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他力本願

少し足りないくらいの方が調度いいのは何においてもいえることかもしれません。

これでもかとてんこ盛りにしたくなってしまいますがこのくらいでの方がどこか余裕がうまれます。

私はどうしても全力を出してしまう性分です。なおかつ、僧侶ですから相手がどう実際に感じているか読めない傾向にあります。私もぐいぐいは悪いのですが相手もどこか遠慮してしまうので。

でもよーく考えてみれば今までお寺にいたころは真剣に相手の悩みに耳をかたむけ、故人様をご供養して仏様に念じてきました。

そのスタイルがのこってしまうのは仕方ないことなのです。むしろそれが私の長所でもあったはずです。


ここまでくるとやはり人間力が大事だと思えてなりません。

どうして親鸞聖人様は多くの人に慕われたか。あくまでも自分自身も救いがたい人間として仏様に向き合い、人として生き抜いたからです。
特別な何かは微塵もみせずに阿弥陀如来を一心に拝み続けました。いや形にこだわらずに信仰と生活を一体化させました。

あの時代、妻帯してもなお多くの人を引き付けた僧侶としての人間力はすごいものがあります。

私もわかっています。自分がどうしようもなく救いがたい人間であることを。

昨日、たまたま歎異抄を読む機会があったから心がそうかたむいています。

何も最初からそこまで自分を追い込む必要はないのかもしれません。

他力本願も究極の自力本願だと思います。
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ハッピーエンド

娘は自由帳に物語を書いて先生を喜ばしています。また娘らしい壮大な物語です。

娘曰く、

上手く物語を書くには幸せと不幸せを交互に盛り込まなくてはだめ

だそうです。

そういえば確かに娘の書く物語は悲惨な結末で終えるものも多く、それの方が余韻がのこるからとも言っていました。

なんだか、子供らしくないと思っていましたが本好きの彼女がたどりついた境地なので仕方ありません。

実際の人生も幸不幸の繰り返しです。

私は不幸のない人をいまだもって知りません。
そういえばお釈迦様も幾度も不幸を経験されています。

一族が滅ぼされたり、殺されそうになったり。

一番、信頼している二人の弟子は先にこの世を去りました。
目蓮は前世の因縁回収のため、自ら殺される道を選んでいます。

日本仏教の歴代の祖師も波瀾万丈の人生を歩んだひとばかり。

まだ自分なんかは幸せな方かもしれません。

私の人生はハッピーエンドがいいと思います。

ドラマチックでなくていいから人様のお役に立てた人生をのぞみます。
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マジかよ

いつもめざましテレビで6時53分から放送している「紙兎ロペ」のリスのアキラ先輩が口癖のようにつかっている言葉「マジかよ」。

設定は下町を舞台に、高校2年生の紙兎「ロペ」と高校3年生の紙リス「アキラ先輩」を中心に繰り広げられる物語です。

何気ない日常なのですがアニキ肌だがテキトーなアキラ先輩と、そんな先輩に振り回されてばかりのロペの、なんだかんだ仲の良い2人の日常が人気みたいです。

このアキラ先輩は何気ない日常の中で自分なりに気になることをとことん追求していきます。それでいったいどうしたいのといえば大した意味もないのですが何気ない日常を意識的に楽しんでいるというか。

マジかよ。ふざけんなよ。

そんなちょっと口の悪い部分もなんだか憎めないキャラクター。
主人公ロペよりも気に入っています。

多分、作者は下町の小さな一画の世界でもいくらでも楽しいことは存在しているよ。だからみんなも今日一日頑張れといいたいのだと思います。

私も何気にいやされています。

笑いからはじまる一日。いいかもしれません。
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内申書

もし、人生に内申書みたいなものがあり採点するのなら今の実力のさることながら今までの生き方も考慮にいれられるのではないか。

ある若手芸能人がひき逃げ事故を起こして問題になりました。

私もけっこう好きだった彼はそうなる前には一番勢いのある俳優として世間からもてはやされていました。そして事故。それも故意ではなく相手も大惨事になっていないという判断からいったんその場を離れました。

しかし後ろを走っていたタクシー運転手にうながされてもどり、自分の判断が間違っていたことに後悔したはずです。まずいことになったと。

もしその場を離れなければ彼はこれほど世間からバッシングを受けることもなく、しばらくしたら普通の生活のもどりまた活躍できたはずです。

でも離れてしまった。


多分、それまでの忙しさから自分を忘れてしまっていたのだと思います。人間だれしも間違いを起こしてしまうものです。それが故意でなければ尚更、だれしも起こりうること。

彼が有名芸能人ではなく、それほど持てはやされていなかったらどうだったでしょう。
もしかしたら、何の躊躇もなく事故の対応をしていたかもしれません。

神仏は人生の内申書をどのようにつけてくれるのでしょうか。
多分、素直に反省をしている人間には本人が驚くほどの甘い採点なのかもしれません。

つまり、自分を貶め、苦しめ、責め続けるのは自分本人であって他からの一方的な攻撃は本来は自分の人生にとっては関係のないことです。

また「どうしようもないなー」と批判している人も明日は我が身だと思わなくてはなりません。

突然起きるトラブルに対して人はなかなか正しくは判断できないものです。

普段からそうならない為にも用心すべきところは引き締めて生活しなくてはなりません。




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懐かしい

今日、仕事の途中でしたが近くに来たので地元でも有名な由緒ある神社にお参りしました。

私がお寺に勤めていたころ。風邪をひいて2日間、熱にうなされました。でもどうしてもその神社にお参りに行きたいと思い、熱でふらふらになりながらもお参りしたのです。

その神社には山から湧き出る霊水があり、私は病気が治るよう祈願しながら飲み干しました。

自宅に帰って明日からどうにか仕事にいこうと眠ったのですが翌朝、熱はひいて普通に生活できる身体に戻っていたのです。

それからは何かことあるごとにお参りをさせていただいていましたが今回もまるで引き寄せられるかのようにお参りをしてお水をいただきました。

感じたのは参道の霊気です。この気は私の今までの人生をフラッシュバックのように思い出させてくれました。

ただただ懐かしい。私はまっすぐに頑張ってきた。

そのように思えました。
何かが変わったわけではありませんが「ありがたい」、そのように心の底から感じられました。
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