壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

春雨

2009年03月04日 22時36分49秒 | Weblog
 画家だけあって、蕪村という俳人は、実にきれいな句を作る人である。

        春雨や小磯の小貝ぬるるほど     蕪 村

 しとしとと降りそそぐ春雨に濡れるその貝殻は、きっと薄紅色に透き通るような桜貝であろう。
 真白な砂浜に、寄せては返す、静かな春の海の潮の青さ。それに淡い紅色の貝の色と、いずれも淡い三色の取り合わせを、さらにしっとりと落ち着かせるような春の雨の糸筋。
 蕪村の句は、まったく蕪村の絵そのままのようである。

        いつ濡れし松の根方ぞ春しぐれ     万太郎

 たちまちに降り、たちまちに晴れ、また降ってくる春の雨を「春しぐれ」という。時雨(しぐれ)は冬に多いが、春に降るしぐれは、明るく、あたたかく、やわらかい感じがする。
 冬の時雨のように、思いもかけぬときに、ぽつりぽつりと降り始めて、降りみ降らずみといった天気を繰りかえす。だが、冬の時雨とは違って、春の時雨は、濡れるのを厭うほどのものではない。

 芸妓梅松に寄添われ、「春雨じゃ、濡れてまいろう」と寂しく微笑む美剣士・月形半平太。切った張ったの血なまぐさい修羅場に明け暮れる、幕末維新の志士も、ついこのようなしゃれた気持ちになったのであろう。
 春雨には、そんな風情がある。


      雲をどるまるいまあるい春の丘     季 己