東上線・武蔵嵐山駅に盆栽の展示奉仕13年
1日も欠かさず、駅前の山岸宗朋さん(73)
東武東上線の武蔵嵐山駅(比企郡嵐山町菅谷)名勝地の嵐山渓谷を控え、国立婦人教育会館や県立歴史資料館の下車駅として十年ほどで乗降客が二・五倍の一日一万人平均になった。玄関口の駅ホームには四季折々の盆栽が展示され、利用客の目を奪っている。盆栽は駅前でタバコ商を営む山岸宗朋さん(七三)がたった一人で、一日も欠かさず展示奉仕を続けて十三年間。持木甲一駅長は「おかげで駅の美化に大きく役立ち、駅員も誇りに思っているほど」と感激。山岸さんの労苦に報いるため、近く東武鉄道本社に感謝状の贈呈を申請する。
殺風景な駅に潤い 「いつもきれいネ」と乗降客
「本社に感謝状の贈呈申請へ」持木駅長
武蔵嵐山駅の下りホームには、いま満開のサツキが二十ハチ。殺風景な駅に緑と赤、白の花がひときわ美しく見える。山岸さんが丹精込めた白、赤、ピンク、絞り模様……と一本の木に五種類の花がついた自慢のハチもある。乗降客が立ち止まって、しばらく鑑賞する姿も。
山岸さんは、嵐山町会議長をつとめ、いまも町観光協会長として「畠山重忠館跡」や「嵐山渓谷」の売り込みに一生懸命。盆栽を駅に展示するようになったのも「観光客はもちろん、日ごろ、駅を利用する地元の人や高校生などに楽しんでもらう」のが目的。四十三年(1968)から春はウメ、夏はサツキ、秋はモミジというように月に二回、展示替えをし、駅ホームに一日も欠かさず盆栽を飾り続けた。冬は大樹の風格をもち葉の落ちた木の"冬姿"を見てもらう。
一年中、展示を続けても困らないほど、山岸さんの自宅近くには二千平方メートルの広い敷地に約一千ハチの盆栽がある。若いころから好きな道で、本格的に始めたのは仕事や公私から離れた三十年ごろから。実生(みしょう)から育てたモミジ、ケヤキの寄せ植えなどは四十年から二十年間も育て守り続けた自慢もの。
「盆栽は十年を越させることが大変。一日でも放置すれば枯れたり姿が悪くなってしまう。一千ハチに朝夕二回、水をやり、せん定や施肥をするのが私の仕事。結構忙しいんです」。そのせいか、とても七十歳を越したお年寄りとは思えない。
同駅を利用する国立婦人教育会館の縫田曄子館長も「山岸さんは、会館にもサツキやキクを飾ってくれます。昨年(1980)十二月のユネスコ・セミナーに訪れたソ連代表が“日本にはボンサイというすばらしい芸術があると聞いた”と言うので、山岸さんにお話したら、すぐ十ハチほどの盆栽を届けて下さいました。ソ連代表は“日本人の客をもてなす心はすばらしい”と発言しましてね。山岸さんの好意は国際親善にもつながっています」と語る。
持木武蔵嵐山駅長の話 十三年間も欠かさず奉仕をするというのは、生半可な心では続けられない。山岸さんのおかげで私たちもホームや駅周辺の清掃に心がけ、“沿線で一番きれいな駅”と利用客やからほめられている。東武鉄道内部はもちろん、こんなに息の長い奉仕活動は全国でも珍しいと思う。
『毎日新聞』1981年(昭和56)6月12日