磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

鱧男の小説などをUP。環境問題に戦争・原発を!環境問題解決に民主主義は不可欠!

49.登山

2005年07月26日 | 【作成中】小説・メリー!地蔵盆
お知らせ

五日間(7月28日~8月1日)は
「レインボー・ループ」の
第1回から第5回めをUpしたいと思っております。

それは、献血の話を今よんでいただきたいからです。
8月2日からは『メリー!地蔵盆』がさらに続きます。






五、盂蘭盆(うらぼん)

49.登山


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カメラマン ふーちゃん



 16日。いよいよ大文字の送り火の日である。

 朝早く、雄二と池山はジョンさんのところへ行く。雄二はジョンさんの部屋の戸をたたく、ストンストンとにぶい音がする。

「ジョンさん、おるか」
「雄二と池山だよ」
「はいはい」

 ドタバタと大きな音がしている。

「ジョンさん、早く早く」
「どうしました」
 ジョンさんはドアを開けて顔をだしている。

「大文字山に登ろうよ」
「そうや、池山と登ろうと昨日決めたんや」

「ぼくの弟に見つかると子守しなあかん。早く、早く」
「はい、わかりました」

「サンダルじゃだめだよ」
「池山くん、子守しなくっていいのですか」

「ええわけないから、あせっているんや。妹の恭子が怒るんや」
「子守のかわりいるのですね」
「いるいる」

「登山靴か、大袈裟やね」

「かまへん、かまへん」
「水虫になるで」
「心配性やな。大丈夫やって」

 吉田山を三人はそろって降りていく。

 池山と雄二は夕涼みしているとき、池山がジョンさんを誘って大文字山に登ろうということを決めた。しかし、ふたりとも地図で調べたり計画をたてるなどということはしなかった。

「曽我のおばあさんから聞いたんやけど、大文字の火は一本の筆で書いたようにはないそうや。ぼくは大文字の火床みたいんやけど、ジョンさんは登ったことないから頂上まで行きたいやろ」

 池山は歩きながら、ジョンさんに気軽に話しかけた。

「ええ、どちらも見たいです」
 ジョンさんはいつもより生き生きした顔をしていた。

 三人は早足で、右大文字山(如意岳)に登っていくと、送り火の場所には以前登ったときと違いたくさんの人がいた。

 ロープもはられていたのが一部見えたので、文字の部分へ行くのはやめた。

 三人は大文字が書かれた部分より東に行き、三角点の方へ歩いた。

 三角点からの眺望はとても素晴らしい。三人はそろって大きく深呼吸した。それから、ジョンさんと雄二は景色を堪能(たんのう)していた。

 頂上までには行かず、三角点のところから折り返した。

 地図も見ないで登山する雄二たちは、迷ってはいけないので来た道を帰るのがいつもの行動パターンでもある。

「せっかく来たのに、大文字の字の部分に行きたいなあー」
 池山は悔しそうに話した。

「うん、そうやねえー。行けるとこまで行こう」
「そうですね、ロープが張られていない部分には行ってもかまわないでしょう」
 三人はまわりの様子を見ながら、大の字の部分に歩いていった。

 ロープは一部分しか張られておらず、入ることができた。それに先ほどとちがって、沢山の人が並んでいなかった。

 字の部分にも入ることができた。


「ここから、見たら大の字の大きさがよくわかります」
 ジョンさんは喜んでいる。

 大文字の「大」は第一画80メートル、第二画160メートル、第三画120メートルという巨大なものである。

「市電から、降りてもわかるで」
「市電からだと絵の額に入りそうですけど、ここでは見渡さないとわかりません」
「あの木を組んだのを燃やすのだろうなあー」
 池山が指さしたところには、木が井の形に組んであり、いくつも積み重ねられていた。

 立ち入り禁止のところから、作業着をきたおじさんが一休みしにきて、煙草を吸っていた。

「そうやで、遠くから見たら一筋にひかれた文字に見えるけど、こう、ぽこぽこと置かれた松明が燃えているんや。ああやって、木材を四角に組んであるのも、何か宗教的な意味合いがあるそうやけど、わしらに言わせたら、その方がよく松明が燃えますねん」

 おじさんは煙管に煙草の葉をつめて、美味しそうに吸った。

「見晴らしもええ、空気も美味い。ジョンさん来て良かったやろ」
 池山は石の椅子に坐って、にんまりとしている。しばらくすると、地蔵盆の準備があるのを思い出した。

「帰らな、幸江、怒るで」
「走って帰ろう」

「走ったら、危ない。山なめたらあかんよ」
 おじさんの声が追っかけてくる。

「そうか」
 雄二らは走るのを止めた。でも、だんだん早足になる。

「山を一つ越え、一つ登りました。疲れました。お腹、ぺこぺこです」
「吉田山こえ、大文字山に登った。ああ、しんど」

「何をしていたの」
 幸江が共同炊事場の上のベランダから叫んだ。
 ジョンさんは部屋に帰って行った。

「ジョンさんにいい思い出になるで……」
 しばらく沈黙し
「ジョンさん、引っ越しするそうや」
 と池山は真剣な眼差しを雄二に向けていた。

「ほんまか!」
「うん、そういう噂や」

「ほんまか、幸江、ジョンさん、いんようになるんか」
「……そんな、みんなで地蔵盆、楽しむよ」
 下を向いてモジモジしている。

「ほんまか」
 ジョンさんがタオルを首から下げて出てきた。

「ジョンさん、いなくなるんか」
「……いずれはそうなるでしょうが、地蔵盆、楽しみにしています」
 といって、共同炊事場に入って行った。そして、顔を洗って出て来た。


閑話休題

大文字山登山は小学校でも行きました。
そのころは、山椒魚などもいました。
山椒魚といっても、天然記念物のあの大山椒魚ではありません。
小さくって手のひらにのるような、かわいい山椒魚でした。

吉田山よりもうっそうとした木々があり、
夏でも木陰は涼しいものでした。

大文字山登山で楽しい記事と写真をBlogで
ふーちゃんがUpしてくれています。

何かこちらまで登山している気分になるBlogです。
それだけでなく、この話の舞台になる吉田山の写真もあります。
こんなふうに吉田山を見ることもできるんかと思う
写真でもあります。







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もくじ[メリー!地蔵盆]


48.大文字さん

2005年07月25日 | 【作成中】小説・メリー!地蔵盆
お知らせ
五日間(7月28日~8月1日)は
「レインボー・ループ」の
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それは、献血の話を今よんでいただきたいからです。
8月2日からは『メリー!地蔵盆』がさらに続きます。






五、盂蘭盆(うらぼん)

48.大文字さん





「まあ、団子でも食べてください」

 曽我のおばあさんとジョンさんは、曽我のおばあさんの離れの部屋から、大文字を眺めている。

 大文字。8月16日の夜、京の町をとりかこむ山々に壮大な送り火が燃え上がる。これが大文字の送り火である。

「ジョンさん。大文字のこともよく知っておらるのやてなあー」

「それほどではありません。送り火がはじまった説はいくつかあります。文献の上ではじめて出てくるのは慶長8(1603)年で、それよりさかのぼっての記録は今のところ見当たらないそうです」

「弘法さんの説もあるでしょう」
「ええ、弘法さんの説は神秘的ですね。弘法大師がゴマの行をしたことで始まったという説ですね」

「その昔に、盆の翌日の夜に、松明を空を投げ上げる行事があったそうですよ。それから、投げあげて空を行く霊を見送るという風習があったとききます」

「それで、山につくれば空を行く霊にさらにいいと発想したのかもしれませんね」

「しかし、やはり有力な説というわれているのは、足利義政説でっしゃろね」
 曽我のおばあさんは、さめたお茶を飲み干した。

「ええ。わずか二十代なかばで亡くなった息子義尚の霊をなぐさめるため、相国寺の横川景三和尚のすすめで義政がはじめたものだという言い伝えであるそうです」

「でも、そんなええ親でしたら、戦争も引き起こさなかったという人もおられます。けっきょく、そんな理由をつけたのは京都の庶民だという人がいます。それが正解と違いますか?」
 曽我のおばあさんは、遠くの大文字を眺めて京都の庶民の文化の伝統を味わっている。だれがはじめたにせよ、伝統を守り続けてきたのは京都の庶民である。

「如意岳の大文字は、銀閣寺からみたらとてもきれいだといいますね。義政がやらせたという説をとなえている人たちは、それを根拠にしています」

「銀閣寺の裏山は如意岳ですから、それもありえるかもしれんわね。いちばん、ええ大文字はここから見れまへんね」

「ええ、でも吉田山の神楽岡からは見えます」
「そうやなあー。あそこは大文字さんの日には夜店が並ぶほどでっせ」

 銀閣寺の裏山にある如意岳は、東山三十六峰のなかでも比叡山につぐ雄峰で、市内のほとんどの場所から見ることができた。大文字はこの如意岳の中腹七千坪の斜面に、七十五の火床をならべて「大」が夜空に赤く浮かび上がるのだ。

「ジョンさん、大文字山の如意岳に登ったことありますか」
「いいえ、残念ながら登っていませんでした」

「山男というのにか……」
「日本アルプスには登りました」

 ジョンさんもさめたお茶を飲み干した。

「本格的な山男というわけやねえ」
 曽我のおばあさんはさわかに笑った。

 今の五山の送火だけではなく、昔は、このほかにも、「い」、「一」、「蛇」、「長刀」などが記録に残っているという。さぞ昔は、いろいろあって、凄かったことだろう。でも、「蛇」なんて文字は観光には向いていないかもしれない。

 五山の火を守る土地の人びとは、この一夜の行事のため多大の犠牲をはらって奉仕をつづけているという。

 茄子に穴をあけて大文字を見ると目をわずらわないとか、燃えさかる大文字の火影を、盃にうつして飲み干すと脳卒中にならないとか、また、大文字の消炭や炭が、脳卒中や痔の薬になるとか、さまざまな迷信が残っていた。大文字の終ったあと、その燃えカスを、多くの人が詰めかけて、持って帰っていた。




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もくじ[メリー!地蔵盆]


オフ会

2005年07月25日 | 読書日記など
今、BBSの方でオフ会についてコムコムはんと
書いております。

祗園さんというのは、花街でも一番格が高いといわれます。
東京でいえば赤坂という方もおられます。

八代目はんは庶民のお店をやっておられますので、
祗園は東京でいえば浅草といわれます。
それも間違いではおまへん。

祗園会館は安い映画館があり、
六本立てとかありました。
高校生の僕は朝、売店でカレーパンを買って、
朝から夜まで、映画を見てました。

そういう祗園さんもありますが、
京都の人で京都の文化をお知りの方は、
京都の顔は祗園といわれます。
もちろん、八坂神社などもあります。

でも、顔といわれる大きな要素は
やはり芸・舞妓さんが代表されていると私は思います。

私などは大人になっては一度も行ったこともないです。
子どもの時に親が営業をやっておりまして、
酒の飲めなかった父は小さな子どもを連れていけば、
早く帰してもらえると思い、実行に移したというわけです。

まあ、祗園さんを知っているのはガキのころということです。
それも金持ちさんとは違います。
泣いてうるさいんで、奥の部屋に連れていかれて、
芸妓はんにあやしてもらいました。

今でも、子ども連れの人たちもおられることが、
宮川町ですが、ダンチョさんの写真でもわかります。
その他のところで、祗園さんも同様と思う写真があります。

子ども連れの方も来らるようなオフ会の方が
雰囲気もええと思います。

まあ、できるかどうかはわかりません。
コムコムはんと二人でできるものではありません。
私は現状では行くこともできません。

それに、仲間はずれはやはり好きではありません。
まあ、僕も行けないのでありますが、
常識をかいた人も常識を身に付けて、
オフ会に参加できるようになるようにと願ってはおります。

祗園は大人の祗園といわれて、
お笑い芸人であり、映画監督として、世界に名をはせているTさんも、
祗園好きだそうです。

でも、きちんと常識をもって、
人生勉強をされているようですよ。
まあ、悪態をとるようなことは一度もして
おられず、大人の態度だそうです。
信じられませんが……。

しかし、これは祗園関係の人ではなく、
弟子が話していたことです。

遊びのために借金をするような、
先のないことをしてしまうようでは、
参加されない方がええと思います。

花街といえば、知らない人たちは、
スキャンダルでもっているところと勘違いされている方もおられます。

とても文化的なところです。

文化は人がつくるものですから、
法律を破るような人がいたら、
成立するものではありません。

なかには困った人もいるのですが……。
その中の一人に人間国宝もいます。
奥さんが偉いからなれたと書かれてはる
人間国宝さんですね。

まあ、芸・舞妓さんにお目にかかれん、
東京の大衆がああいうとこは、スキャンダルでもっているというのは、
僕のお母ちゃんが「チョコレート食べると、ヒトラーになるでえー」と
教えてくれたのに似ています。

47. ハロウィンと地蔵盆

2005年07月24日 | 【作成中】小説・メリー!地蔵盆



五、盂蘭盆(うらぼん)

47. ハロウィンと地蔵盆





 曽我のおばあさんの住む離れの軒先にハロウィンの提灯は下げられている。それに興味をもった子どもたちが集まっていた。

「おぅ、あれハロウィンの提灯です」
「ハロウィンの提灯?」
 子どもたちは疑問に思って、ジョンさんの顔を見つめた。

「そう、きのう。薫くんが作りました。私が作り方を教えました」
「薫くんが作ったのか。器用やな」

「ハロウィンって何なの」
「そうですね……。ハロウィンは日本の地蔵盆に似ています。子どもたちのお祭りです。お盆にあたるのは、11月1日で、その前日の晩がハロウィンです」

「外国にもお盆があるの」
 幸江はジョンさんにきいた。

「もちろん、お盆とは違いますけど。11月1日は万聖節といいます。お盆は仏教の行事ですが、万聖節はキリスト教の行事です。万聖節を全聖徒の日といって、すべてのクリスチャンの日と考える人もいます。また11月2日を万霊節と祝っている人たちもいます。つまり祖先の霊が帰ってくると考える人もいるのです」

「なんや、お盆に似ているな」
 池山は、胸の前で腕を組んで感心している。

「でも、一般的には、万聖節は諸聖人の祭などと呼ばれて、聖人様にお祈りする日をいいます」

「ハロウィンは昔はキリスト教のお祭りじゃなかったんだよね」
 雄二は昨夜きいたことを話した。

「そうです。ケルト人のお祭りだったのです。それだけでなく、ほかのお祭りの要素もとりいれて、大きなお祭りになったのです」

「ハロウィンには、どんなことするの」
「子どもたちは仮面をつけたり、仮装したりします。それはいたずらをしてもいい日だから仮装をするのです。仮装して誰がいたずらをしたか、わからないようにするのです。」
ジョンさんは子ども時代のハロウィンを思い出しているのか、楽しそうな表情になっている。

「面白そうやな」
 劇で仮装するつもりの池山は笑った。

「そして、手にはハロウィンの提灯をもって歩きます。ハロウィンの提灯は別名、お化け提灯といいます」

「ああ、それで曽我のおばあさんに似とるんやな」
「あはは」
 みんなで大笑いする。

「おい、曽我のおばあさん、地獄耳やから気をつけろよ」
 池山がみんなに注意した。

「あの提灯をもって、お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞとおどかします。一軒一軒の家にお菓子をもらいに行くのです」

「いいな、ぼくなんか、お菓子を配りに行かなあかんで」
 地蔵盆のことを思い出し、雄二は嘆いた。池山が笑って雄二の肩をたたいた。

「あの提灯、お昼みると怖くないです。でも、暗闇で提灯に灯をつけて見ると怖いです。暗闇に真紅に燃える目玉と口が空中に浮かんで見えます」

「ほんまかいな、あんなのが怖いんかいなー」
「うん、怖い、怖いよ」

「そうです。雄二、昨夜この提灯見ました。怖いのです。でも、ちょっぴり可愛いのです」
「怖くて、ちょっぴり可愛いのか。怪獣みたいやなあ」
 池山はうれしそうに話した。

「あの提灯、よくできているでしょう」
 ジョンさんは自慢した。

「そうね」
 幸江はうなずいた。

「わたし、ハロウィンの提灯コンテストで、一等賞とったことがあります」
 ジョンさんは楽しそうだ。有頂天というのは、こういう人のことをいうのだろう。

「アメリカにも提灯があるのも、何かおかしいのに……。あんな提灯のコンテストをしているなんて面白いな」
 雄二がそういうと、ジョンさんは真剣な面持ちになった。

「アメリカは近代科学だけではありませんし、田舎もあります。それに田舎の方が本当は多いのです」
 ジョンさんは楽しそうに笑った。

 提灯好きのジョンさんには悪いことをいってしまったと雄二は思った。

 曽我のおばあさんが、カルピスをいれて持ってきた。
「みんな、カルピスを飲んだら、お祈りしましょう」
 と皆を誘った。

 すかさず、ジョンさんは、
「いいことですね」
 と賛同した。

 茣蓙(ござ)の上に皆で坐った。

「みんな目をつぶって、手をあわせて。あつしくんも、きょろきょろしていないで、みんなと同じようにするのよ」
 あつしはへへへと笑った。そして目をつむった。

「それでいいのよ。みんな、戦時中はたくさんの人が死んで行きました。生きたかったやろな。死んでいくのは苦しかったやろなー、悔しかったやろなー。でも、今は戦争が終わって、敵国だったアメリカも友好国になって、ジョンさんのように心やさしい頑固者のアメリカ人がここでこうしていっしょにお盆を祝っています」

「曽我のおばあさん、小さい子どももいることやから、短くしてね」
 幸江は子ども会の会長なので、小さな子どもが心配で意見した。

「まかしとき。戦争で亡くなった人たちも、こんなにみんなが楽しくしているのを見ればきっと幸せな気持ちになるでしょう。この平和が続きますように、ここに集まった子どもたちが健康で勉学に励めますように」
 曽我のおばあさんは祈った。

 お祈りさせられることは嫌いだったけど、この時のお祈りは嫌じゃなかった。




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もくじ[メリー!地蔵盆]


46.月の観察

2005年07月23日 | 【作成中】小説・メリー!地蔵盆



五、盂蘭盆(うらぼん)

46.月の観察





 十四日の夜、曽我のおばあさんは、迎え火をしている。
 静かにお経をよんでいる。

 今、京都をどこかの空から見ていると、夜になり京都の山々は緑を深めて、それから真っ暗になる。その上を先祖の霊が飛んでくるのだろうか。そんな空想をしてしまう。おじいちゃんも、霊で帰って来るのかなー。

 夏休みの宿題に月の観察があった。月の観察、それは楽しいものであった。朝顔の観察にはなかった満足感があった。

 月の満ち欠けは、時間によって、刻々と変化していくということ。その記録も、絵のヘタな自分でも、満足できる図を書くことができたこと。満足な図をかけ、満足な観察ができた雄二には、それからも、残ったことがある。それは、物を見るということが面白いということである。

 月は、気紛れにあるのではないということ。機嫌のいいときは満月で、すねている時は下弦の月、いばっている時は上弦の月などということはないのである。刻々と変化することを理解した。

 しかし、それがどうしてか、はっきりとするまでは時間がかる。それは中学生になってからである。月が自らに輝いていないということも知った。だけど、光のあたり方により形がかわるということはわかった。

 やたら、月が気になった。昼間にも月はあるということ。昼間の月は弱々しく見えるきともあり、とても小さな気がした。それは太陽の光があるからよく見えないのだということも知った。

 太陽の光がない夜には、月はより輝いてみえるが、それは太陽の光がない分、輝いているだけのことなのだ。星は太陽の光がなければ、昼間でも見えるということを聞いたときには、すぐには信じられなかった。でも、朝方なら、太陽が出ていても星が見えるということを聞いた。その通りだったので驚いた。

 雄二は、ベランダで月の観察したことを思い出す。それは、美しい月であった。そのころは、まだ大気汚染の影響も今ほどではなかったので、月はなおさら美しかった。

 この日も観察にベランダに来ていた。薫くんとジョンさんがいた。
「おお、雄二ですか。どうしました」

「夏休みの宿題で、月の観察しているんや」
「そうですか、それは感心ですね」

「ジョンさんらは、何をしているんや」
「提灯つくったんや」
 薫くんが教えてくれた。

 雄二の宿題が終わり、マッチをする音がする。
「つきました」

「いよいよ、点火や」
 その提灯はハロウィンの提灯だった。闇に浮かぶ、ニタニタ笑っている気味の悪いものだった。

「こんなの京大の大学院生がつくるんか」
「つくるのです。私、提灯係です。そう考えていると、昔の記憶がふつふつと蘇(よみが)ってきたのです」
 何事にも、感激する人だ、ジョンさんという人は。

「でも、ぼくらの提灯と違うがな」
「これ、お化け提灯っていうのです。ジャックちょうちんとも呼ばれています」

「何でジャックちょうちんっていうのや」
 薫くんが質問した。

「それはジャックという人がいたそうです。その人は、とても金の亡者で天国に行けず、地獄でも嫌われてさまよっているそうです」

「キリスト教徒のお祭りでも、おもしろそうなのあるんやね」
 と、薫くんはジョンさんにうれしそうに話した。

「万聖節の前日のお祭りをハロウィンといいます。今はキリスト教のお祭りですが、最初はちがいました。最初は「サムハイン」というケルト人やサクソン人のお祭りだったそうです。キリストが生まれる前からあったといいます」

「その話、もっと詳しく聞きたいなあー」

「サムハインとは夏の終わりという意味だそうです。日本には四季がありますが、その人たちには季節は二つしかありませんでした。11月1日は冬のはじまりなのです。このお祭りをキリスト教のお祭りにしたのです」

「そんなことできるの」

「できます。日本でもしています。盂蘭盆は日本では仏教の行事ですが、仏教の本場のインドにはないそうです。『盂蘭盆経』というお経もありますが、これはインド以外の地でつくられたといわれています。この行事は仏教ではなく中国にある道教のお祭りだったという人たちさえもいます。お釈迦様の仏教には先祖供養という概念はなく、それは中国の道教の教えだという人もいます」

「お釈迦さんの教えとちがうのか」
 薫くんは驚いていた。

「そうらしいです。お釈迦様はあの世のことは何も語らなかったという人もいるくらいです」

「今度はジョンさんが持ってえやー」
 薫くんはジョンさんにカボチャの提灯を手渡した。

「ほんま、怖いがなー。火をつけると。これも、ええんちゃうんか」
 曽我のおばあさんが出てきた。

「これ、アメリカの提灯やで」
「ほんまかいな。アメリカさんも、やるものやなー」
 と曽我のおばあさんは、感心していた。曽我のおばあさんは、何を感心していたのだろうか。外国でも提灯があるということに感心していたのか。作った提灯が上手いからだろうか。雄二は、どっちもだろうと思った。




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