半農・半Xの生活

思いついたことを思いついた時に綴ります。

映画『NO』

2014年11月04日 10時06分56秒 | 日記
この連休に映画「NO」を観た。

80年代の南米チリで、暴政の限りを尽くしたピノチェト
軍事政権に対する信任投票おける反対派の国民に『NO』
をよび掛けるTVCM作成に命の危険にさらされながらも奮
闘する若きCMプロデユ―サーの物語である。

ピノチェトは、当時台頭してきた新自由主義を提唱する
シカゴ派の頭目、ミルトン・フリードマンの手法を教科
書どおりに導入した。
言わばショックドクトリンの実験1号みたいなものだろう。
これにより貧富の格差は劇的に増大し、圧政により無実
の多くの国民が殺され、行方不明になっている。

結果的には、NOが過半数を上回り、ピノチェトは政権の
座を降りる訳だが、劇中、未来に希望を持てるCM作りを
主張する主人公に対し、正攻法で反対を訴えるべきだと
譲らない反対派の重鎮に今の日本の野党を見た思いだ。
結局、『NO』のCMは国民の勇気と希望を与えた。これに、
学ぶべきところはあった。映画を観て、旧態依然の訴え
方を変えるべき時が来ていると気がした。

先ずは、国民の目を覚まさせるべきだろう。こんなにも
酷い政治が行われているのに、政治には無関心で、有権
者の支持が20%あるや無しやの安倍自民党が、独裁政治
を執っている。そのことにさえ気づいていない。
おそらく、今、解散総選挙をやられたら、無条件でこの
先4年間の信任を与えてしまうだろう。国民、有権者は、
お上がすることに対して、疑いの目を持つこと、そして
抗う気持ちを持つことが重要ではないだろうか。
特定秘密保全法、集団的自衛権、沖縄基地、フクシマの
コントロール、川内原発などの様々な問題は自分の問題
であることに気づき、この事案に対する政権のいい加減
さに対して、怒り、主権者は誰有ろう、自分自身である
ことを肝に銘じ、権力の不正執行者に向かう気持ちを持
たねばと意を強くした映画鑑賞だった。

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