二、漢方薬
24.銭湯
夕食後に風呂屋へ行く。風呂に入ると、湯船に薫くんがいた。
その横にはジョンさんがいて楽しそうに話していた。
薫くんは染色体異常だから、色の白さはジョンさんと争う。髪の毛の色は薫くんの方が赤っぽく、ジョンさんは黄色い金髪である。
薫くんは病院勤めをしているが、アパートに父親が住んでいたので、ちょくちょく帰って来ていた。
「おお、雄ちゃんやないか」
薫くんは雄二に話しかけてきた。
「ジョンさんと楽しそうに話しているなあー」
「うん、なかなか、おもしろい人や」
薫くんはジョンさんをそう評した。
京都大学に近い、この風呂屋ではときどき外国人が来る。別に珍しいことではない。
「広いお風呂は気持ちがいいですね」
ジョンさんはうれしそうだ。
「そうやねえー」
雄二もうれしくなった。
雄二は湯船の近くで体を洗い始めた。
「ジョンさんって外国人やのに、入れ墨入れてないんやね」
と、薫くんが質問した。
「入れていません。聖書に入れ墨は入れてはいけないと書いてあります」
「聖書って、もしかしたら、ジョンさん、キリスト教徒ですか」
「そうです。カトリック教徒です。アーメン、ラーメン、冷や素麺です」
「あははは。ジョンさんは、おもろい外国人さんやな。ユーモアもわかるんやなあ」
「ぼくが教えてあげたんや」
雄二は体を洗う手を止め、湯船に入っている二人に得意になって話した。
「いらんこと、教えるんやなー」
薫くんはあきれていた。
この風呂屋には黒人が入ってきたこともあったが、まわりの人たちは気にしない。別に何をすることもない。何か、変なことしないかと期待している。しかし、たいてい友達と来ていて、変ったことはしないのでつまらない。
薫くんとジョンさんの話は力がはいってきた。
「学校の先生が、聖書はキリスト教徒でなくても、読んでおけって教えてくれたよ」
「キリスト教徒でなくとも? それはどうしてですか」
ジョンさんは不思議そうな顔をしている。
「教養になるそうや」
「そうですか。教養ですか。それもいいものですね」
雄二は体を洗い終えて、湯船に入る。
「おお、聖書。雄二、読んでいますよ」
「えっ、雄ちゃん、聖書を読んでいるの?」
「読んでいるよ」
「すごいーな!」
「みんなにそう言われるで。でも、振り仮名がふってあるんや」
「そうか、それで読めるんか」
「そうや、そうでなかったら、読めるかいなあー」
「ジョンさん、神父さんですか?」
「いいえ、関係ありません。ただの信者ですが、聖書あげましょうか。また、教会の人から、もらってくればいいのです」
「無料か」
「もちろん」
「それなら、ちょうだいよ。儲かっちゃたな」
「雄ちゃん、聖書読んでいて、どう思う」
「神様の話やな」
「そうです。その通りです」
首を上下にして楽しそうなジョンさん。
「おおー、香取ちゃん」
池山の弟が来た。
「うん、お兄ちゃんと来たんか?」
「うん、お兄ちゃんと来た」
「ふーん、よかったなー」
「お兄ちゃんが大好きやもんなー」
「こら、吉坊、こっちこいよ。体洗うたるさかい!」
と、池山はぶっきらぼうだ。
アパートにはお風呂がないから、みんな風呂屋に来る。
「それにしても、ジョンさんも、薫くんも長風呂やね」
「気持ちがいいですよ」
「そうや、給料もらったからジュースをおごってあげるよ」
薫くんは楽しそうに宣言した。
「そう悪いなあー」
といいつつも、雄二は嬉しい。
「おーい、池山くん、ジュースおごったろうか?」
「うん、ありがとう。薫さん!」
「池山、今来たばかりやから、待っていたら、大変かあー」
「そんことないよ。池山くんは、カラスの行水ナンバーワンだからね。もう体を洗い終わっているしなあー」
「吉坊、こら、深い方に入たら、いかんって言うとるやろ」
「うん、お兄ちゃん」
「でも、わしら、おるから、ええで。深い方はぶくぶくしとるから、楽しいよね……」
薫くんは優しい人で近所でも有名だった。深いほうの風呂は、泡が出てくるので人気があった。雄二も深い方のお風呂に入るようになっていた。でも小学校にも行っていない吉坊には足がとどかないし危険である。
「あかん、味をしめたら、他の人が見てないとき、入るに決まっている」
「そうかいな。厳しいお兄ちゃんやなあー」
「弟のこと思っているんや」
早口な池山だった。
「そうですね、やさしいお兄さんです」
ジョンさんは笑顔である。
池山はジョンさんを相手にしないようにしている。
「いい湯ですね」
と言われても何も言わないし、すぐ上がって行った。
「ほら、雄ちゃん、見てみい、わしらより、池山くんの方が早く上がっただろう。思った通りや。ほな、ぼくも上がるよ。雄ちゃんも、もうええやろ」
「うん」
と、雄二は軽く返事をする。池山はぼくと来たときは、ぼくにつきあって長風呂なんやなあーと雄二は思った。その時は人が少ないときをねらってきて、深い方の浴槽で泳いだものだ。
湯船から出るとき、お湯が溢れ出す。タオルで体をふく。そして、体重計にのって、服を着た。池山は弟の服を着せていた。
「雄ちゃんは何がええ」
「フルーツ牛乳」
「わかった。おばちゃん、フルーツ牛乳なあー」
「はい、わかったよ」
「池山くんは」
「ぼくもフルーツ牛乳」
「吉坊は?」
「コーシー牛乳」
「わかった、コーヒー牛乳やろ」
よく冷えた牛乳はうまい。風呂上がりの一本は体にしみわたるようだ。
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