五、盂蘭盆(うらぼん)
42.平和の送り火
「大文字の送り火って、大文字焼きのことか」
雄二はきいた。
「……当たり前やないの」
「大文字焼きのほうが、美味しそうでええのにな」
やっぱり、雄二にとっては送り火というより大文字焼きというほうが、ぴったりとくる。なぜなら、送り火にしては弱々しくないからである。
「美味しそうだなんて、大文字焼きは和菓子やないわよ。お菓子係さん」
ジョンさんは大文字の由来を説明しだした。
「応仁の大乱とは応仁の乱とも言います。ただの乱ではなかったので大乱と言う人もいます。京都は第二次世界大戦でさほどの被害をうけていません」
「それは知っとるよ」
池山は自信をもって話している。
「京都には人類にとって重要な文化財があるから、文化人の西洋人は爆弾を落とさなかったらしいよ」
しかし、それは間違いだと今ではわかっていることである。京都がなぜ焼け残ったかは、それは京都が原子爆弾の目標にされていたからである。盆地ゆえにその効果は絶大であるという。
「でも、空襲はあったんやろ。テレビで京都から不発弾が出てきたというニュース見たことがあったよ」
「そう言えば、ぼくも見たことある」
そんなテレビよりも先生の言葉を信じてしまっていた。テレビのニュースで不発弾の処理をしているのに、空襲がなかったなどというのは理屈が合わないのである。
たしかに、残しておいてもらいたい人類の遺産が京都にはある。だからといって広島には文化がなかったので、原子爆弾にあったのでは決してない。長崎のことも知れば、当然、そんなことは嘘であることがわかるだろう。
東京は大空襲があったが皇居は残った。京都にも皇室関係の文化財が多いため、戦後の交渉がやりやすいように、京都をあまり狙わなかったという人たちもいる。
ジョンさんは話題を応仁の大乱にもどした。
「応仁の大乱は室町時代に起こりました。1467年から、おおよそ10年間の戦乱でした」
「そんな昔の話し、知らんはずや。曽我のおばあさんじゃあるまいしィー」
雄二と池山は笑っていた。幸江があきれていた。
「将軍家の跡継ぎ問題がきっかけで起こりました。応仁の大乱で、京都は焼け野原になりました」
ジョンさんは手すりに手をそっとおいた。
「アメリカがなくっても戦争をしたのよね。人間って戦争が好きみたいね」
「そうみたいです。アメリカも同じことです」
「人間って戦争が好きって、本当にそうかあー。いやでも仕方がなく戦争に参加しているんじゃないか……」
池山が生真面目に話した。
「そうかもしれへんね。偉い人に言われて……」
「正義って、何やろうなあー」
池山らしくないことをつぶいた。
「正義ですか?」
ジョンさんは、鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔をしていた。
「それは相手を思いやる心じゃないでしょうか」
と、ジョンさんは述べた。
「相手を思いやることがかいな」
池山はピンとこないようだ。雄二も同じだ。
「相手を思いやったら、戦争なんて起こるわけあらへんやないの」
幸江は迷惑そうな顔をしている。
「そんなことはないやろう。相手を思いやっても、相手が相手やったらしゃーないで」
「そら、そうかもしれんけど。正義って何やろう。アメリカは正義やったんやろう。日本は軍国主義でひどかったんやろう」
「軍国主義ですか」
ジョンさんは歯が痛いというような顔をした。
「軍国主義って、お国のために人を鉄砲の弾にしてしまったのよね」
「人は人でしょうけど」
真面目なジョンさんは大いに困っていた。
「でも、ゼロ戦は格好いいよなあー」
「正義って何だろう。相手を思う心かあー。そうだ、イエズス様は“汝の右頬を打たれば、左頬をその者に差し出しなさい”って言うやんか! そんなん無理や、無茶苦茶や」
「そうや、そうや。そんなことしたら、大変だよなあー」
「相手の心を大切にされるイエズスはたしかに、十字架につかれました。でも、いつもいつも、そうされたわけじゃありません。それは神の思(ぼ)し召しなのです」
「難儀な、思し召しやなー」
「ほんまや、十字架なんかにつきたくないわ」
「それだからこそ、福音となったのです」
ジョンさんは、さわやかな表情でいる。
「キリスト教のことはどうでもええで!」
池山は面倒くさそうだ。
「西欧やアメリカでは、聖書に手をおいて、裁判をします。聖書は西欧人の良心だと言われています」
「本がかいな。心はここにあるものや」
池山は胸に手を当てている。
「その通りです。良心は、一人一人の心にあるものですね。池山くんが正しい。でも、人間は自分勝手になりやすいものでしょう。ですから、自分の心の計り縄にするのです」
「計り縄?」
「計り縄とは、それを基準にするということです。聖書によって自分が正しいかどうか計るということです。」
「そうか。聖書って西欧人には大切なことって薫さんから聞いたでえー」
「ええ、その通りです。私は戦争をする人たちに、正義があると気安く思えません。相手にも子どもがいるし、親がいる。そんなことを考えて戦争をしている人なんてあまりいないと思います」
「そら、そうやろうなー。鬼畜米英って思わないと殺し合いできんわなあー」
「そうです。戦争は弱い者いじめです。強い国が勝つのです。正義だから勝つのではありません」
「でも、アメリカ人だって死ぬでしょう」
「そうです。アメリカ人もたくさん死んでいます」
「そうかー、知らんかったで」
「そうなのです。アメリカで最大の産業は軍事関連産業です。それでお金儲けをしている人たちもいるのです。そうして、世界で一番強い国といって威張っているのです。でも、それが本当に聖書に書かれていることでしようか」
「そんなこと聞かれても困るで」
「ぼくらアメリカ人やないで」
「鼻低いで」
「そうや、そうや」
「でも、考えることはできるわよ。戦争をして、威張っている人なんて、馬鹿よ」
幸江は戦争が大嫌いなようだ。
↓1日1回クリックお願いいたします。
ありがとうございます。
もくじ[メリー!地蔵盆]