ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

講演会、トークのお知らせ

2017年04月14日 09時24分29秒 | お知らせ
4月、5月、6月と講演会、トークショーの仕事がけっこう入っており、とりあえず近いものを告知します。

まず、4月24日。下北沢の本屋さんB&Bで、ノンフィクションライター西牟田靖さん『わが子に会えない』刊行記念で公開トークします。この本は妻と別れて子供に会えなくなった父親たちにインタビューしたノンフィクションなので、このトークでは西牟田さんに取材の経緯や舞台裏など聞きつつ、長期探検中で子供と離れなければならない一人の親として、親子関係とは何なのかについて語りたいと思います。

予約はB&Bのサイトからお願いします。
http://bookandbeer.com/event/20170428_ev/

5月21日に、以前、ツアンポー探検の前に通っていたチベット語教室のカワチェン主催による講演会があります。こちらは新宿歴史博物館。「探検すること、取材すること、書くこと」というお題をいただきましたので、そんなことについて。前にICIで取材やノンフィクションについて語ったときは、深い内容を目指しすぎてはまったので、もう少し、エピソード中心のわかりやすい内容にします。

詳細はカワチェンHPで。
http://www.kawachen.org/event.htm#20170521

4月28日の文春の極夜報告会はすでに予約が百人を超えたとの中間報告をもらっています。
また6月10日には中日新聞の夏山のつどいのイベントで金沢で山について、6月11日には国立登山研修所の五十周年企画で代々木で「冒険論」に関して、6月17日には北海道北見市の地元山岳会主催で北見で極夜探検のことで、それぞれ講演会が入っています。また日が近くなったら詳しくお知らせします。

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教育勅語雑感

2017年04月08日 08時02分33秒 | 雑記
最近、一番うんざりしたのは、政府が教育勅語の教材使用を政府が閣議決定したこと。昨日も文部副大臣義家弘介が幼稚園などの教育現場で教育勅語を朗読することは「教育基本法に反しないかぎり問題ない行為」と意味不明、内容皆無の答弁をして話題となった。この答弁は犯罪をおかしてもそれが刑法に違反しないかぎり問題がないと言っているようなもんで、日本語としてまったく意味をなさず、この人は本当に教師をしていたのだろうかと疑いたくなる。それに文部副大臣という立場にあろう人が、こんな法の精神を骨抜きにするような発言をして許されるのだろうか。即刻辞任に値する発言だと思うのだが。

それにしても教育勅語の復活、治安維持法の予防拘禁制度を彷彿とさせる共謀罪法案の国会審議入り、銃剣道の学習指導要領入りと、いよいよこの国は戦前の国家体制に復古しつつあることが如実になってきた。戦前の国家体制に復古して一番嫌なのは、国が戦争を起こすとかそんなことではなくて、国民の個人性が公権力によって否定されることだ。教育勅語に何が書いてあるかというと「万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ。かくして神勅のまにまに天地と共に窮りなき宝祚(あまつひつぎ)の御栄をたすけ奉れ。かようにすることは、ただに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなく、それがとりもなおさず、汝らの祖先ののこした美風をはっきりあらわすことになる」(ウィキペディアより)なんてことが書いてあるわけで、こんな国民の個人的人格を否定して国家に命ごと隷属させるようなことを命じているテキストを、まだ善悪の基準やモラルが十分に確立されていない子供たちに美風として教え込むような教育なんて、想像しただけでゾッとする。たとえば稲田朋美みたいに教育勅語に書かれていることの核の部分は取り戻すべきだみたいなことを言う人たちは、教育勅語の徳目が戦前のファシズム日本を建設することにどれだけ大きな機能を果たしたかという歴史の教訓をいったいどう評価しているのだろうか。

子供をもつ一人の親として切実に思うのは、こんな文章を教材で扱うような教育機関には絶対に通学させたくないということだ。先日、娘がテレビで首相安倍を見たときに「この人知っている」と何か偉い人だと思っているようなことを言ったので、マズイと思い、「こいつはね日本で一番悪いやつなんだよ。日本で一番の嘘つきだから」とちゃんと本当のことを教えてあげた。将来、学校で教育勅語の精神を吹きこまれた娘に、「おとうさん、そういう国家にたてつくようなことをブログで書いたりしたらダメだって先生が言ってたよ」とか言われたらどうしようと真剣に心配になる。もし娘が森友学園でわけのわからないことを言わされていた子供みたいに精神を変造され、目を純真にキラキラさせて国家に忠誠を誓うようなことを平然と口にするようになったら可哀相だし、個人の自律、モラルの確立を公権力によって取り上げられた人間ほど憐れなものはない。子供にはそんな人間になってほしくないし、上から押しつけられた忠誠心にしたがって生きるのではなく、自分だけの信念を自分の力で探す、そんな生き方をさせてあげたい。少なくともそういう環境で育ってほしい。

ゆえあって、今年のうちに引っ越さなくてはならなくなり、今、移住先を探しているのだが、こういうニュースを聞くたびに、マジでこの国から逃れて海外移住を検討したくなる。教育勅語に象徴される戦前回帰傾向に、冬山登山禁止にみられる危険回避、責任回避を根底にした「あれをやったらダメ、これを言っちゃいけない」という風潮。本当にこの国はクソみたいな国になりつつあるし、私はそんなこの国が最近心底嫌いだ。でもこの国に住んでいる以上は公的な責任があるので、この国はクソみたいだし薄気味悪い腐臭をはなちつつあるということだけは積極的に発言していきたいと思う。

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ジャンダルム飛騨尾根~涸沢岳北壁

2017年04月07日 22時23分34秒 | クライミング
平日CC(クライミングクラブ)の二人オーブ、ホサカと3~6日で山へ。当初は剱岳白萩川側フランケでアルパインアイスを堪能するつもりだったが、運悪く3日夜から雪の予報となったため、雪崩の危険の少ない穂高へ転身した。3日に蒲田川林道をアプローチし、白出沢をラッセルしはじめる。昼間は快晴だったが、午後になると雪が舞い始めた。予報では松本周辺は晴れだったので穂高は低気圧の影響を受けないと考えていたが、想定外の大雪。剱に行っていたらヤバイことになっていたにちがいない。気温も低いし、雪もサラサラで、まるで冬山のようである。天狗沢との二股からD尾根に取り付き、300mぐらいだろうか、そこそこ高度を稼いで尾根上に幕営した。

幕営地から飛騨尾根取り付きまではラッセルで時間をくった。雪は止んだが、D尾根からC尾根にわたるルンゼはいかにも雪崩そうな雪質と地形で、というか、60パーセントぐらいの確率で雪崩そうである。ここはちょっと危ないので、先頭をオーブ君に変わってもらい難所を突破、この日は飛騨尾根の岩壁を快適にクライミングし、T2で時間切れとなったので雪洞を掘った。翌日、ジャンダルムに登頂し、奥穂まで縦走して穂高岳山荘にテントを張った。正直言って実質3ピッチぐらいの簡単なルートかと舐めていたが、合計8ピッチもある登りごたえ十分の面白いルートだった。

6日は涸沢岳北壁へ。涸沢岳北壁は登山体系に載っていない、ほとんど誰からも相手にされていない、存在さえ知られていない壁だが、槍ヶ岳方面から眺めるその山姿は日本のローツェ南壁と呼びたくなるほど凛々しく聳えており、いつか登りたいと念願していた山のひとつだ。……だったのだが、その念願の日がついにやってきたこの日の朝、われわれはついうっかり二時間ほど寝坊してしまった。慌ててテントを出発し、涸沢岳を越えて滝谷D沢へ下るルンゼを下降していく。狙っていたのは涸沢岳北壁で唯一登攀された昇天ルンゼだが、滝谷のルンゼ内も積雪が多く、雪崩の不安を払拭することができず(また寝坊のせいで時間も少なくなってしまったこともあり)、2900m付近から頂上付近にダイレクトにつきあげるリッジを登攀することにした。

ルンゼから雪壁をトラバース気味に登り、2ピッチでリッジにたどり着く。朝は快晴だったが、登攀を開始するとみるみる天気は悪化し、風雪が強まりはじめた。3ピッチ目が一応核心。リードするオーブ君が雪のバンド上を左にトラバースし、「そんなに難しそうじゃありません」との感想をのこしてガスの向こうに消えていったが、実際にフォローしてみると、草付のくっついた垂直の壁がそそり立っており、思わず彼の安全係数をうたがった。5ピッチ目が最終ピッチで、リードは私の番。下からは楽勝に見えたが、終了点である西尾根直下はボロボロのクズ壁になっていて、アイゼンを岩にひっかけると落石がゴロゴロ落ちるわ、アックスをつきさすと岩がグラグラと動くわ、の最悪のピッチだった。こういう悪いところは、妻子もおらず、私よりも命の値段がはるかに安い若い他の二人が担当すべきなのに、リードの順番というのは不条理なことだなぁと、思わず世の儚さを嘆いたが、もう下りたくても下りられないとこまで上ってきてしまっていたので、しょうがなく「頼むからもう崩れないでください」と神様に祈りながら、一か八かの数歩の末になんとか西尾根に乗りあがった。



涸沢岳北壁は岩壁というより岩石が積み上がっただけのボロ壁だが、遠くから見た容姿が美しいので良い山だ。しかし、この場合の良い山というのは、登攀の内容よりもむしろ、オレは今、あのローツェ南壁みたいなかっこいい壁を登っているんだ、そんなオレってトモ・チェセンみたいでカッコいいぜという自己愛に浸れるという意味で良い山なので、やはりこのようなタイプの山は上から掠めるように登るのではなく、滝谷の出合から一気にルンゼを登って頂上に一本のラインを引いたほうがナルシスティックな完成度という点からも正解だろう。

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高校生冬山登山 「禁止」ではなく「断念」にすべきでは

2017年03月31日 22時05分40秒 | 雑記
栃木県那須町の雪崩事故で、栃木県教育委員会が高校生の冬山登山全面禁止を検討しはじめたというニュースが波紋をひろげている。野口健はツイッターが「あまりに安易な発想」と一刀両断し、今日、TBSラジオの「荒川強啓デイ・キャッチ」でもコメンテーターの宮台真司がこの問題をとりあげ、問題があったらなんでもかんでも禁止措置をして蓋をする日本的な風潮をはげしく批判していた。私もこのニュースをきいたときは非常に強い違和感をおぼえたので、ちょっとこの問題について考えてみたい。

まず、事故そのものについては、まだ詳しい状況や原因がわかっていないので安易なコメントは慎むべきだと思う。だが、これまでの報道を読む限り、雪崩の予見性にかんしてはかなりきわどい判断だったと思う。少なくとももし自分が登山者として同じ現場に立っていたら、高校生が事故にあったあの樹林帯の斜面は、登れる(=雪崩は起きない)と判断したのではないかという気がする。しかし今回の事故は個人の登山で発生した事故ではなく、教員が生徒を引率する講習会で起きた事故だ。当然、主催者側には個人登山とは別の次元の予見責任と安全責任が問われる。結果として教育の場で事故が起き、前途有望な生徒を死なせてしまった以上、今後、刑事、民事の両面で高校と教育委員会の責任がきびしく問われるのはやむをえない。

だが、それと、今回話題にしている冬山登山禁止措置とは別問題だ。そりゃあ登山を禁止したら事故はなくなるだろう。誰も登れなくなるのだから。しかし、人間社会というのはある程度のリスクを許容したうえで成りたっているわけで、リスクが完全にない社会などありえない。リスクをそんなに取りたくないなら、家のなかでポテチでもぼりぼり食べて外に出ないのが安全なのだろうが、そんな人生は全然面白くないからみんな大なり小なりリスク込みで活動するわけである。いわば冬山もその一つ。そもそも冬山という厳しい自然のなかに入りこむ以上、絶対的な安全などありえないわけで、栃木県教委にしても、そのリスクをふまえたうえで、それでも冬山登山に教育的な価値があると考えていたからこそ、これまでは春山講習を認めてきたのではないか。

だとすると、事故の原因も何もまだわかっていない段階で禁止を検討するのは態度としては矛盾しており、冬山登山を一部認めてきたこれまでの判断はいったい何だったのかということになる。今までは冬山のリスクについてあまり深く認識してませんでした。こんな危ないフィールドだと知っていたら、とうの昔に止めていたんですが、実際、今回事故が起きるまで、僕ら、全然気がつかなかったんです……。ということなのだろうか。だとしたらあまりに無知、何も考えてなさすぎるが、さすがにそんなことはあるまい。事故のデカさにびびって検討を開始したのが実情だろう。いずれにせよ重要なのは、今の段階で禁止するのではなく、今回の事故の状況と原因を究明して、それでも雪山登山に教育価値があるかどうかを真摯に議論することだ。さらに考えなければならないのは冬山登山には最終的に絶対リスクが伴うことを認めたうえで、それを高校生に認める自由を、われわれの社会が共有できるかどうかという視点だ。しかし、県教委がすべての議論をフっ飛ばして禁止という決定をくだしてしまえば、これらの視座をすべて奪うことになりかねない。

結局のところ、今回露呈したのは、非難や責任追及につながる面倒くさいことは、とっとと蓋をするという役所の体質である。禁止というのは要するに責任回避の発想そのものである。高校生が大勢死ぬような危険なフィールド活動をそのまま継続するとは何事か、という社会的批判を避けたい一心で出てきた話にしか聞こえない。冬山が高校生の人格をどのように豊かにし、陶冶するのかという教育的観点が皆無であり、見えてくるのは責任回避と自己保身だけだ。

と思う一方、役所なんて責任逃れしか考えてない組織なんだから、こういう事故の後ではそういう反応も出るだろうな、という冷めた視線もある。だとすると県教委が検討すべきなのは禁止ではなく断念なのではないかという気がする。

どういうことかといえば、登山は危険がつきもの。3月30日の新聞を読むと、栃木県高体連の登山専門部の専門委員長が「絶対安全と判断した」と会見で述べたらしいが、冬山登山に絶対安全なんてありえず、われわれ登山をしている者の感覚から言うと「絶対安全」なんて言葉は口が裂けても出てこない。普通は「たぶん大丈夫」として言えないものだ。しかし、この専門委員長は「絶対安全」といわざるをえなかった。なぜかといえば前提としての「絶対安全性」に言及しておかないと、今回の事故を想定外の出来事だとすることができないからだ。要するに、教育委員会、高体連という無謬性を前提とする典型的な日本の役所組織では、本質的に危険性をはらむ登山活動は扱えきれないのだ。

登山を教育の場で扱う以上、絶対に事故は避けられない。しかし事前に書類のチェックをしておけばトラブルの責任は回避できるという発想しかない日本の役所組織の論理では、人の生死がからむ登山教育は責任が巨大すぎて扱いきれない。言いかえれば教育委員会のような組織にしてみると、冬山は原発と同じでわけのわからないシンゴジラのような想定外の化け物なのである。そうであるなら、禁止などという上から目線の言葉は使わずに、「自分たちには冬山登山はもう手に負えません。今回の事故でそれがわかりました」ということを率直に認め、「学校教育の場としては冬山登山はもう行いませんが、それでも登りたいという生徒は山岳会などに加盟し、学校とは別の場所で各自、自主的におこなってください」と宣言すべきである。つまり禁止ではなく、断念だ。そっちのほうがよっぽど実情を表わしており、スッキリする。脱原発ならぬ脱登山である。

それに禁止という言葉を使われると、なにか登山が命を粗末にする悪い行為で、そのような悪い行為をしている登山者はろくでもない奴らという印象を非登山者に与えかねない。禁止には「それはダメだ」という否定的語感が伴う。冬山には冬山でしか得られない素晴らしい価値があり、自分たちに扱いきれないからと言って、トータルに否定する禁止という言葉を使われるのは釈然としない。

ということで栃木県教育委員会におかれましては、勇気をもって禁止ではなく断念の決定をくだしていただきたいと思います。





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極夜探検の報告会

2017年03月28日 20時46分55秒 | お知らせ
お知らせです。4月28日に文藝春秋社のB1ホールで極夜の探検の報告会を開きます。なにしろ真っ暗闇の中で、写真がほとんど撮れなかったため、映像を交えてのトークになるかと思います。

これから他の場で話すことがあるかと思いますが、今回の旅の報告はこれが最初です。

日時:4月28日(金) 開場18時15分 開演19時(約90分)
場所:文藝春秋西館B1ホール (千代田区紀尾井町3-23 有楽町線麹町駅より徒歩2分 西館入口よりお入り下さい)
参加費:2000円

ナンバーウェブに詳しい告知が出ています。
http://number.bunshun.jp/articles/-/827704
またチケットの購入は以下になります。
http://peatix.com/event/251042

ダンテもびっくり。混沌とした冥界の彷徨にご興味のある方は、ぜひご参加ください。
(写真は4カ月ぶりに見た太陽)







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『出生外傷』

2017年03月20日 07時22分53秒 | 書籍
出生外傷
クリエーター情報なし
みすず書房


オットー・ランク『出生外傷』を読む。極夜探検の原稿を執筆する前段階の参考文献として読んだ。

内容を簡単に説明すると、人間は胎児期に子宮内にいるときに究極の心地よさを感じている。これが原状況であり、出生時に原状況が壊され、母とひき離されて、無理やり外界に引きずりだされるとき、究極の不安を感じる。これが人間の原不安である。原不安こそ人間の不安の根源であり、人間が物事を知覚する最初の体験だ。人間は誰しも母胎内の原状況に回帰したいと望むが、この回帰の希求は出生時の外傷と結びついているのでどうしても原不安が生じ、原不安を抑圧しようとする原抑圧がはたらく。オットー・ランクに言わせれば、すべての文化、芸術は出生外傷と関係しており、フロイトのエディプスコンプレックスも、出生外傷の原不安を出生後の障害である父に転換したものだ。人間が人間になるということは原抑圧を乗り越える過程なのだという。

オットー・ランクはフロイトの忠実な弟子というか、事実上の息子みたいに親密な関係にあったが、この本を発表したことでフロイトとも疎遠になり、精神分析のほかの学者からも批判された。その意味では結構あぶない本なのかもしれない。私は精神分析や心理学についてはまったく無知なので、この学説が専門的にどこまで妥当なのかは判断できないが、個人的にはかなり啓発され、非常に面白く読めた。読んでいる最中は、娘の挙動をなんでもかんでも出生外傷に結び付けて話すので、妻からうざがられたぐらいだ。

ところで、なぜこれが極夜探検と関係があるのか。ということは、う~ん、ブログでは書かない方がいいような気がしてきた。極夜探検は来年あたり本にしたいので、ある意味、ネタばれになってしまうかもしれない。もちろん、本書の中身が探検の内容と直接リンクしているわけではないが、探検の最後に直観したことと深いところで結びついている気がした。まあ、出生と極夜といえば勘のいい人ならわかるだろうか。

なお、オットー・ランクには『英雄誕生の神話』という別の有名な本もある。早速、ネットで購入してしまった。

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『洞窟ばか』

2017年03月14日 06時33分14秒 | 書籍
洞窟ばか
クリエーター情報なし
扶桑社


吉田勝次『洞窟ばか』を読む。

著者の吉田さんとは実は面識がある。昔、富山で新聞記者をしていたとき黒部に関する特集をすることになり、なんのつながりかは忘れたが、吉田さんの洞窟探検チームであるJETが黒部で新洞探査をすると聞いた。それで吉田さんに連絡をとり、その探検の同行取材をしたのだ。そのときのことで印象にのこっているのは洞窟のことより、吉田勝次の強烈なキャラクター。もういいオッサンだったが天真爛漫、自由奔放、面白くて魅力的な野生児、というか野人、というか言葉をしゃべる類人猿みたいだった。たった一泊(だったかな?)の探検だったが、その後も吉田さん元気かな~と思い出すことがしばしばあった。

洞窟で活躍する姿より、夜中に黒部峡谷鉄道の軌道を勝手に移動して、どこかの温泉に勝手に忍び込んで、女性隊員の前にもかかわらずお湯のなかで陰部丸出しでぐるぐる回転する彼の姿がまだ眼に焼き付いている。最近よくテレビに出ているらしいが、わたしはあまりテレビを見ないので、その活躍ぶりは本書を読むまでじつは知らなかった。あのときよりパワーアップしてバリバリ活動しているらしいじゃないか!

ケイビングつまり洞窟探検の世界の人は、フィールドの暗さがそうさせるのか、どこか根暗な人が多い気がしていたが、この人はそういう雰囲気とは皆無。完全に陽性。本も吉田さんらしい文体で一気に面白く読める。雰囲気としては宮城君の『外道クライマー』に近い。『外道クライマー』が沢登りの世界を一般の人に読める文章で紹介したのと同じで、この本を読めばケイビングの世界の面白さが誰にでもわかる。洞窟探検のどこに魅せられ、一生続けるためにどんな生き方をしてきたか。吉田さんの人生そのものが洞窟探検に捧げられており、彼の半生記を読むことがすなわちケイビングを知ることになっていく、という他の誰にもまねできない稀有な奇書である。

次は個々の洞窟探検の詳細について書いた本を期待したい。

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『安倍三代』

2017年03月13日 06時45分40秒 | 書籍
安倍三代
クリエーター情報なし
朝日新聞出版


青木理『安倍三代』を読む。全体的に右傾化する現代の政治や社会の風潮を極めて辛辣に批評しつづけるジャーナリスト青木氏によるルポルタージュ。安倍というのはもちろん首相安倍晋三の安倍。祖父寛、父晋太郎、そして晋三と三代にわたって国会議員をつとめてきたそれぞれの人物像を周辺者への取材をとおしてあぶり出していく。

もちろん抵抗のジャーナリストである青木さんの著作だから、父と祖父のエトスがどのように晋三に受け継がれているのかにある。

安倍晋三といえば母型の祖父である岸信介が有名だが、父型の祖父である寛は昭和の妖怪とよばれた岸とは対極にある反骨の政治家だった。父晋太郎も世襲議員ではあったが、選挙での地盤開拓に苦労した経験があり、目線の低いリベラルな政治家だった。それに比べて晋三は何の苦労もしていない、正真正銘のボンボンの三代目。反骨・どぶ板・たたき上げであった先々代、先代と対比することで、いかに三代目の晋三が中身のない人間なのかが浮かぶあがってくる。

この本を読んで、なぜ、首相安倍晋三の言葉があれほど軽く、貧相なのかよくわかった。言葉というのは背骨がないと生みだされない。背骨というのは経験だ。経験という背骨こそが言葉の担保になって力を生みだすのである。ところが安倍晋三にはその経験がまったく欠けている。何の苦労もなく小学校から成蹊大学の付属に入学し、受験すら経験することなく、要するに何の努力もなく大学まで進学し、いずれ政界に進出する「預かりもの」という立場で神戸製鋼に入社するの。そして小学校から大学にいたるまで、周囲の人間は彼のことをほとんど覚えていない。なんと、大学のゼミで一緒に勉強した仲間でさえ記憶をのこしていないほど印象の薄い人物だったという。

勉学にはげんだ経験もなければ、恋愛にうちこんだ経験もない。部活動やバイトや社会活動にいれこんだこともない。何かに真剣にうちこんだ形跡が全然ないのだ。周囲の記憶にのこっているのは大人しく、目立たない、要領のいいだけの凡庸な人物である。祖父の反骨、父のリベラリズムはまったく消え失せ、あるのはただ母方の祖父である、大好きなおじいちゃん岸信介への敬慕だけ。現在につながる右寄りの政治姿勢も若い頃はまったく感じさせず、思想も知性も信念もこだわりも何もない、水のなかをただふらふらと漂うボウフラのような男だったらしい。

ある意味、これほど背骨のない無味無臭の凡俗な人物が、深い思想もなく国のかたちをかえようとしていることが、恐ろしい。というか不気味だ。読んでいても、彼の背景には広漠とした虚無しか感じられない。生きた人間としての痕跡があまりに薄く、ある意味で透明な存在だ。無思想で無知性、思考のない人物が権力をにぎっているという点では、アレントの描いたアイヒマンを想起させ、ちょっと薄気味が悪くなった。

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公人と私人

2017年03月04日 04時53分12秒 | 雑記
 探検とは日常空間を自ら飛びだし、システムの境界線の外にある空間あるいは状況を踏査・検証する身体行為なので、探検が終わるといつも、ああこんな非日常世界はもう疲れたなぁー、温泉につかりたいなぁなどと、早く日本に帰りたくて仕方がなくなる。今回は極夜単独行という、その非日常的性格に超のつく異常空間領域に80日間もいたたため、家族と一緒にスーパーで買いものをする、ギョーザを食べる、本屋で無駄遣いをするなどといった平凡な日常空間に戻りたい度がいつもより高い。
 シオラパルクの村からは、まずヘリで隣町のカナックに移動し、そこから飛行機にのりかえてウパナビックの町に向かわなければならない。出発予定の3月1日、準備万端ととのえた私は胸をときめかせて居候先の山崎さんの家でヘリの到着を待っていた。日本では妻も私をむかえにいくため成田空港近くの実家に戻ったという。ところが待てど暮らせどヘリはやってこない。結局、その日はヘリを格納しているチューレ米軍基地の天気が悪かったらしく、フライトはキャンセル、シオラパルクに足止めをくらった。
 ヘリは翌日飛んでカナックに到着したが、この地球の北の果てにある人口30人ほどの村でヘリがひとたびキャンセルされると、乗客への影響は甚大だ。というのもカナックで接続する飛行機は、シオラパルクからのヘリがキャンセルされたことなど一切かまわず出発してしまう。しかもカナック―ウパナビック間は週に1便しかないので、たとえ翌日にヘリが飛んでカナックに到着できても、翌週のフライトまで待たなければならないのだ。今すぐにでも日本にもどり近所のまんてんラーメンでギョーザを食べたかった私は、カナックのエアグリーンランドの責任者に「土・日に貨物便はないの? 娘が病気で早く日本に戻らなければならないんだ」と懇願したが、私の見え透いた嘘を見抜いた彼は「貨物便もない。悪いけど水曜の次の便まで待ってくれ」と苦笑していうばかりだった。
 というわけで、カナックのホテルで来週の水曜まで足止めを喰らった。今日はその1日目。せまい町を歩いてもしょうがないし、この町には知人もいない。はやくも暇で死にそうになり、ついつい高額な接続料金を支払ってインターネットのニュースサイトなどを閲覧してしまう。

 最近、ネットを見ていて、日本では幼児に教育勅語を暗唱させ、「安倍首相がんばれ」などという不気味なフレーズを連呼させる、極夜世界よりはるかに薄気味の悪い森友学園という学校法人が、小学校新設に際して国有地の売却を不正に受けていたのではないかという疑惑が持ち上がっていることを知った。しかも、一般常識があればどう考えてもヤバイとしか思えないこの新設小学校の名誉校長に、あろうことか首相安倍晋三の昭恵夫人が就任する予定で、しかも公務員を引き連れて講演をおこない、「ここの教育方針は素晴らしい」などと不用意な発言していたというから驚きだ。アッキーは今回の疑惑をうけて名誉校長就任を辞退、一連の問題について口をつぐんでいるとのことだが、夫である首相安倍は国会での追及に相変わらずの度量の小ささをみせつけ、「妻は私人なんですよ。犯罪者あつかいするのは不愉快だ」などと逆ギレし、聞いている方を不愉快にさせる答弁をしているという。
 たしかに人間の行為をどこから公的で、どこから私的なものか分類するのは簡単ではない。私も新聞記者時代は公的領域と私的領域の境界線に頭を悩ませた。とりわけ悪名高い個人情報保護法が施行された後は、個人情報(私的領域)という大義名分を隠れ蓑に公的情報をひた隠しにしようとする風潮にはうんざりした。今回もたとえば朝日新聞はアッキーが公人か私人か区別するため、彼女の首相夫人としての活動を公務員がサポートしていることや、手当として公費が支給されていることを検証している。だが、ことこの問題についてはそんな面倒くさい議論は不要に思える。
 公人であるか私人であるかは、彼・彼女の活動に公費が負担されているかどうかというより、その人物の社会的・政治的な性格によって決定される事柄だ。たとえば裁判が開廷して判事が入廷すると、検察官も弁護人も傍聴人も全員が起立して判事に一礼する。これは私人としての判事に一礼しているわけではなく、判事という公的性格のつよい職能に対して敬意をはらっているゆえに、おこなわれる所作である。
 また判事のような公務員ではなくとも、たとえば有名人や芸能人、文化人などは社会に対して一定の影響力があるわけで、その発言や著述は社会的責任という公的性をおびている。私だって、私の本を読んだ人によって認知された一人の物書き、探検家としての肩書でいろいろと発言し、著述するわけだから、その意味では公人だ。最初は私的行為だったかもしれない私の探検活動も、文章で表現し、それに読者がつき、探検家として社会的に認知されていく過程で、探検家としての私は必然的に公的な性格を帯びていく。公人であるということは社会に開かれた領域で一定の役割を担った状態にあることであり、本による表現活動の結果、私は探検家としての社会的立場を獲得し、探検家としてふるまうことを公的に望まれるようになっていく。もしかりに、北極でとある探検隊が大規模な遭難事故をひきおこしたら、恐らくいくつかのメディアは私にコメントを求めるだろう。だが、それは私人としての私――つまり、まんてんラーメンのギョーザが好きなプライベートな私――にコメントを求めているのではなく、公的に認知された作家・探検家としての私にコメントを求めているのだ。
 このように社会的にはるかに微小な存在である私でさえ公的な性格を帯びているというのに、首相夫人であるアッキーが私人であると言い繕うのは、誰がどう考えても無理がある。
 この国において首相は天皇につぐ公人であり、その妻の公的度も当然高い。しかもアッキーは選挙のときには応援演説するなど、従来の首相夫人と比べてもその公的立場をフルに活用してきた女性であり、このときは公人だったけど、このときは私人でした、などという恣意的な立場変更がゆるされるわけがない。森友学園にしてもアッキーに名誉校長就任を依頼したのは、彼が首相夫人であるからで、もし安倍が首相ではなくただのサラリーマンだったら彼女に名誉校長を打診するわけがない。いっぽうアッキーの側も名誉校長就任を受けたのは自分が首相夫人という立場にあること、その公的性格を理解しているからであり、彼女がただのサラリーマンの妻だったら「え、なんで私が名誉校長なの? PTA会長ならまだしも…」と狼狽するだけだろう。つまり、この名誉校長就任の背景には首相夫人という公的立場が決定的な役割を果たしているわけで、首相安倍が言う「妻は私人なんですよ」という発現は論理的に成りたたない。これほど公的立場を前提にしたやり取りが私的行為だというのなら、首相夫人という立場は完全に私人だということになり、首相夫人という立場が前提としている首相という存在そのものも私人だということになってしまう。
 最大の問題は、こんな幼稚園児でもわかる理屈を無視して「妻は私人なんですよ」と国会というこの国でもっとも公的な場で堂々と言ってのける安倍という男の、この態度だ。彼はどのような意図でこの発言を繰り出したのか。
 もしかしたら彼は公人と私人の区別がつかない考察や思想を完全に欠いた、ただの愚か者なのだろうか。その可能性はそれほど低くはなさそうだ。なにしろ安倍政権はずいぶん前から反知性主義だと叩かれてきたが、そのうちみんな「この連中は反知性主義とか、そういう主義に値する思想など何も持ち合わせていない、単なる無知性な集団なのではないか」とうたがうようになり、この方面からの批判が少なくなった経緯があるほどなのだ。森友学園の園児たちが「安倍首相がんばれー」とエールを送るのも、園児にさえ彼が知的に愚かに見えるからかもしれない。
 だが、やはり彼にしてもそこまで無知性ではないだろう。ないはずだと、反安倍である私としてはむしろそう思えてくる。おそらく彼は、アッキーが公人であることを理解しつつ、例によって政権の力をもって言葉の意味を捻じ曲げる所業に出たのではないか。首相夫人が公人であるか私人であるか、事実がどうかは関係ない。俺が私人だといえば、昭恵は私人なのだと、安倍はそう言いたいのだろう(そういえば、こういうジャンアンのような態度が反知性主義だと散々叩かれた原因であった)。
 この憶測を裏付けるように、さきほどまたネットを見たら、この問題について官房長官菅が公式見解が出したらく、アッキーの講演は「私的行為」だと説明したとのこと。安保法制も「憲法違反にはあたらない」と強弁しつづけたのとまったく同じ手口で、やっぱりねという感じだ。われわれ政権は言葉の意味の最終的な決定権さえにぎっているという彼らの態度にはあきれるほかない。言葉が通用しないのなら、いったい民主主義は何をもって権力と対峙することができるというのか。
 それにしても、政治活動を禁じる教育基本法を逸脱した違法性の高い学校法人との関係性を追及されて、色をなして逆ギレし、「レッテル貼りはやめましょう」みたいな中学生なみの貧相な言葉でしか反論できない、この恥ずかしい小人物を、われわれはいつまでトップにいだいていなければならないのだろう。日本の闇のほうが極夜より暗そうだ。極夜は少なくとも4カ月で太陽が昇る。

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『地球はもう温暖化していない』

2017年02月27日 23時08分57秒 | 書籍
地球はもう温暖化していない: 科学と政治の大転換へ (平凡社新書)
深井 有
平凡社


深井有『地球はもう温暖化していない』を読む。シオラパルクで居候させてもらっている犬橇極地探検家・山崎哲秀さんからすすめられて読んだ本だが、知らないあいだに自分の思考にこびりついていた固定観念を見事にひっくり返されて痛快だった。
 その固定観念とは「地球は温暖化しており、その元凶はCO2だ。したがって地球を守るためには大気中のCo2濃度は下げなければならず、政策遂行のために税金を投入されるのは当たり前」というものだ。タイトルからもわかるとおり、本書はそのCO2による地球温暖化説をきわめて明快に否定する。
 話は、そもそも地球は現在、温暖化していない、2000年前後から気温の上昇は頭打ちになっており、ほぼ横ばいだというところからはじまる。たしかに二十世紀後半は気温が上昇しており、その背景を説明するためにCO2が元凶としてやり玉にあげられてきた。だが、CO2が原因なら2000年以降も地球の平均気温は上昇していなければならないのに、そうなっていない。なぜ上昇していないのか?
 本書がその理由としてあげるのは、気候変動の最大の要因はCO2濃度ではなく、太陽活動の拡大縮小だという。二十世紀後半に太陽活動は拡大期を迎えたため、その影響で地球の平均気温も上昇したが、その活動期はすでにピークをすぎているらしく、これから縮小期にはいる。そのため懸念されるのは温暖化ではなくむしろ寒冷化だという。もちろんCO2濃度が上昇することによる温室効果もかさなるためある程度の相殺作用ははたらくが、それでもこれから地球の気温は横ばいがつづくか、むしろ低下傾向をしめすはずだというのだ。実際、近年の研究で太陽の活動周期と過去の気候変動のサイクルが一致していることは確認されてきており、非常に説得力のあるデータを根拠に議論は展開されていく。
 地球が寒冷化するとどうなるか。世界人口は増加しているのに農業生産は低下するため、国家間で食料の奪い合いがはげしくなる。本来なら寒冷化対策として食料自給率を高めることが国策として求められてしかるべきなのに、現況は地球温暖化対策としてCO2削減ばかりに研究費や税金がつぎこまれている。著者はこれをまったくの無駄遣い、無益とばっさりと切り捨てている。
 私自身、記者の経験があったせいか、一番、痛快だったのが、温暖化対策を牛耳るICPPとそれにぶら下がる科学者と錦の御旗のように温暖化への危機感をあおるマスコミへの批判の部分だった。ICPP自身、CO2による温暖化対策を前提に発足した国連機関なので、観測の結果、都合の悪いデータが出ても適正化の名目で温暖化のシナリオにあうように修正するなどしていた。そして各国というか日本の環境省などはICPPのシナリオに沿った政策を次々と打ち出し、そもそも役所や権威にめっぽう弱く、批判精神にかけた日本の新聞テレビの科学記者たちはICPP=環境省のシナリオにそった記事ばかり書き、われわれ一般人のまちがった危機意識をあおってきた。その結果、温暖化対策に一世帯あたり年間20万円もの無駄金が投入される羽目におちいっているという。このあたりは読んでいて気持ちがいいぐらだ。
 また、温暖化が金科玉条のようになっているため、温暖化対策に寄与するような研究にしか政府の補助金がおりないシステムになっており、事実上、科学者たちも研究費獲得のために温暖化シナリオに沿った研究にばかりいそしんでいるとも批判する。つまり温暖化対策につかわれるカネが事実上の利権構造を生みだしており、原子力ムラみたいな状況になっているというのだ。
 面白いのは温暖化にここまで危機意識をいだいている無垢な先進国は日本だけだという指摘である。欧米各国ではある程度、科学界や国民意識にICPPの欺瞞がかなり共有されており、気候変動にたいする関心はきわめて低いらしい。それにはジャーナリズムの力もあっただろう。2009年にはICPPのまとめ役だった英国の研究所からメールが流出し、CO2元凶シナリオにそってデータを改ざんする科学者のやり取りが白日のもとにさらされる「クライメートゲート事件」が起きた。ところがこの事件、欧米では非常に話題になりCO2温暖化元凶説の神話を崩す要因になったが、どういうわけか日本ではほとんど話題にならなかったという。私もこんな面白い事件があったことを本書ではじめて知った。
 とまあ、暇にあかせてバーッと書いたが、私自身、温暖化はすすんでおり、その元凶はCO2だと思い込んでいたので、目が覚める思いだった。北極の氷が減少しているのも、ヒマラヤやグリーンランドの氷河が後退しているのもなんとなくCO2のせいだと思っていた。というか、正直にいえば、これまで温暖化の話にはあまり興味をもてないでいた。たぶん、それは、温暖化問題や環境問題など社会正義の実現に熱心な人ってなんとなく野暮にみえるし、一方で、みんながそうだと信じているCO2元凶説に意を唱えるのも空気が読めない感じがするので、処置に面倒くさい問題として無意識に放置していたのだと思う。要するに地球温暖化問題というのは深入りすると厄介でかっこうわるい話なので、まあとりあえずCO2が元凶ってことでいいんじゃないかなと野ざらしにしておいたわけだ。クライメートゲート事件を大きく報道しなかった日本のマスコミの深層心理も同じようなものだったのかもしれない。そして著者は空気を読んで気づかないうちにみんなで同じ方向を向いている、ものすごく日本っぽい現象を、まるで戦前の全体主義を見るようだとはげしく批判する。
 ところで、本書が指摘する通り本当に寒冷化にすすんだら、北極の氷が凍結して旅がやりなすくなるのだろうか。もしかしたら植村直己の時代にみたいにグリーンランド南部から旅を開始するなんてことが可能になるかも…。でもそのときには私自身、もう橇をひいて歩く体力は残っていないだろう。これは大変なことだ。あと十年ぐらいは極地に通う方策を考えないと…という危機意識を個人的にはもった。

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極夜の探検終了

2017年02月26日 10時05分56秒 | 探検・冒険
長らくブログを放置していたが、じつは昨年11月からグリーンランド・シオラパルクにわたり、この4年間準備をすすめてきた極夜の探検を実行していた。それが終わり、数日前に無事、人間界に帰還した。

村では何もする気が起きず、ただ飯を食ってゴロゴロしているだけの毎日だ。ブログの記事も書かなきゃ…と思いつつ面倒くさくて手をつける気がしないので、ひとまず関係者に送った報告文を転載してお茶を濁させていただきます。

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皆さま

新年、あけましておめでとうございます。角幡です。
この4年間準備をすすめてきた極夜の探検が終了し、昨日、シオラパルクの村に戻ってきました。皆さんには心配をおかけしました。


計画では北極海を目指してカナダに渡り、4月に帰村する予定でしたが、中間地点に設置していたデポがすべて野生動物に食い荒されており、残念ながら予定より一カ月ほど早い帰村となりました。

ただ、計画した通りにはいきませんでしたが、80日間の暗黒界の放浪はとんでもなく得難い経験になったと思います。最初の氷河での猛烈なブリザード、荒れ狂う海水を浴びてベーリング海のカニ漁船の船員みたいに氷漬けになった夜、地吹雪でテントが埋没する恐怖と闘いながらの必死の7時間ぶっ通しの除雪作業、冬至の新月期間という究極の暗黒空間における視界ゼロの無茶なナビゲーション、その末に発見した小屋への正解ルート、そしてデポが完全に破壊されたときの絶望。

極夜世界。そこには絶望しかありませんでした。その後、なんとか旅を維持するため月明かりを頼りに大型動物の狩りに挑みましたが、しかし、昔のイヌイットでも困難を極めた暗闇のなかで狩猟に私なんかの半端者がうまくいくわけもなく、最後は犬を食べることを前提に村への撤退を決意しました。その後の思わぬ展開、そして厳冬期のブリザード荒れ狂う地獄のような氷床越え。ウサギ、キツネなどを食いつなぎ、気がつくと2か月分しかない食料で80日間も極夜界を放浪していました。あまりの無茶苦茶な展開の末に見た地吹雪のなかの太陽は巨大な火の玉となってギラギラと燃えており、思わず感極まりました。最後はマジで結構やばかったです。やっぱり、ああいうところに一人で出かけてはいけませんね。

今回の極夜の計画は2015年のデポ設置の段階からやることなすことうまくいかず、まったく計画通りにいきませんでした。ほとんど呪われた企画だったといっていいと思います。しかし、デポが破壊されていたことで、ある意味、計画以上に極夜を深いところまで探検できたとも思います。ツアンポー以来のすごい旅だったなというのが率直な実感です。やっぱり旅は計画通りいかないほうが面白い。その意味での物語性は最高でした。今はさっさと日本に帰って家族と一緒に野沢温泉にでも行きたいなと思ってます。

今のところ帰国は3月初旬を予定しておりますが、せっかく4月末まで仕事をキャンセルしているので、執筆再開は4月になってからにしようかと思ってます。まあ3月一杯は家族とスキーをしたり、本を読んだりしてゴロゴロするつもりです。

極夜の間は、もう二度と極地にはこないぞと思っていましたが、今は次の探検の企画で頭がいっぱいです。

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とりあえずこんな感じの旅でした。。。

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『地図のない場所で眠りたい』文庫化

2016年10月14日 15時10分06秒 | お知らせ
高野さんとの対談本『地図のない場所で眠りたい』が文庫化されて今日発売です。装丁に使われているのは、シオラパルクの氷河のどんづまりにあるメーハン氷河途中のキャンプの写真で、背中をまるめたウヤミリックがうつってます。

地図のない場所で眠りたい (講談社文庫)
高野 秀行,角幡 唯介
講談社


改めて、ざっと目を通したが、この本、けっこう面白いかも……。こうした対談本はライターがまとめるので、自分が書くわけではない。単行本のときには「高野さんとの対談の本、面白かったです」とよく言われたが、べつに自分の文章が褒められているわけではなく、まとめてくれた森山さん(探検部の先輩で高野さんの後輩)がうまいだけで、正直、全然うれしくなかった。どうせ褒めるんならアグルーカとか漂流を褒めて欲しいのだが……。しかし、文庫本に目を通すと、たしかに面白い。対談本でもかまわないので、高野さん人気にあやかって重版してほしい。

なお『探検家40歳の事情』のほうは21日発売。

探検家、40歳の事情
角幡 唯介
文藝春秋


まだアマゾンのサイトにはカバーがでていないが、クレアトラベラーの連載でイラストを描いてくださっている下田昌克さんが装画してくれた。こちらもウヤミリックがどーんと座った絵である。今気づいたけど、ウヤミリックが立て続けに本のカバーに使われていたんだな。ちなみに昨日、シオラパルクの住人で電話したら「クンミ・ナウマット(犬は大丈夫)」と言っていたので、無事、生きているらしい。

ついでに『漂流』のほうは新聞雑誌のメディアで取り上げられまくっている。今のところ書評は読売新聞、日経新聞、共同通信、北海道新聞、週刊新潮、週刊現代、週刊朝日、SAPIO、著者インタビューを受けたのは朝日新聞、文藝春秋、中央公論、アサヒ芸能。ラジオも東京FMのブルーオーシャン、TBSラジオの荻上チキのセッション22に出演。今後も某紙で書評掲載の予定ありと聞いている。こんなに書評が掲載された本は初めてだけど、まだ重版しない。なぜだろう。

ウェブ上で読める書評。
日経 http://style.nikkei.com/article/DGXKZO08171790Y6A001C1MY6001?channel=DF130120166021
読売 http://www.yomiuri.co.jp/life/book/review/20161003-OYT8T50058.html
北海道新聞 http://dd.hokkaido-np.co.jp/cont/books/2-0084443.html?page=2016-09-25
週刊朝日 http://book.asahi.com/reviews/column/2016093000002.html
朝日新聞著者インタビュー http://book.asahi.com/booknews/update/2016091600004.html




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『探検家、40歳の事情』発売記念トークイベント

2016年10月04日 23時26分28秒 | お知らせ
今年、3発目の単行本となる『探検家、40歳の事情』が21日に文藝春秋より発売となります。ゴリゴリの本格ノンフィクションである『漂流』とは全然ちがった、探検のこぼれ話をあつめた肩の凝らないエッセイ集です。前作の初エッセイ集『探検家、36歳の憂鬱』から四年たち、結婚し、子供が生まれたことから私の日常生活は激変しました。40歳という家族をかかえた、いい中年男が探検に出る以上、当然、探検の現場でもちょくちょく妻との絡みがあるわけで、そのへんの現在の私の事情がひょっこりと顔を出すような話にまとめています。「人間とイヌ」という一篇がすこしシリアスですが、あとはまじめな話はありません。カクハタ、あほだなあ~と笑って読んでいただければ本望です。あなたはどの話のオチが好きですか?

さて、本書の発売を記念して21日に東京の八重洲ブックセンターでトークイベントを開きます。昨年のグリーンランドの旅を話を写真や動画をまじえながら語ろうと思います。また、出発が今月30日にせまった極夜探検の計画についても話す予定です。ご興味のある方はぜひご参加ください。なお書店での発売記念イベントということで、サインは同書店で購入いただいた本限定ということのようなので、あらかじめご了承ください。

以下はイベントの告知内容です。

角幡唯介さん 『探検家、40歳の事情』(文藝春秋刊)刊行記念トーク&サイン会
日時:10月21日(金)19時~
会場:八重洲ブックセンター本館8Fギャラリー
定員:80名(要予約/申し込み先着順)
申込み方法:八重洲ブックセンター1Fカウンターにて申込みいただくか、お電話にて承ります。☎03-3281-8201
備考:サインは当日八重洲ブックセンターにてお買い上げの本のみに限らせていただきます。


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テラー号発見のビックリポン

2016年09月18日 22時40分04秒 | 雑記
先日、ナショナルジオグラフィックのサイトで、フランクリン隊の沈没船テラー号が発見されたとのニュースが報じられた。
http://linkis.com/nikkeibp.co.jp/EfKjR
2014年に同じパークスカナダの調査隊が、フランクリン隊のもう一隻のエレバス号を発見したが、今回のテラー号発見は前回のエレバス号を十倍上回る驚きだった。

拙著『アグルーカの行方』を読んでいない不幸な方々のために説明すると、フランクリン隊とは19世紀に幻の北西航路を発見するためにカナダ北極圏にむかった英国の探検隊で、テラー号とエレバス号という軍艦2隻でむかった。しかし船はキングウイリアム島近辺で氷に前進をはばまれ、129人の男たちは全員、同島近辺で全滅。その後、イヌイットの証言を聞いた捜索隊が同島周辺で彼らの遺骨やメモを発見して遭難が判明したが、船も記録類ものこっていなかったので、彼らは遭難した理由は何もわからず、極地探検史上、最大の謎のひとつとされてきた。

パークスカナダは何年も前からこのフランクリン隊の沈没船を捜索をつづけ、2014年にエレバス号、今回、テラー号と二隻とも発見したというわけだ。ちなみに『アグルーカ』は私と荻田君がこのフランクリン隊の探検ルートをなぞるように1600キロの徒歩旅行をしたときの旅の記録で、われわれの冒険の模様とフランクリン隊の謎をからめるように仕立てたノンフィクションである(面白いので未読の人は読んでください)。

さて、今回のニュースで私が驚いたのはテラー号が見つかったテラー湾という場所だ。テラー湾というのはキングウイリアム島の南西部にある湾である(テラー湾という名称自体、テラー号にちなんで名づけられており、その時点でなにか宿命を感じる)。なぜこの場所が驚きかと言うと、まず、フランクリン隊の唯一にして最大の物証とされる副官クロージャーがのこしていたメモ内容との絡みである。

船が氷にはばまれて前進できなくなったフランクリン隊の男たちは船をその場にのこして島に上陸。フランクリン隊長はすでに死亡していたため、副官クロージャーは生き残った男たちを率いて南下を開始し、キングウイリアム島北部のビクトリー岬につぎのようなメモを残していた。

1848年4月25日付
テラー号とエレバス号は1846年9月12日以来氷に囲まれ、4月22日、ここより北北西24キロのところで放棄されることとなった。105人からなる士官と乗組員はF・R・M・クロージャー大佐の指揮のもと、ここ北緯69度37分42秒、西経98度41秒の地点に上陸した。(中略)ジョン・フランクリン卿は1847年6月11日に死亡した。この探検における死者数は今日までに士官が9人、乗組員が15人。
ジェームズ・フィッツジェームズ大佐 エレバス号
F・R・M・クロージャー大佐兼筆頭士官
明日26日より、バックのフィッシュ川を目指す。

このメモを手がかりにすると、フランクリン隊の二隻の船はメモのあったビクトリー岬より北北西24キロの海上に放棄されたことになる。しかし2014年に見つかったエレバス号も、今回のテラー号もビクトリー岬よりはるかに南の海上で見つかっている。

ただ、前回のエレバス号発見のときは、ある程度予想通りだった。というのも、当時のイヌイットの証言のなかには、フランクリン隊の船の一隻がキングウイリアム島の南のオーレイリー諸島まで流れ着き、その船から北米大陸に隊員の足跡がのびていたという話がのこっていたからだ。つまりビクトリー岬に上陸した男たちのなかには船に戻った男がいて、彼らはオーレイリー諸島付近まで一隻の船を操縦して、そこで船を捨てたらしいと考えられていたわけだ。イヌイットの口承のなかにはこの船に乗り込んだ話も伝わっていて、船内には足の大きな男の遺体や缶詰などが残されていたという。また船はイヌイットたちが金属や木材を入手するため穴を開け、沈没させてしまったとも伝えられている。そして、これらイヌイットの口承を裏付けるように、2014年、エレバス号がこのオーレイリー諸島付近で見つかった。

しかし今回、テラー号もまたビクトリー岬よりはるかに南のテラー湾で発見された。これはどう解釈したらいいのだろう。確実なのは隊員たちはテラー号にも再乗船して、テラー湾まで船を運んできたということだ。だとすると、ビクトリー岬のメモに書かれていた、二隻とも氷に囲まれたので船を捨ててバックのフィッシュ川(これは現在の北米大陸をながれるバック川のこと)との行動計画は取りやめになり、全員で船にもどって何か別の行動を起こしていたということになる。だとすると今回の発見の意味は重大だ。これまでフランクリン隊に遭難に関しては、このビクトリー岬のメモがにもとづいて推理がなされ、物語がつむがれてきた。しかし今回のテラー号発見でその前提が崩れたことになり、史実が書き換えられることになりそうだ。

今回テラー号が発見されたテラー湾というのは、じつは大規模なカニバリズムがあった場所でもある。フランクリン隊はテラー湾に大規模なキャンプ地をつくっていたようで、彼らの遭難後に訪れたイヌイットのよって隊員たちの切断された手足や骨が発見された地でもあるのだ。

いったいどういうことだろう? クロージャー率いる生き残った男たちは、ビクトリー岬から船に再乗船してキングウイリアム島を西から回りこみ、エレバス号はオーレイリー諸島に流れ着き、もう一隻のテラー号はキングウイリアム島と北米大陸の間の海峡に入りこんだ。そしてテラー湾で停泊してキャンプ地を設けたが、その場で何人もの隊員が死亡し、飢えた男たちが遺体に手をつけたということだろうか。あるいはメモが残された1848年は結局、島に残ってテラー湾で越冬し、その最中に多くの隊員が死んだということだろうか?

さらにこの記事なかで最大の驚きは、テラー号のマストがテラー湾の海の中から突きだしたままになっていたという話だ。はっきり言ってマジかよ、という思いだ。しかも調査に訪れた考古学者はわずか二時間でマストを発見したとも書かれている。160年以上にわたってマストが突き出たままだったというのは本当なのだろうか。イヌイットの口承にはカニバリズムについての詳細な証言は残っているものの、テラー湾に船が浮かんでいたという話は伝わっていない。またテラー湾は、彼らの遭難の後、フランクリン隊の捜索隊が何隊も訪れた場所だが、船についてはまったく発見されなかった。そしてそれ以上に私自身、2011年にアグルーカの旅をしたときにこのテラー湾のど真ん中を横切っているのだ。

もしかしたらどこかにマストが突きだしていたのを見逃していたのか? 世紀の大発見を逃した気分だ。







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名古屋でイベントのお知らせ

2016年09月16日 22時25分07秒 | お知らせ
10月6日に名古屋でイベントを開きます。『漂流』絡みのものではなく、北極の話です。昨年のグリーンランドの話を中心に、今年の計画などを話そうかと思っています。今年は10月30日に日本を出発し、11月からいよいよ極夜探検の予定です。この5年間の総決算。というか探検家人生最大の旅のつもりです。まだかなり残席があるようなので、ご都合のつく方はぜひご来場ください。

以下、主催者から送られてきた告知内容です。

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極夜という空白部を旅する。

この冬、極夜という太陽が昇らない北極圏を数ヶ月にわたって一頭の犬とともに旅をする角幡唯介さんをお迎えして、名古屋で初めてのトークイベントを開催します。
主催者 朝日陽子

日時:2016年10月6日(木曜日)
19:00〜20:30(開場18:30)
開場:ウインクあいち 愛知産業労働センター9階 905号室 (名古屋駅より徒歩5分)
定員:35名(要予約)
予約方法:氏名、電話番号、参加人数を記入の上、メールにてご連絡ください。(返信メールが拒否される場合があります。返信メールが受け取れるように設定の変更をお願いいたします。)

noboruhito.peoplewhoclimb@gmail.com

参加費:2000円

詳しくは、Facebookページ「登る人」にて随時更新いたします。下記アドレスから、どなたでもご覧いただけます。
http://www.facebook.com/noboruhito

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なお、18日のデサントでおこなう『漂流』のイベントもまだ余裕があるようです。詳しくはデサントのページへ。
http://www.descente.jp/shoptokyo/event67/

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