気が重いよ…伊那篇

落ちるところまで落ちた男の日記

錣山親方ご逝去

2023-12-18 20:55:59 | 鶴竜・御嶽海&大相撲
元寺尾の錣山親方が死去 60歳 突っ張りで人気を博した鉄人 “井筒3兄弟”としても有名

大相撲の元関脇・寺尾の錣山親方(本名・福薗好文)が死去したことが17日、関係者への取材で分かった。60歳だった。
元関脇・鶴ケ嶺の井筒親方の三男として生まれ、長男の元十両・鶴嶺山、次男の元関脇・逆鉾とともに“井筒3兄弟”と呼ばれた。
1979年名古屋場所に「寺尾」のしこ名で初土俵を踏み、84年名古屋場所で新十両。
この場所だけしこ名を「源氏山」と改めたが、翌場所からは再び寺尾に戻した。
85年春場所で新入幕、89年春場所では新三役(関脇)に昇進した。  
甘いマスクに突っ張りを武器とした気っぷのいい取り口で人気を博した。
また通算出場は歴代4位の1795回、通算連続出場は同7位の1359回、幕内連続出場は同4位の1063回、幕内在位は同6位の93場所を記録するなど、鉄人としても名をはせた。  
2002年秋場所限りで引退し、年寄・錣山を襲名。
04年1月に錣山部屋を創設。
小結・豊真将、現役で関脇経験もある小結・阿炎らを育てた。

12/17(日) 21:21配信 スポーツ報知 報知新聞社



昨晩飛び込んで来た錣山親方の訃報に驚きました。
まだ60歳、若過ぎます。
井筒3兄弟はこれで全員天国へ旅立ってしまいました。
私は、30年ほど前、東京に住んでいた頃は頻繁に国技館へ出没していました。
そして、人気力士の写真を撮っていました。
勿論、寺尾関の写真も---。






やっぱり、カッコいいですよね。
背筋がピンと伸びて、他の力士とは一味違ってましたよ。
それから、8年ほど経った2001年、私は鶴竜の入門に関わります。
鶴竜の受入れ先は、なんと偶然にも寺尾関のいる井筒部屋でありました。
鶴竜には、寺尾関の新十両のときの四股名 源氏山力三郎から下の名前 力三郎が引き継がれました。
親方になった今でも、鶴竜力三郎。
改名しないところが、鶴竜らしい律義さを感じます。
そんな訳で、当時井筒部屋の餅つきや千秋楽の打上げ会に呼んで頂きました。
家族(当時は私も所帯を持っていました)と写真を撮って頂いたり、サインを頂戴したり。
あの頃は、ファン冥利に尽きましたね。







時は流れ、本年6月3日。
横綱 鶴竜の断髪式で、錣山親方が鶴竜の髷に挟みを入れました。
感動的でしたね。
逆鉾の先代井筒親方の思いが錣山親方の鋏に乗り移ったような---そんな風に見えました。
しかし、その夜の引退記念パーティーでは、時津風一門から離脱していたため、会場の片隅で立田川親方と佇む姿が---。
本来は、ステージ前のテーブル席に座らなきゃいけない人なのに---。





そして、私自身最後にお会いしたのが今年の秋場所。
7日目の木戸担当が錣山親方でした。
いつも「いらっしゃいませ、楽しんで行ってくださいね!」の言葉を欠かさなかった親方。
ぶっきらぼうな木戸担当親方が多い中、実に丁寧でしたね。
この時、珍しく私も一言二言、言葉を交わしたのでありました。
まさか、体調を崩し、11月の九州場所は全休されていたとは---。
本当に惜しいです。
もっともっと強い力士を育てて欲しかったし、テレビの解説を聴きたかったし、木戸口でお会いしたかった---。
謹んでご冥福をお祈りいたします。



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