昔の話を読んでも何の得にもなりませんが、僕が子供の頃の話をしてみたいと思います。
昭和三十年の前半頃は、アイスキャンディ屋さんが、自転車の荷台にアイスボックスを乗せ、チリンチリンと涼しげな鈴を鳴らして売りに来ました。
当時は、アイスキャンディは一本五円でした。
あんパンは10円、ラーメンは一杯50円、子供の電車の初乗り料金は5円、風船ガムは5円でした。
また、田舎の子供のおやつは店で買ったモノは殆んど無く、母親が作ってくれた蒸しパンやお焼き、牛乳は高級品でしたからヤギの乳(香ばしくて好きだった)、肉は家で飼っていた鶏やウサギの肉でしたので、豚肉はカレーに入っていた細切れ肉、牛肉は食べた事がありませんでした。
味噌やウドンは家で作ったモノを食べたし、きな粉は石臼で挽いて食べました。
水泳は褌でしたし、スケートは下駄スケート、オモチャは殆んど買って貰えなかったので、ゴム鉄砲や弓や刀やパチンコ等は自分達で作りました。
川原では泳いだり、飯盒炊飯をしたり、魚を捕ったりしたし、山では秘密基地を作ったり、栗やアケビを採ったり出来る、自然の遊園地でした。
遊んでいてお腹が空くと、道端に生えている草を食べて、腹の足しにもしていました。(昔の子供は食べれる草を知っていた)
昭和三十年の前半頃は、アイスキャンディ屋さんが、自転車の荷台にアイスボックスを乗せ、チリンチリンと涼しげな鈴を鳴らして売りに来ました。
当時は、アイスキャンディは一本五円でした。
あんパンは10円、ラーメンは一杯50円、子供の電車の初乗り料金は5円、風船ガムは5円でした。
また、田舎の子供のおやつは店で買ったモノは殆んど無く、母親が作ってくれた蒸しパンやお焼き、牛乳は高級品でしたからヤギの乳(香ばしくて好きだった)、肉は家で飼っていた鶏やウサギの肉でしたので、豚肉はカレーに入っていた細切れ肉、牛肉は食べた事がありませんでした。
味噌やウドンは家で作ったモノを食べたし、きな粉は石臼で挽いて食べました。
水泳は褌でしたし、スケートは下駄スケート、オモチャは殆んど買って貰えなかったので、ゴム鉄砲や弓や刀やパチンコ等は自分達で作りました。
川原では泳いだり、飯盒炊飯をしたり、魚を捕ったりしたし、山では秘密基地を作ったり、栗やアケビを採ったり出来る、自然の遊園地でした。
遊んでいてお腹が空くと、道端に生えている草を食べて、腹の足しにもしていました。(昔の子供は食べれる草を知っていた)