ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

『地図のない場所で眠りたい』文庫化

2016年10月14日 15時10分06秒 | お知らせ
高野さんとの対談本『地図のない場所で眠りたい』が文庫化されて今日発売です。装丁に使われているのは、シオラパルクの氷河のどんづまりにあるメーハン氷河途中のキャンプの写真で、背中をまるめたウヤミリックがうつってます。

地図のない場所で眠りたい (講談社文庫)
高野 秀行,角幡 唯介
講談社


改めて、ざっと目を通したが、この本、けっこう面白いかも……。こうした対談本はライターがまとめるので、自分が書くわけではない。単行本のときには「高野さんとの対談の本、面白かったです」とよく言われたが、べつに自分の文章が褒められているわけではなく、まとめてくれた森山さん(探検部の先輩で高野さんの後輩)がうまいだけで、正直、全然うれしくなかった。どうせ褒めるんならアグルーカとか漂流を褒めて欲しいのだが……。しかし、文庫本に目を通すと、たしかに面白い。対談本でもかまわないので、高野さん人気にあやかって重版してほしい。

なお『探検家40歳の事情』のほうは21日発売。

探検家、40歳の事情
角幡 唯介
文藝春秋


まだアマゾンのサイトにはカバーがでていないが、クレアトラベラーの連載でイラストを描いてくださっている下田昌克さんが装画してくれた。こちらもウヤミリックがどーんと座った絵である。今気づいたけど、ウヤミリックが立て続けに本のカバーに使われていたんだな。ちなみに昨日、シオラパルクの住人で電話したら「クンミ・ナウマット(犬は大丈夫)」と言っていたので、無事、生きているらしい。

ついでに『漂流』のほうは新聞雑誌のメディアで取り上げられまくっている。今のところ書評は読売新聞、日経新聞、共同通信、北海道新聞、週刊新潮、週刊現代、週刊朝日、SAPIO、著者インタビューを受けたのは朝日新聞、文藝春秋、中央公論、アサヒ芸能。ラジオも東京FMのブルーオーシャン、TBSラジオの荻上チキのセッション22に出演。今後も某紙で書評掲載の予定ありと聞いている。こんなに書評が掲載された本は初めてだけど、まだ重版しない。なぜだろう。

ウェブ上で読める書評。
日経 http://style.nikkei.com/article/DGXKZO08171790Y6A001C1MY6001?channel=DF130120166021
読売 http://www.yomiuri.co.jp/life/book/review/20161003-OYT8T50058.html
北海道新聞 http://dd.hokkaido-np.co.jp/cont/books/2-0084443.html?page=2016-09-25
週刊朝日 http://book.asahi.com/reviews/column/2016093000002.html
朝日新聞著者インタビュー http://book.asahi.com/booknews/update/2016091600004.html




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『探検家、40歳の事情』発売記念トークイベント

2016年10月04日 23時26分28秒 | お知らせ
今年、3発目の単行本となる『探検家、40歳の事情』が21日に文藝春秋より発売となります。ゴリゴリの本格ノンフィクションである『漂流』とは全然ちがった、探検のこぼれ話をあつめた肩の凝らないエッセイ集です。前作の初エッセイ集『探検家、36歳の憂鬱』から四年たち、結婚し、子供が生まれたことから私の日常生活は激変しました。40歳という家族をかかえた、いい中年男が探検に出る以上、当然、探検の現場でもちょくちょく妻との絡みがあるわけで、そのへんの現在の私の事情がひょっこりと顔を出すような話にまとめています。「人間とイヌ」という一篇がすこしシリアスですが、あとはまじめな話はありません。カクハタ、あほだなあ~と笑って読んでいただければ本望です。あなたはどの話のオチが好きですか?

さて、本書の発売を記念して21日に東京の八重洲ブックセンターでトークイベントを開きます。昨年のグリーンランドの旅を話を写真や動画をまじえながら語ろうと思います。また、出発が今月30日にせまった極夜探検の計画についても話す予定です。ご興味のある方はぜひご参加ください。なお書店での発売記念イベントということで、サインは同書店で購入いただいた本限定ということのようなので、あらかじめご了承ください。

以下はイベントの告知内容です。

角幡唯介さん 『探検家、40歳の事情』(文藝春秋刊)刊行記念トーク&サイン会
日時:10月21日(金)19時~
会場:八重洲ブックセンター本館8Fギャラリー
定員:80名(要予約/申し込み先着順)
申込み方法:八重洲ブックセンター1Fカウンターにて申込みいただくか、お電話にて承ります。☎03-3281-8201
備考:サインは当日八重洲ブックセンターにてお買い上げの本のみに限らせていただきます。


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テラー号発見のビックリポン

2016年09月18日 22時40分04秒 | 雑記
先日、ナショナルジオグラフィックのサイトで、フランクリン隊の沈没船テラー号が発見されたとのニュースが報じられた。
http://linkis.com/nikkeibp.co.jp/EfKjR
2014年に同じパークスカナダの調査隊が、フランクリン隊のもう一隻のエレバス号を発見したが、今回のテラー号発見は前回のエレバス号を十倍上回る驚きだった。

拙著『アグルーカの行方』を読んでいない不幸な方々のために説明すると、フランクリン隊とは19世紀に幻の北西航路を発見するためにカナダ北極圏にむかった英国の探検隊で、テラー号とエレバス号という軍艦2隻でむかった。しかし船はキングウイリアム島近辺で氷に前進をはばまれ、129人の男たちは全員、同島近辺で全滅。その後、イヌイットの証言を聞いた捜索隊が同島周辺で彼らの遺骨やメモを発見して遭難が判明したが、船も記録類ものこっていなかったので、彼らは遭難した理由は何もわからず、極地探検史上、最大の謎のひとつとされてきた。

パークスカナダは何年も前からこのフランクリン隊の沈没船を捜索をつづけ、2014年にエレバス号、今回、テラー号と二隻とも発見したというわけだ。ちなみに『アグルーカ』は私と荻田君がこのフランクリン隊の探検ルートをなぞるように1600キロの徒歩旅行をしたときの旅の記録で、われわれの冒険の模様とフランクリン隊の謎をからめるように仕立てたノンフィクションである(面白いので未読の人は読んでください)。

さて、今回のニュースで私が驚いたのはテラー号が見つかったテラー湾という場所だ。テラー湾というのはキングウイリアム島の南西部にある湾である(テラー湾という名称自体、テラー号にちなんで名づけられており、その時点でなにか宿命を感じる)。なぜこの場所が驚きかと言うと、まず、フランクリン隊の唯一にして最大の物証とされる副官クロージャーがのこしていたメモ内容との絡みである。

船が氷にはばまれて前進できなくなったフランクリン隊の男たちは船をその場にのこして島に上陸。フランクリン隊長はすでに死亡していたため、副官クロージャーは生き残った男たちを率いて南下を開始し、キングウイリアム島北部のビクトリー岬につぎのようなメモを残していた。

1848年4月25日付
テラー号とエレバス号は1846年9月12日以来氷に囲まれ、4月22日、ここより北北西24キロのところで放棄されることとなった。105人からなる士官と乗組員はF・R・M・クロージャー大佐の指揮のもと、ここ北緯69度37分42秒、西経98度41秒の地点に上陸した。(中略)ジョン・フランクリン卿は1847年6月11日に死亡した。この探検における死者数は今日までに士官が9人、乗組員が15人。
ジェームズ・フィッツジェームズ大佐 エレバス号
F・R・M・クロージャー大佐兼筆頭士官
明日26日より、バックのフィッシュ川を目指す。

このメモを手がかりにすると、フランクリン隊の二隻の船はメモのあったビクトリー岬より北北西24キロの海上に放棄されたことになる。しかし2014年に見つかったエレバス号も、今回のテラー号もビクトリー岬よりはるかに南の海上で見つかっている。

ただ、前回のエレバス号発見のときは、ある程度予想通りだった。というのも、当時のイヌイットの証言のなかには、フランクリン隊の船の一隻がキングウイリアム島の南のオーレイリー諸島まで流れ着き、その船から北米大陸に隊員の足跡がのびていたという話がのこっていたからだ。つまりビクトリー岬に上陸した男たちのなかには船に戻った男がいて、彼らはオーレイリー諸島付近まで一隻の船を操縦して、そこで船を捨てたらしいと考えられていたわけだ。イヌイットの口承のなかにはこの船に乗り込んだ話も伝わっていて、船内には足の大きな男の遺体や缶詰などが残されていたという。また船はイヌイットたちが金属や木材を入手するため穴を開け、沈没させてしまったとも伝えられている。そして、これらイヌイットの口承を裏付けるように、2014年、エレバス号がこのオーレイリー諸島付近で見つかった。

しかし今回、テラー号もまたビクトリー岬よりはるかに南のテラー湾で発見された。これはどう解釈したらいいのだろう。確実なのは隊員たちはテラー号にも再乗船して、テラー湾まで船を運んできたということだ。だとすると、ビクトリー岬のメモに書かれていた、二隻とも氷に囲まれたので船を捨ててバックのフィッシュ川(これは現在の北米大陸をながれるバック川のこと)との行動計画は取りやめになり、全員で船にもどって何か別の行動を起こしていたということになる。だとすると今回の発見の意味は重大だ。これまでフランクリン隊に遭難に関しては、このビクトリー岬のメモがにもとづいて推理がなされ、物語がつむがれてきた。しかし今回のテラー号発見でその前提が崩れたことになり、史実が書き換えられることになりそうだ。

今回テラー号が発見されたテラー湾というのは、じつは大規模なカニバリズムがあった場所でもある。フランクリン隊はテラー湾に大規模なキャンプ地をつくっていたようで、彼らの遭難後に訪れたイヌイットのよって隊員たちの切断された手足や骨が発見された地でもあるのだ。

いったいどういうことだろう? クロージャー率いる生き残った男たちは、ビクトリー岬から船に再乗船してキングウイリアム島を西から回りこみ、エレバス号はオーレイリー諸島に流れ着き、もう一隻のテラー号はキングウイリアム島と北米大陸の間の海峡に入りこんだ。そしてテラー湾で停泊してキャンプ地を設けたが、その場で何人もの隊員が死亡し、飢えた男たちが遺体に手をつけたということだろうか。あるいはメモが残された1848年は結局、島に残ってテラー湾で越冬し、その最中に多くの隊員が死んだということだろうか?

さらにこの記事なかで最大の驚きは、テラー号のマストがテラー湾の海の中から突きだしたままになっていたという話だ。はっきり言ってマジかよ、という思いだ。しかも調査に訪れた考古学者はわずか二時間でマストを発見したとも書かれている。160年以上にわたってマストが突き出たままだったというのは本当なのだろうか。イヌイットの口承にはカニバリズムについての詳細な証言は残っているものの、テラー湾に船が浮かんでいたという話は伝わっていない。またテラー湾は、彼らの遭難の後、フランクリン隊の捜索隊が何隊も訪れた場所だが、船についてはまったく発見されなかった。そしてそれ以上に私自身、2011年にアグルーカの旅をしたときにこのテラー湾のど真ん中を横切っているのだ。

もしかしたらどこかにマストが突きだしていたのを見逃していたのか? 世紀の大発見を逃した気分だ。







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名古屋でイベントのお知らせ

2016年09月16日 22時25分07秒 | お知らせ
10月6日に名古屋でイベントを開きます。『漂流』絡みのものではなく、北極の話です。昨年のグリーンランドの話を中心に、今年の計画などを話そうかと思っています。今年は10月30日に日本を出発し、11月からいよいよ極夜探検の予定です。この5年間の総決算。というか探検家人生最大の旅のつもりです。まだかなり残席があるようなので、ご都合のつく方はぜひご来場ください。

以下、主催者から送られてきた告知内容です。

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極夜という空白部を旅する。

この冬、極夜という太陽が昇らない北極圏を数ヶ月にわたって一頭の犬とともに旅をする角幡唯介さんをお迎えして、名古屋で初めてのトークイベントを開催します。
主催者 朝日陽子

日時:2016年10月6日(木曜日)
19:00〜20:30(開場18:30)
開場:ウインクあいち 愛知産業労働センター9階 905号室 (名古屋駅より徒歩5分)
定員:35名(要予約)
予約方法:氏名、電話番号、参加人数を記入の上、メールにてご連絡ください。(返信メールが拒否される場合があります。返信メールが受け取れるように設定の変更をお願いいたします。)

noboruhito.peoplewhoclimb@gmail.com

参加費:2000円

詳しくは、Facebookページ「登る人」にて随時更新いたします。下記アドレスから、どなたでもご覧いただけます。
http://www.facebook.com/noboruhito

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なお、18日のデサントでおこなう『漂流』のイベントもまだ余裕があるようです。詳しくはデサントのページへ。
http://www.descente.jp/shoptokyo/event67/

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重版しないかな~

2016年09月12日 09時18分06秒 | 雑記
中井にある「伊野尾書店」店長の伊野尾宏之さんが『漂流』のオリジナルポスターを作ってくれて、先日のラカグのイベントに持ってきてくれた。非常にうれしかったので昨日、家族でお店を訪問したが、残念ながら店長は不在。店員さんにあいさつして、せっかくなのでケヴィン・ケリーの『〈インターネット〉の次に来るもの』と『サピエンス全史』、あと子供の写真絵本を購入して帰宅した。ポスターはしっかりとお店に掲示されており、『漂流』も堂々と平積みされていた。ありがとうございます!

伊野尾さんはブログでも『漂流』のことを紹介してくれている。
http://inoo.cocolog-nifty.com/news/2016/09/post-6caf.html

冒頭、本の雑誌の杉江さんとこの本について語り合うシーンからはじまっており、二人とも「この本が売れなかったら、もうダメだ」という点で意見が一致したとの内容だ。『漂流』のことを非常に熱く書いてくださり、とても感激した。感激したのだが、しかし、この本ってそんなに売れなさそうな雰囲気を醸し出しているのだろうか……とも思ってしまった。

というか、出版社の営業担当と本屋の主人がそう言っているということは、すでに売れていないということなのだろうか……。

ほかにもツイッターでのつぶやきを見ていると、無明舎出版という秋田の出版社さんがこんな感想をかき込んでいて、やはりうれしかったが、やはり気にもなった。

〈久々に本格的ノンフィクション作品を読ませてもらって満腹感が残っている。これだけの長期取材をし、何度も沖縄や海外を訪ねていると、1900円のこの本が何冊売れれば元が取れるだろうか。〉

すでに赤字ライン前提で語られている感じである。この本、そんなに売れなさそうに見えるのだろうか? 

たしかに人の関心を引きそうなテーマではないうえ、文字のフォントも小さく、ぎっしりと詰まっており、430pもの厚さがある。それに私自身、読者の共感を誘うような書き方があまり好きではないので、この本の読後感も爽快なカタルシスを得られるようなものにはしていない(というか内容的に無理なのだが)。なので、売れるような本ではないと自覚していたが、しかし中身の深さには圧倒的な手応えがあったので、なんだかわけのわからないすごい本があるという評判が広がって、もしかしたら重版するかもという期待もあった。しかしこれら本を売る人たちの「面白いけど売れなさそ~」という率直なご意見をたまわっていると、やはり厳しいか……と感じてしまう。

この本で重版できなかったらショックだなぁ。そういえば重版って言葉、もう何年聞いていないだろうか……。最後に重版したのはアグルーカの文庫だったか、なんだったか。いや、アグルーカは単行本は重版したけど、文庫はしていないんだっけ? もう忘れてしまった。

追記 そういえば新潮社の波に掲載した小野正嗣さんとの対談がネットにアップされていた。『漂流』の狙いがよくわかるので、ぜひご一読を。
http://www.shincho-live.jp/ebook/nami/2016/09/201609_14.php

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チケット完売。18日にも別のイベントあります

2016年09月05日 21時01分17秒 | お知らせ
9日に新潮社のラカグでやるイベントですが、なんと、なーんと、90席すべてが完売したとのこ。

ビックリポンとはこのことである。

参加費2000円なので、まあ、せいぜい30~40人というところかなぁと思っていたのだが、90席とは前代未聞の人数である。アマゾンで頓珍漢なレビューがあがっていて頭にきたが、自分としは『アグルーカ』を上回る深いテーマで書けたと思っているので、この作品に込めた熱気が伝わったのかと思うと率直に嬉しい。この前、担当の今泉さんと何を話したらいいですかねぇと相談したところ、完全にまな板のコイでいいんじゃないですかと言われたので、進行は藤原さんにお任せして、聞かれたことに素直に答えることにしよう。

さて、このイベントに参加できなかった人のために朗報です。18日にまた『漂流』絡みでトークショーを開きます。聞き手はライターの川内イオさん。こちらも取材中の裏話や苦労話、この作品に込めた思いなどを語りたいと思います。

以下、告知です。

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〈探検家・角幡唯介さんトークイベント「『漂流』で描きたかったこと、描かかなったこと〉


今年8月、ある漁師の波乱に満ちた人生を中心に、海洋民の生き様を描いた渾身の長編ノンフィクション『漂流』を発売した探検家、作家の角幡唯介さんのトークイベントです。

角幡さんは探検家、ノンフィクション作家として『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(開高健ノンフィクション賞などを受賞)でチベットの前人未到の秘境を単独で調査し、『雪男は向こうからやってきた』(新田次郎文学賞受賞)ではヒマラヤで雪男を捜索するなど常に未知の世界に挑んできました。

自らの足で北極1600キロを踏破した『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞を受賞した後、4年ぶりとなる本格ノンフィクションとなるのが、初めて海をテーマにした『漂流』です。今回の主人公は、かつて37日間も太平洋を漂流し、奇跡の生還を遂げた沖縄のマグロ漁師です。

沖縄、グアム、パラオ、フィリピンなどで現地取材を重ねた角幡さんに、普段はなかなか知ることができない本に書かれなかったエピソードや取材の裏話についてお話して頂きます。取材時に撮影した動画も公開されるかも!?
『漂流』を掘り下げながら、角幡さんの探検家としての人生にも触れられる90分!
この機会にぜひ!

<日時>
2016年9月18日(日)16:00~17:30(15時30分開場)

<入場料>
1,000円(前売券)
1,200円(当日券)

<会場>
DESCENTE SHOP TOKYO BOOKS

※原宿駅の目の前です。
http://www.descente.jp/shoptokyo/access/
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南会津漂泊

2016年08月31日 21時26分44秒 | クライミング
29日に南会津の漂泊登山から下山して東京に戻ってきた。

今年の八月は台風が四発も日本に上陸。五十四年ぶりのことだったらしい。おかげで今回の漂泊登山はすっかり台風に翻弄された。8月16日に出発する予定だったが、まず台風7号がちょうどそのタイミングで襲来してきたので二日延期。18日に東京を出発して只見から入山したが、何日かして白戸川を遡行しているところで台風九号が直撃した。

沢は地形的にも密生する樹木によっても風が殺される。落石、増水、斜面崩壊の危険がないところを選べば、台風直撃といっても雨以外の不安はあまり感じない。だが、その雨がすさまじい。雨そのものに殺されるんじゃないかと少し不安になるぐらいの降りが半日つづいた。その後も天気は不安定な状態がつづき、塩の岐沢を越えたあたりで、今度は非常に強い台風10号が上陸する恐れがあるとの情報をラジオでキャッチ。そのままのペースで最終目的地である会津駒ヶ岳を目指した場合、ちょうどその登路となる御神楽沢でドンピシャで直撃するらしい。一度の山行で二度も台風直撃する人間なんて、聞いたことがない。さすがに二回目はちょっと勘弁だなぁと思い、やむなく漂泊を中止して登山に専念し、それまでに二倍のペースでシャカリキになって沢を上り下りして、暴風圏内に入る直前に会津駒ヶ岳に無理やり登頂して29日に下山してきた。


岩魚七匹、コメ二合完食


巨大ナメクジ君も来訪


ちなみに今回のルートをざっと紹介すると、以下のようなものになる。

小戸沢西の沢~白戸川メルガ股沢~丸山岳~大幽東の沢下降~広河原沢~倉谷沢~塩の岐沢~小手沢源流~安越又沢西沢~ミチギノ沢~御神楽沢~会津駒ヶ岳

やや強引な感じではあるが、南会津を東西南北に漂泊的に渉猟した。歩きの沢が多く、岩魚はうようよしており、南会津は漂白するには最高のエリアだ。十五日間ほどの予定だったが、最後は台風10号から逃げるように駆け上ったので、結局12日間で終わってしまった。あと二、三日のんびりとできればより最高だったのだが。あと面積的にやっぱり少し狭いので、田野倉ダムがなければもっと最高である。

ところで沢登りとは人間と山との間で交わされるセックスのことである。そもそも山の裂け目から液体がダラダラと漏れ出てくるという地形的特徴だけ見ても、沢は容易に女性器を連想させる。そして、そのことを今回ほど強く感じた山行はなかった。というのも最後に登った御神楽沢がなんとも女性的で、どこか官能的な沢だったからだ。柔らかく包容力のある森のなかからあふれ出てくるような蜜のような水の流れは、幼少期にあたえられた母乳のような温かみがあった。台風10号接近のニュースをきいたときは、会津駒をやめて途中の山から集落に下りてしまおうかと考えたが、モチベーションを立て直してなんとか御神楽沢を登れて、本当によかったと思う。


往年のキム・ベイシンガーの瞳だってこれほど青く澄んではいなかった。


透明な水のあふれ出す裂け目をたどり、沢の襞の内奥に入りこんでいった先にある御神楽沢の観音様

この沢の官能性について、今度のビーパルの連載にでも書いてみようかなと思っている。

さて、漂泊は終わりましたが、『漂流』の発売ははじまったばかりです。昨日、今日と池袋、神保町方面に出向き本屋をチェックしてきたが、なかなかのいい扱いを受けていて、ちょっと満足した。本屋に行って自分の新刊本の扱いが悪いと、本当にその本屋のことが嫌いになるからなぁ。

漂流
角幡 唯介
新潮社

過去最高の傑作






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『漂流』25日発売!

2016年08月17日 21時37分51秒 | お知らせ
『漂流』の発売がいよいよ迫ってきた。発売は25日。見本は19日に出るということで、本の出来栄えが非常に楽しみだ。なにしろ私としては『アグルーカ』以来、四年ぶりの本格的ノンフィクション。この四年間というもの、冬や極夜の探検、夏はこの『漂流』取材にすべての時間を割いてきただけに、非常に力の入った作品なのだ。

……なのだが、しかし、残念ながら私は明日から南会津へ長期の漂泊登山へ出かけるので、見本をみることができない。版元の編集者も営業担当も非常に力を入れてくれているので、大変、申し訳ないし、カバーもかっこいい出来栄えなので、私自身、できれば見本の完成を見届けてから山へ……と思っていたのだが、こればっかりはもう、天気の状態とか今後の予定とかもあるので、明日出発しないと私のなかでは間に合わない状況となってしまっているのだ。

ということで山優先。無念であるが、行けるときに行っておかないと山は逃げるから、しょうがない。

下山予定は9月頭。その頃には本屋に並んでいるだろう。大きなスペースが確保されていることを期待して、下山したいと思います。

さて、先日も告知しましたが、その『漂流』の発売にあわせたイベントが新潮社のイベントスペースで開かれます。まだ席に余裕があるようなので、興味のある方はぜひ参加してください。以下、イベント情報を再掲します。


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角幡唯介「はじめての海洋ノンフィクションを、僕はこう書きました」

『漂流』刊行記念トーク(聞き手:藤原章生)

2016/9/9(金) 19:00~2016/9/9(金) 20:30
イベント受付開始時間 2016/9/9(金) 18:30~

la kagu(ラカグ)2F レクチャースペースsoko
東京都新宿区矢来町67

チケット2000円

チケット販売はこちら http://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/015hfpyatsqt.html#detail

『空白の五マイル チベット、世界最大のツァンポー峡谷に挑む』で、開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞の3冠を取り、一躍注目の書き手となった探検家の角幡唯介さん。その後も、『雪男は向こうからやってきた』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)と、自ら体験し取材するスタイルで、独自のノンフィクションを世に送り出してきました。

 最新作『漂流』で、角幡さんは新境地に挑みます。舞台は沖縄を中心とした南太平洋の漁場、しかも、今回は自身の体験ではなく、沖縄の漁師の人生を追った作品です。海、暖かい地域(南方)、他者の人生ーーー今までにない形の作品といえます。あらすじはこうです。

1994年冬、沖縄県伊良部島・佐良浜のマグロ漁師・本村実さんは、フィリピン人らと共に救命筏で37日間の漂流の後、「奇跡の生還」を遂げます。しかし8年後、本村さんは再び出航し二度と戻ることはありませんでした。九死に一生を得たにもかかわらず、彼を再び海に向かわせたものは何だったのか.....?

 沖縄、グアム、パラオ、フィリピンなどで家族や関係者の話を聞き、漁師の生き様を追った渾身の長編ノンフィクション『漂流』。この刊行を記念して、トークイベントを開催します。

 聞き手は毎日新聞編集委員の藤原章生さんです。

 ところで、藤原さんと角幡さんには、いくつかの共通項があります。新聞記者である(だった)こと、開高健賞受賞者であること、山好きなこと、山で命を落としかけた経験があること.....。ご自身もノンフィクション作家としていくつもの作品を上梓している藤原さんが、インタビュアーとして角幡さんの創作の舞台裏に迫ります。

・当日会場で書籍『漂流』をお買い求めくださった方を対象に、終演後、角幡唯介さんのサイン会を行います。また、藤原章生さんの著作も会場で販売いたします。


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プロフィール

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
探検家・ノンフィクション作家。1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政経学部卒、同大学探検部OB。2003年、朝日新聞社入社、08年退社。著書に『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞など)、『雪男は向こうからやって来た』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)、『探検家、36歳の憂鬱』、『探検家の日々本本』(毎日出版文化賞)など。近著に『旅人の表現術』。

藤原章生(ふじわら・あきお)
毎日新聞編集委員・ノンフィクション作家。1961年福島県常磐市(現いわき市)生まれ。北海道大学工学部卒業、住友金属鉱山に入社。1989年毎日新聞記者に転じる。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマ特派員、郡山支局長などを経て現職。著書に『絵はがきにされた少年』(開高健ノンフィクション賞)、『資本主義の「終わりの始まり」』、『世界はフラットにもの悲しくて』『湯川博士、原爆投下を知っていたのですか―“最後の弟子”森一久の被爆と原子力人生―』など。

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ご購入いただいたチケットの、取替・変更・キャンセルはできません。ご了承ください。
開場は開演の30分前です。

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惜別千代の富士

2016年08月02日 07時56分59秒 | 雑記
千代の富士が亡くなった。大鵬や北の湖がなくなったときはさほど思うところもなかったが、千代の富士はわたしが小さい頃に相撲をみはじめたときの大横綱だったから、ちょっとしんみりするものがある。

もともと一番力をもったもの、もっとも強いものに生来嫌悪感をかんじる傾向のあるわたしは、小さい頃から巨人と自民党と千代の富士が大嫌いだった。今となっては野球に関心がなくなったので巨人はどうでもいい。自民党にかんしては今でも、世界で一番嫌いな人間が安倍晋三で二番目が高村正彦で三番目が麻生太郎というぐらい大嫌いな組織で、自民党の独裁傾向、および自民党の独裁傾向にさして抵抗を示すことなく流されゆく人々の腰砕け的傾向にたいしては、私なりのやり方で(誰にも気づかれないやり方で)別の価値観を提示したいと思っている(冒険とはじつはきわめて政治的営為なのだ)。しかし千代の富士は個人でつよくなった人物だけに(昔から八百長疑惑を囁かれた力士ではあったが、それもふくめて)巨人と自民党とはまったく別の敬意をおぼえる。

わたしが相撲をみはじめたのはたしか小学校一、二年で、そのときは北の湖がすでに晩年にはいっておりほとんど優勝争いに絡むことがなくなっていた。二代目若乃花の記憶はない。千代の富士はちょうど横綱にかけあがりこれから全盛期という時期で、彼に真っ向勝負で勝てるのは横綱隆の里(稀勢の里の師匠)だけだった。ウルフとよばれた千代の富士とポパイとよばれた隆の里ががっぷりよつに組み、怪力でまさる隆の里がつりあげて土俵の外にはこびだす姿をみて、幼いながら権力をうちやぶるのにちかい爽快感にひたったものだった。

かんがえてみると北の湖もいないし、隆の里もすでに鬼籍にはいっている。あの頃、大関で私が応援していた北天佑もだいぶ前になくなったし、生き残っているのは琴風と若島津と朝潮だけか。そのあと、双羽黒(プロレスラーになった北尾)や北勝海(千代の富士の弟弟子で現理事長の八角親方)や大乃国(ガチンコとスイーツ好きで知られる力士)が横綱になり、小錦が大関になり、旭富士や霧島がつづくのだが、あの頃の相撲は今とちがって動きがはげしくて本当に面白かった。今の相撲はデブとデブがぶつかり合って転びあうスポーツにしかみえなくなった。

力士は寿命が短い。酒の飲みすぎだろうか。

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下田川内(沢登り) 仙見川中俣沢~光来出川~大川~砥沢川源流~叶津川

2016年07月28日 15時23分38秒 | クライミング
今年の夏は日本の原始境を長期にわたって漂泊的に沢登りする計画だった。原始境だから濃密な自然に支配され、かつ登山道がかぎりなく無に近い山域がいい。春先から暇を見つけては国土地理院のサイトを開いて地図をにらんできたが、やはり広大さにおいては只見近辺がもっともワイルドな登山が楽しめそうである。ぱっと目についた最も美しいラインは、南会津を南北に貫く三本の川、小戸沢西の沢と白戸川と御神楽沢をつないで会津駒に登るというものだ。しかし、これだけだと一週間、長くて十日もあれば終わってしまいそうで、夏のイベントとしてはなんだか物足りない。私の狙いはこの日本で二十日間クラスの山岳放浪をすることなのだ。ということで、強引にその北の広がる下田川内をくっつけた。事前の計画では前半十日間で下田川内を縦断し、只見の集落に下りて、後半十日間で南会津に突入というつもりだった。

7月19日に東京発。新潟県五泉までいく。タープの下に敷くブルーシートを忘れ物したので、ダイソーで購入。などしているうちにちょっと遅れてしまい、結局タクシーで仙見川の林道を門倉というところまで運んでもらった。ここから赤倉川と中俣沢の二股までは藪におおわれた登山道がつづくが、凄まじいまでのヒルの培養地である。夏のツアンポー峡谷か、ダウラギリ山塊タレジャコーラに匹敵する数だった。ズボンに空いた小さな穴に五匹のヒルが血をもとめて蠢いているのをみると、さすがに気色が悪かった。沢用の脛宛てでガードしたが、それでも両脚や腰回りなど計十五カ所ほど吸血され、それから数日間はヒルジンが引き起こす独特のむず痒さに苦しめられた。赤倉川二股で幕営。

20日から本格的な遡行開始。昨日は夕立で土砂降りだったが、この日から連日晴天がつづく。てっきり梅雨明けしたのかと思っていた。仙見川中俣沢は淵やプールが連続し、そのたびに高撒きを強いられるが、さほど悪い巻きはない。ザックを重たくしたくないので、泳ぎは回避したが、途中から巻きが面倒になり泳ぎも半分まじえながらの遡行となる。21日に光来出川に下り立つ。この沢はため息がでるほど美しい景勝地のような沢だった。大川合流点近くの下流部にちょっと長いゴルジュがあるが、とにかく白い岩肌、エメラルドグリーンに輝く淵。岩魚もいっぱいですばらしいの一言につきる。できれば下降ではなく、遡行したい沢だった。


光来出沢の美渓


ジャングルでのキャンプ地


大川のゴルジュも美しい

22日に大川合流点付近まできて、23日に大川の支流である小又川を上流部まで遡上。テンカラの要領もわかってきて、天気も良く、快調に登山は進む。この頃になると水も冷たくないので積極的に泳いで淵を突破するようになっていた。24日、小又川を越えて砥沢川源流部に突入の予定だったが、ここで失態を演じる。なんと地図を読み間違って、詰めていた沢をぐるって回りこんで同じ沢を下降するというミスを侵してしまった。なんでこんなことになったか。詳細は省くが、生まれて初めて沢で迷い、半日無駄にした。結局、小又川源流で幕営して、翌25日に砥沢川源流に足をふみいれ、翌日、叶津川をくだって、一気に只見の集落まで降りてきた。


途中でパンツのお尻がボロボロになり、雨具を切り裂いて縫い付けた。


叶津川源流部にて

とりあえず七泊八日で全体の計画のうちの半分が終了。翌日からメーンの南会津編に突入の予定だったが、只見駅で一晩横になっているうちに気が変わった。

体力もモチベーションも全然落ちていなかったが、やっぱり一度、下界に下りてきてしまうと、どうしても登山の継続性が薄れてしまうのだ。今回の計画は二十日間にわたって日本の原始境を漂泊的に登山するのが目的だったが、一度集落におりて、しかも足りない食糧を買い足すとなると、それは二十日間の登山ではなく、完全に十日間の登山を二つつなげただけになってしまう。南会津の沢はこれまで登ったことがなかったし、その自分にとっての処女地を一週間程度の慌ただしい登山で汚してしまうのはもったいないような気がしてきたのである。

まあ、只見に下りるタイミングで天気が悪化したこともあったが、そんなわけで前半で今回の登山は一度打ち切ることにして、昨日、帰京した。八月は日高で地図無し登山を計画していたが、日高は来年、もうちょっとしっかり腰を落ち着けてとりくむことにして、今年の夏はもう一度、南会津に出直しである。少なくとも二週間以上の漂泊登山。毛猛からつなげたら、途中でダムの橋は渡らなければならないが、実現できるかなという気がする。毛猛の沢は滝が多くてザックが重いと面倒くさそうだけど。

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『漂流』イベント案内

2016年07月16日 09時23分01秒 | お知らせ
四年ぶりの本格的ノンフィクションとなる『漂流』の発売がいよいよ近づいてきました。

沖縄・宮古の佐良浜という漁村出身のある漁師が1994年、グアムでマグロ漁操業中に船が沈没、ライフラフトで漂流し、37日後にフィリピンで奇跡的に救出されました。その後、彼は船に乗ることをやめましたが、しかし八年後に再びグアムに向かいます。なぜ彼は再び海に出たのか。その背景には彼の出身地である佐良浜の特殊な風土、歴史と、われわれ陸の人間には容易に理解しがたい海に生きる人間の倫理がありました。『漂流』は一人の人間が土地の風土、そして海という自然にどのように支配されるのかを追った、(自分で言うのもなんですが)原稿用紙800枚、432頁の前人未到、類書なしの圧巻超ド級大作ノンフィクションです。

通常、こういう作品は小説で表現するものですが、私は基本的に全員実名のノンフィクションで描きました。漁師というのは取材して書くのが本当に難しい対象です。なぜなら、彼らの言っていることって、何を言っているのかよくわからないからです。そのため漁師物のノンフィクションは乗船ルポ、水産産業モノをのぞくと、ほとんど存在しません。しかし私は彼らが何をいっているのかよくわからないことをふくめて、彼らの世界を書きました。単なる乗船ルポではなく、海の男の世界観に陸の人間が構造的にせまった作品としては初めてのものだと思います。面白いこと請け合いです。

再校ゲラ作業も終了し、昨日は新潮のPR誌「波」収録のため、芥川賞作家で朝日の書評委員で同じだった小野正嗣さんと対談。小野さんは大分の漁村出身で故郷を舞台にした小説を発表しているので、漁村文化、漁師気質について濃密な話を展開できました。

さて、この本の出版を記念して、新潮社のイベントスペースで公開トークが開かれます。お相手は、私と同じ開高賞出身作家で、かつ毎日新聞記者(昔は私も記者をしていました)、しかも北大山岳部出身で私がよく一緒に山登りする群馬の清野さんの後輩でもある藤原章生さんです。これまで藤原さんとお会いしたことはないですが、これだけ共通項があれば否応なく盛りあがるでしょう。

開催は9月でちょっと早いですが、以下告知です。チケット2000円だそうです。ちょっと高いですが、ふるってご参加を。
チケット販売はこちら http://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/015hfpyatsqt.html#detail

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角幡唯介「はじめての海洋ノンフィクションを、僕はこう書きました」

『漂流』刊行記念トーク(聞き手:藤原章生)

2016/9/9(金) 19:00~2016/9/9(金) 20:30
イベント受付開始時間 2016/9/9(金) 18:30~

la kagu(ラカグ)2F レクチャースペースsoko
東京都新宿区矢来町67

チケット2000円


『空白の五マイル チベット、世界最大のツァンポー峡谷に挑む』で、開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞の3冠を取り、一躍注目の書き手となった探検家の角幡唯介さん。その後も、『雪男は向こうからやってきた』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)と、自ら体験し取材するスタイルで、独自のノンフィクションを世に送り出してきました。

 最新作『漂流』で、角幡さんは新境地に挑みます。舞台は沖縄を中心とした南太平洋の漁場、しかも、今回は自身の体験ではなく、沖縄の漁師の人生を追った作品です。海、暖かい地域(南方)、他者の人生ーーー今までにない形の作品といえます。あらすじはこうです。


1994年冬、沖縄県伊良部島・佐良浜のマグロ漁師・本村実さんは、フィリピン人らと共に救命筏で37日間の漂流の後、「奇跡の生還」を遂げます。しかし8年後、本村さんは再び出航し二度と戻ることはありませんでした。九死に一生を得たにもかかわらず、彼を再び海に向かわせたものは何だったのか.....?

 沖縄、グアム、パラオ、フィリピンなどで家族や関係者の話を聞き、漁師の生き様を追った渾身の長編ノンフィクション『漂流』。この刊行を記念して、トークイベントを開催します。

 聞き手は毎日新聞編集委員の藤原章生さんです。

 ところで、藤原さんと角幡さんには、いくつかの共通項があります。新聞記者である(だった)こと、開高健賞受賞者であること、山好きなこと、山で命を落としかけた経験があること.....。ご自身もノンフィクション作家としていくつもの作品を上梓している藤原さんが、インタビュアーとして角幡さんの創作の舞台裏に迫ります。

・当日会場で書籍『漂流』をお買い求めくださった方を対象に、終演後、角幡唯介さんのサイン会を行います。また、藤原章生さんの著作も会場で販売いたします。




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プロフィール




角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)

探検家・ノンフィクション作家。1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政経学部卒、同大学探検部OB。2003年、朝日新聞社入社、08年退社。著書に『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞など)、『雪男は向こうからやって来た』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)、『探検家、36歳の憂鬱』、『探検家の日々本本』(毎日出版文化賞)など。近著に『旅人の表現術』。




藤原章生(ふじわら・あきお)

毎日新聞編集委員・ノンフィクション作家。1961年福島県常磐市(現いわき市)生まれ。北海道大学工学部卒業、住友金属鉱山に入社。1989年毎日新聞記者に転じる。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマ特派員、郡山支局長などを経て現職。著書に『絵はがきにされた少年』(開高健ノンフィクション賞)、『資本主義の「終わりの始まり」』、『世界はフラットにもの悲しくて』『湯川博士、原爆投下を知っていたのですか―“最後の弟子”森一久の被爆と原子力人生―』など。



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•ご購入いただいたチケットの、取替・変更・キャンセルはできません。ご了承ください。
•開場は開演の30分前です。


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『旅人の表現術』出版記念イベント案内

2016年06月25日 09時48分59秒 | お知らせ
昨日の朝日新聞朝刊の広告でも紹介されていましたが、『旅人の表現術』発売にあわせたライブトーク&サイン会を湘南蔦谷書店さんでおこないます。

日時は7月3日18時~20時

今回の作品は、冒険とは何か、書くこととはどういうことかということをテーマにした文章中心なので、『空白』『雪男』『アグルーカ』、それに現在の極夜探検という行動の変遷のなかで、これに関連して自分の意識がどのように変わっていったのかを写真を見ながら振り返ってみようと思います。

以下、イベントの詳細です。

●場所 神奈川県藤沢市辻堂元町6丁目20番-1 湘南T-SITE 1号館2F湘南ラウンジ
●参加費 湘南蔦屋書店にて『旅人の表現術』(税抜き1,800円、集英社)ご購入
●申し込み方法 
<WEB予約>
予約フォームよりお申し込みください。
http://real.tsite.jp/shonan/event/2016/06/post-697.html
<電話受付>
湘南蔦屋書店
0466-31-1510(代表)
※お申し込みの際にイベントの日時とタイトルをお伝えください。
※店頭でのお申し込みの場合は2号館2階BOOKカウンターまでお越しください。
●問い合わせ 湘南蔦屋書店 0466-31-1510(代表)






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『旅人』見本と蔦谷イベント

2016年06月19日 10時27分35秒 | お知らせ
『旅人の表現術』の見本が集英社よりとどいた。
予想よりかっこいい仕上がりになっており、びっくりだ。装丁はPDFのラフしか見ていなかったが、やはり実物をみると質感が全然ちがう。ざらざらした質感の紙(なんという紙なんでしょうか)がドライな色調のデザインにぴったりはまっていて、かなりかっこいい。これはもしかしたら、本屋でけっこう存在感をはなつのではと期待をもってしまった。

中身が装丁にまけているというレビューがでないか心配である。とにかく素晴らしい本に仕上げてくださった集英社の岸尾さんと鈴木デザイン事務所の方々には感謝です。

あと、ちょっと早いけど『旅人の表現術』出版を記念して、7月3日に湘南蔦谷書店でトークイベントの予定がはいっています。今のところ時間は18時~20時の予定です。詳細が決まったら、また改めて告知します。

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『旅人の表現術』6月24日発売

2016年06月16日 00時55分01秒 | お知らせ
旅人の表現術
クリエーター情報なし
集英社


新刊情報。『旅人の表現術』という単行本が24日に集英社より発売となります。雑誌で書いた雑文や文庫本解説、あと最近はすっかり誘いがなくなった対談の記事等を、ごっそりとまとめたものです。前から雑誌に書いて、このまま埋没させるのはもったいないなと思っていた、出来のいい原稿がけっこうあったので、それらを単行本というかたちでのこすことができました。

一応、①旅を書く、自分を書く(表現論)②人はなぜ冒険をするのか(冒険論)③旅から見えること(文化論)と三部構成となっていますが、当然、各原稿を書いたときはこんな構成で本を出すことは想定していないので、それぞれの対談、原稿を関係のありそうな部門にふりわけたという感じです。なかにはかなり強引にふりわけたものもありますが。

しかし、まあ、やはり探検・冒険の行為の意味や、行為をしてそれをさりげなく書くことの罪悪感とか、冒険したら何が書けるのかとか、登山したら日本社会はこんなふうに見えてくるだとか、そんな感じのテーマの原稿を集めてます。二、三陳腐な内容のものも入れてしまいましたが、まあそれは読み飛ばしていただくとして、私のおススメは、開高健論、富士山論、本多勝一の冒険論にたいする考察、あと最近のもので評判がよかった宮城君の『外道クライマー』の解説、「小説すばる」にかいた『神々の山嶺』の書評などでしょうか。本の雑誌にかいた松本清張の『影の地帯』についてのエッセイも面白いかな。この松本清張のエッセイは、この本のテーマからは唯一完全に浮いている文章で、本来なら前著の『日々本本』におさめるべき作品だったんですが、書いたのが『本本』のあとで、しょうがなくこっちに収録しました。

対談のお相手は沢木耕太郎さん、増田俊成さん、石川直樹さん、鈴木涼美さん、三浦しをんさんです。どうもありがとうございました。

まあ、雑文集なので、電車のなかなどで気楽に読んでいただければ。

ちなみに今後のスケジュールですが、じつは今年はけっこう忙しくて、八月末に小説新潮で連載していた『ある鮪漁師の漂流』がついに『漂流』と改題して刊行されます。原稿料800枚の超大作取材ノンフィクション。前代未聞の壮大な海の叙事詩。この二週間、こいつの校閲、加筆、修正作業に没頭していて、今夜ようやく終わって、ひさしぶりにブログを書く気になった。

あと10月に文春から探検余話的なエッセイ集をだす予定ですが、これが全然書けてない! しかも子供にかんする軟派なエッセイの連載と、自由と管理の観点から冒険の政治性を考察する硬派な冒険論連載も引き受けてしまった。しかも夏は山に行きまくって、来年は山の本を書くぞ!と思っていたりもする。

そしてもちろん11月からは極夜探検で長期不在。いやー、これは無理だ。どれを断ろうかな。


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関の沢川~大無間山~大沢根山~信濃俣河内~茶臼岳

2016年05月26日 23時23分32秒 | クライミング
最近、ビーパルの連載に、集英社のウェブ連載がかさなって、完全に自分のブログで書くネタがなくなった。ちょっとした小話でも、もしかしたら連載のネタになるかも、とついつい思ってしまって、怖くてブログに書けないのだ。最近、ブログの更新をしていなかったのは、忙しかったからではなく、書くことがないからである。

19日から25日まで、上記タイトルに書いた沢をぶらぶらと一人で歩いていたのだが、これもビーパルの格好のネタになるかもしれないと思うと、詳しく書けない。このブログを読んで、ビーパルを読んだ人がいたら、角幡は同じことをかき回しているなあと思われてしまうからだ。

でも、まあ、別にいいや。

五月というのは、長期の沢登りをするには面倒な季節で、越後や東北はまだ早いし、奥秩父じゃ物足りない。西日本まで行く時間も金もないので、じゃあ南アルプスの南部にしとこうということになりがちで、学生時代からこの山域には春合宿でよく通っていた。今回もテンカラ竿を買ったので、その練習と、あと夏に長期放浪沢登りを考えているので、その足慣らしということで一週間ほど沢をぶらぶらしていた。

最近は沢登りに行くときは遡行図も何も見ないで、適当に地図をみて決めることが多い。遡行図を見ないのは、フリークライミング、ノンボルト、残置無視といったような思想性に支えられてのことではなく、単に調べるのが面倒くさいだけだからだ。沢なんて現場で何とかなるだろ、いざとなりゃ高まきゃいいんだからと考えているわけだ。

行ってみると関の沢川というのは意外と悪い沢で、いくつか淵が出てきた。水量も結構おおく、まだ五月で泳ぐ気もしないし、泳いだところでその先が登れるのかわからないので、遡行図を持ってないと淵というのは基本的に高まくしかない。それで全部高まいたのだが、傾斜のきついスリッピ―な泥壁で悪いところが多かった。気のせいか、渓相も全体的に深くて陰惨。ヒルもうじゃうじゃいて、足首周りを十カ所ほどやられた。肝心の釣りもキャストが慣れるまで難しくて、中流部で小さなアマゴが二匹つれただけ。上流のほうは全然釣れなかった。


関の沢の淵。なぜか写真が横になってしまう


南ア深南部ではおなじみのヒル(大)

関の沢川からは大無間山、大沢根山を縦走して、西河内から信濃俣河内へ下りた。こちらは明るい沢で、魚もうようよいた。淵や滝の岩質も順層で素直なので簡単に側壁をへつれるし、木の根がしっかり張り出しているので巻きも安全。あとヒルも全然いない。非常に快適な沢である。近所の沢なのにどうしてこうも違うのか。

テンカラのほうも三日目ぐらいから慣れて、信濃俣河内ではそこそこ釣れるようになって大変楽しかった。全体的にはいい山行で、夏がとても楽しみである。今のところ下田川内から笠堀、南会津にはいって白戸川、会津駒まで渡り歩くという二週間程度のプランを考えている。そしてチャンスがあれば日高でアレを……。

いずれにしても百名山ひと筆書きみたいな、ああいうのとは違う価値観の登山を提示したい。あ、またこんなに書いてしまった。

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