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学ぶ

2021年01月20日 | 独り言

今は昔 1904年日露戦争、開戦。

ロシア南下の驚異からの防衛戦争だったと、僕は思っている。

この戦いは、小兵と巨人との喧嘩で勝ち目はなかった。

今信玄と呼ばれた天才戦略家、田村怡与造は作戦戦略の難しさに過労のため亡くなってしまった。

何故、ロシアに勝利したのか?いや、如何に五分の戦いができたのか。

それは、前哨戦ともいえる日清戦争で学んだ事を活かし。

官民一体となり努力したのだ。

政治家達も金融機関も国民も・・・ 日本人の気質ともいえる勤勉さと従順さ。

初めて国家というものを手にした国の総力戦だったからではないかと思う。

 

経験値、RPGドラクエなどではモンスターと戦い経験値が上がりレベルアップしていく。

ザコキャラは経験値は低く、たくさん倒してもなかなか、レベルアップしない。

そう、強い相手難しいボスキャラと戦わなければ大きな経験値とならないのだ。

何度も負けて、挑戦し弱点を見極め、学ぶのだ・・・・

 

なんとかコロナに打ち勝ってほしいと思うのだが、自戒をこめて。

 

 

日本海海戦、ロシアは戦闘が始まるとボロボロの汚い戦闘服に着替える。

日本連合艦隊は新品消毒済みの戦闘服に。

入浴を命じ、そして艦内のすべてを消毒した。 外傷による化膿を防ぐためだ。

 

 

でっかい大砲。 運ぶのも大変そうだ。

ロシアは鉄道を使い、どんどん兵隊を運んでいった。

当時、トラックや輸送機無かったので、鉄道は輸送の手段として敷かれた。

日本でも鉄道輸送を重視、各地に鉄道を敷いた。

そしてこの戦争では、広島が重要な基地となった。

 


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