半農・半Xの生活

思いついたことを思いついた時に綴ります。

原爆記念日に想うこと

2012年08月08日 08時19分51秒 | 日記
この8月6日、9日は67回目の原爆記念日である。
この原爆によって、無念にも命を落とされた多くの御霊に哀悼の
意を心中より捧げたい。また、未だに後遺症に悩まされ続けてお
られる方々にお見舞いを申し上げたい。

虫けらを焼き散らすかのような、およそ血の通った人間とは思え
ない所業を100年経とうが赦すことも忘れることは出来ないだろう。
100歩譲って、先の大戦が日本に正当性が全くないとしてもだ。

この爆弾で多くの人が灼熱により雲散霧消化し炭になり、あるい
は全身焼けただれ水を求めて彷徨い歩いている地獄絵図のような
状況に思いを致さず、米国本土では、この作戦の成功を祝って祝杯
をあげていたと言う。そんな米国にもあの戦争に正当性など存在し
ない。

多くの日本人は、この虐殺に対してもっと抗議の声をあげるべきで
ある。しかし、戦後の米国の占領政策によって、多くの国民は米国
に対する恨みや憎しみの牙は抜かれ、原爆投下によって、終戦が早
まって良かったなどと言う頓珍漢やトモダチなどと言って恩人扱い
までするお人好しや未だに実質的な占領が続き利用され続けている
ことに気づかない従順で自分で考えようとしない愚かな多くの日本
人がいるこの現状を見るかぎり日本の自主独立など、夢のまた夢で
ある。
4年に一度、日本の代表に勇気や感動をもらったと刹那的な幸福感
を味わうのも良いだろう。
でも、本当に多くの日本人が、戦後のこの国の成り立ちや日本と米
国の関係について本当はどうなのかという見方を持ち意識を変える
だけで大きな変革が叶うと思う。

戦争には勝っても負けても正当性など有るはずがない。
時の為政者の強欲によって起こされるものである。
この世に存在する自国の利益に資するものを資源とするならば、有
形無形問わず、それを手にするために、巧妙に争いに持ち込み自ら
を有利に運ぶのである。そして、抑止力と称して持つ者が持たざる
者に対して武力を誇示し威嚇し実力行使にでるのである。
民主主義などという都合の良い大義名分をかざして。

きょうは、久々に怒りにまかせて独断と偏見に満ちた愚痴を並べ立
てた。