一僧侶の日常の思いを語る
沙門の法話
不完全の完全
この暑い夏なのにどうしてだかもう秋の気配を感じるのは私だけでしょうか。
物事はなるまでが一番勢いがあり、なっている最中はもう終わりを予感させる。
だから何事もみたされない、目標に届かない、満足しないうちが一番楽しいのかもしれません。
成ってしまってからだと内心、物足りないというかあれほど望んでいたことが意外にそれほどでもなかったと感じるのかもしれません。
私は独身時代、結婚をすればほとんどの悩みが解決する。それぐらい結婚に対する思いは強かったし、望んでいました。
でもいざパートナーをえて家族をもち生活するとまた違った悩みが次から次へと出てくるものです。それであれほど望んでいたことがまるで満たされてしまってからの当たり前になってしまうのです。
多分、何事もそういうシステムになっているのだと思います。馬にニンジンです。
追いかけているうちが、満たされていないうちが一番楽しいのかもしれません。
つまり不完全の完全です。
人間とはだからこそ神仏に可愛がられるのかもしれません。
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