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ただの備忘記録

忘れないように記録を残します。忘れるから記録に残してます。そして、その記録が役立つといいかな。

原始時代の遊び

2010年07月14日 | コラム
よく昔の遊びというと子どもの頃の遊びや、親の世代の子どもの頃の話を思い浮かべるけど、もっと原始の時代はどうだったのだろうか。
ふと、そんなことを考えてみた。
人が火を使えるようになったころ、まだ道具を生み出せない程度の文明だったとしよう。身の回りにあるのは自然のみ。
木や石や土や川。そんな中で子どもたちが遊ぶとしたら、木に登ったり滑り降りたり、水は生活の場であったろうから、そこで遊ぶこともあっただろう。
木の枝を取って絵を描いたりしなかっただろうか。泥をこねて何かの形を作ってみたかもしれない。
もし、遊びがそれだけしかなかったとしたら、大人もまたそれを娯楽としたかもしれない。娯楽という概念はなかったかも知れないけど、今以上に余暇の時間はあっただろうから、暇をもてあますことはあったはずだ。
きっと写実的でリアルな絵を地面のそこら中に描いたのかもしれない。もちろん、目に見える自然の光景、人や獲物などの動物だ。そのうち石も使ったかも知れない。
そんな風に想像しながらも、またふと思った。動物園の猿が絵を描くなんて話は聞いたことがない。暇をもてあました彼らは毛繕いに忙しい。野生であれば、もっと生きるための、餌を取ったり縄張りを維持するために時間を費やすのだろう。土に指で何かを描くというのは、もっと高度な知能が必要なのだろうか。
そうすると、原始時代では子どもは走ったり泳いだり、生きるために必要な行動の中にあるのかも知れない。
それでは、想像するに楽しみがちょっと足りない。いつから地面に絵を描くことを知ったのだろうか。これは中々に難問なのだろうか。

東野圭吾「パラドックス13」

2009年12月17日 | コラム
パラドックス13
東野 圭吾
毎日新聞社

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これまで読んだ東野作品はミステリー作品でしたが、今回はSF作品です。

1月13日13時13分13秒、地上は荒廃した無人の世界に変わってしまう。東京ではわずかに限られた人間だけが生き残っていた。
警察官の兄弟、看護師、老夫婦、女子高生、会社員など11人が集まり、災害が治まらない東京を彷徨う。
政府は事前にその影響を懸念して極秘裏に対策を指示していた。残された人は何が起こったのか知るすべもなく、また、なぜ他の人が消失し、自分たちが残ったのかも判らない。
共同生活をしながら、生きることの意味、死ぬことの意味をそれぞれに問いながら、新しい秩序の下で生死すら選択しなくてはいけない状況になる。
街は日に日に崩壊し、地震や水害も収まらない。神の与えた天罰が地球を襲っているのだろうか・・・。
自然の驚異に立ち向かったとき、彼らは現代文明のありがたみを知ると同時に、行きすぎた文明に後悔を覚える。現代の社会問題もあらわにするような表現がいくつかあって面白かった。
一ヶ月後、世界は滅びるのか、残された人々はどうなるのか、そしてP-13とは何だったのか、消失した人々には何が起きたのか、ラストは激しさから静かなモノローグへと滑り込みます。

相変わらず読みやすい語調で、バイオレンス的な描写はないので、誰でも安心して読み進められます。
ラスト近くでようやく原因がわかり、今後の問題も発生します。ラストはハッピーエンドに近いと思いますが、割と淡々とした感じにはなっています。
全体として、仲間が増えたり減ったり、また東京を移住しながらサバイバルしている様子は臨場感があって楽しめました。
もちろん、他人の共同体ですから様々な問題も発生します。その解決方法も思いがけないもので、既成概念を壊さないと生き抜けない世界だと判らされます。
P-13はSF要素そのものですが、そこは数学的なパラドックスになぞらえているところが東野作品ですが、実のところはミステリーのような展開であり、社会問題を提示するような作品になっていると思います。


数学ガール

2009年10月07日 | コラム

休みの日、一日読書してました。
気になってた「数学ガール」をamazonで取り寄せて、前日から読み始めていました。
ヒロインが「微分しよう」なんて言う学園ものを利用した数学パズル的な小説です。まあ、私にはほとんど意味の不明な数式が書かれているんですけどね。本当に高校生でこんな勉強するのか?と思ってしまいました。

まあ、数学大好きな僕と、その更に上をいく同級生のミルカさん、僕を慕う下級生のテトラちゃんという3人の関係を中心にしながら、タップリ数学しています。
最初はミルカさんが、高度な数学問題を出し、テトラちゃんが苦手な数学について解説をお願いするというパターンで、これはテトラちゃんのレベルでいけば読めるのかなと思ってたら、まったくどうして、どんどん敷居が上がっていきます。
それでも、なんとなく判った気にさせてくれるという面白い本でした。

続きもあるので、読んでみようと思いますが、その前に数学の勉強をやり直してみようと別の数学本を見つけました。WEBで公開されているのでノートを手元に置きながら読み進めています。

ちなみに、数学ガールも元々はWEBで発表された小説なので、誰でも読むことができるようです。
http://www.hyuki.com/girl/


漫画「ちはやふる」

2009年03月18日 | コラム
ちはやふる 4 (Be・Loveコミックス) (Be・Loveコミックス)
末次 由紀
講談社

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百人一首競技かるたを題材にした青春ドラマです。
小学生のときに主人公の千早が競技かるたに出会います。その後、高校生へと話が進みます。
まず何より表紙のイラストでも判るように絵がとても綺麗です。千早も美女ですが、同級生の太一と新(あらた)もかなりの美男子。でも、それが嫌みじゃないのが良い。そういう綺麗なキャラばっかりということもなく、「肉まんくん」とかガリ勉チビキャラも描きます。
かるた部の個性的な面々のおかげで、異なる角度でかるたと向き合い、様々な奥深さを見せてくれます。古典オタクのかなえが加わったため、最初の数文字しか必要ない競技かるたに、歌の意味を説く役割ができてそちらも興味深くなっています。

この4巻では、東京都代表となり全国大会が行われる近江神宮へと乗り込みます。
嫁と娘は今年の名人戦・クイーン戦を近江神宮まで見に行ってました。
スポーツとしてのかるたを知ることができて、経験者でなくても楽しめる漫画です。


漫画「Q.E.D. -証明終了-」

2009年02月15日 | コラム

NHKでやっているドラマをたまたま見かけて、2回目の放送から見ていたら、嫁さんが漫画を借りてきた。
主人公は15才でMIT(マサチューセッツ工科大学)を卒業し、日本の高校に転校してきた少年燈馬想(とうま・そう)。ヒロインには剣道や格闘技に秀でたクラスメイトの水原可奈。
人付き合いが苦手な想に対して、なんでもほっておけない可奈が事件に巻き込んで行きます。

1巻に2つの話が入っていて、その長さもかなり偏っていて、それだけでも風変わりですが、お話はしっかりと本格的なミステリー作品にも劣りません。
主人公が数学の天才なので、高等数学や科学の公式や理論になぞらえたトリックも良くでてきます。理論の話は難しい物の、トリックはなんとか判りやすく解説しています。
非常に論理的に解決に導かれるので、作りは丁寧です。そのために、1話が長くなっているんだろうと思います。
登場人物も個性的で魅力的な人が多くて好きです。また、そういう人物が準レギュラーとして何度も登場するのは嬉しいです。
小難しい話ばかりでもなく、殺人事件ばかりでもありません。想の過去を追ったり、校内で起きる事件もあります。もちろん、海外にも良く行くこともあり、飽きることがありません。

案外スラスラと読めるので、気軽にミステリーを読むには打って付けですよ。

Q.E.D.―証明終了 (1) (月刊マガジンコミックス)
加藤 元浩
講談社

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マンガ「ハガネの女」

2009年01月05日 | コラム

久々に面白いマンガに出会いました。
絵は女性作家らしくか細い感じですが、とても見やすいです。
主人公のハガネは35才独身の小学校教諭で、学級崩壊と言われた4年生の担任になります。
テーマは非常に重そうですが、コミカルなタッチもあります。でも、重苦しかったり、大げさで突飛な内容でも苦痛です。しかし、このマンガの良いところは、しっかりと子どもの問題を掘り下げながらも、すっきりと納得の行く結果を出しているところです。

学級に起こっている問題はいじめという形で目に見えています。親の圧力もあります。しかし、それらもちゃんと理由があって、その理由にたどり着くアプローチにとてもリアリティがあるのです。
ただ単に、いじめる側といじめられる側という曖昧な定義ではなく、子どもがどうしてその行動を取ったのかという理由を紐解く課程があるのです。
その課程で、いじめっ子が実はそうではなかったり、優等生が実はそうではなかったりしますが、そこは単純にそれで解決する訳ではありません。ハガネという女性は自分の間違いを素直に謝りながら、子どもや親と対峙します。
作り物の大げさなドラマというよりも親近感があって、子どもの気持ちになって見ることができます。子どもながらに気を遣い、好きな子に間違った形で表現をしてみたりと、複雑な子どもの気持ちが裏にあることが分かります。
これを読むと、いじめの本質が、ただの不良の産物でないことが理解できて、本質的に子どもたちは純粋な気持ちで行動しているように見えてくるので、安心感があるのです。

もちろん、フィクションですから現場にいる教師からは嘘っぽいと言われるかも知れませんが、学級崩壊やモンスターペアレントの問題を、ある意味で良き人々の問題として解きほぐしてくれる物語だと思います。

まだ2巻までしか読んでいませんが、1つの物語としては完結して読むことが出来ます。

ハガネの女 1 (1) (クイーンズコミックス)
深谷 かほる
集英社

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東野圭吾「聖女の救済」

2009年01月03日 | コラム

東野圭吾のガリレオシリーズの最新作「聖女の救済」を読んだ。
最初から最後まで大きな盛り上がりはなく、事件としてはかなり地味だった。
トリックにしても、そもそも物理学者が出てくるような謎だっただろうか。これはトリックが明かされても、あまり納得がいかない。
トリックが単純であっても「容疑者Xの献身」では、非常に感動的なラストとなった。おそらく今作もトリックそのものに愛憎の意味があったのだが、湯川が「完全犯罪」と言うほどのにしては、あまりにも簡単に犯人が絞り込まれる。

長編でやるほどではないと思う。はやり当初の短編集のような密度でやって欲しいところだ。

聖女の救済
東野 圭吾
文藝春秋

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ピンクリボン

2008年10月03日 | コラム
今年もこの季節がやってきました。

私がこの運動を知ったのは一人の女性が書いた投書が朝日新聞に載ったことでした。
彼女は定期検診を受けていたにもかかわらず、乳ガンの発見が遅れ余命幾ばくもない状況でした。彼女の訴えは、多くの医師が触診では乳ガンは判らないと認識しているのに、乳ガン検診では触診だけが行われている現状を変え、マンモグラフィー(乳房専用のレントゲン装置)による検診を普及させたいというものでした。
自分の余命を他の人々の今後のために使おうという決意に感動したのを覚えています。
その投書からしばらくして、マンモグラフィーが多くの病院に導入されたことが記事になっていました。
そのころから、日本でもピンクリボン運動が盛り上がってきたように思います。

乳ガンの予防方法はなく、疾病率も高く、死亡の割合も高くなっています。しかし、早期発見で治せる病気でですので、この運動が1つでも多くの命と、その家族を助けることになれば良いなと思います。

ピンクリボン付けてみました。

秋葉原の事件と掲示板について

2008年06月12日 | コラム
あまり特定の事件を取り上げたりはしないのですが、色々と背景について報道されるなかで感じたことを書いてみようと思います。
ここでは、犯人をAと記します。

Aは、携帯電話を使い、掲示板に以前から内心を吐露し、誰かからのレスポンスを待っていたようです。本人も「誰かが止めてくれるんじゃないか」と思っていたと供述しているようです。
「2ちゃんねる」という大型掲示板は有名であり、多くの人がいる分、一人の書込への反応も素早いものです。ただそこでさえも活発な掲示板とそうでないところがあり、目立ちたいだけの悪戯発言は活発なところで行われやすく、悪戯として抹消されるか、通報という形での対応も迅速だったりします。

今回の場合、そのような有名掲示板ではなく、監視サービスの対象にもならないような掲示板で行われています。それが個人のサイトなのか、多くの人が利用するサイトなのかは判りません。
ただ、個人が簡単に掲示板を持つことができるのは間違いなく、それが無数にあって目が行き届かない状況が既に生まれているということです。
Aは、そんなところにいながらも、人の目に自分のメッセージが触れることを望んでいたのでしょう。しかし、これは、ネットの中に引きこもっているのと同じではないかと感じます。
本当に自分の存在をアピールしたいのなら、多くの人がいる掲示板に書き込みします。でも、そういうところは、個人的なことを書かないし、そういうものは嫌われる傾向にあります。
結局、自分の独り言を書くためだけの、掲示板(スレッド)を作って、そこにひっそりと引きこもってしまうのでしょう。ブログだと一言二言のつぶやきでは、なりたたないけど、携帯電話という小さな窓では、小さな掲示板が丁度居心地良かったのかもしれません。

そういうネットの中で孤独を感じて、引きこもる人は少なくないでしょう。小規模なHPや掲示板を提供するサービスそのものには、人が多く集まっていると思います。
もちろん、そこにはプロフサイトも含まれており、学校裏サイトなどと呼ばれているものもあります。
今回の事件ではAの書込が多く取り上げられていますが、パスワードによって保護されて本人や友達だけでしか使えない掲示板だってあります。

私が理解に苦しむのは、リアルではちゃんと生活をしているのに、どうしてネットの中で引きこもる必要があったのかということです。
でも、Aにとってそこは他人との接点となるオープンスペースだったようですね。実際にはほとんど人が訪れない場所だったようで、傍目には引きこもりと同じだったと感じるのです。
HPにしても、ブログにしても、プロフにしても、個人的なページというのは、ある種自己満足的なものです。SNSは、そこに人の繋がりを用意することで、オープンなスペースを作りだします。それでも全体として閉鎖的な空間と思われています。
ネットではほとんど全ての場所がオープンな場所でありながら、他人の視線を感じられないだけで、孤独感を増幅させたり、閉塞感を味わうこともあるのだと思います。面白い部分だけでなく、逆にそういう寂しさを感じさせる部分ですら、ネットや携帯への依存を強めてしまったのでしょう。

ネットにだけ対応を求めるのは限界だと思っています。
昨今のフィルタリング問題のように、ただネットの情報を制限しただけで、世の中が変わる訳ではありません。掲示板などでは、反応を返さないという個人対策も一般的です。レスポンスをしないというのはセキュリティの基本技でもあるのです。
ですが、ネット上の自衛だけで、事件を防ぐことはできません。

孔子だったと思いますが、「法律を厳しくすればモラルは下がる。法律を単純にすべき」で、道徳心を養うことの方が大切だということだと思います。
ネットのサービスもどんどん複雑化しています。これはネットが熟成されたからでしょうか?そうではなく、私たちはまだネット社会の入口を彷徨っているだけなのでしょう。
ネットそのものが事件の舞台になることも珍しくなくなり、私たちは凶器にもなり得る道具を手にしたという認識が必要になっています。
しかし、それを止めるのはネットの中だけの責任ではありません。この事件が、今後何をもたらすか判りませんが、技術的な問題だけでなく、モラルや道徳的な教育など、広範囲な議論が行われることを期待したいと思います。



最後に、犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。

パスワードを考える

2008年03月28日 | コラム
ネットのセキュリティについては、最初から素人には手に負えないものがほとんどだ。
毎日のようにネット関連のニュースに目を通しているが、新製品や新サービスのニュースを見るだけでも、また新しい抜け穴が登場したのではと思ってしまう。
意外にも、騙すテクニックというのは、未だに昔からある古典的な方法だということだから、自分の手元からセキュリティを見直すことをしてみよう。
そこで、私たちができる一番簡単なセキュリティとして、パスワードの管理を上げてみる。

ネットのサービスを利用すればするほど、あちこちで必要になるパスワード。クレジットカードやキャッシュカードと同じパスワードを使ってはいないだろうか。
また、単純な数字だけのパスワードも簡単に試されてしまうので、桁数を増やすよりも文字を1つ入れた方が格段に安全性が増す。
ただ、むやみやたらとパスワードを増やすと忘れてしまうので実際には不便だ。
忘れにくく、安全性を高めるにはどうすれば良いだろうか。

そもそも、安全でないパスワードとは何か。
まずは、個人情報から類推できるものは危険だ。名前やニックネーム、もちろん、家族やペットの名前も安全とは言えない。誕生日も同様だ。
自分の持っている個人情報をパスワードにする人は多い。でも、これを使って安全性を高めることは簡単にできる。
それは、2つ以上のものを組み合わせることだ。
そもそも、文字と数字が混ざったパスワードは複雑で破りにくい。
文字で単語だけだと、辞書攻撃で簡単に当たりが着く。数字はもっと少ない手間で済む。コンピュータを使えばものの数秒で判ってしまう。

文字と数字を混ぜるために、覚えやすい名前と誕生日を組み合わせるだけでも、安全性を高めることは可能だ。
もちろん、アレンジを加えて、効果を高めることは重要だ。
名前の場合、名字と名前の一部を繋いだり、一部を大文字にすると安全性は高まる。
誕生日の方も月と日だけでなく、西暦を使ったり、元号と月を組み合わせても良い。
更にこの二つを自分が判るような法則で組み合わせればいいだけだ。
また、同じパスワードを繰り返して桁数を増やしても効果は倍増以上になる。

文字と数字の基本パターンを作っておき、あとはサイトに応じて使うパスワードを変更するのも良い。
掲示板など、個人情報を記入しないで利用できるサイトの場合、安全性を気にする必要はあまりない。そういうときは、基本パスワードの1つを使う。
クレジットカードの情報を入力するような、ショッピングサイトだと、安全性を高める必要があるので、2つ以上の基本パターンを組み合わせるというようにする。

また、個人サイトに入力するようなパスワードに重要なものは使ってはいけない。サイトの管理者はパスワードを見ることができることもあり、メールアドレスと組み合わせて、悪用される可能性もある。
例えば、ヤフーのアドレスを掲示板に書いたとしよう。それそのものは安全性への配慮となる。しかし、掲示板にヤフーIDと同じパスワードを使って書き込みをしてしまうと、管理者に見られて、ヤフーのアドレスからIDを、書き込みログからパスワードを知られて、ヤフーのIDそのものを取られてしまい、その中にある個人情報を盗まれる心配もある。

情報流出がどこから行われるか判らないような昨今、流出時の危険性を考えてパスワードの安全性を組み替えて、分散して利用するようにしたほうが良いだろう。
あとは、自分が忘れないでいられるかが心配である。
何より、どこのサービスに登録したか判らないくらい、多くのサービスを利用していることも、危険だと最近感じ始めている。