磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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26.井戸のカニ

2005年07月03日 | 【作成中】小説・メリー!地蔵盆



三、タイベン

26.井戸のカニ


写真はプライバシー保護のためぼかしを入れてあります。



 風船を買えなかったアパートの子どもたちは、共同洗面所前で船をつくっている。洗面所は外にあり、新館の東にあった。洗面所は学校の手洗い場のように長く、いくつか水道の蛇口があった。流しの下には洗濯するときのおけ、洗濯板、洗濯石鹸、バケツなどがおかれていた。

「風船かってきました」
 ジョンさんは細い風船で鉢巻きをつくった。

 池山も雄二も船をつくるのが忙しく、ジョンさんのことはあまり気にしていない。

「なんや、ふつうの風船でもできるやん」
 ジョンさんは、吉坊の頭に風船のはちまきをのせた。
「あの風船屋、嘘つきや」
 幸江が怒っている。
 ジョンさんから、風船をもらった吉坊は笑っている。その笑顔を見て、ジョンさんもすごく喜んでいた。

 ジョンさんは、今度は風船のリンゴをつくろうとしている。
 パンパンと何個も風船をわっている。

「あの風船、やっぱり、普通の風船じゃなかったのね」
「違います。あれも普通の風船です。私が不器用なだけです」
 ジョンさんは、赤い顔をしている。

「そんなもん、作っても遊べへん。船つくろう」
「船ですか」
 ジョンさんは驚いていた。
「そうやん、この子ら、川に船ながして遊ぶんや」

「どこの川ですか」
「吉田神社の川や」
「吉田神社に川ありましたか」
「溝みたいな川あるやろ」

 ジョンさんと幸江は話しこんでいた。それから、熱心にジョンさんは雄二らの様子を見ていた。見ているだけなら、退屈やろうなあーと思う。膝を叩いてから、ええもん見せたろといい、流しの下から洗面器を出した。

 ジョンさんは膝を乗りだして、洗面器を覗きこむ。
「これ、カニや」
「かに?」
 ジョンさんは、珍しそうに見ていた。

「これも、吉田神社の川で捕れるのよ」
 幸江が説明した。

「これは、川とちがう井戸や」
 雄二は楽しそうに話した。
「井戸?」
 幸江とジョンさんは不思議そうな顔をしている。

「そら、秘密やろ」
 池山は雄二に忠告した。
「うん、そうやったな」

「どこにあるの?」
 幸江が知りたがった。

「さぁ、吉田神社の川に行こう」
 池山はみんなに呼びかけた。
 雄二は、船が完成したので同意した。

 ジョンさんもついて来た。
 雄二の船も池山の船も大きすぎて、浮かばなかった。

 雄二と池山は川をせき止めることにした。
「浮かんだぞ」
 雄二と池山は叫んだ。
 でも、大きすぎて、吉坊のように進まない。
 船の大きさにくらべて、流れが弱いからだ。

「船は動かないと、面白くないな」
「よっしゃ、ダムを壊そう」
 ダムを壊すと、吉坊の船がいきよいよく流れていく。

「待って!」
 吉坊と恭子は、あわてて走っていった。

「あ、落ちる」
 滝に落ちていき、船は見えなくなった。滝といっても、大人の背より少し高いくらいだ。吉坊は下をむいて、寂しそうにしている。池山は石垣を下りて行った。雄二らは、まわり道をして、滝の下に行った。
 池山は岩の間にカニはいないかと探していた。

「船はどこにあるの」
 恭子がきいた。
「そこにあるやろ」
 池山は川岸を指さした。池山はもう船には興味がまったくない感じであった。

 ジョンさんは、
「このあたりは石の溝にはなっていませんね」
 あたりを見まわしていた。

「ほれ」
 池山はジョンさんにカニを見せた。
「おう、小さなカニですね、大豆よりも小さいです」
 ジョンさんもカニをさがしはじめた。

「ヤゴ見つけたよ」
 幸江はうれしそうだ。

「ほんまや、ちょうだい」
 池山の手に移る。
「これ、とんぼの幼虫や」
 雄二はジョンさんに説明した。

「このへんも、荒らされていて、そう、カニとれんなあー」
「井戸に行こう。香取ちゃん、ジョンさんらに教えてもいいやろう」
 池山は弟の頭にある風船の鉢巻を見ている。雄二は同意した。

「よっしゃ、井戸へ行くぞ」
 元気よく号令をかけた。

 もっと山の上に行く。

「井戸でカニとれるのですか。西瓜みたいですね」
 ジョンさんは妙なことを話した。
「西瓜は畑や」
 と、恭子が教えた。
「ほんまや」
 と、みんで笑った。

 道から離れたところに、レンガでつくられた四角い井戸がある。井戸には木のふたがしてある。雄二と池山はふたをとった。けっこう、重い。これは大人になってから、わかったことだが、これは井戸ではなく、上にある京大の貯水池の排水溝の空気抜きであった。しかし、その形から見て、雄二らは井戸と呼んでいた。

「危なくないですか」
 ジョンさんは心配していた。

「いつもしていることや」
「大丈夫」

 ふたりは声を合わせた。井戸は浅く、大人の背丈ほどしかない。池山と雄二は、ゴム草履のまま、井戸のなかに入っていく。

「ジョンさんも、幸江たちも、ここの場所、ほかの人には内証やからな」
 池山の声が井戸の中でこだまする。井戸は深くないけれど、声が響いた。

「井戸の中は、水が流れているのですか」
 上にいるジョンさんの声もこだました。
「そうや、チョロ、チョロ、水ながれとるで」

「水はそう深くありませんね」
「十センチくらいや」

 井戸の中には岩があり、右手を岩の上においている。ほかはもきれいな砂地になっている。雄二は、井戸のレンガのすきまに、指を入れた。

「痛た……」
 雄二はあわてて、指を出した。

「お、もしかしたら、カニや。わしとかわれ」
 池山はレンガのすき間に棒切れを入れ、カニにはさませ、そのまま引っ張り出すのだ。

「カニおるんか」
 吉坊の声が聞こえた。
「吉坊、あんまりのぞきこんだら、落ちるよ。落ちたら、怪我するよ」

「大丈夫です」
 ジョンさんが吉坊を抱きかかえていた。
「大丈夫だよ~ん」
 吉坊もうれしそうだ。

「珍しい、大きいカニや」
 十円玉より一まわり大きかった。池山と雄二は外にでた。
「左のはさみがすごく大きい」
「大きくって、かわいくないわ」
 幸江は苦虫をつぶしたような顔である。

 そのカニもジョンさんが
「逃がしてやりましょう」
 というので、池山は仕方なく逃がした。



閑話休題

井戸のカニと題しました。
実際は井戸ではなかったようです。
ぼくが大人になり、もう一度見に行ったときには、
コンクリートのフタがしてありました。

ぼくのようないたずら小僧が、
事故にあわないためなのでしょう。
今では、これもないかもしれんね。




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