佐藤康光と森内俊之は「アイドル」である。
前回(→こちら)まで、数度にわたって、ライムスター宇多丸さんのラジオなどでおなじみ、映像コレクターであるコンバットRECさんによる
「アイドルほつれ」理論
を参考に、そう喝破した私。
これには、かつてロベルト・シューマンがショパンを評したように、
「諸君、脱帽したまえ。天才があらわれた!」
との称賛を浴びるはずと、ワクワクしながらファンレターや、女子からのDMなどをお待ちしていたのだが、現在のところ、おしかりのコメントか、
「バカ爆誕」
という、あきれられた反応しか返ってこない。
これは一体どういうことか。この濃密な理論が理解できないとは、実に大衆は愚昧である。
おそらく、私の才能を恐れる米軍か、フリーメーソンの陰謀であると考えられよう。
なんて阿呆なことばかりやっていると、本当に将棋ファンから怒られそうだから、今回はまじめにというか、まあ「アイドル論」も全然まじめなんだけど、お二人の将棋の方を紹介してみたい。
先日は郷田真隆九段が見せた、まさかの大ポカを紹介したが(→こちら)今回はレジェンドがまだ「若き獅子たち」だったころの熱戦と絶妙手を。
きれいな手で終局すると、とてもさわやかな気分になる。
将棋というのは終盤に行くほどカオスになるゲームで、特に熱戦のときなどはなにが正解かわからない難解な場面が続くが、それでも最後の最後に、
「あーなるほどー、ええ手やなあ」
納得の決め手が飛び出すと、一服の清涼剤というか、「ええもん見た」という気分で帰れるもので、そのひとつが、1997年のA級順位戦。
森内俊之八段と、佐藤康光八段の一戦。
相矢倉になって、力戦模様から、まずはこの局面。
先手の森内が、▲88角とのぞいたところ。
△44の銀取りになって、とりあえずは、これを受けなくてはならない。
ふつうは△43金右と、形よく上がるものだが、銀で圧を受けている6筋と7筋が薄くなるのも気になるところ。
そもそも「平凡」ほど、佐藤康光に似合わない言葉はないのだ。
△43金左と、こちらを上がるのが力強い構想。
今の「天衣無縫」を知るわれわれからすれば、
「ま、佐藤康光なら、こうだよね」
なんて通ぶりたくなるが、当時の佐藤はまだ「本格派」の雰囲気を色濃く残しており、こういう手のイメージはそんなになかったのだ。
そう考えると、すでにこのころから、その萌芽があったのかもしれないが、さらにすごいのがこの後。
金銀を盛り上げ通路を作り、飛車を一気の大転換。
なるほど、この形に持っていきたかったから、金左なのかと納得だが、なんにしても、すごい構想。
本格派どころか、やりたいことを全部やって、ワガママきわまりない。
なんともロマン派な手順で、ヘルダーリンか! とでも、つっこみたくなるが、敵の左辺からの盛り上がりを相手にしないという意味では、理にかなってもいる。
うーん、やはり佐藤康光の将棋はおもしろい。
一方の「リアリスト」代表である森内は、敵がこれみよがしに振りかぶる姿を尻目に、▲84銀と歩を取っておいて、△51角に▲75銀と手を渡す。
悠々と一歩得を主張して、
「好きに、やってきなさい」
なんともフトコロの深い将棋で、森内もまた、若いときからその泰然としたところは変わらないのだった。
どんだけ堂々としてるんやと、あきれるしかない落ち着きだ。大人か!
こうなると、後手は
「じゃあ、やったろやないか!」
ケンカしたくもなるわけで、△38歩と投げ銭を放って、▲同飛に△25歩と開戦。
そこから双方、フルパワーでのねじり合いにたたき合いで、Aクラスにふさわしい大熱戦に。
正直、激しすぎで手の意味はわからないところも多いが、並べていてそのド迫力には圧倒されることしきりで、メチャクチャにおもしろい。
そうして、むかえた最終盤。
後手の佐藤が、△88桂成と王手をかけたところ。
パッと見、この局面をどう見るでしょう。
王手の受け方は山ほどあるが、▲36金と取るのは△87成桂、▲同玉に△77金で詰み。
▲76歩の合駒も△同飛、▲同玉、△77金。
▲66銀打とこちらに受けるのも、△76金と打って▲同玉、△77金、▲86玉に△87成桂と引いて詰み。
後手は王様が6筋に逃げても、△56金と打てるのが大きく、どう逃げてもピッタリ詰まされているように見える。
私なら頭をかかえながら、59秒まで考えて「あかんかー」と投了してしまいそうだが、実はここで、さわやかな手があり不詰なのだ。
▲66銀と、屋根裏の窓を開けながら受けるのが絶妙手。
△同飛なら、▲75玉とかわして勝ち。
他にもいろいろありそうだが、先手玉はどうせまっても▲75から▲64と、上部が抜けているのだ。
これを見て、佐藤が投了。
この図を最後に残した感性もすばらしい。
大混戦から、最後は見目麗しい妙手で収束。
ライバル同士の熱戦にふさわしい、なんとも美しい最終図ではありませんか。
(行方尚史と藤井猛の「血涙の一戦」編に続く→こちら)