森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

報酬価値の変化、そして私自身の変化

2013年11月25日 00時55分24秒 | 脳講座
無事、奈良に帰り着きました。帰り着いた早々、桂枝雀のテレビをやっていたので、それを視聴。先日は談志の表現を観察。話し手として色々思うことが多々あります。僕は理学療法士である前に研究者であるし、その研究者である前に教育者であります。授業・講義・講演をどのような構造とし、表現するか、日々、その学習プロセス(認知)を生きています。誰かに修正されているわけはないですから、日々自己組織化を起こしているわけです。

今日は札幌で一日講演でした。200名の会場満席。みなさん聴講ありがとうございました。
今日は脳をシステムとして捉えることを意識した点や、上肢、運動学習、歩行を四時間半に無理やりまとめたため、要所では詳細な説明を省いたため初学者にとっては難
しかったかもしれませんが、ここ最近のなかでは終始全力で話しました。

さて、今日は上肢運動、姿勢・歩行、学習という視点から学術的情報をお伝えしましたが、実はそのコンセプトは「挑戦する脳」「自覚する脳」「情動とともに生きる脳」でした。これは患者さんだけでなく、私たちの脳にも言えることです。難しいことを解釈する脳よりも、むしろ自分に向き合うという視点を意識することこそ、脳を理解する上では、それが重要な情報なのです。最後の示した私たちニューロリハセンターのトップの画像は、自己の脳は他者の脳に生かされている(活かされている)、そして自己の脳は他者の脳を生かしているというものです。良きも悪しきも、その環境に依存しているというわけです。

さてさて、センスタイルの講演は今年これが最後になりました。今年1年お世話になりました。9月から毎月でしたね。来年もよろしくです。年末までニューロリハセミナー、神戸、東京、埼玉と講演を毎週して、年の瀬に入ります。今年1年もこれで終わりそうです。昨年の年末年始はパリで迎えましたが、今年は高知に帰省もせず、奈良で迎えることになりそうです。

フランスへ留学したときから15年以上たちました。当時、今の姿を想像してたわけではありません。そして、当時は「不安」という高次な感情の中で自分自身格闘していました。がむしゃらに結果を残そうとし、時にも盲目的になり研究に没頭してたときでもあります。論文をアクセプトされることが、当時の僕にとっては報酬価値であったかもしれません。

時は経ち、今自分自身をメタ認知すると、そこにはもはや報酬価値はありません。しかしながら、報酬価値がなくなっているわけではないし、むしろ壮大なグローバルなそして社会的な報酬価値へと、興味が動いています。そう考えれば、僕自身変わったんだと思うし、そう思えば、これから15年後、まだ変われるんだと期待を持つことができます。それは遠い将来ですので、今すぐに予測できる効率的なものではありません。報酬を先延ばしする脳でもあります。人と人とがつながること、これこそイノベーションを起こすきっかけとなります。僕の講演活動はその一つのプロセスでしかありませんが、このように何年も毎週末休みをつぶして全国をまわっているのは、人と人とをつなげることであちらこちらで何かが起こるのではないかと期待しているからでしょう。僕の考え方に対して、批判的につながるのもよし、肯定的につながるのもよし、科学的につながるのもよし、応用的につながるのもよし、一つの媒体として、そうやって共同注意されることこそ、教育研究者としての欲求なのかもしれません。そして長い年月をかけ、徐々に動いていけば良いのです。

結果を急ぐべからず。効率ばかりを優先すべからず。心のバリアによる矛盾や葛藤こそが、エラーを解決すべき知恵を生み出していくのです。脳卒中の人たちにもそれを感じて、たくましく生きていってほしいですね。私たちの先輩なのですから、種の保存のためには強く生きていってもらわないと、後輩の私たちにとっては困るわけです。人間という存在を維持していくためには。

私自身、「命は限られたもの。そして、何時何時めされるかもしれない。だから、種を保存していくためにも、休むつもりはありません。」というのが行動の哲学なのだと思うのです。

http://www.kio.ac.jp/nrc/