ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(36)

2016-12-28 15:50:24 | Weblog
その後、食事に誘っても藤沢は僕に会おうとしない。電話やメールでやり取りするだけだ。妊娠中の亜衣の体も心配だったが、それと同時に楽しみでもある。しかし、藤沢への心配は、ただただ、僕の気持ちを暗くさせるだけだ。イタリアンレストランでの彼の印象が、頭から離れない。有紗はどうしているのだろう?藤沢は本当のことを話してくれない。念のため、高校時代の友人の何人かと連絡を取り、それとなく藤沢の事を聞いたが「もう何年も会っていないし、携帯の番号も知らない」と口を揃えた。やはり有紗に聞くしかない。しかし、有紗の携帯番号が分からない。思い切って彼らの自宅の固定電話へ掛けた。

「もしもし」

「はい、藤沢ですが」
女性の柔らかな声だった。

「坂木ですけど、こんばんは」

「ああ、坂木君。久しぶりだね」
有紗の声は明るかった。

「いま一人?」
僕は少し緊張していた。

「うん、藤沢は近所の居酒屋にいると思う」

「いや最近、孝志に会ってもらえなくて」

「そうなの?ああ、そうなんだ」
有紗は意外そうな口調だった。

「だから電話やメールだけなんだ。しかも最近、本音を話してくれない。だから矢野、いや有紗さんに孝志の様子を教えて欲しくて電話したんだ」

「そうなんだ。あの人、何にも話してないのかな」

「何かあったの?」

「うん。あったよ」
有紗の声に少し翳りがあった。

「出来れば、教えて欲しいんだけど」
少しばかりの沈黙が流れた。

「藤沢には言わないって約束できる?」

「うん、約束するよ」

「あの人、法律事務所やめたの」
有紗の口調は淡々としていた。







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