今日も、70歳になる“とても近しい人”のお見舞いに行った。
昨日とは、全く違う方向で、東京都内を縦断している感じだ。
今日は、私にとって「お父さん」みたいな人の“病気見舞い”である。
私は何の連絡もしなかったので、本人はとてもびっくりしていたが・・・
とても喜んでくださったので、良かったぁ、ホント・・・。
ベット脇の掃除をして、ごみを捨てて、紫の好きな人にアレンジの花を置いて、
一緒に「草もち&大福」を食べて、たくさぁ~ん話をして、帰ってきた。
その“紫の好きな人”は、寝巻きの上に紫のジャケットを羽織っていた(笑)。
いたるところに置いてある小物にも、紫が使われている。
“その人”は、発展途上国に、頻繁に行く人で、もし今回がそうだったら・・・
「ボクは、確実に、死んでいただろうなぁ」と、しみじみ語っていた。
根っからの「ジャーナリスティックな視点」をもった“素晴しい人”である。
民主党の改革に期待しながらも、世界の飢餓状態について「誰も何もしない」と
発奮しながら、話していた。
この話については、お互いかなり盛り上がって意見交換した。
今年の3月3日のおひな祭りに、お食事デートをした人で、今回の入院と
手術は、はじめての経験だったそうで、かなり辛かったようだ。
ダンディで、スマートな、いつもの様子とは違って、10キロもやせた様子は
とても切ない感じだったが、脳細胞が「元気モリモリ!」なので、安心だ!
鼻から細い管を差し込みながらも、病室にPCを持ち込んで仕事をしていた。
だから「本当に病人?」っていう印象だった。
私が好きな人には、いつも元気でいてほしい。
そして、その人が辛い時には、ちょっとしたことでも、お手伝いができるよう、
あるいは自分の気持ちが伝わるような行動を、率先してやっていきたい。
「自分は、自分の人生を生きる」
何よりも、「正直に生きる」・・・というのが、今の私には重要なことである。
行きたい場所には行って、会いたい人には会うように、これからは努めて
日々の生活を判断していきたいと感じている。
元気になったら、また、「ご飯を一緒に食べようね」と約束して、帰ってきた。
「私は、今日、私自身の一日を生きた」という感覚があるのが、何よりである。