壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

自然と一体の境地

2009年06月01日 20時28分28秒 | Weblog
        田一枚植ゑて立ち去る柳かな     芭 蕉

 『おくのほそ道』本文には、殺生石の記事につづけて、
   「又清水流るるの柳は、芦野の里にありて、田の畔(くろ)に残る。
    此の所の郡守、故戸部某(こほうなにがし)の、『此の柳見せばや』
    など、折々にの給ひきこえ給ふを、いづくのほどにやと思ひしを、
    けふ、この柳のかげにこそ、立ち寄り侍りつれ」
 とあって、この句を掲げる。
 したがって、この句の柳は、西行が、
        道のべに 清水流るる 柳かげ
          しばしとてこそ 立ちどまりつれ  (『新古今集』)
 と詠んだと伝え、謡曲の『遊行柳』にも出てくる、歌枕としての柳である。

 この句は、『おくのほそ道』の門出の所に掲げられている句「行く春や鳥啼き魚の目は泪」と同様、旅中でなく、『おくのほそ道』執筆時に作られたと思われる。
 また、「田一枚植ゑて立ち去る」は、その行為の主体をどうとるかをめぐって、いろいろな説がある。
 俳句実作者としては、「植ゑて」は早乙女、「立ち去る」は芭蕉ととりたい。また、「立ち去る」のも早乙女と解したのでは、この句の主体的感動が生きてこない。

 自分の敬慕している西行が、あの有名な歌を詠んだ柳がこれかと、木陰に立って物思いにふけっていた。その歌のごとく、「しばしとてこそ立ちどまりつれ」という気持ちでいたのに、思わず長い時間が経過していたという驚きである。
 発想の契機として西行の歌があることはもちろんだが、眼前の早乙女の営みによって、具象化された時間として把握されたところに、俳諧の味が生きてくるのである。
 田を植えているのは早乙女であるが、それを自分が見ており、その景の中に我を忘れて時を過ごしていた気持から言えば、自も他もない境地であり、いわば自分自身が田を植えて立ち去るという気持になることも、決して不自然ではない。
 早乙女もなく、自己もなく、田を植えるという働きそのものが直に感じられているわけで、そうした感合滲透に達した境地にあって、「田一枚植ゑて立ち去る」という自他合一の発想がなされているのである。
 自他合一、つまり、自然と一体の境地になれたとき、名句が生まれるようである。
 季語は「田植う」で夏。「柳」は春の季語であるが、ここでは季語としては働かない。

    西行法師があの「道のべに清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまり
   つれ」の歌を詠まれた柳の蔭に、念願かなって今日、自分も立ち寄ること
   ができた。ほんの「しばし」と思って佇んでいるうちに、ふと気がついて
   みると、早乙女が、あたりの田を一枚植え終えてしまっていた。
    柳になお心惹かれるものがあるのだが、今は思い切りをつけて立ち去る
   ことである。


      万緑やストレスはみな木の中へ     季 己