柔らかくて「たわみ」を持っており、そのために飛膜の前端縁がカーブを描きますが、それは角張っているより飛ぶために好都合だといいます。そういえば飛行機の翼も半円形にカーブを描いています。
 また柔らかいことは上に反り返りを生みますが、これは横滑りを少なくするそうです。確かにトビやアホウドリなどの翼の先は反り返っています。


アメリカモモンガの飛翔を写真から描く。飛膜の前の端に長い毛があり、滑空時には反り返る


 安藤・白石( 1985)は、ムササビの尾は鳥の尾とは違うことを指摘しています。鳥の尾は低速飛行するときは広がって揚力になり、滑空するときは方向舵になりますが、ムササビの尾は全く違い、重心を後ろに置き、抗力を生んで滑空姿勢を安定させるためだとしています。確かにムササビの滑空写真をみると尾はまるで横広のブラシのように広がって空気抵抗を生んでいるように見えます。


滑空するムササビ。尾は水平に開いて空気抵抗を大きくしている。https://troutinn.exblog.jp/24748009/




 

基本情報

2018-12-02 11:28:24 | 研究
モモンガの計測値など(体重以外はmm)
場所  神奈川県丹沢湖近く
年月日 2018.11.26
性別  メス
体重  104g
鼻から尾の付け根  153
肩から尾の付け根  90
尾         140
肩から針状軟骨の縁 212
上腕        32
ひじ-手先     59
前足        22
大腿        31
膝から足先     36
脛骨        51
後足        36
耳         13
ヒゲ        52