五、盂蘭盆(うらぼん)
46.月の観察
十四日の夜、曽我のおばあさんは、迎え火をしている。
静かにお経をよんでいる。
今、京都をどこかの空から見ていると、夜になり京都の山々は緑を深めて、それから真っ暗になる。その上を先祖の霊が飛んでくるのだろうか。そんな空想をしてしまう。おじいちゃんも、霊で帰って来るのかなー。
夏休みの宿題に月の観察があった。月の観察、それは楽しいものであった。朝顔の観察にはなかった満足感があった。
月の満ち欠けは、時間によって、刻々と変化していくということ。その記録も、絵のヘタな自分でも、満足できる図を書くことができたこと。満足な図をかけ、満足な観察ができた雄二には、それからも、残ったことがある。それは、物を見るということが面白いということである。
月は、気紛れにあるのではないということ。機嫌のいいときは満月で、すねている時は下弦の月、いばっている時は上弦の月などということはないのである。刻々と変化することを理解した。
しかし、それがどうしてか、はっきりとするまでは時間がかる。それは中学生になってからである。月が自らに輝いていないということも知った。だけど、光のあたり方により形がかわるということはわかった。
やたら、月が気になった。昼間にも月はあるということ。昼間の月は弱々しく見えるきともあり、とても小さな気がした。それは太陽の光があるからよく見えないのだということも知った。
太陽の光がない夜には、月はより輝いてみえるが、それは太陽の光がない分、輝いているだけのことなのだ。星は太陽の光がなければ、昼間でも見えるということを聞いたときには、すぐには信じられなかった。でも、朝方なら、太陽が出ていても星が見えるということを聞いた。その通りだったので驚いた。
雄二は、ベランダで月の観察したことを思い出す。それは、美しい月であった。そのころは、まだ大気汚染の影響も今ほどではなかったので、月はなおさら美しかった。
この日も観察にベランダに来ていた。薫くんとジョンさんがいた。
「おお、雄二ですか。どうしました」
「夏休みの宿題で、月の観察しているんや」
「そうですか、それは感心ですね」
「ジョンさんらは、何をしているんや」
「提灯つくったんや」
薫くんが教えてくれた。
雄二の宿題が終わり、マッチをする音がする。
「つきました」
「いよいよ、点火や」
その提灯はハロウィンの提灯だった。闇に浮かぶ、ニタニタ笑っている気味の悪いものだった。
「こんなの京大の大学院生がつくるんか」
「つくるのです。私、提灯係です。そう考えていると、昔の記憶がふつふつと蘇(よみが)ってきたのです」
何事にも、感激する人だ、ジョンさんという人は。
「でも、ぼくらの提灯と違うがな」
「これ、お化け提灯っていうのです。ジャックちょうちんとも呼ばれています」
「何でジャックちょうちんっていうのや」
薫くんが質問した。
「それはジャックという人がいたそうです。その人は、とても金の亡者で天国に行けず、地獄でも嫌われてさまよっているそうです」
「キリスト教徒のお祭りでも、おもしろそうなのあるんやね」
と、薫くんはジョンさんにうれしそうに話した。
「万聖節の前日のお祭りをハロウィンといいます。今はキリスト教のお祭りですが、最初はちがいました。最初は「サムハイン」というケルト人やサクソン人のお祭りだったそうです。キリストが生まれる前からあったといいます」
「その話、もっと詳しく聞きたいなあー」
「サムハインとは夏の終わりという意味だそうです。日本には四季がありますが、その人たちには季節は二つしかありませんでした。11月1日は冬のはじまりなのです。このお祭りをキリスト教のお祭りにしたのです」
「そんなことできるの」
「できます。日本でもしています。盂蘭盆は日本では仏教の行事ですが、仏教の本場のインドにはないそうです。『盂蘭盆経』というお経もありますが、これはインド以外の地でつくられたといわれています。この行事は仏教ではなく中国にある道教のお祭りだったという人たちさえもいます。お釈迦様の仏教には先祖供養という概念はなく、それは中国の道教の教えだという人もいます」
「お釈迦さんの教えとちがうのか」
薫くんは驚いていた。
「そうらしいです。お釈迦様はあの世のことは何も語らなかったという人もいるくらいです」
「今度はジョンさんが持ってえやー」
薫くんはジョンさんにカボチャの提灯を手渡した。
「ほんま、怖いがなー。火をつけると。これも、ええんちゃうんか」
曽我のおばあさんが出てきた。
「これ、アメリカの提灯やで」
「ほんまかいな。アメリカさんも、やるものやなー」
と曽我のおばあさんは、感心していた。曽我のおばあさんは、何を感心していたのだろうか。外国でも提灯があるということに感心していたのか。作った提灯が上手いからだろうか。雄二は、どっちもだろうと思った。
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