眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

愛煙家

2024-07-24 | 
寛さんはいつも窓際の席でぼんやり煙草を吹かしている
 通りがかった僕に「ちょっと来い」と命令する
  僕は、忙しいのでという言い訳を口にするが
   お前の愚らない人生に忙しい事なんかあるもんか、といきなり全否定だ
    書類を抱えながらため息をこぼしつつ彼のそばに座る
     若い看護士が訪れ
      煙草は身体に悪いですよと苦言を呈す
       身体に悪いと死ぬのかと寛さんは僕に尋ねる
        たぶん健康には良くないでしょうね、と答える僕に
         死んだら吸えないのだから生きてるうちに吸えと
          滅茶苦茶なことを云って
           ピースを一本差し出す
            一服した僕の顔を眺めて
             美味いか?と尋ねる
              美味いですよ、もちろん。
               そう云う僕に満面の笑みを浮かべて
                そうだ。それでいい。
                 と満足げに微笑む
                  僕は苦笑しながらライターで
                   彼の煙草の先に灯を点けた
            
                   大体煙草が悪いと誰が決めたと不機嫌だ
                  さあ?誰でしょうね。
                 天皇陛下か?
                其処の所はよく分かりません。
               わしらが若い時分には
              煙草を吹かすのは大人になった証拠だった。
             皆得意げに煙草を吹かしたもんだ。
            戦時中も戦後間もない頃も煙草は貴重品だったからな。
           寛さんは呟き紫の煙を吐いた
          召集令状が来てな
         いきなり長崎に連れて行かれたんだ
        海軍に入隊したんだ
       当時沖縄の連中は方言のなまりがひどくてな
      お前等、日本語も話せないのかと上官にこっぴどくやられたよ
     外出の日でも憲兵がうるさかった
    翌朝、酒の匂いがする奴は上官に死ぬほど殴られたもんだ
   お前等酒を飲んでどうやって国を守れるのかってな
  酷い所だったよ
 終戦を迎えたのも長崎だった
今日から諸君は民間人と一緒だ、と
 飛び上がるくらい嬉しかったな
  飛行機が無かったから船で宮古島に帰った
   波止場には村中の人々が集まって出迎えてくれた
    嬉しかったね
     酒を飲んで煙草を吹かした、想い存分な
      誰かが三味線を弾いて歌ったよ
       「なりやまあやぐ」だ
        懐かしかったね
         お前は三味線は弾かんのか?
          駄目な奴だ
           三味線はいいぞ
            子供の頃には
             登川誠仁が近くに住んでいてな
              いつも
               寛兄さん、寛兄さんと遊びをせがんでいたよ
                あいつは子供の頃から上手かった
                 天才というのは確かにいるんんだな
                  あいつのは速弾きは凄かったもんな。
                   ところで今は何月だ?

                   そう云って
                  寛さんは黙り込み目を閉じた
                 煙草の先が灰になり
                ぽとり、と落ちた

               僕が声をかけると
              うるさい、と呟いた
             何を考えているんですか?と尋ねると
            昔のことを思い出しているんだ
           無粋な奴だ
          と目を開けた

         世間は平和か?

        そうでもないですよ。

       そうか。
      昔もそうだった。

     気をつけろ。

   僕はウィンストンを引っ張り出し
  一本咥え火を点け
 寛さんにも勧めた

懐かしい煙草だな

 お前は何時から煙草を呑んでるんだ

  さあ?15歳くらいですかね。

   寛さんは苦笑いした

    立派な不良だな

     僕等は並んで煙草を吹かし続けた

      窓の外の世界に

       煙がゆらゆらと舞った

        皆いなくなったよ

         十分気をつけろ

          煙がゆらゆらと踊った

           まるで


           まるで何処かの国の様に













               
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