一僧侶の日常の思いを語る
沙門の法話
コロナ鬱
何故だかわからないが着実に体力が落ちています。休みの日に30キロが走れない。どうしてだか気力がわかない。なんとか毎朝10キロは走っていますがどうも身体のキレが悪い。
言い訳になりますがコロナ騒動になってからあまり無理をしないように考えるようになりました。それなので休みの時はなるべく休むと考えたのです。そして車でお不動様のお寺に通おうと。
5月、6月のあの緊迫感ある雰囲気はないですが継続しているような気がします。
70パーセントの子供が学校に行くのに不安を感じているそうです。学校にいけない。気力がわかない。お腹がいたい。頭がいたい。夜眠れない。
メンタル的な療法としてはそれはけっしておかしなことではない。そうなるのは当たり前のこと。少しづつこのコロナの時代に生きる自分を認めてあげることが大切とのこと。
子供たちのほとんどが何でそうなるのかがわからない。そうして自分が悪いのではないかと責めてしまうみたいです。
親も学校にいけない子供を自分が悪いのではないかと責めます。
しかし本当は誰も悪くない可能性があるのです。
コロナウィルスという未知の感染症と社会が戦う中、正解なんて誰も本当はわかりません。新薬が開発されてもそれがきくのが3か月とも聞きました。そうしたらそのたびに病院で注射を打ってもらうのか。
私の今ももしかしたらコロナ鬱の継続系かもしれません。最近はよく眠れますが身体は快調には程遠いみたいです。
新しい時代。生き残りの時代。一番に守るべきは自分と家族。それを忘れてはなりません。
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