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CLASSIC ROCKを聴こう! PLUS

1960年から1980年代のロックを紹介していきます。またPLUSと言うことで、ロック以外の話題も!

ウ〜ン、マンダム? 違った、ウ〜ン、ランダム!

2018年08月22日 | JAZZ・FUSION
最近ニュースで大阪が万国博覧会開催に立候補し有力開催地候補の一つって話がちらほら。

そういえは前回の大阪万国博覧会って1970年だった。

当時お茶の間のテレビには、あるがコマーシャルが流行った。

アメリカのカントリー・シンガー 、ジェリー・ウォレスの歌う、Lovers Of The World (マンダム 男の世界)のテーマ・ソングに乗って、カーボーイ姿のチャールス・ブロンソンが颯爽と登場し、決め台詞“ウ〜ン、マンダム”と一発かます。

当時、 丸刈りで薄っすら生えた産毛程度の髭で、男性化粧品には全く縁のなかった 中坊の私までが、“ウ〜ン、マンダム”と下アゴをさすりながら言ったものだった。

ブロンソンといえば、テレビのロードショーなんかで彼が出演した“荒野の七人”とか“大脱走”を見た事が。

その時は髭なしでの出演だったので印象は薄かったのだが、後のこのコマーシャルの映像で鼻の下に髭をたくわえたブロンソンはインパクトがあり、中坊なりにこれが本当の男の世界だ!な〜んて…

さらに時は過ぎて、1974年に出た彼の主演映画、Death Wish(狼よさらば)には度肝を抜かれた。

若年層が見るにはちょいとバイオレンス満載で、実際に見たのはかなり後だったが、髭付きブロンソン、カッコいい!と思ったものだ。特にシカゴの駅構内でちょっとした出来事に遭遇したブロンソンがニンマリし、冷やし中華ではなく悪党狩り始めました 〜ってエンディング、なかなかよろし〜!

このDeath Wishの映画はシリーズ化されその後数本作られたが、回を重ねるごとに殺しのアクションがエスカレートする傾向になり、ブラック・コメディーな描写もチラホラ、ストーリーに現実味が無くなってしまっていったのは残念だった。

やはり、1作目がベストであろう。

でこの作品、サウンド・トラックはハービー・ハンコックによるものだと手持ちのCDから最近知った。

ハービーの全集なるものをかなり前に買ったのだが、大体聴くやつはVSOP関連ばかりで、このCDが含まれていたとは知らなかった。


サントラとなると、その映画を何度も繰り返して見た事があれば、なんとなくそのシーンを思い出すのに役立ちその曲に入り込む事が出来る。

ただ、当時はそれほどサントラに注意を払っていなかったので、今一聴してもああ〜フュージョン系ねって印象になってしまう。

ただ今回ハービーのサントラよりこのCDのジャケットが印象的で 、これを見れば映画のストーリーが順不同ながらも断片的に思い浮かぶ。

ジャケ表

ジャケ裏

ウ〜ン、ランダム!





Sketches Of Spainでガクッ

2018年03月15日 | JAZZ・FUSION
CDの棚を整理していると、CDとCDの間から古〜い写真が登場。

こ、こっ、これはサンチアゴ・スタジアムじゃね〜の!


そう言えば、大昔仕事のついでにマドリッドに行ったのを思い出す。

当時は、一昔前の銀河系軍団で、現在監督しているジダン、ロベカル、ラウ〜ル・ゴンザレスらが現役だった頃の話。

チャンピオン・リーグ準決勝のセカンド・レグで、無敵のキーパー、カーン率いるバイエルンがアウェーのマドリッドでレアルと一戦を交えることになっていた 。

当然切符は完売、生で見れるわけがない。

なんとかスタジアム・ツアーに参加し雰囲気だけでもと記念に写真をいくらか撮った次第。ガクッ。

擂り鉢みたいなスタジアムで、すごい客席の数。

試合の当日の夜は、ホテルの自室で テレビで観戦した記憶が残っている。

ところでスペインと言えば、やっぱりこのお方のこれ!

1960年、編曲家のギル・エバンスと組んだ、マイルスのSketches Of Spain。

CDと最近買った限定カラー・レコード盤、ケチくさい性分なのでまだ封したままである。ガクッ。

ジャズの範疇を飛び越えたような印象の作品で、スペインの香り満載。

夜のマドリッドの街角から、かすかに聴こえてきそうな….

夕食にありつこうとホテルの近辺で気の利いたレストランを探そうとうろつきまわるも、なかなかこれといった店が見つからない。

で、結局入ったのは、無難と言えば無難のマドリッドの中華。ガクッ。

何度もガクッとくる博士のSketches Of Spainでした。

今日は白州。と言っても遠山の金さんのお白州の話ではない

2018年03月13日 | JAZZ・FUSION
自宅の大掃除が一段落して、昨日は役所に行って転入の手続き。

朝から結構混雑し、転入の手続き後、年金、 国保や税金などの各部署を一回りするとお昼はとっくに過ぎてしまい、午後からはその足で銀行に行って諸々の手続きをする。

出国時に、非居住者として登録されていた口座を元に戻し、さらに解約させられた銀行系のクレジットカードを再申請するなどで、1日が吹っ飛んでしまった。

とりあえず必要な手続き全て完了と言う事で、今夜はリラックス。

久々にウイスキーを氷も入れずにストレートで飲む。

昔は日本で販売される洋酒は海外の免税の価格と比べると割高で、日本に帰国する際はいつも免税範囲の3本の洋酒を購入したものだ。

しかし、最近日本では、通販なんかで洋酒の価格も免税店の価格とほとんど変わらないような価格で販売されているので、さすが3本の洋酒を空港の免税店で買って機内に持ち込むような人は見かけなくなった。

私は、日本に住んでいたらあえて買わないようなサントリーのウイスキーや金粉入りの梅酒なんかをいつも日本に帰国する際には購入する。

今回は、数年前に免税店で買ったサントリーの白州をチビリ・チビリとけち臭く飲む。


最近は、日本のウイスキーが人気なのか、あまり免税店でもお目にかからなくなった。

少し前なら、山崎とか響が免税店に並んでいたのだが、ここのところ見かけることはなくなってしまった。

久々なので、ど〜んと来る。

と言うことで今日は、スタッフの1976年のデビュー・アルバムなんてのを。


ツイン・ギターにダブル・ドラムを使ったファンキーな演奏で明るく飲める。

このCD2年以上前に買ったものだが、封を切らずにずっと置いていた。ウィスキー、ブランデーやワインなんかは樽の中に封じ込めておくと熟成し味がまろやかになる。

CDの場合はこのようなことはないが、スタッフというバンド、デビューとは言え手練れのメンバーの集合体なので、封を切ろうが切るまいがすでに熟成した演奏をたっぷりと聴かせる。

これが、国内再発の廉価版でわずか1008円で買える。

音楽ファンにとっては本当に良い時代になったと思える。

フッ〜

通りすがりの人:な〜にカッコつけてるの! 学生時代、サントリーのレッドあれほどうまいうまいってカパカパ飲んでたんじゃね〜の?

金さん:そこの者、控えよ〜!

博士:ハハッ〜!

スパイロ・ジャイラのモーニング・ダンス、我が家の地味なレコード紹介シリーズ、その壱

2017年09月19日 | JAZZ・FUSION
ご存知スパイロ・ジャイラの1979年作、2枚目のアルバム、モーニング・ダンス。


もしアメリカなんかに住んでいて、朝の出勤で自動車に飛び乗り、FMラジオをオンしたとたん、この曲が流れてきたら元気百倍って感じになる。

しかしながら、日本での朝の通勤ラッシュで満員電車にてすし詰めでの中、スマホにイヤフォンさしこんで聴く場合は、ちょっとご用心。

アメリカの朝、車での通勤を想像し 、気分がついハイになって音量をあげてしまうと、音漏れして周囲からチッと舌打ちが聞こえるかも。

仕方がない。

音をオフにして、ユー・チューブの馬鹿げた動画でも見るとするか。

嵌まっているのがドラレコのやつ。

DQNが派手に運転して事故るやつ。

アァー日本は今日も平和なり。

トウシロによるジャズ鑑賞 、その5 やっぱりビートルズにおすがりするって事で

2016年11月11日 | JAZZ・FUSION
やっぱりジャズ鑑賞ってのは、私のようなトウシロ・リスナーにとっては普通のポップ・ソングと違ってかなり聴き込まないとなかなか理解出来るものではない。

その厳しい修行を継続するには、やはり常時ジャズを聴くことの出来る環境に身を置いておくことが理想であるが、就業時間中にスマホにイヤフォンを差し込みちんたらやっていると上司から大目玉をくらう。

社用車で外回りの際CDを持ち込み、運転中に聴くのが関の山。但し同乗者がいれば、これも無理。

じゃあ、どうすればいいのか?

脱サラもしくは定年退職後、ジャズ喫茶のオヤジとなり、大口径のJBLのスピーカーから流れる音源を一日中聴き放題なんて手段も有るが、これは中々厳しいと思う。

現実的には、金持ちの道楽で無い限り、地道に利益を出して営業を継続するなんて今の世の中至難の業。

近所に3階建ての住居の1階を改造し、店内にライブ用の小さなステージ設けたジャズ喫茶があった。

どうも、夜な夜なジャズのライブをやっていたみたいで、一度行ってみようとは思っていたのだが、中々タイミングが合わず行く機会がなかった。

そうこうしてる間に、数年後店はなんとカラオケ喫茶に転換、そしてさらに数年後、廃業と相成った。

自宅を改造した家族経営だったようで、そのため運営の経費は有る程度抑えられていたと推測していたのだが、やっぱり郊外の駅近商店街という不利なロケーションでは、ジャズのライブと言う売りだけでは客がそれほど集まらず商売が成り立たなくなったのであろう。

ジャズ初心者としてのジャズ道攻略の方法は、一気にその本丸を攻めるのではなく、ジャズの境界線と言われる付近から時間をかけてじっくり攻め上がる事。

手っ取り早いのは、お気に入りの曲のジャズ・カバーから入っていく。

1995年発売の、ジャズ・ピアニスト兼音楽プロデュサーのデーブ・グルーシンが設立に関わったジャズ・レーベル、GRP Recordから発売されたビートルズ・カバー集、I Got No Kick Against Modern Jazzなんて結構聴き易い。


何しろ元歌がしっかり頭に刻み込まれているから。

1. The Long And Winding Road、George Benson
2. She’s Leaving Home、McCoy Tyner
3. I Want You(She’s So heavy)、 Groove Collective
4. And I Love Her、Diana Krall
5. The Fool On the Hill、Tom Scott
6. Michell、Ramsey Lewis
7. A Day In the Life、Lee Ritenour
8. Let It Be、Nelson Rangell
9. Eleanor Rigby、Chick Corea
10. While My Guitar Gently Weeps、Russ Freeman
11. In My Life、Spyro Gyra
12. Here There And Everywhere、David Benoit
13. Blackbird、Arturo Sandoval
14. Yesterday、Dave Grusin

ギタリスト、アル・ディ・メオラも2013年に、ビートルズのカバー・アルバム、All Your Lifeを出している。こちらは、アル・ディ・メオラ流解釈でビートルズの楽曲を料理しているので、カバーとしては少し上級編かも。


このあたりを鑑賞するのであれば、特にジャズ喫茶のオヤジになる必要はないかと…


トウシロによるジャズ鑑賞 、その4 電化も良いけど、たまにはディーゼル?

2016年11月10日 | JAZZ・FUSION
電化と言えば、私ならすぐに思いつくのが旧国鉄の郊外へ向う路線。

私の自宅は郊外の私鉄沿線に在するのだが、そこから5キロほど離れて並行に走る旧国鉄の路線がある。

その昔、都市圏の外れにくると、その路線はある地域を境に複線の電化区間から単線の非電化区間に切り替わった。

その区間では、本数の少ないディーゼル気動車が客車を引く。

たった一駅違うだけで非電化区間に住めば本当に不便であった。

今現在、非電化区間だった路線の奥の地域での大規模宅地開発によって、沿線は電化され複線での営業となり利用者にとって大変便利になった。

さてジャズの世界で電化と言えば、やっぱりこの人、マイルス・デイビスである。

1968年頃から彼は電化計画をスタートさせ、1970年作ビッチェズ・ブリュ-で完成形となる。


マイルスの場合は時代時代で、彼がリーダーのバンドを結成するのだが、それはいつも超一流のミュージシャンで固められ、各々がソロでリーダー・アルバムを充分作成できる技量と個性を持っていた。

70年代に、2-3のロック・バンドからそれぞれメンバーが集まってスーパー・バンド結成なんて話がよくあったけど、あの手の中途半端なものではなく、本当のスーパー・バンドと言えば彼らのことだったと思う。

ビッチェズ・ブリュ-の制作時のメンバーと言えば、有名どころでギターにジョン・マクラフリン、キーボードにチック・コリアにジョー・ザヴィヌル、サックスのウェイン・ショーターにパーカッションのアイアート・モレイラなどなど。

その前のアルバム制作時にはハービー・ハンコックなども在籍。

電化マイルス・バンドの各メンバーは、マイルスの影響を受け、脱退後フュージョンと言われる新しいジャンルで各々がアルバムを発表し大活躍を遂げる。

1971年、ジョー・ザヴィヌルが結成したウェザー・レポート


1972年には、チック・コリアのリターン・トゥ・フォーエバー


同年のジョン・マクラフリンのバーズ・オブ・ファイヤー


さらに、1973年にはハービー・ハンコックもヘッド・ハンターを出す。


60年代末期にはロック・バンドもジャズとの融合を図ろうと言う取り組みで、シカゴなどが登場となったが、マイルス御大によれば、“やつらのは俺のパクリじゃよ”と言った様な、言わなかった様な…

ジャンルは違うが、シンフォニック・プログレの雄、イエスも1975年リレーヤーと言うアルバムの中の、サウンド・チェーサーと言う曲で、フュージョン・サウンドを展開したのには当時非常に驚かされた。


まあ、マイルスの電化プロジェクトはジャズだけで無くロックの発展にも多大に寄与し、先見性を持ったものだったのは間違いないと思う。

じゃあ、鉄道の電化が地域の活性化に多大な効果をもたらしたように、マイルスの電化もすべてのリスナーに対して何らかの感動を与えたかと言うと、これには色々と意見が有ると思う。

個人的には、マイルスは電化による単なるジャズ、ロックやファンクなどの融合よりもはるか彼方を見据えていて、その後のさらなる彼の先進性に次第にリスナーがついていけなくなったのではないかと…

特に1975年日本でライブ録音された2種のダブル・アルバム、アゲルタやパンゲヤを通しで数回聴いて感想文を書けなんて言われると中々厳しいモノが有る。
アゲルタ

とパンゲア


と言うことで、マイルスはこれを境にいったんお休み。その後かなりポップなサウンドで復活。電化マイルスは彼方に消えさった。

ハービー・ハンコックも、もともと60年代に出したアルバム“処女航海”でのプレイように普通にジャズ・ピアノを弾いていたのだが、マイルス・バンドに在籍した影響なのか、70年代は、シンセやエレピなどでピ~ヒャラやりだした。
1965年の処女航海


以前のようにピアノを弾くことは出来なくなったのではないかと陰口を言われだしたのが原因なのか、平行してVSOPというバンドでジャズピアノを弾いた。

イエスにしても、フュージョン・サウンドをさらに開拓していくのではと当時思ったのだが、次作の“究極”ではあっさりと方向転換。フュージョン・サウンドは消え去り、代わりにサザーン・ロックを思わすドライブの効いたスライド・ギターがのっけから登場してこれまた驚いた。


今日の結論、

電化も良いけど、たまにはディーゼル気動車の出すノスタルジックなエンジン音も必要って事なのか…


トウシロによるジャズ鑑賞 、その3

2016年11月09日 | JAZZ・FUSION
イャー、ジャズ道を極めるのは大変みたい。

カバー曲の場合であれば、少なくとも原曲の主旋律は抑えておかないと、いったんアドリブ・モードに突入すると、私のようなトウシロの場合はっきり言ってどれも同じに聴こえてしまう。

楽曲を繰り返して聴き込み、心の琴線に触れるような何かを見つける事が出来るなら、それをお気に入りとしてそのアーティーストの作品から攻略していくこととなる。

幸い、近年ジャズの名盤が廉価版CDでどんどんと復刻され、ハイレゾのSACDや紙ジャケ仕様で無ければ、国内盤や輸入盤を問わず、一枚あたり1000円ちょっとで購入することが出来る。

てな訳で、ジャズの定番と言われるCDを纏め買いしてみる事にした次第…

最初はグーではなく、ジャズの帝王(古っ~)マイルス・デイビスのバンドのメンバー繋がりから入っていく事に、

1961年、ビル・エバンス・トリオによるビレッジ・バンガードでのライブ録音、WALTZ FOR DEBBY
エバンスの作品で定番中の定番


1975年、キース・ジャレットによるピアノ・ソロのライブ、THE KOLN CONCERT
気のせいかも知れないが、彼のピアノ・ソロにロックを感じた。


1956年、テナー・サックスの名手、ソニー・ロリンズ、SAXOPHONE COLOSSUS
陽気なサキスフォンって言うか


1958年、アルト・サックスの名手、キャノンボール・アダレイのSOMETHIN' ELSE
ブルー・ノート・レーベルからの発売で、本当はマイルスがリーダーなのだが、彼はコロンビア・レーベルと契約済みだったので、キャノンボール・アダレイ名義で出された。とは言え、キャノンボールとマイルスのコンビネーションは絶妙。
さらに、ドラムスにはアート・ブレーキーさんもいらっしゃるようで。


などなど、そして

1958年、ピアニスト、ソニー・クラークがリーダーのCOOL STRUTTIN'
日本で大人気のソニー・クラーク。
ハイヒールにスリットの入ったタイト・スカートを着こなし颯爽と通りを歩く、女性の足元を激写。
何か、映画の一シーンを切り採ったようなジャケ。私はジャケ買いの口です。
ジャッキー・マクリーンとアート・ファーマーの2本のホーンが全面に出てきて、リーダーのピアノの音がチョット控えめか?


1962年、オクターブ奏法の名手、ウェス・モンゴメリーのFULL HOUSE
ウェスがCTIレーベルに移籍してフュージョン系に転換する少し前のジャズ・ライブ。
個人的には、70年代のジョージ・ベンソンやリー・リトナーからウェス・モンゴメリーに到達したわけで。


1975年、これまた名ジャズ・ギタリスト、ジム・ホールのCONCIERTO
このアルバムは、70年代にレコードで聴いた記憶が...

このメロディーであれば、私でもすぐにアランフェス協奏曲ってわかり、取っ付き易い。
マイルスやチック・コリアなんかもカバーした名曲。


トウシロのDIG THE JAZZの旅はさらに続くのである。

トウシロによるジャズ鑑賞 、その2

2016年11月08日 | JAZZ・FUSION
エェー! MY FAVORITE THINGSってマイルス・バンドの演奏じゃなかったの?

1959年のアルバム、KIND OF BLUEの録音の際、マイルス・バンドのメンバーだったジョン・コルトレーンが、翌年バンドから脱退し、自身のリーダー・アルバムで録音したんだって。

今、改めて聴いてみると、MY FAVORITE THINGSにはトランペットの音は無く、高音はコルトレーンのソプラノ・サックスだけでした。

KIND OF BLUE でマイルスとコルトレーンの競演の印象が強かったんで、つい間違ってしまった。

そんなことジャズ・ファンなら常識! これだからトウシロは困るって話で…

ジャズ道を極めるには長く厳しい道のりが待っているみたい。

反対に、SO WHAT!(それがどうした!)と開き直るしかないのかも…

トウシロによるジャズ鑑賞

2016年11月08日 | JAZZ・FUSION
ロックやポップソングだけではなくたまにはジャズも聴く。

と言っても、ボリュームを抑えてバック・グラウンドで流す感じで聴くので、今し方かかっていた曲は誰が演奏している何の曲なのかと問われると、答えに窮する。

ボーカルが入ればまだしも、演奏だけの場合、主旋律をさらっと演奏した後に、トランペット、サックスやピアノなどのソロ・アドリブが交互に延々と続き、最後の締めとしてなんとなく聴き覚えのある主旋律がチョロっと登場して一丁あがりのパターンが多いので、どれも同じに聴こえる。

修行が足りないと言われれば、肯くしかないのだが…

数日前、暇つぶしにジャズの動画をユー・チューブで検索していたところ、場違いなアニメの動画が目に留まり、再生してみた。

学園モノのアニメで、どうも話の一場面が抜き取られているみたいで、しばしそれを鑑賞していると、主人公と思しき高校生が学園祭でジャズの曲をピアノを弾く場面になった。

おっ! これってどこかで聴いたことがあるなって思い、調べてみると、アニメのタイトルは2012年にテレビの深夜枠で12話からなる“アポロンの坂道”でジャズの名曲が全篇に絡んだもので、その時演奏された曲は、MY FAVORITE THINGS – SOMEDAY MY PRICE WILL COME – MORNIN’のメドレーとなっていた。

アニメのストーリーはさておき、こんなジャズ関連のアニメが全国ネットで深夜に密やかに放映されていたなんて…

聞き覚えの有るタイトル名とうろ覚えのメロディーからして、これらはマイルス・デイヴィスがやっていた曲じゃないかと?

しかし、MORNIN’なんて曲やってたっけ?

またまた、調べてみるとMORNIN’はアート・ブレイキー率いるジャズ・メッセンジャーズが1958年に録音したものとなっている。


あれ!じゃマイルスが演奏した曲って?

それは、1959年のアルバム、KIND OF BLUEに収録された別の曲SO WHATだった。


二つの曲の出だしのコード進行が良く似ていたのと、アート・ブレイキーのCDは持っていなかったので、今までまったく気がつかなかったと言う話である。

SO WHAT?(それがどうした?)と問われると、これだからトウシロは困るって話で...

紅茶で一服、アール・クルー・トリオ、Vol.1

2016年10月15日 | JAZZ・FUSION
ふと、ヤフー・ジャパンの天気予報のコーナーに目が行くと、自宅のある地域は日中は20度を越えるものの、朝夕は15度あたりと秋も徐々に深まっていく。

そんなウィーク・エンド、外に出る用事が無ければ家でゆっくりとくつろぎ、紅茶でも入れて軽めの音楽を聴くのもいい。

ウッド・ベースのラルフ・アームストロングとドラムスのジーン・ダンロップを従えたギタリスト、アール・クルーがリーダーのアコースティック・トリオによる1991年作。

アール・クルーといえば、アコースティック・ギターを操り、フュージョン系もしくはイージー・リスニング系のインストがメインの印象だが、今回はジャズ色が強くしかもトリオでシンプル且つスッキリ爽やか。

どこかで聴いたような曲が並び、思わず鼻歌。

ちなみに、私は紅茶を砂糖もミルクも入れないブラックで楽しむ。

紅茶の出す香が好きなのである。

果物のフレーバ-をつけた紅茶などもってのほか。

とは言え、いつもの安物のティーバッグを買っているため、肝心要の紅茶のふくよかな香があまり漂ってこない。

今日もこちらは30度越え。

ここでは、紅茶を飲むのは水分補給も兼ねている。少しぬるめをガブ飲みするので香を楽しむ事はあまり無い。

だったら、安物のティーバッグでいいか。

ちなみに、1993年同じ面子でVol.2を出したが、こちらはオーケストラ入りで個人的にはチョット残念。


やっぱり、秋はスッキリ爽やかが良い。

渾名で呼んで大丈夫?

2016年10月10日 | JAZZ・FUSION
好き嫌いは別にして、人生において渾名と言う別名を一度や二度と持たされたことは誰しも経験があるのではないかと。

かっこいい響きの渾名なら、まあ良いかってなるのだが、そうでない場合はやっぱりもしそう呼ばれるとうっとうしい気分になる。

かく言う私も、自身にとって不本意な渾名が有ったわけで、これが小学校の高学年になって、名付け人不詳でクラス内で認識された。

小学校を卒業すると、児童のほとんどがこれまた近所の中学校に進学するので、狭い地域での子供同士の付き合いが消滅する高校進学まで、そのうっとうしさは解消されない。

高校に入学したとき、その渾名によって呼ばれなくなったとき、大げさかもしれないが新しく生まれ変わったような気もした。

子供のときは、言葉の適切性を判断する力が無く、不適切な渾名を直感的につけてしまい物議をかもしてしまうことがある。

しかし歳をとると、さすがにそれはまずいとなり、渾名といっても大半が姓名をもじった無難なものになるのではないかと。

例えば、山田幸一なる人がいれば、親しみ系の山ちゃん、省略系の山幸、脱力系のヤ~マダ~なんてことになる。

しかし、この手の特に問題とは渾名であっても、その使用はやはり仲間内だけが推奨される。あまり面識の無い人や年下の連中に呼び捨て感覚で使われるとやっぱりカチンと来ることもある。

ところでこのお方の場合、どう思っているのかな?

ナベサダこと渡辺貞夫氏。

いわずと知れた、日本のトップ・ジャズ・ミュージシャン。

この人のおかげで、それまでのジャズがある特定の尖った連中だけが聴く音楽と言うイメージを覆した。

日本人離れしたラテンやアフロのリズムを取り入れることによって、眉間に三本のしわを入れスピーカーの前に正座してて聴くだけのものじゃなく、リラックスして楽しく聴くことを教えてくれた。

1974年、THE WHOがコンピ・アルバム、 ODDS & SODSで LONG LIVE ROCK(不死身のハード・ロック)を歌ったものの、

ハード・ロックもプログレもネタ切れか、一時の勢いをなくした。

その後登場したパンクの連中に“ロックは死んだ”と言われた70年代後半、ジョージ・ベンソン、スパイロ・ジャイラ、ジョー・サンプル、ハービー・ハンコック、チック・コリア、などなどフュージョン系アーティストにすぐに飛びついた。

渡辺貞夫は60年代から継続的に活躍し人気を得て来たが、70年代後半頃、折からのフュージョン・ブームの到来もあって、当時行き場を失ったロック系リスナーを取り込んだ。

その火付け役が1978年のロサンジェルス録音のCALIFIORNIA SHOWER

や1979年のニューヨーク録音のMORNING ISLANDあたりではないかと。


ロスではリー・リトナー、ハービー・メーソンなど、そしてニューヨークではスティーブ・ガットにエリック・ゲイルらそれぞれ腕利き大物ミュージシャンが録音に参加。そしてそれらを取りまとめたアレンジャー兼キーボードのデーブ・グルーシンの活躍も見逃せない。

両アルバムは日本でヒット。そして今でも現役で活躍中の大御所、渡辺貞夫。

もちろん、ファンあってのプロ・ミュージシャン。

しかし見知らぬ人に、“オーイ、ナベサダ!”って言われたら我々と同じで、やっぱり気分害しちゃうかもしれないね。

ちなみに、氏名の中抜きでのナベサダ系渾名には、世界のナベアツ(かなり古い)そして某大新聞社主のナベツネなどがある。

リラックスの薦め、あのころ、古澤良治郎とリー・オスカー

2016年10月08日 | JAZZ・FUSION
あのころと言うと、いったい何時の頃をさすのだろうか?

まあ一番リラックス出来て楽しかったのは、学校に行ってた時じゃないかと思う。

その反対に、親はその当時、毎日生活していくためのお金のことを考えないといけなかったから結構大変だったと、働きだしてから始めて思った。

何しろ、就職したときの社長さんは、毎日口癖のように、日銭を稼げ~と新米社員にプレッシャーかけていたからね。

まあ昔から、受験戦争って言葉はあったけど、中学生の時代、私の周りで塾に行っていた人はいたけど、少数派。

まとまった勉強も定期考査の一週間前ぐらいで、それ以外はクラブ活動に励んでいた。

なぜかって言うと、井の中の蛙大海を知らずということわざの如く、外の世界を知らなかったわけで...(汗)

当時の公立高校の入試は、実際の入試の得点に内申書に記載された中学3年生の成績を十段階評価を足したもので合否判定がなされた。

現在はその方式は不公平とされているので、内申所の評価は絶対評価の採用に改められているようだが。

私もその恩恵を十二分に受けて、某高校に入学した。

そして一回目の定期考査を受けたところ、ついに本当の実力が判る時がついにきた。

なんとそのテストの成績は、お尻から数えた方が非常に楽であるという、今までありえなかった位置だった。

今までは一体なんだったんだろうと思いはしたが、まあ何とかなると、中学時代と同様まとまった勉強も定期考査の一週間前だけ、それ以外はクラブ活動。

まあ、そんな持ち前の楽観的な考えでも何とかやっていけたあの頃。

そう思うと今の子供は少しかわいそうな気もする。

自宅の最寄の駅には、チェーン展開する塾が7件もあってしのぎを削っている。近所に住んでいた子供なんか、そこには行かずわざわざ電車で3駅の距離にある塾に通っていたみたい。

基礎学力というか、例えば数学的な考え方とか、社会学的な考え方、その他一般的な考察力を養い、且つ常識とか道徳的な感覚を身に付ける事に力を注げば、人生何とかやっていけるのではないかと…

ほとんどの人が微分・積分、サイン・コサイン・タンジェントなんて実生活で使わないからね。

とこれまた楽観的なことを。

しかし、現実的には“敵は本能寺、いや諸外国に有り!”と言う事で、開発途上国が教育熱心に成るなか、日本国内だけを見ていたら、何年か後、日本人が井の中の蛙大海を知らずとなりかねないので、後戻りは出来ないのかも知れないけど…

ところで、古澤良治郎とリー・オスカーがコラボしたアルバム、“あのころ”。

ゆる~いレゲエ・タッチのリズムにアメリカのファンク・フュ-ジョン・バンド、WARのリー・オスカーのハーモニカがヒャラ・ヒャラ~と被さりなんともリラックス出来る。

そして、ゲストの渡辺香津美もマハビシュニュ・オーケストラのマクラフリンにギター対決の果たし状を出すという弾き方ではなく、このアルバムの趣旨ぴったりの演奏をしている。

1981年購入のレコードなので、私の言うあの頃とは時代が違うが、共通項はある。

ずっと生き抜きっぱなしじゃ退化しちゃうけど、たまには息を抜いてリラックスすることも必要かと。

クールなジャズCD、それはCOOLなり!

2016年08月04日 | JAZZ・FUSION
暑い! 本当に暑い!

と言っても、今住んでいるシンガポールの話ではない。

そう、日本の暑さのこと。

本日東京より以西の地域では、33度以上の真夏日。地域によっては35度以上の猛暑日であった。

しかしこれらのニュースで報じられている温度は、ある一定の環境での測定値であり、アスファルトの表面なんかは強烈な太陽光に熱せられ、実際我々が体験する街中での気温温度はさらに高いものとなる。

なんでお前があたかも体験したようなことを言っているのか?と聞かれると、そう今日の早朝、日本に一時帰国したからである。

野暮用の処理なので、用件が片付き次第すぐに戻っちゃうわけなのだが、4ヶ月留守にしていただけなので、以前とはさほど変わりのない風景でごみごみとしているわけだが、海外と比べるとリラックスできて一味違う。

食べ物もうまい。普段はさほどありがたみを感じ無いコンビニおにぎりでも異常に美味く感じる。

しかしこの暑さはなんとかなら無いものであろうか?

熱帯の赤道に位置する国より、緯度の高い温帯のど真ん中にある日本の気温が高いなんて一体どう言うこと?

まあ、こんな時には、クールでスムーズなインスト・ナンバーをクーラーの効いた部屋でビールを飲みながら鑑賞するのはいかが?

そこで取り出したCDが、BOB JAMES の落ち着いたキーボードとEARL KLUGHのこれまた柔らかい音色のアコースティック・ギターが美味く噛み合って、クールに感じなかなかよろし〜

ところで、ジャケットには2本の太めのキュウリが雲を従えた青空をバックに突っ立っている。

キュウリを使ったドレッシングなどが爽やかで涼しげなイメージを与えるため、このCOOLのアルバム・ジャケットのデザインに2本のキュウリ使ったのかもしれないが、この唐突な構図では、まるでヒプノシスが制作した訳ありプログレ・バンドのアルバムと勘違いされるかもしれない。

それから、私はこの太めのキュウリが苦手だ。歯ごたえが日本のイボ・イボのついた細身のキュウリと比べてシャキ・シャキ感が足りない。それとハンバーガーの中にスライスされたキュウリのピクルスも苦手。ハンバーガーの中からわざわざ取り出してから、バーガーをほうばる時がよくある。

クールなイメージでキュウリを使うとすれば、冷酒にモロキューだろうか。

モロキューのしゃきとした歯ごたえに、味噌がキュウリの淡白な味にアクセントをつける。

やっぱり日本が一番!




たまには童心に返ってアニメは如何?

2015年12月28日 | JAZZ・FUSION
この家には私を除いて、ロックやジャズを楽しんで聴く人はいない。

私の家族の洋楽に関する認識といえば、まあビートルズなんかは、学校の英語もしくは音楽の教材に使われることが多いので多分知っているだろう、またテレビの番組やコマーシャルで洋楽がバックに使用されるときなども、“ああー、これが昔の洋楽のヒット曲なんだな。” と言う程度のものである。

こちらの趣味を彼らに押し付ける気持ちは毛頭ないのだが、私が昔から数多く買い集めたレコードやCDの中から聴いて、“これなかなか良い ね。”なんて言われたら、どう表現すれば良いのか適切な言葉が浮かばないのであるが、 何と同志がここにいるではないか!となんとなく小さな幸せを感じるのである。

とある日、子供が何かの曲をハミングしていたのをフト聞いた。

何とそれはイエスのROUNDABOUTではないか!ロックなんて真剣に一度も聴いたことのない人が、イエスの曲を口ずさむなんて!!

話を聞いてみると、“ジョジョの奇妙な冒険”というアニメのエンディングにそれが使われていて、メロディーを覚えたらしい。

そういえば、この漫画のタイトル、かなり遠い昔に聞いたような微かな記憶が?

早速調べてみると、漫画家の荒木比呂彦氏が1986年から少年漫画雑誌ジャンプに連載していた作品で2004年まで連載され、2005年からは、ウルトラ・ジャンプという、購読対象年齢が上の漫画雑誌に移り、現在も連載中とのことである。

人気があったため、テレビでのアニメやゲーム化もされている。

イエスのROUNDABOUTは、2012年から13年にかけてファースト・シーズンとしてオンエヤーされたシリーズに使用された。この曲をエンディングに使うアニメとは一体どのようなものかと興味が湧き、DVDレコーダーに以前子供が録画してあったものを早速見てみることにした。

話の筋は、特殊な能力を持った主人公が相反する邪悪な組織のメンバーと次々に対戦するという、ゲームにし易い筋でもある。またアニメの登場人物も”ニュー・アニメ”と言うか結構ユニークなタッチで描かれていて、また漫画のコマに出てくる擬音も音声だけでなくアニメの映像として画面に出てくるのである。

それから、この作者が結構音楽好きみたいで、登場人物や話に出てくる固有名詞などに、ロック・ミュージシャンの名前や関連の言葉がそこかしこに出てくるのである。

例えば、主人公と結婚する女性の名前は、スージーQ(スージー・クアトロから拝借)、登場する脇役の名前に、ポコ、トン・ペティ(トムペティ)、ダイヤー、ストレイツナ、サンタナ、ロギンスとメッシーナ、カーズ、ポルナレフ、イギーなどなど。また、面白いところでは、鋼線のベック(ワイヤードのベック)とか鋼線入りのダン(スティーリー・ダンのこと)なんて人が登場しロック好きの御仁はニヤリとする。

じっくり見ていると、結構ユーモアに溢れている箇所もあり完全に子供向けとは言えない内容と思うのだが、いい年をした大人が“ジョジョの奇妙な冒険”よく見ていましたと胸を張っても言うのも少し抵抗が…

でも、まあたまには、いいっか。

2013年から14年にかけて放送されたセカンド・シーズン第一クールのエンディングには、バングルスのヒット曲、WALK LIKE AN EGYPTIANで、第二クールには、パット・メセニーのLAST TRAIN HOMEが使われていた。

ジャケ裏、LAST TRAIN HOMEは3曲めに収録

パット・メセニーという名前は聞いたことがあったが、彼の音楽はそれまで聴いたことがなかった。この素晴らしいジャズ・ギタリストを教えてくれたジョジョにこの場を借りて感謝したい。

彼は1954年生まれのアメリカ人ギタリストで、ブラジルの音楽に影響を受けたジャズを演奏する。

LAST TRAIN HOMEが収録されたアルバム、STILL LIFE (TALKING)はパット・メセニー・グループ名義で1987年に出され、全米チャート86位、ジャズ・チャート1位でゴールド・ディスク獲得。そしてベスト・ジャズ・フュージョンの部門で見事グラミー賞を受賞。

LAST TRAIN HOMEの短縮版
ジョジョの奇妙な冒険スターダストクルセイダースエジプト編ED

ライブ盤を聴く、ウェザー・レポートと免税品

2015年12月11日 | JAZZ・FUSION
私が小学生だった頃、著名な映画スターや野球選手たちが、プライベート・ライフで高い洋酒を飲むなんて聞いたことがよくある。当時、ジョニー・ウォーカーのブラック・ラベルが酒屋さんで買ったら1本が1万円位したと記憶している。これは当時の高額な関税、酒税(物品税?)と為替のレート(1ドルが360円)が高価な原因であった。

そういうわけで、その後、会社に就職し海外に出張するとなると、免税範囲で洋酒やタバコをお土産に目一杯買ったものだ。

洋酒は3本のボトル、そしてタバコは外国タバコ1カートンとマイルド・セブン1カートンであった。機外に出る時は免税品と小さなカバンを抱えるだけだが、その後重いスーツ・ケースを受け取り、さらに酒瓶3本を持って空港から自宅に帰るのは重労働だった。

時は変わり、洋酒の関税撤廃となった今では日本のディスカウント・ストアで洋酒を買うのと、海外の免税店で買うのと価格はそう変わらなくなってしまった。そのため、近年では洋酒を3本抱かえて空港の到着ゲート辺りをうろつく海外から帰国した人をほとんど見かけなくなった。

ジョニー・ウォーカーのブラック・ラベルも今や2200円程度の価格で買うことが出来るので、本当に値打ちがなくなったものだ。重さに耐えて必死になって持ち帰ったあの時の苦労はいったい何だったんだ!

何でこんな話になるのかというと、ウェザー・レポートの最新アルバム、THE LEGENDARY LIVE TAPES: 1978-1981のジャケットを見て遠い昔の話が蘇ったのだ。そのアルバム・ジャケットを、目を凝らしてよく観察してみると、“北ウイング到着:の看板がかかっている。1978-1981の音源なので、多分1978年にちょうど開港した成田空港の玄関口を4人のメンバーが歩いているのだろう。

オオー! キーボードのジョー・ザヴィヌルとベースのジャコ・パストリアスの手にあの懐かしいマールボロのマークの付いた透明なビニール袋を発見!

ホテルの部屋で、リラックッスするためちょっと一杯という感じで買ってきたのだろう。

このアルバムは、当時世界各地で公演した際の未発表ライブ音源を4枚のCDにまとめたもので、28の音源が収録されている。その中で、東京と大阪で収録された音源が16もある。やっぱり、日本の観客はマナーもよく、出す音すべてを漏らさず真剣に聴いてくれるので、演奏する方も気合が入り今回のような未発表の音源にもかかわらず素晴らしいライブ盤が制作出来たのではないかと思う。

ライブと言っても、ところどころ観客の拍手がカットされているのでスタジオ・ライブのような雰囲気ではあるが、音質は非常によく、今までにオフィシャルで発売されなかったのが不思議に思う。

ジョーやサックスのウェイン・ショーターは、マイルス・デイビス・バンドの卒業生で、マイルスのバンドがメンバー・チェンジした時に、彼らはウェザー・レポートを結成した。マイルスは当時、ジャズとロック、ヒップ・ホップやファンク・サウンドを融合させた新しいサウンドをいろいろと模索していた。

この当時のマイルス・バンドの卒業生は、ウェザー・レポートの二人組だけではなく、マハビシュヌ・オーケストラのジョン・マクラフリンやリターン・トゥー・フォーレバーのチック・コリアなどがいた。

ウェザー・レポート、HEAVY WEATHER、1977年作、 全米30位、ジャズ部門1位


マハビシュヌ・オーケストラ、BIRDS OF FIRE, 1973年作、 全米15位


リターン・トゥー・フォーレバー、ROMANTIC WARRIER、1973年作、 全米30位、ジャズ部門1位

マイルス・バンドでの経験を吸収し、その後自身の バンドを結成しそれぞれが成功を収めたのだが、本家のマイルスはどういうわけか彼らほどの成功は収められなかったようだ。マイルスの場合は、誰もがやったことのない最先端のサウンドを追求し過ぎて、ポップ性が薄まり一般受けしなかったのだろうと思う。

マイルス・デイビス、ON THE CORNER、1972年作、マイルスのアルバムで売上最低を記録

ウェザー・レポートのファンであれば、このアルバムは問題なく受け入れられると思うし、それほどのファンでなくとも、彼らのサウンドが、初期の実験的なものではなく、成熟して固まったころの音源であるから、比較的聴きやすいと思う。 渡辺貞夫が演ずるような曲や、ベースとかドラム・ソロなどもありバリエーションに富んでいるし、イエスのRELAYERというアルバムに収録されているSOUND CHASER が好きであれば、このアルバムを聴くにあたって全く問題はないと思う。

イエス、RELAYER、1974年作 全米5位

環境保護に貢献するため、最近プラ・ケースのジャケットから、紙製のものに変更されているが、そのジャケットにCDを収納するためのデザインが全くなっていない。

このアルバムもその例に漏れず、紙製で非常に窮屈なCDポケットが4箇所あり、無理に取り出すと、紙製のジャケットが破れるか、CDに傷がつくかのどちらかである。

取り出しにはご注意を。


博士:週末だから、ウイスキーの水割りでも1杯やりたいんじゃが…

助手:そんな気の利いたものはありませんよ。水道水のオン・ザ・ロックはいかがですか?

博士:それじゃ100%水ではないか!