四、お地蔵さんがコンコンさん
32.蜂
「あ、カブト虫」
雄二は、大きな木にいるのを見つけた。虫とり網で捕まえられる高さだった。雄二は、息を殺して、忍び足で歩いた。池山も息を殺して、静かにしてかがんでいた。
「あ、危ない」
池山が叫んだ。
雄二は池山の声に驚いて、石にのせていた足がバランスを崩し滑った。額を木にぶち当てた。ブバーン。耳もとで、大きな低い音がひびいた。
「痛てて」
「逃げろ、蜂だ」
あわてて、なだらかな階段を下りた。吉田幼稚園の池のところに来た。
幸江たちはバトミントンをやめて、下におりてきて鹿に餌をやっていた。
「あ、びっくりした。あんな低いところに、蜂の巣があるなんて……。大丈夫か。わぁー、三個所も刺されている」
池山は雄二の腕を見ていた。
幸江たちが、雄二らのほうに来た。
「どうしたのですか」
ジョンさんが心配そうにきいた。
「あっちの木に蜂の巣があったんや。香取ちゃんはカブト虫をとろうとして、上の方ばかり見ていたんや。そうしたら、雄二の肩のあたりに短い枝があって、そこに蜂の巣があったんや。ぼくが危ないと言ったら、香取ちゃんはびっくりしてこけて、顔で蜂の巣を叩き落としたんや」
池山は青白い顔をして真剣に話した。
「すごいことするね」
幸江は勘違いしている。そんなこと、わざとするわけないだろう。
「腕のほかは、大丈夫みたいです」
ジョンさんは冷静だ。
「腕が、重っくて、痛い」
雄二は、嫌な気分だった。
「蜂に三個所さされて、死んだ人がいたの知っている?」
気楽に笑って恭子が話している。
「でも、それはアレルギーの人でしょう」
なんて幸江も気楽に話している。
「ぼく、アレルギー体質や!」
「ああ、そうやったね……」
「アホ、そんなこと言うなよ。香取ちゃん、小さいときから体よわくって、しょっちゅう死にかけていたそうや。そういうことに敏感なんやぞ」
池山は早足で歩きながらいっていた。
「あっ、下手なこと言ってしまった」
幸江は舌を出した。雄二は気が遠くなった。
「だいじょうぶや。薬もってきた」
池山は励ましてくれた。
「薬、早いな」
幸江が驚いていた。
「小便だもん。小便のなかのアンモニアがきくんだ。キンカンにも、アンモニアが入っているんやぞ」
キンカンとは虫刺されの薬のことだ。
でもキンカンには小便が入っているわけではない。
「ほんまか」
「曽我のおばあさんが言っていたでえー」
「私の国の老人も同じこと言います。虫刺されにアンモニアが効くのです」
「わたしもテレビ・ドラマで見たことあるわ」
「テレビで言っていたのなら、いいかもな」
雄二はそう思ったが、出したばかりの小便にはアンモニアはほとんど入っておらず、何の効果もないそうである。
「ところで、それ、池山の小便か」
「そうや、ほかの人の小便どうやってもらうねん」
池山は早口で話した。
「ぼくの小便でもきくんやろ。だったら、ぼくの小便でする」
「何や、たいしたことないわ」
と、幸江が微笑んでいた。
「ほんまや」
池山も笑っていた。
だけど、雄二は血の気が引いていた。きっと青白い顔をしていることだろうと思う。
「おいおい。まず毒を吸い出せよ」
「うん、どうやって」
「口でチュチュと吸い出せよ。ぼくがしたろか」
池山の親切は嬉しかったが、
「ええで、腕でよかった。池山にキスされずにすんだ」
と辞退した。
雄二は地べたに坐っている。
「呑気なことばかり言って、こんなんじゃ死なないわ。心配して損した」
「口でなんか、毒吸い出せないよ」
「ぼくが吸ったろか」
池山はあくまでも親切だ。
「ええよォー」
雄二は、池山の優しさは嬉しかったけど、迷惑だ。
「遠慮しなくっていいぞ」
「遠慮するよ」
雄二は、川で缶をあらって、小便を入れた。
「これから、どうすんのんや」
「恭子、ちり紙、くれ」
「うん」
と返事し、恭子はピンク色の絵のついたチリ紙をポケットから出した。
「これ使ってもいいの」
「仕方ないわよ」
「ちり紙にひたして、刺されたところに当てたらいいよ」
池山が教えてくれた。
「まぁ、大丈夫みたいね」
雄二は、ちり紙を刺された個所に交互に当てた。そして、しばらく休んだ。
「顔色、よくないな」
池山が心配していた。
「雄二、私におぶさって」
ジョンさんはやさしい口調だった。
「子どもじゃないから、いいよ」
雄二は断った。
「そんなこと言うなよ」
池山は半分怒っている感じだった。
ジョンさんの背中は大きかった。まるで、学校の保健室のベッドが歩いているようだ。ジョンさんの背中でうとうととした。
アパートにつくと、自分で歩いた。それは、心臓の弱い母を驚かせたくなかったからだ
↓1日1回クリックお願いいたします。
ありがとうございます。
もくじ[メリー!地蔵盆]