ホトケの顔も三度まで

ノンフィクション作家、探検家角幡唯介のブログ

『出生外傷』

2017年03月20日 07時22分53秒 | 書籍
出生外傷
クリエーター情報なし
みすず書房


オットー・ランク『出生外傷』を読む。極夜探検の原稿を執筆する前段階の参考文献として読んだ。

内容を簡単に説明すると、人間は胎児期に子宮内にいるときに究極の心地よさを感じている。これが原状況であり、出生時に原状況が壊され、母とひき離されて、無理やり外界に引きずりだされるとき、究極の不安を感じる。これが人間の原不安である。原不安こそ人間の不安の根源であり、人間が物事を知覚する最初の体験だ。人間は誰しも母胎内の原状況に回帰したいと望むが、この回帰の希求は出生時の外傷と結びついているのでどうしても原不安が生じ、原不安を抑圧しようとする原抑圧がはたらく。オットー・ランクに言わせれば、すべての文化、芸術は出生外傷と関係しており、フロイトのエディプスコンプレックスも、出生外傷の原不安を出生後の障害である父に転換したものだ。人間が人間になるということは原抑圧を乗り越える過程なのだという。

オットー・ランクはフロイトの忠実な弟子というか、事実上の息子みたいに親密な関係にあったが、この本を発表したことでフロイトとも疎遠になり、精神分析のほかの学者からも批判された。その意味では結構あぶない本なのかもしれない。私は精神分析や心理学についてはまったく無知なので、この学説が専門的にどこまで妥当なのかは判断できないが、個人的にはかなり啓発され、非常に面白く読めた。読んでいる最中は、娘の挙動をなんでもかんでも出生外傷に結び付けて話すので、妻からうざがられたぐらいだ。

ところで、なぜこれが極夜探検と関係があるのか。ということは、う~ん、ブログでは書かない方がいいような気がしてきた。極夜探検は来年あたり本にしたいので、ある意味、ネタばれになってしまうかもしれない。もちろん、本書の中身が探検の内容と直接リンクしているわけではないが、探検の最後に直観したことと深いところで結びついている気がした。まあ、出生と極夜といえば勘のいい人ならわかるだろうか。

なお、オットー・ランクには『英雄誕生の神話』という別の有名な本もある。早速、ネットで購入してしまった。

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『洞窟ばか』

2017年03月14日 06時33分14秒 | 書籍
洞窟ばか
クリエーター情報なし
扶桑社


吉田勝次『洞窟ばか』を読む。

著者の吉田さんとは実は面識がある。昔、富山で新聞記者をしていたとき黒部に関する特集をすることになり、なんのつながりかは忘れたが、吉田さんの洞窟探検チームであるJETが黒部で新洞探査をすると聞いた。それで吉田さんに連絡をとり、その探検の同行取材をしたのだ。そのときのことで印象にのこっているのは洞窟のことより、吉田勝次の強烈なキャラクター。もういいオッサンだったが天真爛漫、自由奔放、面白くて魅力的な野生児、というか野人、というか言葉をしゃべる類人猿みたいだった。たった一泊(だったかな?)の探検だったが、その後も吉田さん元気かな~と思い出すことがしばしばあった。

洞窟で活躍する姿より、夜中に黒部峡谷鉄道の軌道を勝手に移動して、どこかの温泉に勝手に忍び込んで、女性隊員の前にもかかわらずお湯のなかで陰部丸出しでぐるぐる回転する彼の姿がまだ眼に焼き付いている。最近よくテレビに出ているらしいが、わたしはあまりテレビを見ないので、その活躍ぶりは本書を読むまでじつは知らなかった。あのときよりパワーアップしてバリバリ活動しているらしいじゃないか!

ケイビングつまり洞窟探検の世界の人は、フィールドの暗さがそうさせるのか、どこか根暗な人が多い気がしていたが、この人はそういう雰囲気とは皆無。完全に陽性。本も吉田さんらしい文体で一気に面白く読める。雰囲気としては宮城君の『外道クライマー』に近い。『外道クライマー』が沢登りの世界を一般の人に読める文章で紹介したのと同じで、この本を読めばケイビングの世界の面白さが誰にでもわかる。洞窟探検のどこに魅せられ、一生続けるためにどんな生き方をしてきたか。吉田さんの人生そのものが洞窟探検に捧げられており、彼の半生記を読むことがすなわちケイビングを知ることになっていく、という他の誰にもまねできない稀有な奇書である。

次は個々の洞窟探検の詳細について書いた本を期待したい。

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『安倍三代』

2017年03月13日 06時45分40秒 | 書籍
安倍三代
クリエーター情報なし
朝日新聞出版


青木理『安倍三代』を読む。全体的に右傾化する現代の政治や社会の風潮を極めて辛辣に批評しつづけるジャーナリスト青木氏によるルポルタージュ。安倍というのはもちろん首相安倍晋三の安倍。祖父寛、父晋太郎、そして晋三と三代にわたって国会議員をつとめてきたそれぞれの人物像を周辺者への取材をとおしてあぶり出していく。

もちろん抵抗のジャーナリストである青木さんの著作だから、父と祖父のエトスがどのように晋三に受け継がれているのかにある。

安倍晋三といえば母型の祖父である岸信介が有名だが、父型の祖父である寛は昭和の妖怪とよばれた岸とは対極にある反骨の政治家だった。父晋太郎も世襲議員ではあったが、選挙での地盤開拓に苦労した経験があり、目線の低いリベラルな政治家だった。それに比べて晋三は何の苦労もしていない、正真正銘のボンボンの三代目。反骨・どぶ板・たたき上げであった先々代、先代と対比することで、いかに三代目の晋三が中身のない人間なのかが浮かぶあがってくる。

この本を読んで、なぜ、首相安倍晋三の言葉があれほど軽く、貧相なのかよくわかった。言葉というのは背骨がないと生みだされない。背骨というのは経験だ。経験という背骨こそが言葉の担保になって力を生みだすのである。ところが安倍晋三にはその経験がまったく欠けている。何の苦労もなく小学校から成蹊大学の付属に入学し、受験すら経験することなく、要するに何の努力もなく大学まで進学し、いずれ政界に進出する「預かりもの」という立場で神戸製鋼に入社するの。そして小学校から大学にいたるまで、周囲の人間は彼のことをほとんど覚えていない。なんと、大学のゼミで一緒に勉強した仲間でさえ記憶をのこしていないほど印象の薄い人物だったという。

勉学にはげんだ経験もなければ、恋愛にうちこんだ経験もない。部活動やバイトや社会活動にいれこんだこともない。何かに真剣にうちこんだ形跡が全然ないのだ。周囲の記憶にのこっているのは大人しく、目立たない、要領のいいだけの凡庸な人物である。祖父の反骨、父のリベラリズムはまったく消え失せ、あるのはただ母方の祖父である、大好きなおじいちゃん岸信介への敬慕だけ。現在につながる右寄りの政治姿勢も若い頃はまったく感じさせず、思想も知性も信念もこだわりも何もない、水のなかをただふらふらと漂うボウフラのような男だったらしい。

ある意味、これほど背骨のない無味無臭の凡俗な人物が、深い思想もなく国のかたちをかえようとしていることが、恐ろしい。というか不気味だ。読んでいても、彼の背景には広漠とした虚無しか感じられない。生きた人間としての痕跡があまりに薄く、ある意味で透明な存在だ。無思想で無知性、思考のない人物が権力をにぎっているという点では、アレントの描いたアイヒマンを想起させ、ちょっと薄気味が悪くなった。

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公人と私人

2017年03月04日 04時53分12秒 | 雑記
 探検とは日常空間を自ら飛びだし、システムの境界線の外にある空間あるいは状況を踏査・検証する身体行為なので、探検が終わるといつも、ああこんな非日常世界はもう疲れたなぁー、温泉につかりたいなぁなどと、早く日本に帰りたくて仕方がなくなる。今回は極夜単独行という、その非日常的性格に超のつく異常空間領域に80日間もいたたため、家族と一緒にスーパーで買いものをする、ギョーザを食べる、本屋で無駄遣いをするなどといった平凡な日常空間に戻りたい度がいつもより高い。
 シオラパルクの村からは、まずヘリで隣町のカナックに移動し、そこから飛行機にのりかえてウパナビックの町に向かわなければならない。出発予定の3月1日、準備万端ととのえた私は胸をときめかせて居候先の山崎さんの家でヘリの到着を待っていた。日本では妻も私をむかえにいくため成田空港近くの実家に戻ったという。ところが待てど暮らせどヘリはやってこない。結局、その日はヘリを格納しているチューレ米軍基地の天気が悪かったらしく、フライトはキャンセル、シオラパルクに足止めをくらった。
 ヘリは翌日飛んでカナックに到着したが、この地球の北の果てにある人口30人ほどの村でヘリがひとたびキャンセルされると、乗客への影響は甚大だ。というのもカナックで接続する飛行機は、シオラパルクからのヘリがキャンセルされたことなど一切かまわず出発してしまう。しかもカナック―ウパナビック間は週に1便しかないので、たとえ翌日にヘリが飛んでカナックに到着できても、翌週のフライトまで待たなければならないのだ。今すぐにでも日本にもどり近所のまんてんラーメンでギョーザを食べたかった私は、カナックのエアグリーンランドの責任者に「土・日に貨物便はないの? 娘が病気で早く日本に戻らなければならないんだ」と懇願したが、私の見え透いた嘘を見抜いた彼は「貨物便もない。悪いけど水曜の次の便まで待ってくれ」と苦笑していうばかりだった。
 というわけで、カナックのホテルで来週の水曜まで足止めを喰らった。今日はその1日目。せまい町を歩いてもしょうがないし、この町には知人もいない。はやくも暇で死にそうになり、ついつい高額な接続料金を支払ってインターネットのニュースサイトなどを閲覧してしまう。

 最近、ネットを見ていて、日本では幼児に教育勅語を暗唱させ、「安倍首相がんばれ」などという不気味なフレーズを連呼させる、極夜世界よりはるかに薄気味の悪い森友学園という学校法人が、小学校新設に際して国有地の売却を不正に受けていたのではないかという疑惑が持ち上がっていることを知った。しかも、一般常識があればどう考えてもヤバイとしか思えないこの新設小学校の名誉校長に、あろうことか首相安倍晋三の昭恵夫人が就任する予定で、しかも公務員を引き連れて講演をおこない、「ここの教育方針は素晴らしい」などと不用意な発言していたというから驚きだ。アッキーは今回の疑惑をうけて名誉校長就任を辞退、一連の問題について口をつぐんでいるとのことだが、夫である首相安倍は国会での追及に相変わらずの度量の小ささをみせつけ、「妻は私人なんですよ。犯罪者あつかいするのは不愉快だ」などと逆ギレし、聞いている方を不愉快にさせる答弁をしているという。
 たしかに人間の行為をどこから公的で、どこから私的なものか分類するのは簡単ではない。私も新聞記者時代は公的領域と私的領域の境界線に頭を悩ませた。とりわけ悪名高い個人情報保護法が施行された後は、個人情報(私的領域)という大義名分を隠れ蓑に公的情報をひた隠しにしようとする風潮にはうんざりした。今回もたとえば朝日新聞はアッキーが公人か私人か区別するため、彼女の首相夫人としての活動を公務員がサポートしていることや、手当として公費が支給されていることを検証している。だが、ことこの問題についてはそんな面倒くさい議論は不要に思える。
 公人であるか私人であるかは、彼・彼女の活動に公費が負担されているかどうかというより、その人物の社会的・政治的な性格によって決定される事柄だ。たとえば裁判が開廷して判事が入廷すると、検察官も弁護人も傍聴人も全員が起立して判事に一礼する。これは私人としての判事に一礼しているわけではなく、判事という公的性格のつよい職能に対して敬意をはらっているゆえに、おこなわれる所作である。
 また判事のような公務員ではなくとも、たとえば有名人や芸能人、文化人などは社会に対して一定の影響力があるわけで、その発言や著述は社会的責任という公的性をおびている。私だって、私の本を読んだ人によって認知された一人の物書き、探検家としての肩書でいろいろと発言し、著述するわけだから、その意味では公人だ。最初は私的行為だったかもしれない私の探検活動も、文章で表現し、それに読者がつき、探検家として社会的に認知されていく過程で、探検家としての私は必然的に公的な性格を帯びていく。公人であるということは社会に開かれた領域で一定の役割を担った状態にあることであり、本による表現活動の結果、私は探検家としての社会的立場を獲得し、探検家としてふるまうことを公的に望まれるようになっていく。もしかりに、北極でとある探検隊が大規模な遭難事故をひきおこしたら、恐らくいくつかのメディアは私にコメントを求めるだろう。だが、それは私人としての私――つまり、まんてんラーメンのギョーザが好きなプライベートな私――にコメントを求めているのではなく、公的に認知された作家・探検家としての私にコメントを求めているのだ。
 このように社会的にはるかに微小な存在である私でさえ公的な性格を帯びているというのに、首相夫人であるアッキーが私人であると言い繕うのは、誰がどう考えても無理がある。
 この国において首相は天皇につぐ公人であり、その妻の公的度も当然高い。しかもアッキーは選挙のときには応援演説するなど、従来の首相夫人と比べてもその公的立場をフルに活用してきた女性であり、このときは公人だったけど、このときは私人でした、などという恣意的な立場変更がゆるされるわけがない。森友学園にしてもアッキーに名誉校長就任を依頼したのは、彼が首相夫人であるからで、もし安倍が首相ではなくただのサラリーマンだったら彼女に名誉校長を打診するわけがない。いっぽうアッキーの側も名誉校長就任を受けたのは自分が首相夫人という立場にあること、その公的性格を理解しているからであり、彼女がただのサラリーマンの妻だったら「え、なんで私が名誉校長なの? PTA会長ならまだしも…」と狼狽するだけだろう。つまり、この名誉校長就任の背景には首相夫人という公的立場が決定的な役割を果たしているわけで、首相安倍が言う「妻は私人なんですよ」という発現は論理的に成りたたない。これほど公的立場を前提にしたやり取りが私的行為だというのなら、首相夫人という立場は完全に私人だということになり、首相夫人という立場が前提としている首相という存在そのものも私人だということになってしまう。
 最大の問題は、こんな幼稚園児でもわかる理屈を無視して「妻は私人なんですよ」と国会というこの国でもっとも公的な場で堂々と言ってのける安倍という男の、この態度だ。彼はどのような意図でこの発言を繰り出したのか。
 もしかしたら彼は公人と私人の区別がつかない考察や思想を完全に欠いた、ただの愚か者なのだろうか。その可能性はそれほど低くはなさそうだ。なにしろ安倍政権はずいぶん前から反知性主義だと叩かれてきたが、そのうちみんな「この連中は反知性主義とか、そういう主義に値する思想など何も持ち合わせていない、単なる無知性な集団なのではないか」とうたがうようになり、この方面からの批判が少なくなった経緯があるほどなのだ。森友学園の園児たちが「安倍首相がんばれー」とエールを送るのも、園児にさえ彼が知的に愚かに見えるからかもしれない。
 だが、やはり彼にしてもそこまで無知性ではないだろう。ないはずだと、反安倍である私としてはむしろそう思えてくる。おそらく彼は、アッキーが公人であることを理解しつつ、例によって政権の力をもって言葉の意味を捻じ曲げる所業に出たのではないか。首相夫人が公人であるか私人であるか、事実がどうかは関係ない。俺が私人だといえば、昭恵は私人なのだと、安倍はそう言いたいのだろう(そういえば、こういうジャンアンのような態度が反知性主義だと散々叩かれた原因であった)。
 この憶測を裏付けるように、さきほどまたネットを見たら、この問題について官房長官菅が公式見解が出したらく、アッキーの講演は「私的行為」だと説明したとのこと。安保法制も「憲法違反にはあたらない」と強弁しつづけたのとまったく同じ手口で、やっぱりねという感じだ。われわれ政権は言葉の意味の最終的な決定権さえにぎっているという彼らの態度にはあきれるほかない。言葉が通用しないのなら、いったい民主主義は何をもって権力と対峙することができるというのか。
 それにしても、政治活動を禁じる教育基本法を逸脱した違法性の高い学校法人との関係性を追及されて、色をなして逆ギレし、「レッテル貼りはやめましょう」みたいな中学生なみの貧相な言葉でしか反論できない、この恥ずかしい小人物を、われわれはいつまでトップにいだいていなければならないのだろう。日本の闇のほうが極夜より暗そうだ。極夜は少なくとも4カ月で太陽が昇る。

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『地球はもう温暖化していない』

2017年02月27日 23時08分57秒 | 書籍
地球はもう温暖化していない: 科学と政治の大転換へ (平凡社新書)
深井 有
平凡社


深井有『地球はもう温暖化していない』を読む。シオラパルクで居候させてもらっている犬橇極地探検家・山崎哲秀さんからすすめられて読んだ本だが、知らないあいだに自分の思考にこびりついていた固定観念を見事にひっくり返されて痛快だった。
 その固定観念とは「地球は温暖化しており、その元凶はCO2だ。したがって地球を守るためには大気中のCo2濃度は下げなければならず、政策遂行のために税金を投入されるのは当たり前」というものだ。タイトルからもわかるとおり、本書はそのCO2による地球温暖化説をきわめて明快に否定する。
 話は、そもそも地球は現在、温暖化していない、2000年前後から気温の上昇は頭打ちになっており、ほぼ横ばいだというところからはじまる。たしかに二十世紀後半は気温が上昇しており、その背景を説明するためにCO2が元凶としてやり玉にあげられてきた。だが、CO2が原因なら2000年以降も地球の平均気温は上昇していなければならないのに、そうなっていない。なぜ上昇していないのか?
 本書がその理由としてあげるのは、気候変動の最大の要因はCO2濃度ではなく、太陽活動の拡大縮小だという。二十世紀後半に太陽活動は拡大期を迎えたため、その影響で地球の平均気温も上昇したが、その活動期はすでにピークをすぎているらしく、これから縮小期にはいる。そのため懸念されるのは温暖化ではなくむしろ寒冷化だという。もちろんCO2濃度が上昇することによる温室効果もかさなるためある程度の相殺作用ははたらくが、それでもこれから地球の気温は横ばいがつづくか、むしろ低下傾向をしめすはずだというのだ。実際、近年の研究で太陽の活動周期と過去の気候変動のサイクルが一致していることは確認されてきており、非常に説得力のあるデータを根拠に議論は展開されていく。
 地球が寒冷化するとどうなるか。世界人口は増加しているのに農業生産は低下するため、国家間で食料の奪い合いがはげしくなる。本来なら寒冷化対策として食料自給率を高めることが国策として求められてしかるべきなのに、現況は地球温暖化対策としてCO2削減ばかりに研究費や税金がつぎこまれている。著者はこれをまったくの無駄遣い、無益とばっさりと切り捨てている。
 私自身、記者の経験があったせいか、一番、痛快だったのが、温暖化対策を牛耳るICPPとそれにぶら下がる科学者と錦の御旗のように温暖化への危機感をあおるマスコミへの批判の部分だった。ICPP自身、CO2による温暖化対策を前提に発足した国連機関なので、観測の結果、都合の悪いデータが出ても適正化の名目で温暖化のシナリオにあうように修正するなどしていた。そして各国というか日本の環境省などはICPPのシナリオに沿った政策を次々と打ち出し、そもそも役所や権威にめっぽう弱く、批判精神にかけた日本の新聞テレビの科学記者たちはICPP=環境省のシナリオにそった記事ばかり書き、われわれ一般人のまちがった危機意識をあおってきた。その結果、温暖化対策に一世帯あたり年間20万円もの無駄金が投入される羽目におちいっているという。このあたりは読んでいて気持ちがいいぐらだ。
 また、温暖化が金科玉条のようになっているため、温暖化対策に寄与するような研究にしか政府の補助金がおりないシステムになっており、事実上、科学者たちも研究費獲得のために温暖化シナリオに沿った研究にばかりいそしんでいるとも批判する。つまり温暖化対策につかわれるカネが事実上の利権構造を生みだしており、原子力ムラみたいな状況になっているというのだ。
 面白いのは温暖化にここまで危機意識をいだいている無垢な先進国は日本だけだという指摘である。欧米各国ではある程度、科学界や国民意識にICPPの欺瞞がかなり共有されており、気候変動にたいする関心はきわめて低いらしい。それにはジャーナリズムの力もあっただろう。2009年にはICPPのまとめ役だった英国の研究所からメールが流出し、CO2元凶シナリオにそってデータを改ざんする科学者のやり取りが白日のもとにさらされる「クライメートゲート事件」が起きた。ところがこの事件、欧米では非常に話題になりCO2温暖化元凶説の神話を崩す要因になったが、どういうわけか日本ではほとんど話題にならなかったという。私もこんな面白い事件があったことを本書ではじめて知った。
 とまあ、暇にあかせてバーッと書いたが、私自身、温暖化はすすんでおり、その元凶はCO2だと思い込んでいたので、目が覚める思いだった。北極の氷が減少しているのも、ヒマラヤやグリーンランドの氷河が後退しているのもなんとなくCO2のせいだと思っていた。というか、正直にいえば、これまで温暖化の話にはあまり興味をもてないでいた。たぶん、それは、温暖化問題や環境問題など社会正義の実現に熱心な人ってなんとなく野暮にみえるし、一方で、みんながそうだと信じているCO2元凶説に意を唱えるのも空気が読めない感じがするので、処置に面倒くさい問題として無意識に放置していたのだと思う。要するに地球温暖化問題というのは深入りすると厄介でかっこうわるい話なので、まあとりあえずCO2が元凶ってことでいいんじゃないかなと野ざらしにしておいたわけだ。クライメートゲート事件を大きく報道しなかった日本のマスコミの深層心理も同じようなものだったのかもしれない。そして著者は空気を読んで気づかないうちにみんなで同じ方向を向いている、ものすごく日本っぽい現象を、まるで戦前の全体主義を見るようだとはげしく批判する。
 ところで、本書が指摘する通り本当に寒冷化にすすんだら、北極の氷が凍結して旅がやりなすくなるのだろうか。もしかしたら植村直己の時代にみたいにグリーンランド南部から旅を開始するなんてことが可能になるかも…。でもそのときには私自身、もう橇をひいて歩く体力は残っていないだろう。これは大変なことだ。あと十年ぐらいは極地に通う方策を考えないと…という危機意識を個人的にはもった。

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極夜の探検終了

2017年02月26日 10時05分56秒 | 探検・冒険
長らくブログを放置していたが、じつは昨年11月からグリーンランド・シオラパルクにわたり、この4年間準備をすすめてきた極夜の探検を実行していた。それが終わり、数日前に無事、人間界に帰還した。

村では何もする気が起きず、ただ飯を食ってゴロゴロしているだけの毎日だ。ブログの記事も書かなきゃ…と思いつつ面倒くさくて手をつける気がしないので、ひとまず関係者に送った報告文を転載してお茶を濁させていただきます。

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皆さま

新年、あけましておめでとうございます。角幡です。
この4年間準備をすすめてきた極夜の探検が終了し、昨日、シオラパルクの村に戻ってきました。皆さんには心配をおかけしました。


計画では北極海を目指してカナダに渡り、4月に帰村する予定でしたが、中間地点に設置していたデポがすべて野生動物に食い荒されており、残念ながら予定より一カ月ほど早い帰村となりました。

ただ、計画した通りにはいきませんでしたが、80日間の暗黒界の放浪はとんでもなく得難い経験になったと思います。最初の氷河での猛烈なブリザード、荒れ狂う海水を浴びてベーリング海のカニ漁船の船員みたいに氷漬けになった夜、地吹雪でテントが埋没する恐怖と闘いながらの必死の7時間ぶっ通しの除雪作業、冬至の新月期間という究極の暗黒空間における視界ゼロの無茶なナビゲーション、その末に発見した小屋への正解ルート、そしてデポが完全に破壊されたときの絶望。

極夜世界。そこには絶望しかありませんでした。その後、なんとか旅を維持するため月明かりを頼りに大型動物の狩りに挑みましたが、しかし、昔のイヌイットでも困難を極めた暗闇のなかで狩猟に私なんかの半端者がうまくいくわけもなく、最後は犬を食べることを前提に村への撤退を決意しました。その後の思わぬ展開、そして厳冬期のブリザード荒れ狂う地獄のような氷床越え。ウサギ、キツネなどを食いつなぎ、気がつくと2か月分しかない食料で80日間も極夜界を放浪していました。あまりの無茶苦茶な展開の末に見た地吹雪のなかの太陽は巨大な火の玉となってギラギラと燃えており、思わず感極まりました。最後はマジで結構やばかったです。やっぱり、ああいうところに一人で出かけてはいけませんね。

今回の極夜の計画は2015年のデポ設置の段階からやることなすことうまくいかず、まったく計画通りにいきませんでした。ほとんど呪われた企画だったといっていいと思います。しかし、デポが破壊されていたことで、ある意味、計画以上に極夜を深いところまで探検できたとも思います。ツアンポー以来のすごい旅だったなというのが率直な実感です。やっぱり旅は計画通りいかないほうが面白い。その意味での物語性は最高でした。今はさっさと日本に帰って家族と一緒に野沢温泉にでも行きたいなと思ってます。

今のところ帰国は3月初旬を予定しておりますが、せっかく4月末まで仕事をキャンセルしているので、執筆再開は4月になってからにしようかと思ってます。まあ3月一杯は家族とスキーをしたり、本を読んだりしてゴロゴロするつもりです。

極夜の間は、もう二度と極地にはこないぞと思っていましたが、今は次の探検の企画で頭がいっぱいです。

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とりあえずこんな感じの旅でした。。。

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『地図のない場所で眠りたい』文庫化

2016年10月14日 15時10分06秒 | お知らせ
高野さんとの対談本『地図のない場所で眠りたい』が文庫化されて今日発売です。装丁に使われているのは、シオラパルクの氷河のどんづまりにあるメーハン氷河途中のキャンプの写真で、背中をまるめたウヤミリックがうつってます。

地図のない場所で眠りたい (講談社文庫)
高野 秀行,角幡 唯介
講談社


改めて、ざっと目を通したが、この本、けっこう面白いかも……。こうした対談本はライターがまとめるので、自分が書くわけではない。単行本のときには「高野さんとの対談の本、面白かったです」とよく言われたが、べつに自分の文章が褒められているわけではなく、まとめてくれた森山さん(探検部の先輩で高野さんの後輩)がうまいだけで、正直、全然うれしくなかった。どうせ褒めるんならアグルーカとか漂流を褒めて欲しいのだが……。しかし、文庫本に目を通すと、たしかに面白い。対談本でもかまわないので、高野さん人気にあやかって重版してほしい。

なお『探検家40歳の事情』のほうは21日発売。

探検家、40歳の事情
角幡 唯介
文藝春秋


まだアマゾンのサイトにはカバーがでていないが、クレアトラベラーの連載でイラストを描いてくださっている下田昌克さんが装画してくれた。こちらもウヤミリックがどーんと座った絵である。今気づいたけど、ウヤミリックが立て続けに本のカバーに使われていたんだな。ちなみに昨日、シオラパルクの住人で電話したら「クンミ・ナウマット(犬は大丈夫)」と言っていたので、無事、生きているらしい。

ついでに『漂流』のほうは新聞雑誌のメディアで取り上げられまくっている。今のところ書評は読売新聞、日経新聞、共同通信、北海道新聞、週刊新潮、週刊現代、週刊朝日、SAPIO、著者インタビューを受けたのは朝日新聞、文藝春秋、中央公論、アサヒ芸能。ラジオも東京FMのブルーオーシャン、TBSラジオの荻上チキのセッション22に出演。今後も某紙で書評掲載の予定ありと聞いている。こんなに書評が掲載された本は初めてだけど、まだ重版しない。なぜだろう。

ウェブ上で読める書評。
日経 http://style.nikkei.com/article/DGXKZO08171790Y6A001C1MY6001?channel=DF130120166021
読売 http://www.yomiuri.co.jp/life/book/review/20161003-OYT8T50058.html
北海道新聞 http://dd.hokkaido-np.co.jp/cont/books/2-0084443.html?page=2016-09-25
週刊朝日 http://book.asahi.com/reviews/column/2016093000002.html
朝日新聞著者インタビュー http://book.asahi.com/booknews/update/2016091600004.html




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『探検家、40歳の事情』発売記念トークイベント

2016年10月04日 23時26分28秒 | お知らせ
今年、3発目の単行本となる『探検家、40歳の事情』が21日に文藝春秋より発売となります。ゴリゴリの本格ノンフィクションである『漂流』とは全然ちがった、探検のこぼれ話をあつめた肩の凝らないエッセイ集です。前作の初エッセイ集『探検家、36歳の憂鬱』から四年たち、結婚し、子供が生まれたことから私の日常生活は激変しました。40歳という家族をかかえた、いい中年男が探検に出る以上、当然、探検の現場でもちょくちょく妻との絡みがあるわけで、そのへんの現在の私の事情がひょっこりと顔を出すような話にまとめています。「人間とイヌ」という一篇がすこしシリアスですが、あとはまじめな話はありません。カクハタ、あほだなあ~と笑って読んでいただければ本望です。あなたはどの話のオチが好きですか?

さて、本書の発売を記念して21日に東京の八重洲ブックセンターでトークイベントを開きます。昨年のグリーンランドの旅を話を写真や動画をまじえながら語ろうと思います。また、出発が今月30日にせまった極夜探検の計画についても話す予定です。ご興味のある方はぜひご参加ください。なお書店での発売記念イベントということで、サインは同書店で購入いただいた本限定ということのようなので、あらかじめご了承ください。

以下はイベントの告知内容です。

角幡唯介さん 『探検家、40歳の事情』(文藝春秋刊)刊行記念トーク&サイン会
日時:10月21日(金)19時~
会場:八重洲ブックセンター本館8Fギャラリー
定員:80名(要予約/申し込み先着順)
申込み方法:八重洲ブックセンター1Fカウンターにて申込みいただくか、お電話にて承ります。☎03-3281-8201
備考:サインは当日八重洲ブックセンターにてお買い上げの本のみに限らせていただきます。


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テラー号発見のビックリポン

2016年09月18日 22時40分04秒 | 雑記
先日、ナショナルジオグラフィックのサイトで、フランクリン隊の沈没船テラー号が発見されたとのニュースが報じられた。
http://linkis.com/nikkeibp.co.jp/EfKjR
2014年に同じパークスカナダの調査隊が、フランクリン隊のもう一隻のエレバス号を発見したが、今回のテラー号発見は前回のエレバス号を十倍上回る驚きだった。

拙著『アグルーカの行方』を読んでいない不幸な方々のために説明すると、フランクリン隊とは19世紀に幻の北西航路を発見するためにカナダ北極圏にむかった英国の探検隊で、テラー号とエレバス号という軍艦2隻でむかった。しかし船はキングウイリアム島近辺で氷に前進をはばまれ、129人の男たちは全員、同島近辺で全滅。その後、イヌイットの証言を聞いた捜索隊が同島周辺で彼らの遺骨やメモを発見して遭難が判明したが、船も記録類ものこっていなかったので、彼らは遭難した理由は何もわからず、極地探検史上、最大の謎のひとつとされてきた。

パークスカナダは何年も前からこのフランクリン隊の沈没船を捜索をつづけ、2014年にエレバス号、今回、テラー号と二隻とも発見したというわけだ。ちなみに『アグルーカ』は私と荻田君がこのフランクリン隊の探検ルートをなぞるように1600キロの徒歩旅行をしたときの旅の記録で、われわれの冒険の模様とフランクリン隊の謎をからめるように仕立てたノンフィクションである(面白いので未読の人は読んでください)。

さて、今回のニュースで私が驚いたのはテラー号が見つかったテラー湾という場所だ。テラー湾というのはキングウイリアム島の南西部にある湾である(テラー湾という名称自体、テラー号にちなんで名づけられており、その時点でなにか宿命を感じる)。なぜこの場所が驚きかと言うと、まず、フランクリン隊の唯一にして最大の物証とされる副官クロージャーがのこしていたメモ内容との絡みである。

船が氷にはばまれて前進できなくなったフランクリン隊の男たちは船をその場にのこして島に上陸。フランクリン隊長はすでに死亡していたため、副官クロージャーは生き残った男たちを率いて南下を開始し、キングウイリアム島北部のビクトリー岬につぎのようなメモを残していた。

1848年4月25日付
テラー号とエレバス号は1846年9月12日以来氷に囲まれ、4月22日、ここより北北西24キロのところで放棄されることとなった。105人からなる士官と乗組員はF・R・M・クロージャー大佐の指揮のもと、ここ北緯69度37分42秒、西経98度41秒の地点に上陸した。(中略)ジョン・フランクリン卿は1847年6月11日に死亡した。この探検における死者数は今日までに士官が9人、乗組員が15人。
ジェームズ・フィッツジェームズ大佐 エレバス号
F・R・M・クロージャー大佐兼筆頭士官
明日26日より、バックのフィッシュ川を目指す。

このメモを手がかりにすると、フランクリン隊の二隻の船はメモのあったビクトリー岬より北北西24キロの海上に放棄されたことになる。しかし2014年に見つかったエレバス号も、今回のテラー号もビクトリー岬よりはるかに南の海上で見つかっている。

ただ、前回のエレバス号発見のときは、ある程度予想通りだった。というのも、当時のイヌイットの証言のなかには、フランクリン隊の船の一隻がキングウイリアム島の南のオーレイリー諸島まで流れ着き、その船から北米大陸に隊員の足跡がのびていたという話がのこっていたからだ。つまりビクトリー岬に上陸した男たちのなかには船に戻った男がいて、彼らはオーレイリー諸島付近まで一隻の船を操縦して、そこで船を捨てたらしいと考えられていたわけだ。イヌイットの口承のなかにはこの船に乗り込んだ話も伝わっていて、船内には足の大きな男の遺体や缶詰などが残されていたという。また船はイヌイットたちが金属や木材を入手するため穴を開け、沈没させてしまったとも伝えられている。そして、これらイヌイットの口承を裏付けるように、2014年、エレバス号がこのオーレイリー諸島付近で見つかった。

しかし今回、テラー号もまたビクトリー岬よりはるかに南のテラー湾で発見された。これはどう解釈したらいいのだろう。確実なのは隊員たちはテラー号にも再乗船して、テラー湾まで船を運んできたということだ。だとすると、ビクトリー岬のメモに書かれていた、二隻とも氷に囲まれたので船を捨ててバックのフィッシュ川(これは現在の北米大陸をながれるバック川のこと)との行動計画は取りやめになり、全員で船にもどって何か別の行動を起こしていたということになる。だとすると今回の発見の意味は重大だ。これまでフランクリン隊に遭難に関しては、このビクトリー岬のメモがにもとづいて推理がなされ、物語がつむがれてきた。しかし今回のテラー号発見でその前提が崩れたことになり、史実が書き換えられることになりそうだ。

今回テラー号が発見されたテラー湾というのは、じつは大規模なカニバリズムがあった場所でもある。フランクリン隊はテラー湾に大規模なキャンプ地をつくっていたようで、彼らの遭難後に訪れたイヌイットのよって隊員たちの切断された手足や骨が発見された地でもあるのだ。

いったいどういうことだろう? クロージャー率いる生き残った男たちは、ビクトリー岬から船に再乗船してキングウイリアム島を西から回りこみ、エレバス号はオーレイリー諸島に流れ着き、もう一隻のテラー号はキングウイリアム島と北米大陸の間の海峡に入りこんだ。そしてテラー湾で停泊してキャンプ地を設けたが、その場で何人もの隊員が死亡し、飢えた男たちが遺体に手をつけたということだろうか。あるいはメモが残された1848年は結局、島に残ってテラー湾で越冬し、その最中に多くの隊員が死んだということだろうか?

さらにこの記事なかで最大の驚きは、テラー号のマストがテラー湾の海の中から突きだしたままになっていたという話だ。はっきり言ってマジかよ、という思いだ。しかも調査に訪れた考古学者はわずか二時間でマストを発見したとも書かれている。160年以上にわたってマストが突き出たままだったというのは本当なのだろうか。イヌイットの口承にはカニバリズムについての詳細な証言は残っているものの、テラー湾に船が浮かんでいたという話は伝わっていない。またテラー湾は、彼らの遭難の後、フランクリン隊の捜索隊が何隊も訪れた場所だが、船についてはまったく発見されなかった。そしてそれ以上に私自身、2011年にアグルーカの旅をしたときにこのテラー湾のど真ん中を横切っているのだ。

もしかしたらどこかにマストが突きだしていたのを見逃していたのか? 世紀の大発見を逃した気分だ。







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名古屋でイベントのお知らせ

2016年09月16日 22時25分07秒 | お知らせ
10月6日に名古屋でイベントを開きます。『漂流』絡みのものではなく、北極の話です。昨年のグリーンランドの話を中心に、今年の計画などを話そうかと思っています。今年は10月30日に日本を出発し、11月からいよいよ極夜探検の予定です。この5年間の総決算。というか探検家人生最大の旅のつもりです。まだかなり残席があるようなので、ご都合のつく方はぜひご来場ください。

以下、主催者から送られてきた告知内容です。

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極夜という空白部を旅する。

この冬、極夜という太陽が昇らない北極圏を数ヶ月にわたって一頭の犬とともに旅をする角幡唯介さんをお迎えして、名古屋で初めてのトークイベントを開催します。
主催者 朝日陽子

日時:2016年10月6日(木曜日)
19:00〜20:30(開場18:30)
開場:ウインクあいち 愛知産業労働センター9階 905号室 (名古屋駅より徒歩5分)
定員:35名(要予約)
予約方法:氏名、電話番号、参加人数を記入の上、メールにてご連絡ください。(返信メールが拒否される場合があります。返信メールが受け取れるように設定の変更をお願いいたします。)

noboruhito.peoplewhoclimb@gmail.com

参加費:2000円

詳しくは、Facebookページ「登る人」にて随時更新いたします。下記アドレスから、どなたでもご覧いただけます。
http://www.facebook.com/noboruhito

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なお、18日のデサントでおこなう『漂流』のイベントもまだ余裕があるようです。詳しくはデサントのページへ。
http://www.descente.jp/shoptokyo/event67/

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重版しないかな~

2016年09月12日 09時18分06秒 | 雑記
中井にある「伊野尾書店」店長の伊野尾宏之さんが『漂流』のオリジナルポスターを作ってくれて、先日のラカグのイベントに持ってきてくれた。非常にうれしかったので昨日、家族でお店を訪問したが、残念ながら店長は不在。店員さんにあいさつして、せっかくなのでケヴィン・ケリーの『〈インターネット〉の次に来るもの』と『サピエンス全史』、あと子供の写真絵本を購入して帰宅した。ポスターはしっかりとお店に掲示されており、『漂流』も堂々と平積みされていた。ありがとうございます!

伊野尾さんはブログでも『漂流』のことを紹介してくれている。
http://inoo.cocolog-nifty.com/news/2016/09/post-6caf.html

冒頭、本の雑誌の杉江さんとこの本について語り合うシーンからはじまっており、二人とも「この本が売れなかったら、もうダメだ」という点で意見が一致したとの内容だ。『漂流』のことを非常に熱く書いてくださり、とても感激した。感激したのだが、しかし、この本ってそんなに売れなさそうな雰囲気を醸し出しているのだろうか……とも思ってしまった。

というか、出版社の営業担当と本屋の主人がそう言っているということは、すでに売れていないということなのだろうか……。

ほかにもツイッターでのつぶやきを見ていると、無明舎出版という秋田の出版社さんがこんな感想をかき込んでいて、やはりうれしかったが、やはり気にもなった。

〈久々に本格的ノンフィクション作品を読ませてもらって満腹感が残っている。これだけの長期取材をし、何度も沖縄や海外を訪ねていると、1900円のこの本が何冊売れれば元が取れるだろうか。〉

すでに赤字ライン前提で語られている感じである。この本、そんなに売れなさそうに見えるのだろうか? 

たしかに人の関心を引きそうなテーマではないうえ、文字のフォントも小さく、ぎっしりと詰まっており、430pもの厚さがある。それに私自身、読者の共感を誘うような書き方があまり好きではないので、この本の読後感も爽快なカタルシスを得られるようなものにはしていない(というか内容的に無理なのだが)。なので、売れるような本ではないと自覚していたが、しかし中身の深さには圧倒的な手応えがあったので、なんだかわけのわからないすごい本があるという評判が広がって、もしかしたら重版するかもという期待もあった。しかしこれら本を売る人たちの「面白いけど売れなさそ~」という率直なご意見をたまわっていると、やはり厳しいか……と感じてしまう。

この本で重版できなかったらショックだなぁ。そういえば重版って言葉、もう何年聞いていないだろうか……。最後に重版したのはアグルーカの文庫だったか、なんだったか。いや、アグルーカは単行本は重版したけど、文庫はしていないんだっけ? もう忘れてしまった。

追記 そういえば新潮社の波に掲載した小野正嗣さんとの対談がネットにアップされていた。『漂流』の狙いがよくわかるので、ぜひご一読を。
http://www.shincho-live.jp/ebook/nami/2016/09/201609_14.php

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チケット完売。18日にも別のイベントあります

2016年09月05日 21時01分17秒 | お知らせ
9日に新潮社のラカグでやるイベントですが、なんと、なーんと、90席すべてが完売したとのこ。

ビックリポンとはこのことである。

参加費2000円なので、まあ、せいぜい30~40人というところかなぁと思っていたのだが、90席とは前代未聞の人数である。アマゾンで頓珍漢なレビューがあがっていて頭にきたが、自分としは『アグルーカ』を上回る深いテーマで書けたと思っているので、この作品に込めた熱気が伝わったのかと思うと率直に嬉しい。この前、担当の今泉さんと何を話したらいいですかねぇと相談したところ、完全にまな板のコイでいいんじゃないですかと言われたので、進行は藤原さんにお任せして、聞かれたことに素直に答えることにしよう。

さて、このイベントに参加できなかった人のために朗報です。18日にまた『漂流』絡みでトークショーを開きます。聞き手はライターの川内イオさん。こちらも取材中の裏話や苦労話、この作品に込めた思いなどを語りたいと思います。

以下、告知です。

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〈探検家・角幡唯介さんトークイベント「『漂流』で描きたかったこと、描かかなったこと〉


今年8月、ある漁師の波乱に満ちた人生を中心に、海洋民の生き様を描いた渾身の長編ノンフィクション『漂流』を発売した探検家、作家の角幡唯介さんのトークイベントです。

角幡さんは探検家、ノンフィクション作家として『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(開高健ノンフィクション賞などを受賞)でチベットの前人未到の秘境を単独で調査し、『雪男は向こうからやってきた』(新田次郎文学賞受賞)ではヒマラヤで雪男を捜索するなど常に未知の世界に挑んできました。

自らの足で北極1600キロを踏破した『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞を受賞した後、4年ぶりとなる本格ノンフィクションとなるのが、初めて海をテーマにした『漂流』です。今回の主人公は、かつて37日間も太平洋を漂流し、奇跡の生還を遂げた沖縄のマグロ漁師です。

沖縄、グアム、パラオ、フィリピンなどで現地取材を重ねた角幡さんに、普段はなかなか知ることができない本に書かれなかったエピソードや取材の裏話についてお話して頂きます。取材時に撮影した動画も公開されるかも!?
『漂流』を掘り下げながら、角幡さんの探検家としての人生にも触れられる90分!
この機会にぜひ!

<日時>
2016年9月18日(日)16:00~17:30(15時30分開場)

<入場料>
1,000円(前売券)
1,200円(当日券)

<会場>
DESCENTE SHOP TOKYO BOOKS

※原宿駅の目の前です。
http://www.descente.jp/shoptokyo/access/
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南会津漂泊

2016年08月31日 21時26分44秒 | クライミング
29日に南会津の漂泊登山から下山して東京に戻ってきた。

今年の八月は台風が四発も日本に上陸。五十四年ぶりのことだったらしい。おかげで今回の漂泊登山はすっかり台風に翻弄された。8月16日に出発する予定だったが、まず台風7号がちょうどそのタイミングで襲来してきたので二日延期。18日に東京を出発して只見から入山したが、何日かして白戸川を遡行しているところで台風九号が直撃した。

沢は地形的にも密生する樹木によっても風が殺される。落石、増水、斜面崩壊の危険がないところを選べば、台風直撃といっても雨以外の不安はあまり感じない。だが、その雨がすさまじい。雨そのものに殺されるんじゃないかと少し不安になるぐらいの降りが半日つづいた。その後も天気は不安定な状態がつづき、塩の岐沢を越えたあたりで、今度は非常に強い台風10号が上陸する恐れがあるとの情報をラジオでキャッチ。そのままのペースで最終目的地である会津駒ヶ岳を目指した場合、ちょうどその登路となる御神楽沢でドンピシャで直撃するらしい。一度の山行で二度も台風直撃する人間なんて、聞いたことがない。さすがに二回目はちょっと勘弁だなぁと思い、やむなく漂泊を中止して登山に専念し、それまでに二倍のペースでシャカリキになって沢を上り下りして、暴風圏内に入る直前に会津駒ヶ岳に無理やり登頂して29日に下山してきた。


岩魚七匹、コメ二合完食


巨大ナメクジ君も来訪


ちなみに今回のルートをざっと紹介すると、以下のようなものになる。

小戸沢西の沢~白戸川メルガ股沢~丸山岳~大幽東の沢下降~広河原沢~倉谷沢~塩の岐沢~小手沢源流~安越又沢西沢~ミチギノ沢~御神楽沢~会津駒ヶ岳

やや強引な感じではあるが、南会津を東西南北に漂泊的に渉猟した。歩きの沢が多く、岩魚はうようよしており、南会津は漂白するには最高のエリアだ。十五日間ほどの予定だったが、最後は台風10号から逃げるように駆け上ったので、結局12日間で終わってしまった。あと二、三日のんびりとできればより最高だったのだが。あと面積的にやっぱり少し狭いので、田野倉ダムがなければもっと最高である。

ところで沢登りとは人間と山との間で交わされるセックスのことである。そもそも山の裂け目から液体がダラダラと漏れ出てくるという地形的特徴だけ見ても、沢は容易に女性器を連想させる。そして、そのことを今回ほど強く感じた山行はなかった。というのも最後に登った御神楽沢がなんとも女性的で、どこか官能的な沢だったからだ。柔らかく包容力のある森のなかからあふれ出てくるような蜜のような水の流れは、幼少期にあたえられた母乳のような温かみがあった。台風10号接近のニュースをきいたときは、会津駒をやめて途中の山から集落に下りてしまおうかと考えたが、モチベーションを立て直してなんとか御神楽沢を登れて、本当によかったと思う。


往年のキム・ベイシンガーの瞳だってこれほど青く澄んではいなかった。


透明な水のあふれ出す裂け目をたどり、沢の襞の内奥に入りこんでいった先にある御神楽沢の観音様

この沢の官能性について、今度のビーパルの連載にでも書いてみようかなと思っている。

さて、漂泊は終わりましたが、『漂流』の発売ははじまったばかりです。昨日、今日と池袋、神保町方面に出向き本屋をチェックしてきたが、なかなかのいい扱いを受けていて、ちょっと満足した。本屋に行って自分の新刊本の扱いが悪いと、本当にその本屋のことが嫌いになるからなぁ。

漂流
角幡 唯介
新潮社

過去最高の傑作






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『漂流』25日発売!

2016年08月17日 21時37分51秒 | お知らせ
『漂流』の発売がいよいよ迫ってきた。発売は25日。見本は19日に出るということで、本の出来栄えが非常に楽しみだ。なにしろ私としては『アグルーカ』以来、四年ぶりの本格的ノンフィクション。この四年間というもの、冬や極夜の探検、夏はこの『漂流』取材にすべての時間を割いてきただけに、非常に力の入った作品なのだ。

……なのだが、しかし、残念ながら私は明日から南会津へ長期の漂泊登山へ出かけるので、見本をみることができない。版元の編集者も営業担当も非常に力を入れてくれているので、大変、申し訳ないし、カバーもかっこいい出来栄えなので、私自身、できれば見本の完成を見届けてから山へ……と思っていたのだが、こればっかりはもう、天気の状態とか今後の予定とかもあるので、明日出発しないと私のなかでは間に合わない状況となってしまっているのだ。

ということで山優先。無念であるが、行けるときに行っておかないと山は逃げるから、しょうがない。

下山予定は9月頭。その頃には本屋に並んでいるだろう。大きなスペースが確保されていることを期待して、下山したいと思います。

さて、先日も告知しましたが、その『漂流』の発売にあわせたイベントが新潮社のイベントスペースで開かれます。まだ席に余裕があるようなので、興味のある方はぜひ参加してください。以下、イベント情報を再掲します。


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角幡唯介「はじめての海洋ノンフィクションを、僕はこう書きました」

『漂流』刊行記念トーク(聞き手:藤原章生)

2016/9/9(金) 19:00~2016/9/9(金) 20:30
イベント受付開始時間 2016/9/9(金) 18:30~

la kagu(ラカグ)2F レクチャースペースsoko
東京都新宿区矢来町67

チケット2000円

チケット販売はこちら http://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/015hfpyatsqt.html#detail

『空白の五マイル チベット、世界最大のツァンポー峡谷に挑む』で、開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞、梅棹忠夫・山と探検文学賞の3冠を取り、一躍注目の書き手となった探検家の角幡唯介さん。その後も、『雪男は向こうからやってきた』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)と、自ら体験し取材するスタイルで、独自のノンフィクションを世に送り出してきました。

 最新作『漂流』で、角幡さんは新境地に挑みます。舞台は沖縄を中心とした南太平洋の漁場、しかも、今回は自身の体験ではなく、沖縄の漁師の人生を追った作品です。海、暖かい地域(南方)、他者の人生ーーー今までにない形の作品といえます。あらすじはこうです。

1994年冬、沖縄県伊良部島・佐良浜のマグロ漁師・本村実さんは、フィリピン人らと共に救命筏で37日間の漂流の後、「奇跡の生還」を遂げます。しかし8年後、本村さんは再び出航し二度と戻ることはありませんでした。九死に一生を得たにもかかわらず、彼を再び海に向かわせたものは何だったのか.....?

 沖縄、グアム、パラオ、フィリピンなどで家族や関係者の話を聞き、漁師の生き様を追った渾身の長編ノンフィクション『漂流』。この刊行を記念して、トークイベントを開催します。

 聞き手は毎日新聞編集委員の藤原章生さんです。

 ところで、藤原さんと角幡さんには、いくつかの共通項があります。新聞記者である(だった)こと、開高健賞受賞者であること、山好きなこと、山で命を落としかけた経験があること.....。ご自身もノンフィクション作家としていくつもの作品を上梓している藤原さんが、インタビュアーとして角幡さんの創作の舞台裏に迫ります。

・当日会場で書籍『漂流』をお買い求めくださった方を対象に、終演後、角幡唯介さんのサイン会を行います。また、藤原章生さんの著作も会場で販売いたします。


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プロフィール

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
探検家・ノンフィクション作家。1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学政経学部卒、同大学探検部OB。2003年、朝日新聞社入社、08年退社。著書に『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(開高健ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞など)、『雪男は向こうからやって来た』(新田次郎文学賞)、『アグルーカの行方』(講談社ノンフィクション賞)、『探検家、36歳の憂鬱』、『探検家の日々本本』(毎日出版文化賞)など。近著に『旅人の表現術』。

藤原章生(ふじわら・あきお)
毎日新聞編集委員・ノンフィクション作家。1961年福島県常磐市(現いわき市)生まれ。北海道大学工学部卒業、住友金属鉱山に入社。1989年毎日新聞記者に転じる。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマ特派員、郡山支局長などを経て現職。著書に『絵はがきにされた少年』(開高健ノンフィクション賞)、『資本主義の「終わりの始まり」』、『世界はフラットにもの悲しくて』『湯川博士、原爆投下を知っていたのですか―“最後の弟子”森一久の被爆と原子力人生―』など。

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ご購入いただいたチケットの、取替・変更・キャンセルはできません。ご了承ください。
開場は開演の30分前です。

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惜別千代の富士

2016年08月02日 07時56分59秒 | 雑記
千代の富士が亡くなった。大鵬や北の湖がなくなったときはさほど思うところもなかったが、千代の富士はわたしが小さい頃に相撲をみはじめたときの大横綱だったから、ちょっとしんみりするものがある。

もともと一番力をもったもの、もっとも強いものに生来嫌悪感をかんじる傾向のあるわたしは、小さい頃から巨人と自民党と千代の富士が大嫌いだった。今となっては野球に関心がなくなったので巨人はどうでもいい。自民党にかんしては今でも、世界で一番嫌いな人間が安倍晋三で二番目が高村正彦で三番目が麻生太郎というぐらい大嫌いな組織で、自民党の独裁傾向、および自民党の独裁傾向にさして抵抗を示すことなく流されゆく人々の腰砕け的傾向にたいしては、私なりのやり方で(誰にも気づかれないやり方で)別の価値観を提示したいと思っている(冒険とはじつはきわめて政治的営為なのだ)。しかし千代の富士は個人でつよくなった人物だけに(昔から八百長疑惑を囁かれた力士ではあったが、それもふくめて)巨人と自民党とはまったく別の敬意をおぼえる。

わたしが相撲をみはじめたのはたしか小学校一、二年で、そのときは北の湖がすでに晩年にはいっておりほとんど優勝争いに絡むことがなくなっていた。二代目若乃花の記憶はない。千代の富士はちょうど横綱にかけあがりこれから全盛期という時期で、彼に真っ向勝負で勝てるのは横綱隆の里(稀勢の里の師匠)だけだった。ウルフとよばれた千代の富士とポパイとよばれた隆の里ががっぷりよつに組み、怪力でまさる隆の里がつりあげて土俵の外にはこびだす姿をみて、幼いながら権力をうちやぶるのにちかい爽快感にひたったものだった。

かんがえてみると北の湖もいないし、隆の里もすでに鬼籍にはいっている。あの頃、大関で私が応援していた北天佑もだいぶ前になくなったし、生き残っているのは琴風と若島津と朝潮だけか。そのあと、双羽黒(プロレスラーになった北尾)や北勝海(千代の富士の弟弟子で現理事長の八角親方)や大乃国(ガチンコとスイーツ好きで知られる力士)が横綱になり、小錦が大関になり、旭富士や霧島がつづくのだが、あの頃の相撲は今とちがって動きがはげしくて本当に面白かった。今の相撲はデブとデブがぶつかり合って転びあうスポーツにしかみえなくなった。

力士は寿命が短い。酒の飲みすぎだろうか。

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