五、盂蘭盆(うらぼん)
43.汝の敵を愛せよ!
「正義って、ようわからんのう」
「わからないけど、大切なことよね」
「“汝の敵を愛せよ”というのは簡単やけど、なかなかそうはいかないよね」
敵はひどいことをしてくるものだ。そんな人たちは愛せないと雄二は思っている。
「そうですね。キリストだって、お金持ちや権力者のところへは福音を伝えにいかれなかったという人もいますよ」
雄二は、ジョンさんらしくないことを言ったように思えた。
キリストと交わった人たちで、金持ちもいるというが、長く交わった人たちは財産を捨てたり、困っている人に施(ほどこ)しをている人がほとんどであるともいう。
「そうなの?」
疑問を口にする幸江。
「汝の敵を愛せよ! じゃないの」
雄二はジョンさんの目を見つめる。
「それは、十字架の姿だったのです」
「でも、“神よ、神よ、なぜ見捨てられるのですか”と言われたのでしょう」
「そのとおりです。それほどの苦痛だったのです」
「なかなかできることとちゃうってことやな」
「イエズスの戦いだったのです」
雄二は考えこんだ。おかしいと思った。
「ほんでもや、“汝の敵を愛せよ”って、聖書が良心やったら、戦争なんかできないよ」
とジョンさんに詰め寄った。
「それが正しいことだと私は思います」
うつむくジョンさん。沈黙が続く。
「何の話してたんやろ」
「あ、大文字さんのことよ。話を元に戻しましょうよ」
「たくさんの人が戦争で死にました。応仁の大乱でも、たくさんの人が死にました。ところで、精霊流しというのを知っていますか」
ジョンさんは雄二らの顔を見て質問した。
「知っとる。テレビで見たことある」
「わたしもある。広島の原爆祈念日にテレビで見た」
「そうです。原爆でなくなった人たちの魂をなぐさめるために精霊流しをするのです。この行事は日本の古い文化行事です」
「それと、大文字がどう関係があるの」
「広島も平和の祈りなら、京都の大文字の送り火も平和の祈りなのです」
「ええ、本当!」
三人は驚いた。
毎日見ている大文字山が平和の祈りのためにはじまったなんて、初耳だった。
「ある人たちは考えます、あの船のかたちをした大文字は海のない京都市内での精霊流しをしょうと考えたのだろうと。応仁の大乱で焼け野原になった京都には物がなくって、山の中腹に図形をかいたのです。その想像力は素晴らしいです」
ジョンさんは右手の親指をたてて、むしゃぶるいをしていた。
「応仁の大乱で亡くなった人たちの魂をいやすために作られたのね。だから平和を祈っているわけね」
幸江は船形を見ていた。
「ほんまかいな」
池山は“妙”という字の大文字を見てつぶやいた。
「そうです。だから、8月16日にあるのです。盆という行事は孟欄盆(うらぼん)前後数日を言います。その最後の日が8月16日なのです」
「盆はご先祖様の霊が帰って来はる日やしね。来やはった霊、送ってあげないといけないのよねー」
「だから、送り火というのです」
ジョンさんが補足した。
↓1日1回クリックお願いいたします。
ありがとうございます。
もくじ[メリー!地蔵盆]