風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

紅葉を巡る4県の旅 3-1

2017-12-14 | 近畿(京都・滋賀)
2日目からの続きです。

● 早朝のお勤め

11月25日。この日も早朝に起き、寝ぼけ眼で外に出ました。
朝日はまだ建物の上を淡く照らすだけ。



朝日を浴びる不動堂で行われる、朝のお勤めに参加します。
広く立派なお堂の中に、私たち親子とお坊さんの3人きり。
贅沢な貸し切り状態は、夜が明けてもまた続きます。



不動堂には、お寺のご本尊、金色不動(秘仏)が鎮座しています。
「黄不動」で知られる三井寺とたもとを分かち、こちらは「金色不動」になったそうです。

ここは近畿三十六不動尊霊場の札所。由緒がありますね。
関東三十六不動尊を巡ったので、近畿の方も気になります。
でも今は、百観音の巡礼中なので、そちらに集中しますわ。



● 朝焼けの琵琶湖

読経を行い、朝のお勤めを終えて外に出たときには、湖の方から空が明るくなっていました。
日光を浴びて、石庭のコントラストが際立ちます。



この日もいい天気になりそうです。
琵琶湖クルーズをするため、船の時間に合わせて、少し早目の食事時間にしてもらいました。
てきぱきと朝食を済ませて、チェックアウト。



お坊さんには、最後までお世話になりました。
法衣姿だったり作務衣だったりダウンだったり、いろんな服になっているのを見ました。
ほかにもスタッフはいますが、僧侶の仕事は一人で何役もこなしてるようです。

● 疎水沿いに波止場へ



夕べ、ライトアップされた境内を拝観した三井寺の前を通りました。
フェリー乗り場まで、歩いて20分弱。
母も大丈夫そうということで、早めに出て疎水沿いにのんびり歩いていきます。
疎水には、川鳥がたくさん浮いていました。



● フェリーターミナル

湖畔の大津港フェリーターミナルに到着し、早めに琵琶湖汽船の受付を済ませました。
それでも行列ができていたので(いつもこんなに人気があるものなのかな?)と思います。

突然のモダンな構図。『去年マリエンバートで』の世界に入ったよう。



● 大きな蒸気船

大きな船が停泊していました。後部に大きなパドルがあるアメリカの蒸気船風で、ディズニーランドのマーク・トゥエイン号みたい。
これに乗るのかと思ったら、これは1時間半ほどの湾内周遊観光船ミシガン号でした。



蒸気船といったら、ニューオーリンズを連想しますが、滋賀県は「大きな湖を持つ」つながりでミシガン州と姉妹都市なので、船の名前はミシガン号なんだそうです。
定員800人。大きいですね。

● びわ湖の島めぐり

「ぐるっとびわ湖島めぐり」クルーズに参加する私達は、リオグランデ号に乗ります。
こちらは定員200名。
一日かけて湖を周るコースの方が、湾内観光船よりも小さいですが、こちらの方が馬力があるそうです。
待合室で入船のアナウンスを待って、乗り込みました。



パンフレットと葦で作ったキーホルダーをもらいました。
キーホルダーは、振るとカラカラという自然の音がします。
葦製というのが素朴で嬉しいです。

● 最後の運行

大勢の人と一緒に乗り込んだので(わー、大人気なのね)と思ったら、なんとこの日が、琵琶湖一周クルーズの定期運行最終日だとのこと。
そんな驚きのニュースを、乗ってから知りました。

知らなかったわ~。しかもこのコースは毎日ではなく、毎週土曜日のみの運行でした。
たまたま乗りたい日が土曜日だったので、なにも気づかずに申し込んでいましたが、乗船できたのはかなりラッキーだったわけです。

これまでの定期便を止めて、今後は、団体予約など一定数の申し込みがあったら、運行するそうです。
となると、今後は個人で乗るチャンスはかなり減ってしまうのね。
来週の旅行だったら、乗れないところでした。
よかったー。

船好きの母は、今回の旅行で、この琵琶湖クルーズを一番楽しみにしていたそう。
晴れ渡る空の下、無事に乗船できて、何よりです。

● 大盛況のクルーズ

最終運行便を惜しむ人たちで、船内は満員。
どこも席は埋まっており、にぎやかです。



9時半に出港しました。
スタッフが4人、桟橋に出て大きく手を振ってくれています。
「左からAさん、Bさん、Cさんですねー。一番右は男性だし、誰だったか名前覚えていませんねー」
とのアナウンスに、どっと笑いが起こります。
やっぱり西のトークレベルは高いわ。



案内役は、軽快な語りの今森洋輔さん。
琵琶湖の動植物を細密画で描く、高島市在住のイラストレーター。
写真家の今森光彦さんがお兄さんだと、母が知っていました。



湖に反射する日差しを受けて、窓側はぽかぽか。コートやカーディガンを脱いで、身軽になります。
湖に出ると、個人のボートがたくさん浮かんでいます。



みんなブラックバス釣りをしているそう。
ブラックバスは、国産魚の魚を食べて大量繁殖しているので、せっせと釣っちゃってください。
釣り好きの俳優さんも別荘を持っているそうですよ。ポイズン。

● 近江八景・浮見堂



母が見たがっていた浮見堂にさしかかりました。
ここも、近江八景の一つ「堅田の落雁」です。
この二日間で、近江八景のうち三景を見ることができました。
たまたま途中で見られて、ラッキー。

この辺りでは、特別な網の張り方で魚を追い込む、琵琶湖独特の「えり漁」という漁法が行われているそうです。
「えり」というのは小型定置網のことなんだとか。



● 琵琶湖アンダーザブリッジ

琵琶湖大橋は、上りと下りの2本ありました。
長さは約1400m。1キロ以上もあるんですね。
国道で、車が通ると音楽が鳴る、メロディーロードになっているそうです。
この橋を境に、北湖と南湖に分かれます。



下をくぐりました。わー、大迫力。
横浜ベイブリッジでも、お台場レインボーブリッジでも、橋の下を通る時には願いごとをします。
ここでも、メイク・ア・ウィッシュ!



● お水はタダじゃない

とにかく海のように広い琵琶湖。
行けども行けども、見渡す限りに湖面が続いています。
日本一とは聞いていましたが、想像をはるかに超える規模でした。

ところで滋賀は、琵琶湖の水を京都に供給している見返りとして、京都から毎年2億2千万のお金をもらっているそう。
驚きのお水代!タダじゃなかったのね。
「琵琶湖の水止めたろか~」という滋賀県民渾身の脅し文句を本当に実行したら、滋賀もお金をもらえなくなっちゃいます。
京都は水不足、滋賀はお金不足で共倒れになるので、やっぱりお水は流してあげましょう。

● 沖島に上陸

リオグランデ号は、琵琶湖に浮かんでいる沖島に近づき、錨を下ろしました。


リオグランデ号


沖島は、琵琶湖で人が住む唯一の島。湖に浮かぶ有人島は世界的にも珍しいそう。
といっても、湖には5つしか島がないそうです。住民は350人で、島に車がありません。
小さな島の中を、島民は自転車に乗って移動します。
細い路地がたくさんありました。

● 奥津島神社



「神社」と書かれた路地に従って路地を進んでいくと、山の斜面に面した急な階段に着きました。



ここを上がっていくと、奥津島(おきつしま)神社の拝殿がありました。 



高台にある境内から、島を見渡せます。



水が凪いだ静かな湖面が、日光で輝いています。
平和だわ。全て世は事も無し。



● エビエビエビエビエビ・・・

路地を抜けて、桟橋に向かいます。
細道が続きますが、小さな島なので、迷う心配はありません。

沖島に着く時に、ガイドさんがこう言いました。
「定期便運行が終わると聞いて、うちの会社のスタッフが、ここの"えび豆"を買うためだけに、今日お客として乗船しています」
「えび豆って、ふつうは豆豆豆豆豆エビ豆・・・でしょう。でも沖島のは、エビエビエビエビエビ豆エビ・・・ですからね!」

周りの人たちは「あはは」とか「へえ~」と言い、話が通じているようですが、私達母子はぽかんとしています。
リオグランデ号の乗客のほとんどが、関西や近場の人たちのよう。
関東からの参加者は、もしかすると私たちだけかもしれません。

「エビ豆って、なんだろう?」
「なんだろうね?」
エビマヨならぬエビ豆という食べ物がどんなものなのかわからないものの、ガイドさんの熱い語りを聞いて(じゃあ、買ってみようかな)という気になっています。



そんなわけで、桟橋の漁業組合の売店で、母はエビ豆を大量購入。
ほかのみんなも買っており、行列ができていました。
ブラックバスのコロッケも売っていました。そういえばブラックバスって、食べたことないなあ。

● 魚屋の飛び出し坊や

消防センターの前には、漁師になった飛び出し坊やがいました。
腰蓑をつけた和装姿がかわいい!初めて見るレアバージョンです。
自動車がないこの島には、飛び出し注意の看板はいらないと思いますけどね(^^)



看板が持つかごは、ここの人達が下げた手作り品のようで、よく見ると「エビ●(エビをとるどうぐ)」と書かれています。
子供へ教えているんですね。
近江八幡から毎日船に乗って、この島の小学校に通ってくる子供もいるそうです。
船での通学、一ぺんしてみたかったなあ。



島の桟橋です。ロマンチック!

● 乗用車のない島

小さな島をぐるりと一周しても、本当に車はありません。
主流は三輪自転車。スピードを出す必要はないし、高齢の方が乗るから、安定感最優先なんでしょう。
こんなに三輪自転車ばかり見る機会は、まずないなあ。
どの自転車も、カゴにちょっと錆びた平たいカンを入れています。
雨が降ったらこれをサドルにかぶせて、雨よけにするんだとか。
のどか~。



自動車はありませんが、農耕用トラクターはあります。
機関車のような謎のメカ(画像左)を発見したので、「これはなんですか?」と、母が通りがかった島のおばあちゃんに尋ねました。
どうも発電機のようです。
聞いたおばあちゃんも、やっぱり三輪自転車に乗っていました(後姿の人)。



● 最長老のお見送り

出航時、この島最高齢という、80ウン歳のおじいちゃんが、大きな旗を振って船を見送ってくれました。
これが最後の定期便。島民も寂しい気持ちでしょう。
振り返ると、おじいちゃんは、いつまでもいつまでも、小さくなるまで旗を振り続けていてくれました。


おじいちゃん、達者でね~!


自分のおじいちゃんに見送られているようで、ちょっと切なくなりました。
その2に続きます。



紅葉を巡る4県の旅 2-3

2017-12-12 | 近畿(京都・滋賀)
その2からの続きです。

● 秋の石山寺へ

部屋に戻り、一息ついてから、外出しました。
京阪電鉄に乗り、終点の石山寺駅で降ります。
そこから瀬田川沿いの遊歩道を歩いていくと、川ではカヌーに乗っている人がいました。

西国33観音の札所の石山寺には、夏に訪れており、今回は母のリクエストを受けての再訪です。
8月に参拝した時には、暑さでモウロウとしていたなあと思い出します。
木々は緑から紅葉に変わり、ずいぶん寒くなりました。



10分ほど歩いて、石山寺に到着しました。
立派な山門の仁王像は、運慶・湛慶親子の作と伝えられています。



● くぐり岩と鯉

巨大な鯉。大きすぎィ!
くぐり岩をくぐる人のサイズと比べてみてください。



急な石段を上りつめたところにある、ダイナミックな珪灰岩を見て、その迫力に驚く母。
ちょっとした石の国です。



● 紫式部とムラサキ

本堂には、紫式部が「源氏物語」を執筆したとされる「源氏の間」があります。
紫式部と、AIロボットのムラサキに再会。



● 紅葉たけなわ

本堂の横にあるのは、石山寺の鎮守社として慶長7年(1602)に作られた三十八所権現社。
ここの雰囲気がとても好きです。



真っ赤に染まった紅葉の向こうに、鐘楼と御影堂。
うーん、絵になるわー。



ゴツゴツした岩に囲まれていますが、それでもこのお寺は趣があり、優雅で女性的な雰囲気です。
やはり紫式部パワーでしょうか。



帰り道の参道から見る、山門の裏側。



● 瀬田の唐橋

境内の小高い丘の上にある月見亭から瀬田川を見下ろしながら、母が
「瀬田の唐橋は見えないかしら?」と言いました。
「はい?」「瀬田の唐橋よ、知らないの?」
「知らないわ~」
「まあ、近江八景の一つよ」
「(横浜の)金沢八景だって全部言えないんだから、ムリー」

お寺の人に聞いてみましたが「ここからは、見えるような、見えないような」とあいまいな返事。
地図で調べて、おおよその場所はわかりましたが、川にはいくつも橋が架かっています。
どんな形の橋なのか、いまいちわからないまま、丘を下りました。

● 見えた気がする

帰り道には、再び川沿いの道を駅まで歩きます。
歩いて行くうちに、次第に高速の橋の向こう側に別の橋が見えてきました。
「もしかしたら、あれじゃないかしら?」
地図で位置を確認すると、どうやらそのようです。

2人で目を凝らしているうちに、なんだかどんどんくっきりと見えてきました。
「あら、見えるじゃない」
「ほんとね。写真撮ろう」

でも実際には、よほど拡大しないとわかりませんでした。
「念ずれば花開く」といいますが、私達母子の場合は「念ずれば橋見える」。
希望が蜃気楼を見せていたのかもしれません。(だまされやすい)


たぶん、向こう側に見えている、あの橋!


● レトロな京阪線

そんなわけで(心眼で?)橋が見えた母は、満足の様子。
再び京阪石山寺駅に着き、石山坂本線に乗りました。
前の日、八幡市駅まで乗っていった京阪電鉄と比べると、かなり違います。
ずっと小ぶりで、2車両だけ。とってもレトロで味があります。



途中駅で高校生が乗ってきて、一気に賑やかになりました。
この日は11月24日。休みの合間の平日だったと思い出します。
お寺の中も、電車の中も、ずいぶん空いているのは、平日に加えて、京都の中心部から滋賀にきたからでしょうね。

● ゼゼ駅

乗っていると「ゼゼ」という駅名があり、気になりました。
「ぜぜ」と「ぜぜほんまち」の二カ所あります。
字は「膳所」ですが、響きがパワフル。
まず長野の「ザザ虫」を思い出します。(検索注意)
あとはウルトラマンの「ダダ」、そしてレディー「ガガ」。
ゼゼ、ザザ、ダダ、ガガ。
どれもみんなパワフル〜!膳所の方、響きで遊んで済みませーん。

● 石山寺から三井寺へ

石山寺駅に着いたところで16時。それから電車に乗り、三井寺駅で降りたときには、かなり夕暮れになっていました。
暗くなる前に、お寺に入ります。
ここも西国33観音札所で、すでに参拝済みながら、母のリクエストを受けての再訪です。
石山寺も三井寺も、好きなお寺なので、何度行ってもウェルカム!



● 夜間ライトアップ

少し急いだのは、日没前の景観も見たかったからで、お寺が閉まるわけではありません。
今は、紅葉のライトアップ期間で、夜間も9時まで開いています。



境内には、もう明かりが灯っていていました。



うーん、紅葉が際立って美しいわ~。夜もまた趣が違っていいですね。



● 三井の晩鐘の響き

日本三銘鐘、そして近江八景のひとつ、三井の晩鐘。
ちょうど17時に、鐘が鳴りました。
ゴオォオーーーーン!



余韻が響き渡り、おそらくは琵琶湖の湖上にも広がっていきます。
実際に晩鐘の音を聞けて、母子でカンゲキ~。
今日は、瀬田の唐橋と三井の晩鐘、二つの近江八景を見られたわ。

● 弁慶の引き摺り鐘

母が御朱印をもらった金堂。建物内部の裏に周ると、立派な仏像が展示されていました。
すばらしい仏像を間近で見られて、ありがたい気持ち~。



このお寺に来たら、弁慶の引き摺り鐘も見ておかないと。
高さ約2m、重さ2.2トンの大きさな鐘ですが、武蔵坊弁慶が、三井寺から比叡山延暦寺まで引き摺っていったと言われています。
岩手の中尊寺にも、石川の安宅の関にも、そしてここ滋賀の三井寺にも、豪快な弁慶伝説があります。
(やっぱり武蔵坊って只者じゃないな~)って思います。



ところで私、弁慶の出身地、和歌山県田辺市のキャラクター「たなべぇ」の着ぐるみになったことがありまーす。
ゆるキャラ弁慶!

● 三重の塔

三重の塔。ライトアップした紅葉を受けて、また引き立ちます。
美しいわ~。



そばから見ると、普段は屋根の陰になっている部分が光に照らされて、しっかりとした木組みが見えました。
立派なお寺の建築に光が当たると、普段とは違う迫力が生まれます。
もはや、芸術の域ですね。



● 幽玄の美

光と影のコントラストが浮き立って、お寺全体が幽玄の美しさに満ちています。



普段、あまり夜のライトアップに行く機会がないので、魅了されます。



● ライトアップ独り占め

ここまでムードに浸れるのは、やはり人が少なく、境内がすいているから。
これが東京や京都なら、ファインダーに人影が入ってしまうのは当たり前。



ここは、辺りに人がいないため、ほかの人のことをまったく気にすることなく撮影できました。
こんなに独占できちゃって、いいのかしら?



境内をぐるりと回って、帰途につきます。
一日歩き回ったので、さすがにくたびれたし、日が沈んでとにかく寒くなりました。
お宿が隣にあるというのが、ありがたいわ。



● 精進料理コース

宿坊に戻り、夕食の時間になりました。
私たち二人だけの食事タイムです。
ちょっと寂しいですが、周りに気を遣う必要もなく、静かでのびのび。



料理長の献立付きの、立派な精進料理が出てきました。
はじめは豆乳の湯葉鍋です。



どの料理も目に美しい~。今日は、きれいなものばっかり見ているわ。
目がキラキラになっちゃって、どうしましょう。



黄色い柚子の形をしたお椀に入っているのは、菊蕪と鮑茸、菊花飴の蒸しもの。

● 信長こんにゃく

赤いこんにゃくは「信長こんにゃく」と言います。
信長が赤が好きだったから、着色しているそう。
赤いこんにゃくを食べるのは、初めて!



カリリと揚げたての天ぷらに、お米は近江高島米のコシヒカリ。

● 湯葉から豆腐へ

固形燃料が切れたら、今度はにがりを入れ、かきまぜて少し置くと、豆腐になりました。



趣向を凝らした料理の数々に浮き立って、和気あいあいと過ごせました。
どれもヘルシーでしたが、たくさんいただいたので、おなかいっぱい。
ああ、おいしかった。
部屋に戻ると、しばらく動けませんでした。

3日目に続きます。


紅葉を巡る4県の旅 2-2

2017-12-08 | 近畿(京都・滋賀)
その1からの続きです。

● 南禅寺と南禅院



二条城と錦市場に行き、祇園を歩いてから、ふたたび地下鉄で蹴上駅まで戻りました。



南禅寺の水路閣は、いつみても堅牢でクラシカル。
くすんだレンガ色に、黄色い紅葉がまたいい色味を添えています。



水路閣のそばにある、塔頭の南禅院に入りました。
南禅寺の南禅院。まぎらわしいですね。



小さな庵の奥にある、秋の紅葉で色づいた庭園がきれい。



外国の観光客も大勢来ており、知らない言葉が飛び交っていました。



● 方丈庭園ふたたび

次に南禅寺の本坊へ。朝課の時に、僧侶が襖を開けて見せてくれた方丈庭園を再び見学します。
もうすっかり明るくなり、大勢の一般客が中を見学していました。



庭園に入ると、南禅寺垣根が見えました。
「光悦寺垣」と「銀閣寺垣根」が有名ですが、ほかにも○○寺垣根ってあるのかなと調べてみると、
「建仁寺垣、大徳寺垣、龍安寺垣、光悦寺垣、金閣寺垣、南禅寺垣、銀閣寺垣」などあるようです。
そんなにたくさん!大きなお寺には、オリジナルの竹垣があるということなんですね。



朝課の最後にお経を上げた入り口の銅像がなにか、気になりましたが、僧侶に聞けないままに解散となりました。
今度はお寺の人がたくさんいるので、聞いてみます。
毘沙門天かと思ったら、韋駄天像でした。
韋駄天は、禅寺で庫裡に祀られることが多いそうです。



● 紅葉のじゅうたん

境内の真っ赤な紅葉の絨毯の上で、着物姿のモデルさんの撮影が行われていました。
わあ、すごい。ロマンチックですね~。



● 南禅寺の三門

南禅寺といったら、思い出されるのは大きな三門。
石川五右衛門の「絶景かな」のセリフで有名で、ここに上がると京都を見渡せます。
急な階段ですが、母も途中で息を整えながら、がんばって上りました。
こちらが南側の遠方。



南側の下の方。



360度ぐるりと見渡せるパノラマ。南東には、岡崎の今戒光明寺が見えました。
こちらが北側。南禅寺法堂の屋根が見えます。



法堂に続く参道を真上から。



北西側です。



● 成田山のお守り

見どころの多い南禅寺を一通り見学し終えた時には、12時半になっていました。
宿に預けていた荷物を受け取って、蹴上を後にします。
となりの御陵駅で向かいのホームに来た電車に乗り換えると、地下鉄の車体にままで京阪電車になっていました。

おや、車両内に水引のついたものが貼ってある。
目を凝らして見ると、「御守 成田山」と書かれていまでした。
関西の方がお寺の本場(?)なのに、なぜ千葉の成田山の御守なのでしょう?
車体を関東で作ったのかしら?



あとで、記事を見つけました。
【京阪の安全祈願札】おけいはん守ってはる(朝日新聞)

「成田山」といっても、千葉の成田のものではなく、大阪の成田山大阪別院のものだそうです。

比叡山が京都の鬼門となっているように、成田山を大阪の鬼門鎮めにしているとのことです。
どの車両にも必ず成田山のお札が掛けてあるというのが、すごいですね。

● 滋賀県入り

御陵駅から京津線で大津駅まで行き、そこから石山坂本線に乗り換えて、三井寺駅で降りました。
蹴上から電車を乗り継いで30分弱。それほど距離はありませんが、もうここは滋賀県です。

滋賀と言えば琵琶湖。
先ほど南禅寺水路閣で見た疎水を、今度は逆の滋賀県側から眺めながら、疎水沿いに坂を上がっていきます。



疎水の上から。画面上方の琵琶湖から流れてきた水は、この山の下を通って、京都へと注ぎ込みます。



滋賀の人がよくネタにする「琵琶湖の水止めるぞ~」のセリフ。
本当に実行に移すとなったら、この水路をふさぐことになるんでしょうね。(物騒な想像)

● 宿泊は2人のみ

目指す場所は、三井寺の隣にある圓満院門跡(えんまんいんもんぜき)。
この日は、そのお寺の宿坊、三密殿に宿泊します。
圓満院の敷地内に入ったものの、広くていくつも建物がある割に、ひと気がないため、どこに行ったらいいのかわかりません。
仕方なく、納骨受付(トホホ)のところで人を呼ぶと、お坊さんが出てきてくれました。



まだチェックイン時間前なので、荷物だけ預かってもらうつもりでしたが、その場で宿泊手続きを取ってくれ、お坊さん自ら、三密殿の部屋まで案内してくれました。
この日の宿泊客は、私たち2人のみと聞いて、驚きます。
京都の宿はどこもいっぱいなのに、滋賀はちょっと事情が変わるんですね。
あまり知られていないんだろうと思います。ここは穴場だわ。

部屋は3階建ての3階。
私たちをエレベーターに誘導してくれた後、お坊さんは階段に向かい、自力で3階まで上がって合流します。
すごいなあ。これも修行でしょうか。
部屋まで案内してくれたあと、そのまま館内を案内してくれるということで、荷物を置いてあとに続きました。

● 圓満院門跡



平安時代に創建された由緒正しい歴史を持つ圓満院門跡は、天台宗系の単立寺院。
以前は三井寺の塔頭でしたが、今では運営元が変わり、三井寺とも離れているそう。
複雑な事情があるとはいえ、お坊さんは親切で、境内や庭園は問題なく拝観ができます。
そして、どちらも非常に素晴らしいものでした。



まずは、宸殿(しんでん)を案内してもらいました。
女帝の明正(めいしょう)天皇より下賜されたもので、重要文化財に指定されています。
江戸時代の1647年に、禁裏より移築された宸殿には、日本庭園「三井の名庭」があります。



国の名勝・史跡に指定されている、池泉鑑賞式の築山庭園です。
赤い野点傘が、絵になります。



室町時代に作られた、不老長寿を願う鶴島・亀島を配した「鶴亀の蓬莱庭」だそう。
どの石が鶴さんと亀さんなのか、よくわかりませんでしたが、バランスのとれた立派な庭園です。



建物内には、狩野派が描いた襖絵が飾られていました。
襖はレプリカで、原本は京都国立博物館に収蔵とのことです。



ここは座禅場でしょうか。これまた絵になる構図です。



投扇興を行う部屋もありました。雅だわ~。



説明をしてくれた後、僧侶は「ではごゆっくりおくつろぎください」と姿を消し、広々とした宸殿の中には私たち二人だけになりました。
先ほどまで、京都の喧騒の中にいたので、この静かな空間に驚きます。
贅沢でどうしましょう~。

● お寺にジョーバ



すっかりレトロな気分になっていたら、宿坊へとつながる廊下を通る途中にジョーバがあったので、驚きました。
スポーツクラブでしか見たことがありませんでしたが、お寺にジョーバ!
お坊さんもロデオをするのかしら?まあ、修行には体力がいりますからね!



小高い丘に立つこのお寺。部屋は3階なので見晴らしがよく、眼下に琵琶湖も臨めます。
ここからは、琵琶湖の花火もきれいに見えるそうです。

その3に続きます。

紅葉を巡る4県の旅 2-1

2017-12-08 | 近畿(京都・滋賀)
1日目からの続きです。 

● 朝のお勤め

11月24日。お寺の朝課(ちょうか)に参加するべく、朝5時半に起き、6:15にロビーに集合しました。
参加メンバーは、ご夫婦一組、息子とご両親、私たち親子、女性一名の計8名。
みんなで南禅会館から南禅寺に歩いていきます。
まだ外は暗く、頭も覚めないままで、ボーっとしています。

明るくなっていないうちから、私たちのほかにも南禅寺にやって来た人たちがいました。
みんな三脚を担いでいます。
早朝の美しさを撮りにやってきたカメラマンたちのようです。
芸術作品を取るって、大変なんだわ。



南禅寺方丈の入り口で、袈裟姿のご年配の僧侶が出迎えてくれました。
(画像に見える人影です)
きりりとしたお顔つき。禅寺なので、お寺全体が凛とした空気に包まれており、私語などできない雰囲気です。
眠気はどこかに飛んでいきました。
僧侶は、私たちの前に立って冷たい伽藍を歩きながら、ガラガラと木の扉を開け放っていきます。
寒い外気が入ってきてますます寒くなりますが、緊張しているのであまり皮膚感覚はありません。

● 国宝の清涼殿で

僧侶がすいと入ったのは、国宝の清涼殿。
一般参拝者は決して入ることはできませんが、どうやらここで朝課が行われるようです。
わー、すごい体験。ますます緊張して足を踏み入れました。

僧侶が拝礼をしているところに、若手の僧侶二人が登場しました。
一人は木魚、一人は鏧子(けいす)を鳴らし始めます。
そして3人で声を合わせてお経を読み始めました。
最初は般若心経。
これなら私もわかりますが、まれに聞くハイスピード。
はじめは一緒に唱えていましたが、緊張している頭は普段以上に反応が悪く、すぐについていけなくなりました。

あっという間に唱え終わり、続けてほかのお経を次々に読んでいきます。
木魚と鏧子を鳴らしながら、間近で朗々と唱えられるお経は迫力がありました。

読経が終わると、今度は一人一人が仏像の前に立ち、お焼香をすることになりました。
お葬式のとき以外にする機会は、なかなかありません。

その後、清涼殿から出て廊下を戻り、入り口の仏像の前でまたもや読経。
そうして朝課が終了しました。

● 静かな時間

早朝のお寺のお勤めを終えると、ぴんと背筋が伸びるような気持ちになりました。
普段は混んでいますが、まだ誰もいない、南禅寺の茶室。



お寺の外に出ると、もう日が登っており、先ほどよりもずいぶん辺りが見えるようになっていました。



南禅寺が開くのはまだ1時間以上先の話。
まだ観光客のきていない、静かな敷地内を散策しました。



紅葉がきれい。
人が多いと、なかなか自然に目がいかなくなってしまうので、今のうちに眺めておきます。



いつも混んでいる南禅寺も、朝は空いています。



早朝カメラマンは、さっきよりも増えています。
時間は7時前、まだ人が少なく、写真を撮るにはいい時間です。
それでも、身体が冷え切ってしまったので、宿にもどって暖まりました。



● 五観の偈

朝餉の時間です。
お箸袋には「食事五観文(しょくじごかんもん)」が書かれていました。
禅宗で食事の前に唱えられる文句で、五観の偈(ごかんのげ)ともいいます。

一つには、功の多少を計り、彼の来処を量る。
     (すべてのものに感謝してこの食事をいただきます。)
二つには、己が徳行の全欠をはかつて供に応ず。
     (自分の日々の行いを反省してこの食事をいただきます。)
三つには、心を防ぎ、過貪等を離るるを宗とす。
     (欲張ったり残したりしないでこの食事をいただきます。)
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
     (身体と心の健康のためにこの食事をいただきます。)
五つには、道業を成せんが為に、将にこの食をうくべし。
     (みんなが幸せになるためにこの食事をいただきます。)
合掌。



箸袋の裏には、「食後のことば」も書かれていました。
尊き恵み今すでに受く 此の力を持って普く衆
生のために尽くさん ごちそうさまでした
                大本山 南禅寺

この言葉を唱えると、丁寧に食事ができた気がします。
ほかの宿泊客と一緒に食事をしていると、一人のお坊さんがやってきて、隣のテーブルのおばさまグループに「どのくらい滞在するんですか」と問いかけました。
「一週間」と聞いて、私は内心(わー、長いのね)と驚きます。
僧侶の覚えめでたい、南禅寺派の信徒の方々なんでしょう。



食後、支度をして8時過ぎにチェックアウト。
さっそく動き出します。

● 大政奉還150周年

まずは地下鉄で、二条城へ向かいました。
絵になる、というか絵のような景色。



8:45の開城(でいいの?)直後でしたが、もう大勢の人たちがいました。
修学旅行生のグループもいます。こんなに早くお城にいるなんて、熱心だわ。



今年は1867年の大政奉還から150周年になるそうです。
江戸幕府が終わってから150年たったんですね~。



源頼朝が鎌倉に幕府を開いてから約680年間続いた日本の武家政権が終焉した大きな歴史の分岐点。
当時は激動の舞台でしたが、今ではすっかり落ち着いた城内に入ります。



外国人ファミリーと一緒に登城。
突き抜けるような青空に、お城がよく映えていました。



広いお城内には金屏風の贅沢な部屋がいくつもありましたが、風通しのいい木造日本建築の中にいると、やはり寒々としてきます。
ここにお勤めしている人は、防寒対策を万全にしないと大変そう。

● 3つの庭園

敷地内には、二の丸庭園、明治時代の本丸庭園、昭和期に作られた清流園の3つの庭園があります。



すみずみまで手入れが行き届いた広い庭園は、どこを眺めても美しい景色に出会えます。



陽の光を受けて、紅葉もキラキラまぶしく輝きます。



まあ、ここは日本版バッキンガム宮殿やチュイルリー宮殿の庭園ですからね。
そう考えると、豪華で非日常的な空間に納得です。



じっくり見学しながら、城内をぐるっと一周しました。

● 若沖の錦市場

お城を出て、四条に移動し、錦市場へと向かいました。
将軍が政を司ったやんごとなき世界から、一気に庶民の胃袋を支える賑やかな世界へ。
たどり着いた時には、ちょうど10時になっていました。



入口には大きく、伊藤若沖の描いた鶏の絵がかかっています。
若沖の実家は、この市場にあった八百屋でしたが、気がつけば長い通りのあちこちに彼の絵の幕が飾られて、市場全体が若沖推しになっていました。



京漬物といったら西利。
千枚漬け用の聖護院株が並べられていました。

● ハモの串焼き

まずは魚力 (うおりき) に行き、母の念願のハモの照り焼きをいただきました。
店頭に並ぶ串を、炭火で焼き直してくれます。



ハモ(鱧)ってなかなか関東では食べる機会がありません。初夏以外では、ほぼ皆無です。
でもここでは、一年中食べることができます。



一串500円と、お値段はそれなりですが、珍しさもあってか売れ行き好調。
お店の人とハモの会話をして、お吸い物もいただきました。

● 丹波の焼き栗

次に、これまた母お待ちかねの丹波の焼き栗のお店へ。
昨日、東福寺前の道で何軒もの店が焼き栗を売っているのを横目で見てこらえてきただけに、今回はネコならぬ母まっしぐら。



ここの栗はすごいです。たっぷり。
収穫の秋ですねえ。



ちょっとおまけしてもらい、あとでお茶しながらいただきました。



大きくてホクホクした甘さが嬉しいところ。
東京でも買えればいいのになあ。

● 蛸薬師はどこ

ハモと丹波の栗をゲットしたことで、母の錦市場ミッションはクリア。
一番端の錦天満宮まで来たところで、まだ蛸薬師に行ったことがないと思い出しました。
「すぐ近くのはずだから、お参りしよう」

ここかなと思って入ったお寺には、どうもタコがありません。
あれー、ここでいいのかしら?
お寺の由緒が書いていないため、よくわかりません。
蛸薬師というのは通称であって、本当のお寺の名前は別にあると思うし。
母は「きっとここよ」と言いますが、どうも気になっていると、ちょうどお寺の隣の建物のドアが開きました。
そこから出てきたのは、白粉顔の女性。
スナックのママかしらと思いながら聞いてみたら、「ここじゃありませんよ」と教えてもらいました。
よかった~。確認しなければ、勘違いしたまま別のお寺を参拝して帰るところだったわ。

教えてもらった道を行き、正しい蛸薬師を参拝しました。
木製ながら今にも動きそうにリアルな撫でタコを、せっせとさすってきました。

● 愛の祇園巽橋

それから錦市場を離れて、鴨川にかかる四条大橋を渡りました。
風が冷たいのに、今でも大勢の人たちが川辺にいます。
「鴨川等間隔の法則」は、この日も遵守されていました。



この辺りは祇園。
公園の雨よけも、京風の和傘デザインです。



たどり着いたのは、これまた母のリクエストによる祇園巽橋(たつみばし)。
時代劇によく登場する橋ですが、ちょっとわかりづらい場所にありますからね。



ちょうど紅葉が色づいて、絵になる季節です。
ここにも着物姿の人たちがたくさん。



橋の上から眺める白川。清流です。


ここは、着物姿の人ばかりでなく、ウエディングフォトの一大撮影スポット。
辺りを見渡すと、あちこちに和装姿のカップルと撮影隊がおり、めいめいがスペースを保ちながら、熱心に撮影を行っています。
相手のフィールドに踏み込まず、自分の陣地も譲らないという絶妙なバランスを保ちながら、皆さん少しずつ場所を変えて移動し続けている、華麗なる戦国群雄割拠状態。
 私「フ、フォトジェニックだわ~」
 母「イ、インスタ映えするね~」
お互いに、使い慣れない言葉を言ってみたくなったりして。

その2に続きます。


紅葉を巡る4県の旅 1-2

2017-12-07 | 近畿(京都・滋賀)

その1からの続きです。

● つれづれ草

先ほど、男山の上にある石清水八幡宮を参拝して、麓に降りてきました。
今度は一の鳥居をくぐったところにある高良神社へ向かいます。

学校で習った『徒然草』のこの一節、覚えておいででしょうか。

徒然草第52段

仁和寺にある法師、年寄るまで、石淸水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、徒歩(かち)よりまうでけり。
極樂寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。
さて、かたへの人にあひて、「年ごろ思ひつること、果たしはべりぬ。聞きしにも過ぎて、尊くこそおはしけれ。
そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」と言ひける。

すこしのことにも、先達はあらまほしき事なり。

(口語訳)
仁和寺の法師が、年をとるまで石清水八幡宮をお参りしたことがないことを残念に思い、ある時思い立ち、一人で徒歩でお参りにいった。
(山麓の)極楽寺と高良神社をお参りし、(八幡宮へのお参りは)これだけだと思って帰った。

傍の人に「ずっと思っていたこと(八幡宮へのお参り)を果たせた。聞いていた以上に尊いものだった。
ところで、他の参詣者が皆、山を登っていったので、何か山上にあるのだろうかと思ったが、参拝が目的なので、山の上には行かなかった。」と言った。

小さなことにも、案内者は欲しいものである。


こんな風に兼好法師に教えてもらったので、仁和寺の法師の二の足を踏まないよう、いつも山上の石清水八幡宮参拝と麓の高良神社の両方をお参りしています。
(極楽寺は「鳥羽伏見の戦い」の時に焼失してしまいました)



秋の高良神社は、イチョウが黄色く染まっていつも美しい光景を見せてくれます。
今回は、ちょっと散ってしまったかな。
母に徒然草の話を教えながら参拝すると、神社の人が階段を掃きにやって来ました。



ここには土地の地主神が祀られているそうです。
その方と「『徒然草』にも採り上げられている神社ですね」と話しました。

● 江戸の走井餅



そのあと、一の鳥居の前にあるやわた走井餅老舗に入りました。
ここにも参拝の旅にたち寄っていますが、そもそもは母に「石清水さんの門前には、おいしいお餅を出す茶店があるそうよ」と勧められて行き始めたのがきっかけ。
江戸時代からの歴史を持つ、渋い店内です。



お餅は翌日までしかもたないため、旅の途中では、いつもお土産に買えずにいました。
だから母を連れてきたかったのです。母も感激しています。



走井餅と季節の和菓子を、抹茶といただきました。

● 京都のポリス

駅前交番の前の絵は、京都警察のマーク。
シックでレトロなデザインがいいですね。



京都には、京都府警察平安騎馬隊がおり、お祭りの時などに馬上からパトロール中の警官を見かけます。
すてき~。日本中に騎馬隊がいればいいのに~。

● 八幡市のマンホール

八幡市のマンホール。
市の花、サツキがデザインされています。



英語ではazalea。ちなみにツツジも、英語はazalea。
みーんなアザレアになっちゃうんですね。
アザレアは川崎の市花です。なんだかややこしくなってきました。

● ラッシュ用ドア

京都市内に戻ることになり、再び京阪に乗り込みます。
電車がやってきたので、ドアの前に立ちましたが、私たちの前のドアがなぜか開きません。
(あれ、故障?)と思いましたが、よく見たら「ラッシュ用ドア」と書いてありました。
へえー、ラッシュの時に開くドアなんですね。



車両の中から見ると、ラッシュ用ドアの内側は普通に座席になっています。
でも、足元があいています。
混雑時には、座席が天井に上がって、荷物棚になるんでしょう。



その時を見てみたいな~。
ドア付近に、空いてる時間だけ使える補助椅子がある電車はよく見かけますが、座席がごっそり上下するものは、初めて!

● 西日射す道

京阪の駅に「東福寺」があります。秋は紅葉の東福寺。
せっかくだからと、途中下車して東福寺まで行ってみました。



西日を受けて、途中の道端の紅葉が美しく輝いています。



駅からお寺までは10分ほど歩きますが、その道のりが楽しいので、苦にはなりません。



明暗寺。漱石の晩年の未完作を思い出します。
でも、漱石の『明暗』と違って、お寺の方は「みょうあんじ」と読むそうです。



天気がよく、空が美しいため、緑も紅葉もとにかく美しく映えています。



● 東福寺の紅葉

東福寺に着いた時には、お寺の紅葉は、日光を受ける角度ではなくなっていました。
そろそろ閉門時間も近づいていたので、通天橋を渡るのはやめにしました。



境内を散策。巨大な山門を眺めます。
東福寺の三門は京都五山の中でも最も古く立派で、国宝に指定されています。



臥龍橋から臨む通天橋。
遠くから見ても、押すな押すなの大混雑ぶりです。



● 駅にUターン



やってきた道を再び戻ります。
お寺から駅に戻る途中の道の紅葉は、格別にきれいでした。



普段はこのお寺に朝に来るため、夕方時刻の様子を見るのは初めて。
西日が射す時間もまた、また美しいことを知りました。



最近では、京都のあちこちで着物姿の人を見るようになりました。
眼福です。



大勢の人が東福寺の美しい紅葉を観に来るため、どんどん屋台の数が増えてきている気がします。
丹波の焼き栗好きの母は、栗売りを発見して「丹波の焼き栗!」とちょっとクレイジーになります。
「買おうかしら~」花より団子。母の場合は紅葉より栗。
「明日、錦市場に行くわよ」と言うと、「じゃあその時にするわ」と意外にも収まりました。

私たちが駅に戻る帰り道でも、お寺へと向かう人たちは列になって続々とやってきます。
もう閉門なのに、みんな、何のために行くのかしら?
私たちのように、閉門時間をあまり気にせず向かっているのかな。

● ヅカでポー

京阪に乗り、途中で地下鉄に乗り換えました。
乗り換えた三条駅には、兵庫宝塚大劇場のポスターが貼ってありました。



ヅカで観られるお芝居は、紳士淑女の恋愛ものだと思っていましたが、次の演目は少年少女が登場人物の『ポーの一族』だそうです。
びっくり!萩尾望都ファンの友達に話さなくちゃ。

● モダンな南禅会館

再び蹴上駅で降り、ねじりまんぼという小さなトンネルを抜けて、南禅寺に向かいます。
日没時で日が陰ってきていますが、紅葉はきれい。
それでも、相当冷えて寒くなってきたため、まっすぐ宿に入りました。



この日の宿は、南禅寺の所有する南禅会館。
初めて泊まります。
右側の竹かごに入っているのは、におい袋。
ほのかな香りが部屋じゅうに漂っています。



建物全体が新しくきれいでモダン。
宿坊ですが、普通の旅館のようです。
玄関には、草履と下駄がありました。



部屋の障子を開けて、窓から外を眺めました。
もうかなり暗くなってきています。



座ると、結構足が疲れていることに気づきました。
初日からかなり歩いたわ~。
母と二人で畳の上に横になって、ストレッチをしたりくつろいだり、うだうだと過ごしました。

● 松花堂弁当

夕食の時間になりました。
左京区にある仕出し弁当屋、大門の松花堂弁当。
母が「鹿ケ谷のお弁当屋さんだから、このかぼちゃは京野菜の鹿ケ谷かぼちゃかも」と言いました。
ひょうたんのように真ん中がくびれている形をしているそうです。



一見シンプルなようで、とても具だくさん。一般の家庭ではこれほどたくさんの食材はとても出せません。
お吸い物はジュンサイ入り。
茶碗蒸しの中身も、お肉、エビなどがぎっしりつまっています。
おなかいっぱいになりました。

● 夜は静かに



近くに夜間ライトアップ拝観をしているお寺もありますが、冷え込んで寒くなっており、食後はもう外出する気になりません。
宿坊だからでしょうか、部屋にはTVがなく、静か。
お風呂に入った後は、母は早々に休み、私はお茶を飲んでのんびり過ごしました。

出発こそ雨に降られましたが、朝のうちに止んで、からりと晴れ上がったいい一日でした。
母が楽しんでくれていて、ひと安心です。
2日目に続きます。