地方で考える ●oyajiの侃々諤々

北信濃の豊かな自然と歴史に抱かれて過ごす日々・・・

ちょっと斜に構えてみれば
???と思うことも多いですね~

地元では「くんぶっつぁん」と呼ばれて親しまれています

2023-07-04 | Weblog

7月 4日(火)                    29/19℃

 

 

 

寺脇の、林の中で眠られています

僧、智光は越智山九品院蓮台寺の七十七世・・・            

ご住職の了解をえて、智光の墓石に刻まれた碑文に向き合いました

古文書に詳しいW先輩を中心に3名です

 

 

正面は誰でも読めます

 

 

中興開山法印智光

 

「法印」は僧としての格ですね

欠けている部分もあり、判読までにはまだ時間を要しますが智光の人生が見えてきて、厳かで、そして楽しい作業です

(右面)

 

 

寺伝によれば、この寺は天平9年(733)頃の開基といわれる古刹で、上品上生から下品下生まで九品の木造阿弥陀如来坐像があります   

残念なことに平安時代末期の保安元年(1120)の火災で上品下生以外の8体は焼失・・・

その8体を、元禄7年(1694年)に京の仏師に再造させた中興の僧が、智光でした

 

(再造された8体の阿弥陀如来坐像)

 

 

 

(焼失を免れた、重文の阿弥陀如来坐像)

 

 

智光は、武田氏傘下の武士団「駒沢氏」の出身・・・

7代季栄の子で、蓮台寺の僧となって寺を中興し、焼失していた8体の阿弥陀如来を京の仏師により再造しました

寛保2年(1742)に、本堂に籠って入滅・・・

それらは碑文に刻まれています

その智光の功績を学び、この郷に広く伝えたいですね

 

 

蓮台寺・・・

地元では「くんぶっつぁん」と呼ばれて親しまれています

今は、紫陽花が色鮮やかです

 

(鐘楼の屋根には須坂藩の「亀甲卍」(右)が見えます)

(毎年5月8日の「花祭り」は出店もそろって、にぎやかです)

 

 

 

火事といえば、明治期に仁王堂も焼失しています

今は新しい仁王が寺を守りますが、焼け残った仁王も保管されています

それなりの威厳・・・

寺は火事との歴史です

   

 

 

 

 

 

 

 

そんな60代も優に超えましたが、それなり(体力を問わない)の「仕事」ができる気持ちはまだあります

給料を貰う「仕事」と、ボランティアや趣味でおこなう「仕事」も紙一重 

ただ違うのは

拘束ではなく「やりたいからやる」ーの自由さだけです

結果的に、10数年もやりたいことをしてきました

そんな我がままを受け入れてくれた女房殿や家族に、感謝です

 

《定年後の働き方のモットーは“はげあたま” 「元気だから働くのではなく、働くことで元気になる」》    (7月3日マネーポストWEB)

「・・・また、それまでの自分をリセットして、現役時代とは異なる働き方にチャレンジする気概も大切。1つの仕事を2人以上で分担することにより、個人の負担や拘束時間を軽減する『ワークシェアリング』も積極的に導入しています」(村関さん)」

 

jiiji もすっかり薄くなりました

 

 

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