鞍壺に小坊主乗るや大根引 芭 蕉
この句、「大根引といふ事を」という前書きがある。「大根引」は、ふつう俳句では「だいこひき」と五音で読む。
「百姓が、大根引に没頭している傍らには、抜き取った大根を括り付けて帰る馬が、繋ぎとめられている。見ると、その鞍壺には、いがぐり頭の男の子がちょこんと乗って、ひとりの時をのびのびと遊んでいるよ」の意。
『三冊子』に、「『乗るや大根引』と小坊主のよく目に立つ所、句作りありとなり」と見え、鞍上の男の子に焦点を定めて、大根引の情景をとらえたその発想に、工夫の存したものであることを伝える。
逆に、鑑賞する立場からみれば、「や・かな・けり」など、切れ字のある部分に句の中心(焦点)があるということだ。つまり、作者の興味は、季語である大根引よりも、親から解放されて、ひとりの時をのびのびと遊ぶ小坊主のほうにあるのだ。
もし、「小坊主乗せて」としたら、眼目は、下五の大根引になり、芭蕉の当初の意図から、ずれたものになってしまう。
「小坊主乗るや」には、俳諧のユーモアが感じられる。
『去来抄』には、この句の世界を絵画に喩えて説明した去来のことばがあり、この句の素材・構図の新しみをたたえた上で、「大根引の傍ら、草食む馬の首うちさげたらん、鞍壺に小坊主のちょっこりと乗りたる図」と述べている。
心の動きが露わに表に出ることを抑え、対象を静かな眼で生かすようになってきている点が注目される。芭蕉の、「軽み」の工夫の一つの実践がそこに見られる。
大根を引くのは、十一月の末から十二月へかけてである。このころが、秋大根の収穫時期で、葉をつかんで引っぱれば、長大な大根が土から抜けてくる。大根引の名あるゆえんである。
たらたらと日が真赤ぞよ大根引 茅 舎
傷つきやすい、大根の真白な肌をいためぬためにも、霜に凍てついた土を避けて、大根引は、暖かな天候の日を選んでする。
島大根引くや背に降る熱き火山灰(よな) 護
練馬・宮重・方領・美濃早生・田辺・守口・桜島・聖護院などと、秋大根の種類は数多い。太くて丸い桜島大根や聖護院大根、反対に細くて長い守口大根は別として、たいていは、大根足と失礼な喩えに使われるように、太くて長いものである。
荻窪の大根引くにたわいなし 照 子
近頃は、すっかり市街地になってしまったが、長さ60センチにも及ぶ練馬大根は、火山灰地に育ったもので、45センチほどの宮重大根や美濃早生大根は、地味の肥えた濃尾平野で培われたものである。
大根引き大根で道を教へけり 一 茶
いかにも農村らしい、微笑ましい風景である。
土のついた大根を、道端の小川で洗って、真白に磨き上げ、車に積んで近くの農協に送り出す農村の風景。
足の踏み場もないほどに、真白い大根が山と積み上げられた青果市場の威勢のよい取引風景。
八百屋の店先やスーパーに、美しく形をそろえて積まれている大根。
沢庵漬の準備に、軒端に干し並べられた大根の列。
日本人が日本人である限りは、毎年繰り返される、この頃の風景である。
湯の町のはづれの畠の大根引 季 己
この句、「大根引といふ事を」という前書きがある。「大根引」は、ふつう俳句では「だいこひき」と五音で読む。
「百姓が、大根引に没頭している傍らには、抜き取った大根を括り付けて帰る馬が、繋ぎとめられている。見ると、その鞍壺には、いがぐり頭の男の子がちょこんと乗って、ひとりの時をのびのびと遊んでいるよ」の意。
『三冊子』に、「『乗るや大根引』と小坊主のよく目に立つ所、句作りありとなり」と見え、鞍上の男の子に焦点を定めて、大根引の情景をとらえたその発想に、工夫の存したものであることを伝える。
逆に、鑑賞する立場からみれば、「や・かな・けり」など、切れ字のある部分に句の中心(焦点)があるということだ。つまり、作者の興味は、季語である大根引よりも、親から解放されて、ひとりの時をのびのびと遊ぶ小坊主のほうにあるのだ。
もし、「小坊主乗せて」としたら、眼目は、下五の大根引になり、芭蕉の当初の意図から、ずれたものになってしまう。
「小坊主乗るや」には、俳諧のユーモアが感じられる。
『去来抄』には、この句の世界を絵画に喩えて説明した去来のことばがあり、この句の素材・構図の新しみをたたえた上で、「大根引の傍ら、草食む馬の首うちさげたらん、鞍壺に小坊主のちょっこりと乗りたる図」と述べている。
心の動きが露わに表に出ることを抑え、対象を静かな眼で生かすようになってきている点が注目される。芭蕉の、「軽み」の工夫の一つの実践がそこに見られる。
大根を引くのは、十一月の末から十二月へかけてである。このころが、秋大根の収穫時期で、葉をつかんで引っぱれば、長大な大根が土から抜けてくる。大根引の名あるゆえんである。
たらたらと日が真赤ぞよ大根引 茅 舎
傷つきやすい、大根の真白な肌をいためぬためにも、霜に凍てついた土を避けて、大根引は、暖かな天候の日を選んでする。
島大根引くや背に降る熱き火山灰(よな) 護
練馬・宮重・方領・美濃早生・田辺・守口・桜島・聖護院などと、秋大根の種類は数多い。太くて丸い桜島大根や聖護院大根、反対に細くて長い守口大根は別として、たいていは、大根足と失礼な喩えに使われるように、太くて長いものである。
荻窪の大根引くにたわいなし 照 子
近頃は、すっかり市街地になってしまったが、長さ60センチにも及ぶ練馬大根は、火山灰地に育ったもので、45センチほどの宮重大根や美濃早生大根は、地味の肥えた濃尾平野で培われたものである。
大根引き大根で道を教へけり 一 茶
いかにも農村らしい、微笑ましい風景である。
土のついた大根を、道端の小川で洗って、真白に磨き上げ、車に積んで近くの農協に送り出す農村の風景。
足の踏み場もないほどに、真白い大根が山と積み上げられた青果市場の威勢のよい取引風景。
八百屋の店先やスーパーに、美しく形をそろえて積まれている大根。
沢庵漬の準備に、軒端に干し並べられた大根の列。
日本人が日本人である限りは、毎年繰り返される、この頃の風景である。
湯の町のはづれの畠の大根引 季 己