ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

駒花(39)

2017-05-30 07:55:10 | Weblog
昼食休憩を挟んで、さらに10分ほど考え、ようやく菜緒は指した。思いもよらない手だった。それと同時に、苦し紛れの手にも見えた。私はさほど時間を要さず、局面を進めた。午前中の菜緒の表情はヒリヒリしたものから、苦しそうに歪んでいき、そして、午後からは落胆、諦めの色に変貌させていく事が私の狙いだった。しかし、菜緒の眼は次第に力を取り戻し、ついには爛々と輝き出した。それと反比例するように、私の心には迷いが生じ、乱れ始めた。「何かがおかしい」。戦況は互角に引き戻され、さらに菜緒が優位に立った。形勢逆転である。私は昼食後に放った菜緒の一手を軽視したことを後悔した。

しかし、まだ諦める状況ではない。私は再逆転の可能性を探りながら指し続けた。菜緒もまだ勝ちを確信している訳ではない。私が少しずつ差を縮め、菜緒がわずかに優位を保ちながら、勝負は終盤へもつれ込んだ。そんな中、私は焦りを感じていた。残り時間である。菜緒は20分以上残しているが、私には3分しかない。もう深く読む時間がない。自分の感覚を信じて駒を動かすしかなかった。

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