小さな生徒は、まりなちゃんマリオ君と呼び、小学校高学年からの生徒はまりなさんマリオ君と呼び、成人した生徒はまりな様マリオ様と呼んでいることは話しましたね。
その昔ヤマハの講師を始めた頃に教えていた姉妹のまりなちゃんたちは、今ではお姉さんが還暦になりその3つ下の妹さんだ。
昨日、その妹さんが見えた。
もう50年ものお付き合いである。
彼女を教えていたのは、彼女が20歳くらいまでだったが、グレードを受けてヤマハ音楽教室に送った人でした。
その特約店は、うちの親戚だがそこの講師になったのでした。
私はまだその後も指導するつもりでいたが、特約店に執行していたヤマハの人が、他で習うように勧めたらしかった。
そうか、今の私の力では役不足のようなのだなと残念に思ったのを覚えている。
講師にまで育てた指導者に、一言の感謝や労いなく別の先生に習って…と言うのはいかがなものかとがっかりしたのだった。
彼女と私はグレードが同じになったので、これは大変だもう一つ私は登らないとと思い、一念発起してさらに上のグレード取得を目指した。
あの頃私は32歳。
懐かしいな。
そのまりな様は、2年ほど前にあの頃私が目指したグレード取得のために指導者を紹介してほしいと言われたので、今の私の恩師を紹介した。
今年見事に目標を達成したまりな様でした。
昨日は、懐かしい昔話や今後の仕事の予感、コロナの影響などの話で盛り上がりました。
今やまりな様と私は、同じ恩師に指示してる同門である。
まりな様のお姉さんは高校生くらいで辞めたのだったが、その彼女が還暦と聞いて驚いた。
年月の経つのは何と早いことかしら。
今度の講師会に来てねと話しました。
歴代のうちの講師たちとはいまだにお付き合いしていて、発表会を一緒にやっている。その輪の中に入っていた頃のように、また戻ってきて欲しいのだ。
コロナが収束してからね。
では、またね。
おっとこんな時間かあ、おやすみなさい。