つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

贄門島(上下)

2019年07月06日 22時22分34秒 | Review

内田康夫

 (上)2006年8月10日初版/文春文庫、(下)2009年9月25日、初版/角川文庫、シリーズNo.91。上下の長編大作。関係する地名については、作品の中で千葉県外房の和倉港とは位置関係から「千倉港」のこと。ここから東側の洋上に美瀬島(=贄門島)があるはずだが、現実には島は無い。贄門島の着想は同じ千葉県外房の大海の東洋上にある島「仁右衛門島」から得たらしい。著者の作品で、多くの場合実の地名が使われるが、今回は珍しい。

 島には「御霊送り」のような風習があって、村(島)の結束がある。古くから伝承があり、そのルーツに誇りを持っている。共有してきた約束事があり、今となっては秘密と化している。それもあって島外との接触は一線を画し、一切の観光や開発を拒んでいる。そかし、その閉鎖性が強請たかりの対象になり、最終的には違法薬物、銃器や覚せい剤などの取引に発展し不正な資金源になってしまう。

 島には国境とか人種とか以前の、人と人の結びつき、交流といったものが、自然発生的に存在していた。それを一概に罪とすることは出来ない。人的交流、物々交換、基本的には法律以前の問題である。しかし、今は法治国家であるがゆえに、それを許すことが出来ない。最終的な決着は、島の結束を護るために神宮船長が命を懸けての収束手段であった。

 天羽智巳、天羽 正、石橋洋子の三人は、思いもよらぬ苦難が待ち受けているだろう故国をめざして戻って行った。北朝鮮から苦労して脱出したにもかかわらず、再び戻る人たちに似ている。多くの脱北者の中の少数かもしれないが、ルーツとはそうしたものであり、人間の悲しい性、簡単に捨てることのできない心の拠り所なのだろうと思う。そう思ったとき日本在住の二世三世が持つルーツへの想いが理解できるような気がする。


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箱庭

2019年07月02日 23時42分04秒 | Review

内田康夫/徳間文庫

 2013年2月15日初版、シリーズNo.63。先日読んだ「しまなみ幻想」に続くようなイメージが残る。今回の話しの舞台は宮島(厳島)なので、地理的にもごく近い。宮島を訪れたことは一度も無いけれど「旅」としてかなり堪能できたような気がする。それとオープニングの台風19号の襲来シーンは圧巻である。読者を思わず引き込む描写だったように思う。

 事件の背景にあるのは大規模な政界が絡んだゼネコン汚職であるけれども、殺人事件の動機としてはごく単純で、息子を思う親の思いが殺人にまで及んでしまったということに尽きる。勿論「誓約」なるものの存在が明らかなった以上は、それに見合うケジメを付けなければならないだろうけれども、この手の解決には何とも満足し難いものがある。どう考えても「トカゲの尻尾切り」にしか見えないが、だからと言って全てを無にするという訳にもいかない。例え連座制があったとしても難しいものだ。

 「箱庭」は、作中旭光病院の理事長、宝田雄造が得意とする「箱庭心理療法」というものがあるらしいが、それを描くことで人の心理状態が明らかになるというもので、お題はそこから取ったものらしい。宮島の紅葉谷公園が「箱庭」のようだというのはあるけれども、ストーリーにはほとんど無関係である。

 全てが明らかになって、最後はやはり「武士の情け」ということになるのだろうか。この手の終わり方にはどうもやりきれない重苦しさが残る。やはり殺人という罪の重さがそうさせるのだろうか。

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