INSIDE SORAMAME

私の頭の中のキオクを綴っていくつもりです・・

2016年10月1日ダイヤ改正(4)

2016年09月28日 |   ┣ ダイヤ改正2016
(つづき)
北九州「1番」の折尾系統が、新たに「東本陣橋」に停車。


新たに停車する「東本陣橋」は、「陣の原」と「西本陣橋」の間に。
なお、西本陣橋、東本陣橋という二つの橋が川に架かっているわけではなく、橋は「本陣橋」一本だけ。


すなわちこういうことのよう。
点線の部分にバスが通らなくなる。

  
点線の部分にあるのがJRの踏切。
今回、踏切経由から東側の陸橋経由に変更となる。


美野島南公園~沖学園前が廃止になったり
「45番」の井尻駅周辺のルートが線路沿いから新道に変更になったり
古賀市内線が古賀新町経由から日吉一丁目経由に変更になったり
「46番」がJRのガード下を通らなくなったり
金武~南金武間のルートが変更になったり
「21番」などの天神方面行きが千鳥橋を通過するようになったり

…というのと同じく、近年の「危険回避」の流れの一環と思われる。

でも、天神のど真ん中に「連節バス」が走るのは危険ではないのでしょうか…というのは独り言(ちゃんと危険回避のための策が講じられています、と一応フォロー)。

今後も同様のことが起こるとしたら、

古賀の「2番」古賀駅行きが「」に停まらなくなったり、
土井営業所~八田がひとつ東の道路経由になったり、
下大利~二日市の「22番」が塔の原経由から通古賀経由になったり…

なとが思い浮かぶが、不吉な予想をし始めたらキリがないので、やめておきます(笑)。

 
「1番」は、旧道にも立ち寄り、既存の「陣の原」には引き続き停車する。

 
良い具合のカーブ。


現在の町名やJRの駅は「陣原」だが、バス停が「陣の原」なのは、ここにあった電停名の名残り。

折尾と小倉の間は、西鉄の「1番」が黒崎到津経由で、市営バス「70番」が若松経由で結んでいて、辛うじてネットワークが維持されている感がある。
小倉~黒崎間にはBRTを導入する構想もあり、今後、「1番」から黒崎~折尾が分離…などということにならなければよいのですが(これも不吉な予想の類ですが)。
(つづく)

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2 コメント

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Unknown (soramame)
2016-10-19 12:02:10
Tokyo Chikushiさん、こんにちは。
お返事が遅くなりたいへん申し訳ないです。

ワンマンバスの記憶しかない私ですが、それでも、子どもの頃と比較して、市内でもかなりの数の踏切がなくなったんだなぁということを実感します(荒江、薬院、別府、築港、香椎…など)。

別府の踏切(別府橋から田島に行く道路上)は、踏切に「踏切信号」という自動車用の信号が付いていたことを思い出しました。
現在でも雁ノ巣踏切が「踏切信号」ですが、ルールや方式が同じタイプのものだったのかはよくわかりません。
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Unknown (Tokyo Chikushi)
2016-09-27 20:50:19
危険回避のためにバスの踏切通過をやめて立体交差を通るようにする。この記事を読んで、遠い遠い過去の記憶の沈澱の中の一つが蘇って来ました。

踏切を渡っていたバスが国鉄の列車と衝突して、死者も出たこと。
昔のバスがすべてそうであったように、車掌が降りてまず踏切を渡り、バスに手で合図を送り誘導するのに、バスを制止していた車掌の合図を、運転手が「進め」と誤認して進んでしまった、というものでした。
何故こんなに克明に覚えているのかというと、岡並木さんという人の書いた交通に関する岩波新書に詳しく解説してあったから。そして、その事故が起こったのが、大牟田であったからなのです。
その時この本を読みながら、大牟田なら、きっと西鉄バスだったのだろうと思い、記憶に残っているのです。
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