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「晴行雨筆」の日々から生まれるもの

明治神宮の杜のタヌキの食性

2021-06-08 06:52:16 | 研究
明治神宮の杜のタヌキの食性
Food habits of raccoon dog in the forest of Meiji-jingu Shrine
高槻成紀・釣谷洋輔
Seiki Takatsuki and Yosuke Trusty

抄録
明治神宮の杜で2017年3月から2019年2月までの間に67個のタヌキの糞を採集し,ポイント枠法で分析した.その結果,果実と種子がもっとも重要であり,全体占有率がそれぞれ31.1%と19.7%であることがわかった.果実・種子は秋にもっとも多くなった.中でもギンナン(イチョウ)とムクノキが重要で,皇居や赤坂御所に比べると果実・種子の種数が少なかった.これに次いで昆虫(18.5%)が重要で,特に夏に多くなった(44.8%).注目されたのは鳥類で,頻度(53.7%),占有率(12.5%)とも他の場所よりも多かった.人工物は1.2%(頻度9.0%)に過ぎなかった.これらの結果は明治神宮の杜が大樹からなる鬱蒼とした森林であり,一部の果実は豊富に供給されるが,明るい場所に生える低木,草本の果実は乏しいことを反映していると考えられた.

A total of 67 droppings oh the raccoon dog (Nyctereutes procyonoides) in the Meiji-jingu Shrine was collected during the period from March,2017 to February,2019,and analyzed by the point-frame method. Among the contents, fruits and seeds were the most important foods,accounting for 31.1% and 19.7%,respectively. They were most abundant in autumn. Among them,Ginkgo biloba andAphananthe aspera were exclusively abundant. Fruit composition was much less diversified than other places including Imperial Palace and Akasaka Imperial Gardens. Insects followed fruits and seeds,accounting for 18.5% in total,and 44.8% in summer. It was noteworthy that birds found frequently (53.7%) and accounted for 12.5%,which were greater than those at other places. Artificial materials including plastic bags and robber bands accounted for only 1.2%,suggesting a small contribution for the raccoon dogs. These results seem to reflect that the forest of the Meiji-jingu Shrine is composed of large trees producing abundant fruits while fruits of sunny shrubs and forbs are poor.

はじめに
 タヌキは北海道から九州に至る日本全土に広く分布し,しかも山地から海岸まで多様な環境に生息する.それだけでなく,自然林,里山の雑木林,さらには都市にも生息し,人間の生活空間にも入り込んでいる.それには食性が雑食性であること,生息地利用についても融通がきく性質を持っていることが関係している(佐伯2008).
 タヌキは東京郊外の里山的環境にも広く生息し,その食性はよく調べられている(Hirasawa et al. 2006,Takatsuki et al. 2017,高槻ほか 2020).これらによれば,里山的環境のタヌキの食性は次のような明瞭な季節変化を示すことがわかっている.春は果実類が少なく,昆虫も限られているため,タヌキの食物において哺乳類や鳥類などが相対的に多くなる.夏になるとサクラ属やキイチゴ,ヤマグワなどの果実,昆虫が多くなり,秋になると果実が非常に多くなる.とくにギンナン(イチョウの種子※1 こちら),カキノキの果実がよく食べられる.冬になると果実も昆虫の少なくなるが,果実はやはり重要で,他に人工物や哺乳類などが混在するようになる.
 タヌキはその可塑性により,里山や都市郊外だけでなく大都市の市街地にも生息するが,東京も例外ではない.その東京にすむタヌキが何を食べているかはタヌキの可塑性の典型例であり,興味の持たれるところである.これまで東京都のタヌキの食性については皇居(酒向ほか2008,Akihito et al. 2016),赤坂御用地(手塚・赤坂 2005),新宿御苑(Enomoto et al. 2018)などで調べられている.皇居における2006-07年の調査では,昆虫(95%),多足類(56%),鳥類(37%)の出現頻度が高かった(酒向ほか 2008).中でも昆虫が重要であった.タヌキが食べた果実には,サクラ,クワのように一時的に食べられるもの,エノキ,ムクノキなど結実後も継続的に食べられるもの,ドングリ,ギンナンのように他の食物が乏しい春にだけ食べられるものの3タイプがあった.人工物は少なく,皇居の森林の豊富さを反映していた.その後おこなわれた2009〜13年の調査でも明瞭な季節変化があり,1月にムクノキ,2月にイイギリ,5,6月にキイチゴ類とサクラ類,6月にクワ,7,8月にタブノキ,9月にイヌビワ,9〜12月にムクノキ,12月にエノキが食べられていた.3,4月はギンナンやドングリ,動物質が増えた.こうした食性は5年間ほぼ安定的に繰り返された(Akihito et al. 2016).
 一方,赤坂御用地では昆虫の出現頻度がつねに90%以上と高く,果実も夏はやや低くなったものの,80%以上の高頻度であったほか,多足類や冬の鳥類も高頻度であった(手塚・赤坂 2005).ここでも人工物への依存度は低かった.
 この2カ所は都内ではあるが広大な緑地であり,しかも人の出入りは制限された特殊な場所である.これに対して新宿御苑で冬に行われた調査(Enomoto et al. 2018)では果実の出現頻度は96.8%と非常に高かったが,昆虫は41.9%であり,赤坂御用地での90%以上とは大きな違いがあった.一方,鳥類は58.1%とかなり高く,著者らはこれを都市のタヌキに特徴的である可能性があるとしている.なお皇居での種子(果実)と鳥類の出現頻度はそれぞれ90%以上と40%前後であった(酒向ほか2008,Akihito et al. 2016). 
 ところで,これら東京の都心で行われた調査で採用された分析方法は「頻度法」(※2こちら)で,ひとつの糞にその食物があったかなかったかを表現する.したがって糞に大量に含まれていても,微量に含まれていても同じく頻度1と評価される.タヌキの場合,果実が大量に含まれているが,昆虫はごく微量であることがよくあるが,頻度法はこの違いを区別しない.また鳥類や哺乳類は出現する場合は大量であることが多いが,これらの出現頻度は低いことが多い.このように頻度法は量的な評価をしないため,実際の重要度とは違う評価をすることがある.そこで重量,体積,面積などを用いて量的評価をする試みが行われている.本調査の分析ではその一つであるポイント枠法(Stewart 1967)という方法を採用した(※3こちら).この方法は糞中での量を投影面積で表現するもので.この方法を用いれば,頻度もわかるし,重量や体積を評価するよりも時間を大幅に短縮できる利点がある(Sato et al. 2000,高槻ほか 2015, 2018).
 本調査を行なった明治神宮の森は皇居,赤坂御所と同様に市街地にある広大な緑地であり,タヌキの食性もこれらと共通している可能性がある.同時に,この森には一般人,観光客が多数訪れるという違いもある.来訪者は森林には立ち入りを禁じられているものの,タヌキは人の出入りがある中で暮らしていることになる.また明治神宮の杜の南西部は代々木公園と接しており,明治神宮の杜のタヌキは代々木公園と行き来している可能性が非常に大きい.
 本調査ではこのようなことを背景とし,大都市東京にある大きい緑地である明治神宮の杜におけるタヌキの食性をポイント枠法で評価し,その結果を皇居や赤坂御用地,新宿御苑などと比較する.同時に東京郊外の里山的環境のタヌキとの比較も行う. 

方 法
明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祀る神宮で渋谷区にある.面積は73ヘクタールほどあり,神宮に造成当時植えられた樹木が森林を形成し,現在ではクスノキ・スダジイを主体とする自然度の高い森林となっている(奥富ほか 2013).造成当時植林された12万本の樹木が,1970年には17万本になったが,2019年時点では大幅に減少して約36,000本となり,巨木が育っている(濱野ほか 2013).明治神宮の杜は都心には少ない大面積の緑地であり,これに匹敵するのは,皇居,赤坂御用地,新宿御苑などである(図-1).なお明治神宮は代々木公園と隣接する.


図-1 明治神宮とその他の都心の大緑地.Google earthより作図.

 2016年7月から明治神宮の杜を広く歩いてタヌキのため糞を探したが,当初は発見できなかった.同年11月に神宮の杜の南西部でようやくため糞を発見することができた(図-2).


図-2 明治神宮の杜で発見されたタヌキのため糞.糞の位置を水色の輪で囲った.

その場所は明治神宮の杜の他の場所同様,大きなイチョウの木やクスノキ,ムクノキなどがあり(図-3),低木層にはネズミモチ,ヒサカキ,アオキ,ヤツデなどの常緑樹,シュロなどが多く,草本層は貧弱で,シダ類やヤブランなどが散生していた.


図-3 明治神宮の杜の様子(2016年9月26日)

タヌキの糞は2017年3月から2019年の2月までほぼ毎月1回調査地を訪れ,そのうち13回で67サンプルを確保して分析した(図-4).


図-4 タヌキの糞を採集する様子

 採集にあたっては,糞の大きさ,色,つや,新しさなどから同一個体による1回の排泄と判断されるタヌキの糞数個を1サンプルとし,それを複数採取した.
 糞サンプルは0.5 mm間隔のフルイで水洗し,残った内容物を次の15群に類型してポイント枠法(Stewart 1967)で分析した.昆虫(鞘翅目,直翅目,膜翅目,幼虫など),節足動物(多足類など),無脊椎動物(甲殻類,貝類など),鳥類,哺乳類,脊椎動物の骨,その他の動物質,果実,種子,緑葉(イネ科,スゲ類,単子葉植物,双子葉植物など),枯葉,植物その他(コケ,キノコなど),人工物(輪ゴム,ポリ袋,紙片など),その他,不明.「脊椎動物の骨」の中には一部に鳥類,両生類の骨とわかるものもあるが,多くは不明であり,哺乳類の骨の破砕された小片も含まれる.
ポイント枠法では,食物片を1 mm格子つきの枠つきスライドグラス(株式会社ヤガミ,「方眼目盛り付きスライドグラス」)上に広げ,食物片が覆った格子交点のポイント数を百分率表現して占有率とした.1サンプルのポイント数は合計100以上とした.
季節は,植物が芽生える3〜5月を春,植物の葉が濃く, 硬くなる6〜9月を夏,果実類が結実する10,11月を秋,落葉樹が紅葉・落葉し,多くの草本類が枯れる12〜2月を冬とした. 分析結果は年を通して季節ごとに平均値を出した.つまりある季節のデータは複数年の結果が含まれている.季節変化は占有率の平均値が5%以上になった食物を主要食物とし,その占有率をクラスカル・ウォリス検定(スティール・ドワス事後検定)した(α= 0.05).
 主要食物について占有率を大きい値から順に並べる「占有率-順位曲線(※4こちら)」(高槻ほか 2018)を描いた.
 なお,ため糞がタヌキのものであることは確信があったが,確認するためにセンサーカメラ(Reconix HC550)1台を設置して撮影を試みた.

結 果
タヌキの生息
 センサーカメラの記録によれば,タヌキは3日に1回程度の頻度で撮影された(図-5).同時に2頭撮影されたこともあったし(図-5C),7月には幼獣が撮影されたことから(図-5D),繁殖をしていることも確認された.また少数例ではあるが,ハクビシンも撮影された.


図-5 センサーカメラで撮影された明治神宮の杜のタヌキ

糞組成
 糞組成の季節変化をみると,春は特に多い食物はなく,昆虫,鳥類,果実が20%程度を占めていた(表-1).夏になると昆虫が44.8%と大幅に増加した.秋にはると昆虫は減少し,果実が50.7%と大幅に増え,種子も29.1%を占め,果実と種子が大半を占めるようになった.冬になると果実(33.3%)と種子(22.9%)は減少し,昆虫(11.0%)と鳥類(10.3%)がやや増えた.
 このように明治神宮の杜のタヌキにとっては果実がもっとも重要で,春に鳥類,夏に昆虫が増えるという季節変化を示した.
 全体を見ると,占有率の平均値では果実(31.1%)が最大で,種子(19.7%)と昆虫(18.5%)がこれに次いだ.鳥類が12.5%であったほかは10%未満であった.出現頻度は果実が85.1%と最高で,昆虫(70.1%),種子(68.7%),緑葉(65.7%)が高かった.鳥類も53.7%で高かったが,それ以外は50%未満であった.果実,種子,昆虫は占有率,頻度ともに大きい値をとったが,緑葉と鳥類は占有率は小さく高頻度であり,評価法による違いがあった.その点で言えば,昆虫は果実に匹敵する高頻度であったが,占有率は半分程度であり,やはり表現法の違いを反映していた.なお,人工物は占有率がわずかに1.2%,出現頻度も9.0%に過ぎず,明治神宮の杜のタヌキは人工物への依存度は小さいことがわかった.

表-1 明治神宮の杜のタヌキの糞組成(%)と出現頻度(%).ただし「動物その他」のように異質な生物群を含むものは出現頻度を算出していない.


主要食物
 占有率の全体平均値が5%以上であった主要食物について季節変化を比較した(図-6).昆虫は夏に44.8%と非常に大きい値をとり,秋に7.1%と大きく減少した(有意差あり,クラスカル・ウォーリス検定,χ2= 20.33,P < 0.01, スティール・ドワス検定, t2 = 3.33, P = 0.005).秋から冬への微増も有意差があった(t2 = -2.60, P = 0.046).果実は夏に16.8%と最小で,秋に50.7%と有意に増加し(χ2= 12.72,P = 0.005,),冬でも33.3%を維持した(有意差なし, t2 = 1.64, P = 0.35).種子は季節を通じて10〜30%と比較的安定していた(有意差なし, t2 = 5.92, P = 0.12).鳥類は春に23.0%と比較的大きい値をとったが,夏,秋は5%未満に減少し,冬に10.3%になった(ただし有意差なし, χ2= 5.57,P = 0.13).緑葉は10%未満で,季節変化も不明瞭であった(有意差なし, χ2= 1.62,P = 0.65).


図-6 明治神宮の杜のタヌキの主要食物の占有率の季節変化

占有率−順位曲線
主要食物の占有率−順位曲線を図-7に示した.果実は最大値が大きく,そのまま直線的に右端まで続いた.種子は最大値は果実と同様であったが,初期に大きく減少し,折れ曲がって裾野を引く曲線を描いた.昆虫は10位くらいまではなだらかな勾配であったが.その後17位くらいまで急激に減少し,その後裾を伸ばす曲線をとった.このことは,昆虫を多く採食した一群とごく少数した採食しなかった群の2極化があったことを示唆する.鳥類はその傾向がさらに明瞭で17位くらいまで直線的に減少してから大きく折れ曲り,裾野を引く曲線を描いた.緑葉は最大値が50%台と小さく,上位4位くらいまで急激に減少して大きく折れ曲り,長い裾を引く,L字型になった.
 このように最大値が大きく,高頻度の果実,最大値は大きいが中頻度の種子,昆虫,鳥類,最大値が小さく中頻度の緑葉に分かれた.


図-7 明治神宮の杜のタヌキの糞における主要食物の占有率–順位曲線

果実・種子
 果実の多くは種名まで特定することはむずかしかったが,種子は可能であった.そこで種子の占有率の月変化を図-8に示した.これによると,5,6月にサクラ属(ヤマザクラを含む),6月にヤマモモ,9月以降にムクノキとギンナンが出現し,占有率も比較的大きかった.とくに10月のムクノキ,11,12月のギンナンは単独で20%を超える大きい値をとった.しかもムクノキもギンナンも出現月が長期に渡った.とくにギンナンは3月や5月にも検出され,タヌキは前年に落ちた果実(イチョウの場合は外種皮)を食べるものと考えられる.タヌキによるムクノキとギンナンへの強い依存性は明治神宮の杜のタヌキの食性における大きな特色と言える. 


図-8 明治神宮の杜のタヌキの糞から検出された種子の占有率(%)月変化

考 察
著者の一人釣谷は2011-12年に哺乳類の調査を行ない,10カ所のタヌキのため糞場を確認した(釣谷2013).しかし2016年に本調査を開始すると,発見がむずかしかった.また,前回の調査当時はタヌキの姿を見ることもあったが,本調査期間中はまったく見られなくなった.これらを考えると明治神宮の杜では2010年代の前半で明らかにタヌキの頭数が少なくなったことは確実と考えられる.東京都内では2000年代から2010年くらいにかけて,疥癬(※5こちら)に罹患したタヌキの報告が多くなったので,明治神宮の杜のタヌキも疥癬に罹患して減少した可能性がある. 
 本調査によって初めて明治神宮の杜のタヌキの食性が量的に評価された.これによりいくつかの特徴が明らかになった.まずここのタヌキは果実依存度が非常に高かったことである.とくにギンナンとムクノキへの依存が強いことが特徴であった.イチョウは神宮の杜には大木が多く,秋から冬にかけてはその下には大量のギンナンが落ちており,タヌキにとっては安定的に得ることができるものと考えられる.いくつかの糞はギンナンだけしか入っていないものもあった.そのほか,サクラ属やヤマモモも検出されたが,郊外の里山的環境のタヌキの糞によく出てくるキイチゴ類,クワ属,ヒサカキ,ジャノヒゲなどは検出されなかった.里山のコナラを主体とする雑木林には明るい林に生えるこれら低木類・草本類が豊富であるが,明治神宮の杜は常緑樹を含む巨木が多く,鬱蒼としており,林床にはそのような植物がほとんどない.糞組成はそのことを反映していると考えられる.
 同じように都心にある広大な森林でも,皇居ではギンナンやムクノキ,サクラ属の他にも,イヌビワ,クワ科,キイチゴ類,ミズキ,エノキ,ヤマボウシ,カキノキも高頻度で検出されている(酒向ほか 2008).また赤坂御用地のタヌキの糞からはイチョウ,エノキ,ムクノキ,クスノキ,サクラ属,キブシ,ミズキ,カヤなどが比較的高頻度で検出されている(手塚・遠藤 2005).これらに比較すると,明治神宮の杜では検出種数が少なく,糞サンプル数が少なかったことを差し引いても,果実の多様性に乏しいといえる.この違いは皇居や赤坂御用地に比べて明治神宮の杜の方が巨木が多く,林内が暗い森林が連続的にあることを反映していると考えられる.ただし,夏は探索にも関わらず糞が発見されなかった.センサーカメラには夏にもタヌキが撮影されていたから,糞はしているのだが,糞虫により分解されてしまい,糞サンプルを確保することができなかった.したがって明治神宮のタヌキの夏の食性にはやや不明な部分が残る.
 昆虫は出現頻度も70.1%と高く,平均占有率も18.5%と果実,種子に次いで大きい値をとった.これは想定されたことであり,他の場所とも共通していた.糞中の昆虫は粉砕されており,種群の詳細は不明であるが,森林の変化を考えると,かつては草原的な環境にいた昆虫をたべていたが,現在では森林生の昆虫を食べている可能性が大きい.
 注目されたのは鳥類の平均占有率が12.5%と昆虫に次いで高かったことである.ただし出現頻度は53.7%と昆虫の70.1%よりはかなり低かった.このことは鳥類は出現あたりの占有率はさらに高いということを意味する.タヌキの糞には冬から春の果実と昆虫が乏しい時期に鳥類と哺乳類が増加することは多くの事例で知られており,その傾向は明治神宮の杜でも確認されたが,ここでは哺乳類の平均占有率は2.1%,出現頻度も25.4%にとどまり,いずれも鳥類よりは大幅に小さかった.鳥類の出現率は皇居では21.9%,赤坂御用地では39.4%であり,明治神宮の杜の53.7%はこれらより大幅に高かった.Enomoto et al. (2018)は都市のタヌキは鳥類をよく利用するとしており,これらの例はそれを支持する.しかし,同じ市街地でも小平市の津田塾大学では鳥類の占有率は5〜10%に過ぎず,状況により大きく違うようである(高槻 2017).津田塾大学では哺乳類の方が多く,6〜27%を占めた(ただし秋は鳥類も哺乳類もごく少なかった).本分析では鳥類の種は特定していないが,羽毛は黒色のものが多く,羽軸の太さからしてもカラスの可能性が高い.実際,我々は明治神宮の林内を探索していてカラスの死体を数例発見した.明治神宮の杜にはカラス(主にハシブトガラス, 柳澤・川内 2013, 唐沢ほか 2015)が多く,林内にカラス捕獲用の装置があって捕獲されている.タヌキが生きたカラスを襲うかどうかはわからないが,糞中の羽毛は春に多いことを考えると,死体を食べている可能性が大きい.
 輪ゴム,ポリ袋などの人工物が検出されたが,占有率の全体平均は1.2%に過ぎず,頻度も9%にとどまった.このことはタヌキにとって果実類や昆虫が豊富であり人工物に頼らなくても良いということと,来訪者がゴミを捨てないというマナーの良さを反映していると思われる.ただし,代々木公園との境界部では菓子袋,タヌキの噛み跡と思われる穴の空いたマヨネーズ容器などが散見された.これらは明治神宮の杜の中央や東側ではほとんどなかったから,おそらく代々木公園で食べたものが持ち込まれたものと推察される.
 以上,明治神宮の杜のタヌキは1)果実食であること,2)その果実の種類は限定的でギンナンとムクノキが特に多いこと,3)夏には昆虫が増えること,4)鳥類の重要度が他の場所よりも大きいこと,5)人工物への依存度は低いこと,などが明らかになった.明治神宮の杜は植栽されたものであるが,100年の年月を経て自然林の状態に近づいており(奥富ほか2013),構成樹も細い木は大幅に減って大樹が育っている(濱野ほか 2013).これに伴い鳥類は草原的な環境のものから森林生のものへと推移してきた(柳沢・川内 2013).このような変化を背景にタヌキの食性を考えると,明るい場所に生える低木・草本類の果実は乏しく,大木に育ったイチョウやムクノキなどの果実が大量に供給される森林の状態が反映されていると考えられる.

Summary
It is amazing that the raccoon dog,a wildlife,inhabit Tokyo,the biggest city of Japan. The Meiji-jingu Shrine is a large green comparable to the Imperial Palace or the Akasaka Imperial Gardens,and known as a habitat of the raccoon dogs. However,the food habits is unknown. We analyzed 67 droppings collected from March,2017 to February,2019 and analyzed by the point frame method. It was found that fruits and seeds were most important accounting for 31.1% and 19.7%,respectively. They were most abundant in autumn. Among them,Ginkgo biloba and Aphananthe aspera were exclusively abundant. Fruit composition was much less diversified than other places including Imperial Palace and Akasaka Imperial Gardens. Insects followed them,accounting for 18.5% in total,and 44.8% in summer. It was noteworthy that birds found frequently (53.7%) and accounted for 12.5%,which were greater than other places. Artificial materials including plastic bags and robber bands accounted for only 1.2%,suggesting a small contribution for the raccoon dogs.


謝 辞
調査を許可いただいた明治神宮に篤く御礼申し上げます.この調査を実現するには(株)環境指標生物の新里達也氏にご尽力いただきました.また許認可などについては同社の池田英彦様にお世話になりました.これらの方々に御礼申し上げます.

文 献 こちら

付図-1


付図-1A 検出された植物質の例


付図-1B 検出された動物質の例


付図-1C 検出された人工物の例


我が家(東京都小平市)の周りでの鳥類種子散布

2021-04-15 16:47:29 | 研究
 小平市の我が家の周りで、樹木に来る鳥による種子散布の実態を調べてみることにしました。庭などでいつの間にか知らない植物が生えてくるのはよくあることです。一方、公園などの木にヒヨドリが集まって賑やかに鳴きながら木の実を食べているのもよく目にします。都市の緑地は市街地に囲まれた、いわば「島」のような存在ですが、その島を鳥がつなぐように種子を運んでいるのは確かなようです。では実際にはどうなっているのか。調べてみると、いくつか論文がありました。古く1978年に唐沢氏が東京都内で丁寧な調査をしています。多い鳥としてはヒヨドリ、ムクドリ、ツグミ、鳥の糞に多くみられた種子はトウネズミモチ、ネズミモチ、モチノキ、イヌツゲ、アオキ、ヘクソカズラなどだったとのことです。しかしその後の調査は断片的なものしかありません。こういう現象は場所によって違うので、個別の事例を蓄積する必要があります。そこで、小平市の自宅近くで調べてみることにしました。

 調査対象としたのは以下の4種の樹木です。
1)小平霊園のセンダン
2)小平霊園のトウネズミモチ
3)大沼地域センターのクロガネモチ
4)北東部のハゼノキ

図1 種子を回収した4カ所

図2  対象とした4樹種の果実

 この4つの木の下に12月から2月下旬までの毎週1回、回収に行きました。ホウキとチリとりを持って行って、種子を掃き取りました。霊園の場合、「ごくろうさま」と、掃除のボランティアと間違えて声をかける人がいました。

 こうして、13,767個の種子を数えました。私はこのあたりで植物を観察しており、果実を見つけると採集して標本を作っているので、大半はおなじみの種子でした(図3, 4)。わかっただけで33種の種子が回収されました。不明が10種ほどありましたが、その数は少なく、大半は判明しました。ただ、「ジャノヒゲ」としたものはジャノヒゲかヤブランか区別がつきませんでした。


図3 対象とした4種の果実と種子。格子間隔は5 mm


図4 検出された種子。格子間隔は5 mm

 果実と種子の数を数えると、ピークが見えてきました(図5)。数そのものは大きく違うので、最大値を100%にして示しました。果実の落下はトウネズミモチ、クロガネモチ、センダン、ハゼノキの順でした。おもしろいことに、種子はそれとは大きく違い、トウネズミモチは果実と種子の落下時期は同調しており、ハゼノキも遅いながら同調していましたが、種子の落下はセンダンは2週間、クロガネモチは1ヶ月も遅れました。

図5 果実と種子の落下時期

 果実が落ちるということは熟したということです。その時にすぐに鳥が食べるということは鳥が待っていて食べどきがきたと食べに来るということです。トウネズミモチとハゼノキはそういう果実のようです。逆にクロガネモチは10月くらいから赤い実を実らせていますが、食べられたのは2月になってからでした。クロガネモチは鳥にとってあまり美味しい果実ではないらしく、他の餌がなくなった時に食べるようです。センダンはその中間的な利用のされ方でした。

 落下した種子数を1平方メートルあたりに換算したのが図6です。センダンだけが例外的に少ないこと、どの木でもほとんどは母樹と同じ種子だということがわかります。その木そのものの種子が多いと思われますが、同じ種類の別の木で食べたものが運ばれたのかもしれません。

図6 落下種子数

 母樹と同じ種子が多いので、それを除いた種子の内訳がどうなっているかを見ると、センダンだけが他の植物の割合が多く、しかも低木が比較的多いことがわかりました(図7)。


図7 落下種子の母樹と同種以外の種子

 この意味はよくわからないのですが、グラフは左から右に果実と種子が小さく並べており、果実も種子も大きいセンダンに相対的に多くの外部由来の種子が運び込まれているということです。おそらく鳥類の滞在時間が長くて、その木に来る前に食べていたものを、センダンの実を食べながら吐き出したり、排泄したりするものと思われます。果実が一番小さく、小さな鳥も来るクロガネモチ は2月になって突然なくなり驚きました(図8)。

図8 クロガネモチの結実状態 A. 2021年1月にはたわわに実っていた。この状態は2月3日にも確認されたが、2月5日は突然なくなった。

 センダンにはヒヨドリ・クラスの大きめの鳥類が来ますが、クロガネモチ にはメジロなどの小さい鳥も来ます。クロガネモチの樹下ではほとんどがクロガネモチの種子で外部由来はほとんどありませんでした。ということは滞在時間が短いために外部由来の種子が少なかったということではないかと思います。

 次に調べたのは果実と種子の大きさです(図9)。横軸は果実の短径、縦軸は種子の短径です。果実の中に1個の種子があるわけではないので、単純な右上がりにはなりません。グラフにはメジロ(Z)、シジュウカラ(P)、ツグミ(T)、ムウドリ(S)、ヒヨドリ(H)の嘴の幅も示しています。多くの果実は10 mm以下、種子は6 mm以下で、たいていの鳥は問題なく飲み込めそうです。ただいくつか例外がありました。1はカラスウリ、2はスズメウリで果実がとりわけ大きいことがわかります。これらのウリの種子はさほど大きくないので、飲み込まれていましたが、これは鳥がこれら大きな果実をついばんで食べるからです。3はブドウです。
 種子の大きさをみると、大きく外れたものに9と8があり、9がセンダンで8はアオキです。これらは特別に大きい種子で、シジュウカラくらいでは飲み込めません。ツグミ、ムクドリならなんとか大丈夫、ヒヨドリは問題ないという感じです。

図9 果実と種子の大きさと主な鳥の嘴の幅
1. ブドウ,2. スズメウリ,3. カラスウリ,4. エゴノキ,5. ジャノヒゲ,6. ムクノキ,7. シュロ,8. アオキ,9. センダン,
Z: メジロ,P: シジュウカラ,T: ツグミ, S: ムクドリ,H: ヒヨドリの口径

 ハゼノキは他の果実が多肉質であるのに対して乾燥した果実です。あまりおいしそうには見えませんが、「漆」がとれるくらいなので脂質が含まれており、カラスやヒヨドリなどが好んで食べます(上田 1999)。だとすればすぐになくなってしまいそうですが、調査地にはこの木が多く、また一本の木に果実がびっしりついており、一つの房にたくさんの果実がなるので(図2)、鳥が来て食べてもすぐには減らず、長い間利用されました(図5)。これに対して一本しかないクロガネモチはある日突然一気になくなりました(図5, 8)。

* * *
 都市の緑地の樹木は基本的に人が植えます。しかし緑地と緑地をつなぐように鳥が移動し、その時に種子を散布します。多くの種子はそのまま死んでしまうかもしれませんが、なんと言っても延べ数は膨大なものです。この調査でもトウネズミモチ、エノキ、ムクノキ、マンリョウ、ナンテン、イヌツゲなどは鳥類によって種子散布をしてもらっている可能性が大きいことがわかりました。マンリョウ、ナンテンなどは人の目にも目立つ赤色ですが、トウネズミモチ、ムクノキ、イヌツゲなどは黒っぽい色であまり目立たないように思いますが、ヒトと鳥では見える波長が違い、黒系の色も目立つのだそうです。そのため鳥類が食べる果実には赤系と黒系が多いことが知られています(Wheelewright and Janson 1985)。
 鳥がいることで都市緑地の植物の種子散布に貢献しており、そのことは生物多様性に貢献しているということです。同じようなことを考えてスペインで調査した人もいます(Cruz et al. 2013こちら)。
 ささやかな調査ではありますが、大切なことに気づくことができました。

図10  都市で鳥類によって種子散布され、繁殖している可能性のある果実類

+++++++++++ 文献 +++++++++++
Cruz, J. C., Ramos, J. A., da Silva, L. P., Tenreiro, P. Q. & Heleno, R. H. 2013. Seed dispersal networks in an urban novel ecosystem. European Journal of Forest Research, 132: 887-897. こちら
唐沢孝一 1978. 都市における果実食鳥の食性と種子散布に関する研究. 鳥, 27: 1-20. こちら
上田恵介 1999. 意外な鳥の意外な好み. 「助けあいの進化論1 種子散布,鳥が運ぶ種子」(上田恵介編著), 64-75. 築地書館, 東京.
Wheelwright, N. T. & Janson, C. H. 1985. Colors of fruit displays of bird dispersed plants in two tropical forests. American Naturalist, 126: 777-799. こちら

野生馬タヒを復帰させたモンゴルのフスタイ国立公園の森林に及ぼすタヒとアカシカの影響

2020-11-30 22:09:54 | 研究
野生馬タヒを復帰させたモンゴルのフスタイ国立公園の森林に及ぼすタヒとアカシカの影響

高槻成紀・大津彩乃

タヒの復帰に成功されたフスタイ国立公園にはカンバ林が残っているが、面積が減少している。それには永久凍土の減少が重要な要因だが、タヒとアカシカの採食も可能性がある。公園内の西の林と東の林で、タヒとアカシカの糞密度、カンバの状態を比較した。アカシカの糞は西の林で多く、タヒの糞は東の林で高かった。カンバの死亡率は西の林で62,9%、東の林で12.6%であった。下枝高は西の林で172.0 cm、東の林で148.3cmであり、バラツキは西の林で小さかった。アカシアは立ち上がって枝の葉を食べるためでディアラインが認められた。カンバの若木はどちらでも80%程度が盆栽状であり、更新は妨げられていた。これらの結果から、フスタイ国立公園のカンバ林は永久凍土減少だけでなく、タヒ・アカシカの強い影響によっても減少していると考えた。


調査地の景観


西の林と東の林でのタヒとアカシカの糞数

西の林と東の林でのカンバの基底面積。黒:生存木、灰色:枯死木

西の林と東の林でのカンバの枝下高

西の林と東の林での樹木の本数

インドネシア、西ジャワのパンガンダラン自然保護区でのルサジカの食性    - 同所的なコロブスとの関係に注目して

2020-11-30 09:33:39 | 研究
高槻成紀・辻大和

ジャワ中部のパガンダランのルサの食性を調べたところ、雨季と乾季で明瞭な違いがあった。雨季には芝生状のCynodonが50%を占めるほど依存的であった。これに対して乾季にはCynodonは20%前後に減少し、繊維が30-40%に増加した。この時期にはルトンの落とした枝をルサが食べられることが知られているが、糞組成でも果実が増加した。

調査地の地図

ルサのフンに占める主要種の占有率の季節変化
Cynodonn:イネ科の1種、other grasses:その他のイネ科、 dicots:双子葉植物, fiber:繊維, culm:イネ科の茎

糞組成の季節変化のDCA展開。右側は主要成分の位置

降水量、主要食物の占有率、「落穂拾い」の頻度
rainfall:降水量, major foods:主要食物(Cynodonnイネ科の1種, fruit果実), gleaning:ルトンが落とした果実をルサが拾って食べることを「落穂拾い」という

モンゴルのフスタイ国立公園のタヒとアカシカの食性と生息地選択

2020-11-30 09:17:57 | 研究
モンゴルのフスタイ国立公園では1960年代に野生状態で絶滅したタヒをヨーロッパの動物園から復帰させ、その後順調に回復している。ここにはアカシカも生息しているため、両種が高密度になると食物をめぐる競合の可能性があるため、食性の定性評価が必要である。そのため糞分析のより食性と生息地選択を調べた。タヒは主にイネ科を食べ、草原をよく利用したが、アカシカはイネ科と双子葉をよく食べ、森林をよく利用した。したがって現状では両種の生物学的違いにより競合関係にはないと考えた。今後の管理についての示唆を示し、総合的な保全が重要であることを考察した。

調査地の位置


タヒ(灰色)とアカシカ(黒)の糞における主要食物が占める占有率の季節変化
grass:イネ科、dicot:双子葉植物、culm:イネ科の茎:fiber:繊維

糞組成のDCA展開

タヒ(灰色)とアカシカ(黒)の糞中の植物片の大きさごとの重さの比較

タヒ(白)とアカシカ(黒)のフン中のタンパク質含有率
タヒ(白)とアカシカ(黒)の群落選択を指標する糞密度の比較
forest:森林, edge:林縁, grassland:草原



ニホンザル2群の群落利用に対する人の影響 – 林縁に注目して

2020-11-26 16:03:28 | 研究
ニホンザル2群の群落利用に対する人の影響 – 林縁に注目して
海老原 寛・高槻成紀

伐採、植林、農地化、森林の分断化などの活動はニホンザルの生息地を改変し、その群落利用に影響した。神奈川県厚木市の森林をよく利用する「森林群」と農地をよく利用する「農地群」の群落利用を比較したところ、両群とも秋に落葉広葉樹林と夏に林縁をよく利用し、農地群は森林と農地の林縁をよく利用し、秋・冬には農地群による広葉樹林の利用が増えた。猿にとってオープンな場所は心理的に危険を感じるため両群とも森林をよく利用した。落葉樹林が人工林になり、農耕地には食物が豊富にあるため、サルは林縁を利用するようになったものと思われる。本調査では、従来面積的に狭いため、独立した生息地として認められてこなかった林縁を取り上げたことで、サルの群落利用が一歩深く理解できるようになった。

サル2群の行動圏に占める群落の割合

スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響 – アファンの森と隣接する人工林での観察例

2020-11-26 09:48:05 | 研究
スギ人工林の間伐が下層植生と訪花に与える影響  —アファンの森と隣接する人工林での観察例—.
高槻成紀・望月亜佑子

人と自然, 32: 99−108 こちら

日本の国土の27%は常緑針葉樹の人工林で占められている。これまで日本の林業は生産性が重視され、森林の生物多様性保全という視点は十分でなかった。本研究では、スギ人工林の間伐が下層植生や訪花昆虫による受粉(ポリネーション)に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。間伐を行うことによって照度、温度が好転した。下層植物のバイオマス指数(被度と高さの積)はスギ人工林に対して間伐1年目は1.7倍、2年目には80倍と大幅に増加した。特に先駆性の低木や、明るいところを好む大型双子葉草本が大幅に増加した。虫媒花植物も増え、ポリネーション数は大きく増加した。ポリネーションはスギ人工林ではまったく観察されなかったが、間伐林では落葉広葉樹林とほぼ同じ程度観察された。本研究はスギ人工林を間伐することで、生物多様性機能が回復することを示した。

位置図


調査地の景観


間伐林とスギ人工林の照度の月変化。間伐によって明るくなった。

間伐林とスギ人工林の湿度の月変化


間伐林とスギ人工林の地表温度の月変化


各群落のバイオマス指数 生育型によるまとめ。間伐2年目で植物量が急に増え、特に低木が大きく増加した。

各群落のバイオマス指数 散布型によるまとめ。間伐により鳥類散布型と動物被食散布型が増えた。

各群落のバイオマス指数 受粉型によるまとめ。間伐により虫媒花が大きく増えた。

各群落における訪花昆虫の数の月変化。スギ人工林では訪花昆虫が全く見られなかったが、間伐林では落葉樹林並みに増えた。


麻布大学キャンパスのカキノキへの鳥類による種子散布

2020-11-26 08:48:41 | 研究
2020.10.8
麻布大学キャンパスのカキノキへの鳥類による種子散布
高槻成紀
麻布大学雑誌

私は2007年に麻布大学に移りましたが、2009年にキャンパス内のカキノキにくる鳥が外部から運んできて落とす種子の調査をしました。
 森林の動態は極めて複雑であり、種子散布一つをとっても、多種が重なり合って生育しており、林床に植物や枯葉があるために実際の調査(種子の回収)が困難です。その点、都市緑地では樹木が孤立しており、林床が土か、場合によっては舗装されているので、回収が可能です。注目したのは - 対象として樹木の下にその樹木の種子が落ちるのは当然ですが - 鳥類が持ち込んだ別の樹木の果実も落とされる点です。調べた結果少なくとも37種、7918個の種子が確認され、外部から多様な種子が持ち込まれていることがわかりました。

センダンの果実を食べるヒヨドリ

表1 麻布大学のカキノキに鳥類によって運び込まれた種子または核。回収期間は2009年11月、12月。


高尾山周辺のシカの分析事例

2020-11-25 11:44:03 | 研究
高尾山周辺のシカの分析事例

高槻成紀

この数年で裏高尾でのシカの増加が著しく、高尾山への進入は時間の問題とされている。現にすでにシカが発見されたという断片的な記録もある。そこでシカによる植物への影響の痕跡について調査をしている。現地ではアオキに食痕が目立つようになっているが、アオキは表皮細胞が特徴的なのでシカの糞から検出されると特定できる。シカはとくに冬にアオキを好んで食べるので、食性の良い指標になる。今後、シカの影響でアオキが減少すればシカの糞にも出現しなくなるであろうから、現段階で調べておくことは価値がある。そこで関係者にシカの糞の採集をお願いしていた。今回2例のシカの糞が確保されたので、分析した。断片的ではあるが、報告しておく。

シカの糞サンプルは2例で、1例は2020年11月11日に南高尾の中沢山(標高350 m)で宮崎精励氏が採集した1例、もう一つは2020年11月12日に裏高尾のコゲ沢で山崎勇氏が採集した1例である。糞は0.5mm間隔のフルイ上でよく水洗し、顕微鏡下でポイント枠法で分析した。

その結果、糞組成は非常に低質であることがわかった。コゲ沢の例では繊維が58.2%であり、葉はイネ科が3.5%、双子葉植物が7.3%でこの中ではアオキが多かった。南高尾の例では稈(イネ科の茎)が56.8%、繊維が38.7%で葉は3.5%にすぎず、アオキは検出されなかった。


図1. シカの糞組成

 この2例に共通なのは、シカが葉を微量しか食べておらず、栄養価の低い繊維や稈が非常に多かったことである。ただ、サンプル数が少ないので、偶然そのような糞が採集されたためかもしれない。今後、さらにサンプル数を増やして、現在の高尾山周辺のシカが置かれた食料事情を推定したい。

 シカの糞確保にご尽力いただいた、森林インストラクター等協会の石井誠治氏、宮崎精励氏、高尾の森づくりの会の山崎勇氏に感謝します。




シカは生息地を変化させることで自らの食性を変える 小島での17年間の調査

2020-11-25 10:18:57 | 研究
1975年から1972年までの16年間、シカが高密度で生息する金華山島のススキ群落と芝群落で植生とシカの糞組成をモニタリングした。大型草食獣による植生変化がたの大型草食獣に影響与える研究はあるが、自らの食性に与える影響は知られていない。また長期的な植生変化の調査はあるが、草食獣の食性の長期調査はない。調査開始から最初の10年間にススキ群落は芝群落に入れ替わり、これに伴ってシカの食性もススキ、アズマネザサ、シバからほぼシバだけに変化した。シバ群落は強い採食圧により維持されるが、これにはシバの生産特性と高温多湿な日本の気候によるものと考えた。


調査地の位置

調査地1(神社境内)の景観

調査地2の1983年の景観 ススキが優占


調査地2の1986年と1993年の景観、ススキがなくなってシバ群落に置き換わった。

調査地2におけるススキMiscanthus sinensis、アズマネアサPleioblastus chino、シバZoysia japonicaの優占度の推移

調査地2におけるススキMiscanthus sinensis、アズマネアサPleioblastus chino、シバZoysia japonicaの草丈の推移


四国三嶺山域のシカの食性−山地帯以上での変異に着目して

2020-09-21 08:50:54 | 研究
2020.9.21
四国三嶺山域のシカの食性−山地帯以上での変異に着目して
高槻成紀、石川愼吾、比嘉基紀
日本生態学会誌

これまで不明な点が多かった西日本のシカの食性の例として、四国剣山系三嶺のシカの食性を糞分析により解明した。標高1100 m台のさおりが原ではシカの採食により林床が貧弱になっており、シカの糞でも繊維と稈・鞘が多く、シカの食物状況は劣悪であった。標高1600 m台のカヤハゲでは2007年にシカの採食によりミヤマクマザサが消滅し、現在はススキ群落になっており、糞組成でもイネ科と稈・鞘が多かった。標高1700 m台の地蔵の頭では稜線にミヤマクマザサが密生しており、シカの糞もササが優占していた。山地帯では植生もシカの強い影響で壊滅状態であるが、シカ自身の食性も劣悪であった。高標高に生息するシカにとっては尾根のミヤマクマザサは特に冬の食物として重要であることがわかった。シカの置かれた状態を判断するのに食性解明は有力な情報をもたらすことを指摘した。



シカが少なかった時期と増えた後の景観。樹木を見ると同じ場所であることがわかる。スズタケが消滅した。

タヌキの日和見的な食性- 愛媛県諏訪崎での事例 -

2020-08-30 08:52:59 | 研究
2020.8.30
タヌキの日和見的な食性- 愛媛県諏訪崎での事例 -
Mammal Study

タヌキの食性分析は多様であるにも関わらず、分析事例が東日本に偏っており、西日本は限定的である。そこで、その例として、愛媛県の諏訪崎で2019年から2020 年4月まで、フン分析法により分析した。果実が重要で、秋には30%以上、冬にも20%以上であった。ムクノキは特に重要であったが、他にも暖温帯の多肉果実が多く検出された。全体として、暖温帯の果実、昆虫、そして冬のミカンが特徴的であった。これらの結果はタヌキの食性の日和見的な性質を示している。

諏訪崎のタヌキの主要食物の占有率の季節変化

中部日本の八ヶ岳と南アルプスの高山帯に侵入したニホンジカの食物

2020-07-14 08:54:50 | 研究
2020.7.14
Kagamiuchi, Y. and S. Takatsuki.  
Diets of sika deer invading Mt. Yatsugatake and the Japanese South Alps in the alpine zone of central Japan.
(中部日本の八ヶ岳と南アルプスの高山帯に侵入したニホンジカの食物)              
Wildlife Biology 2020: wlb.00710 こちら
 八ヶ岳と南アルプスで山地帯、亜高山帯、高山帯の3カ所でシカの糞をサンプリングした。山地帯では2カ所で結構違ったが、高くなるにつれてイネ科が多くなり、組成が似ていた。驚いたことに、高い山の方がタンパク質含有率が高い、つまり栄養価が高かった。意外だったので、文献を漁ったら(日本にはない)、アメリカとヨーロッパで同じことを指摘した論文があった。日本ではこの20年くらいで低地でシカが増えて高地に分布を拡大したのだが、高い山での生活は、少なくとも食物の質という意味ではプラスの面があるということがわかった。


文献

2020-03-12 17:25:02 | 研究

Chamrad AD, Box TW (1964) A point frame for sampling rumen contents. Journal of Wildlife Management, 28:473-477.

中部森林管理局 (2006)平成18年度南アルプスの保護林におけるシカ被害調査報告書 – 南アルプス北部の保護林内. 中部森林管理局,長野市109pp.

中部森林管理局(2008)平成19年度南アルプスの保護林におけるシカ被害調査報告書 – 南アルプス南部の保護林内. 中部森林管理局,長野市24pp.

川嶋 淳史,永松 大(2016)鳥取県東部におけるシカの採食による植生の被害状況. 山陰自然史研究, 12: 9-17.

Nagaike T, Ohkubo E, Hirose K (2014) Vegetation recovery in response to the exclusion of grazing by sika deer (Cervus nippon) in seminatural grassland on Mt. Kushigata, Japan. ISRN Biodiversity 2014, Article ID 493495.  

長池 卓男,大津 千晶,飯島 勇人(2016)ニホンジカの影響を受けた山梨県櫛形山の半自然草原における植生復元. 水利科学,347:109-120.                        

中島尚子(2007)データでみる野生動物の分布変化. 森林環境研究会編「動物反乱と森の崩壊」:57-68(財)森林文化協会

大橋 春香,星野 義延,大野 啓一(2007)東京都奥多摩地域におけるニホンジカ (Cervus nippon )の生息密度増加に伴う植物群落の種組成変化.植生学会誌, 24:123−151.

大津 千晶,星野 義延,末崎 朗(2011)秩父多摩甲斐地域を中心とする山地帯・亜高山帯草原に与えるニホンジカの影響. 植生学会誌, 28:1-17.

植生学会企画委員会(2011)ニホンジカによる日本の植生への影響 – シカ影響アンケート調査(2009〜2010)結果 - . 植生情報, 15: 9-30.                       

Stewart DRM (1967) Analysis of plant epidermis in faeces: a technique for studying the food preferences of grazing herbivores. Journal of Applied Ecology, 4:83–111.

Takahashi K, Uehara A, Takatsuki S (2013a) Food habits of sika deer at Otome Highland, Yamanashi, with reference to Sasa nipponica. Mammal Study, 38:231–234.

Takahashi K, Uehara A, Takatsuki S (2013b) Plant height inside and outside of a deer-proof fence in the Otome Highland, Yamanashi, central Japan. Vegetation Science, 30:127-131.

Takatsuki S (1986) Food habits of Sika deer on Mt. Goyo. Ecological Research, 1:119–128.

Takatsuki S (2009) Effects of sika deer on vegetation in Japan: a review. Biological Conservation, 142:1922–1929.

高槻 成紀,梶谷 敏夫(2019)丹沢山地のシカの食性 − 長期的に強い採食圧を受けた生息地の事例.保全生態学研究, 24:209-220.

田村 淳(2007)ニホンジカの採食圧を受けてきた冷温帯自然林における採食圧排除後10年間の下層植生の変化. 森林立地学会誌,49:103-110.

田村 淳(2013)神奈川県丹沢山地におけるシカ問題の歴史と森林保全対策.水利科学, 333:52-66.

渡邉 修,彦坂 遼,草野 寛子,竹田 謙一(2012)仙丈ヶ岳におけるシカ防除柵設置による高山植生の回復効果. 信州大学農学部紀要, 48:17-27.

汰木 達郎,荒上 和利,井上 晋. 1977.スズタケの生態に関する研究.九州大学農学部演習林報告, 50:83-122.

 


裏高尾の植物に見られたシカの食痕

2019-12-07 11:24:54 | 研究

2019年12月5日に小下(こげ)沢でシカによる植物への影響を観察したので報告しておく。

<台風19号の影響>
中央高速の入り口から小下沢を歩いたが、台風19号の水害のため大きく様相を変えていた。林道は大きくえぐられ、沢の中の土砂が流されて底の岩盤が見えていた。沢沿いの樹木は土砂が流されて太い根がむき出しになっており、倒木もあった。直径50cmほどのイタヤカエデが林道側に倒れて、通行のために幹が切られていた。沢沿の林道を進むと、枝沢を横切るが、その枝沢も土砂が流れ落ちて大きな礫が林道を塞いでいた。あとで行ったベース南側の沢も大きな被害を受けており、入り口の右側にあった水場とそこにあった石碑も流されたようで、石碑は改めて立てられており、水場は復旧のために「高尾の森 づくりの会」の人が土砂を除く作業をしておられた。その沢は50mほど登ると林道がなくなっていた。

<シカの食痕>
「高尾の森を守る会」のベースの北の斜面を登り、狐塚をへて林道を進んで折り返した。ベース北側の斜面は杉植林で下生えにはアオキが多かった(図1)。


図1. スギ林の景観


案内いただいた山崎勇さんによれば3週間前にも来たが、その時はアオキに食痕はあったものの、探せばある程度だったということだが、今回はむしろ食痕がないものを探すのが難しいほどで、山崎さんも驚いておられた(図2)。


図2. スギ林のアオキ


アオキは葉だけでなく枝や茎も緑色でシカにとってはおいしいのであろう、枝もよく食べられていた(図3)。


図3. アオキの食痕


中には直径20mmほどもあるかなり太い幹が途中でおられているものもあった(図4)。


図4. 幹を折られたアオキ


 道の脇を観察しながら歩いたが、食痕は以下に見られた(図5)。
 イタヤカエデ、イノコズチ、ウリノキ、カラスザンショウ、コアカソ、fゴンズイ、タマアジサイ、ヌルデ、フユザンショウ、ミズキ、ミヤマフユイチゴ、ムラサキシキブ


図5. 食痕が認められた植物

 現段階でははっきりしないが、以下の植物は明らかにシカが食べ残しており、今後他の植物が減少する中で相対的に目立つようになることが予測された。
 シロヨメナ、マツカゼソウ、テンナンショウ類、シダ類(オオバイノモトソウ、ベニシダなど)

<まとめ>
 山崎さんたちが継続撮影しておられるセンサーカメラの記録からもシカの撮影枚数は毎年倍増しており、今年もすでに昨年の2倍を上回っている。そしてこの1ヶ月で急激にアオキへの食圧が強くなっており、この冬にさらに強い影響が及ぶことは確実と懸念される。シカの影響は高尾山にも波及することになるが、その程度がどの程度であるかを注視する必要がある。