眠りたい

疲れやすい僕にとって、清潔な眠りは必要不可欠なのです。

たゆたう

2022-10-23 | 
この世界から零れ落ちる僕を
 表層の意識の分泌物がたおやかに証明し
  判決は下された
   存在
    かような現象は認められない
     とがめる群集の声が
      次第に大きくなり
       それはやがて
        飛来する戦闘機の爆音の様に
         君のかすかな歌を永遠に消し去る
          僕はおんぼろのギターを抱えてうずくまる
           歌声が聴こえない
            か細い君のファルセットヴォイスが聴こえない

            いつかの昼下がり
             僕は美術館へ向かった
              同行した黒猫のハルシオンが不思議そうに尋ねた
    
               あんたがさ、
                美術館に行くなんて何年ぶりだい?
                 最後に行ったのはあの街の美術館だね、
                  もう十年の歳月が過ぎるよ。
            
                  そう。
                 十年前には僕は途方にくれ
                まるで救いを求めるかの様に
               チケットを買って
              常設展示室に足を運んだ
             外は真夏で蒸し暑く
            冷房の効いた美術館はまるで天国みたいだった
           
           僕はいつも古賀春江の絵の前で立ちすくみ
          しばらくしてから絵の前を離れ
         美術館が大金をはたいて購入した
        サルバドール・ダリの作品を無視して公園に出て
       ちいさなワゴン車の親父さんから
      ホットドックを買って一人きりで齧った
     それが一週間の決まりだった
    それだけが僕の唯一の決まりだった

   ね、
  どういう風の吹き回しだい?
 いまさら美術館へ行きたいだなんて。

ハルシオンが皮肉に赤い舌で髭先を整える

 僕はずうっと黙り込んで美術館へてくてくと歩いた

  美術館の前に来ると僕は黒猫に云った

   ここからは君は入れない。
    決まりなんだ、悪いけど。

    猫は不服そうに鼻を鳴らし
     フィリップモーリスに火をつけた

      ふん。嫌な世の中だよ、全くもってね。

       その意見には同感だった
        僕は黒猫を残し建物の中へ足を踏み入れた
         一人の女性が展示室で受付をしていた
          
          どうもありがとう。ゆっくりしていって下さいね。

           女性に会釈して
            僕は彼女の作品達を眺めた
             モノトーンに近い色使いで
              大きな作品
               中くらいの作品
                小さな作品
                 それらをぼんやり眺めていた
                  近くで見たり遠くから眺めたり
                   それ等の作品たちを見ていると
                    動き出すことが出来なくなっていた

                    「生と死の境界線」
                   ぼんやりと岩井寛の本の題名が  
                  頭の中を駆け巡った
                 完全な静けさが展示室を
                息つける場所に変貌させていた
               僕には芸術のことはよく分からないけれど
              この女性の作品には自分でも不思議なくらい
             惹きこまれていった
            僕はあの暑い夏を想い出していた
           たくさん汗をかいて飛び起きた真夏の日

          急に黒猫のハルシオンの事が気になった
         立ち去ろうとする僕に
        彼女は
       丁寧に見てくれてありがとう。
      と云った

    黒猫は車のボンネットの上に乗っかっていた

   それで、
  それで知覚の扉は見つかったのかい?

 僕がうなずくと猫は満足げにあくびをした

  そいつはよかった。

   僕はこの女性の芸術家とだんだんとお友達になった
    女性はまるで植物の種類のひとつの様に
     穏やかで優しい口調でユニークな言葉を使った
      とても素敵な方だ

       ある日女性のギターに模様が装飾されていた
        すごく素敵なデザインだった

         そのデザインがいつまでたっても脳裏をよぎった
          僕は意を決して彼女に
           僕のギターに絵を描いてくれませんか?
            と無理なお願いをした
             彼女は微笑んでお願いをきいてくれた

             そのギターは
            ずうっと昔にフェンダーのベースを売って手に入れた
           初めて手にしたギターだった
          この子とはいつも一緒だった
         深夜二時の公園のベンチや
        皆が寝静まったキャンパス
       酔いが回りすぎた夜も
      誰かと出会ったり分かれたりした時
     病院の中庭でグリーン・スリーブスを弾いた時だって
    いつだってそばにいてくれた
   僕は音楽とこのギターに何度も救われた

  出来ましたよ。

 と、しばらくして連絡が届いた。

ギターケースから楽器を取り出すと
 ボディに植物のモチーフの素敵なデザインが施されていた
  僕の部屋に飾られたギターに装飾されたデザインは
   想った以上に部屋の雰囲気をアットホームな空間にしてくれている
    僕はそのギターを優しく弾きながら
     そうっと歌を歌った
      この世界の悪意のある音の中でもまだ歌える
       そう想った
        嬉しかった


        美わしき悦びに満てる真の魂は穢れること無し


 
          ありがとう。

























                         
コメント (5)
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