風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

お城と水と火の国へ(三角) 3-(2)

2015-09-23 | 九州
3-(1)からの続きです。

○ 西と東の三角港

三角の旧裁判所と旧郡役所を見たあと、高台から下りて磯の方へと向かいました。
ここは三角西港。三角港じゃないの?と思ったら、東港と西港に分かれているそうです。
東港はどこかといったら、先ほどバスに乗った駅前のところ。
気がついていませんでしたが、あそこだったのね。

明治32年に開通した鉄道と接続のいい東側に港湾機能が移ったため、三角港といったら東港を指し、こちらは旧港になるそうです。
この辺りは、すべて「旧」がつくんですね。
古めかしい、すてきな港です。港といってもこぢんまりとしており、湾岸は遊歩道になって、人々が釣り糸を垂れています。



明治20年に開港した西港は、日本最古の近代的港湾。
宮城県の野蒜築港、福井県の三国港とともに明治の三大築港と呼ばれるそうです。

宮城の野蒜海岸には、子供の頃サマーキャンプに、そして震災後の被災地視察に訪れており、あの辺りに港があったかしらと思いましたが、今はありません。
建築途中で計画が中止になり、幻の港となってしまったそう。

○ 祝、世界遺産登録決定!

ここは、東港に機能が移ってから、西港は時代に取り残されてさびれてしまいましたが、逆に埠頭や水路・橋などの当時の施設がほぼ原形のままで残されている全国唯一の港湾史跡として評価されるようになり、このたび世界遺産に正式登録されました。
世界文化遺産に認定されたのが2015年7月。そう、まさに決まったばかりの時だったのです。
おめでたいことだわ~。辺りにはのぼりがはためき、明るいムードが漂っています。
旬の話題の場所に来られて嬉しいです。



○ 洋館だけど浦島屋

港そばには、これまた素敵な洋館がありました。
短期間だけホテルだった浦島屋。洋館の割に渋い名前ですね。
北海道の旧函館区公会堂に似てるなと思いました。



函館の洋館は入場料がいりますが、西港の洋館はどこも入館無料。太っ腹ですね。
今後、観光客が爆発的に増えていくと、どうなるかはわかりませんけれど。



2階のバルコニーからは港がまっすぐ見えます。ああ、いい眺め。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)がここに滞在して「夏の日の夢」という紀行文を書いたそうです。
この景色を見ていたら、たしかに文豪になれそう。



○ ムルドルハウス

城壁の、住みたくなるようなかわいい洋館。
築港時の外国人技師、ローウェンホルスト・ムルドルにちなんで建物の名前がつけられたそう。
オランダの人で、本名はアントニー・トーマス・ルベルタス・ローウェンホルスト・ムルデル(Anthonie Thomas Lubertus Rouwenhorst Mulder)といったそうです。
キャー、長すぎなーい? ジュゲムジュゲム…。



今では物産館になっています。



この洋館の横にあるのは、先程の旧裁判所の方から海に真っ直ぐ続く石積水路です。



○ 旧高田回漕店

白い洋館の隣にあるのは、対照的な和風建築。
こんなに渋い木造の建物もありました。
沿岸航路で旅客や貨物輸送の取り次ぎをした、回漕問屋(どいや)だったそうです。



○ 遊歩道散策

ウォーターフロントを散歩します。
港からは、天草五橋の一つも見えます。いい長めです。





ピントがあっていませんが、チョウチョが3匹もふわふわ飛んでいました。



潮風を胸いっぱいに吸い込みます。
すがすがしくて、気持ちいーい!
ここの港の雰囲気、好きだわー。







晴れ上がった夏の日差しの下、キラキラと輝く静かな海。
潮風を受けて、すっかりリラックスできました。

○ オランダカフェのテラス

海沿いに埠頭の端まで歩いて行き、Uターンして町の中心部に戻りました。
ランチにしようと、蔵を改造したレストラン、オランダカフェに入りました。
ここは荷役倉庫として使われていた土蔵造りの建物で、入るとひんやりと涼しさを感じます。



中ではグループサウンズ風のバンドがハワイアンソングを歌っていました。
ライブ中だったようで、「入れますか?」と聞いたら、店内ではなく、テラス席に案内されました。
外なので、暑いなあと思いましたが、日陰になっているのでじきに慣れ、潮風が心地よく感じます。
テラスのすぐ目の前が海なので、広々と見渡せて、気分爽快。



このお店の特製ビーフカレーセットにしました。
きれいな海がすぐ目の前にあり、いい眺めです。
こんなにいいロケーションのお店は、首都圏ではなかなかお目にかかれないし、あったとしても行列ができて、いい席をとるのが大変でしょう。
デザートはレアチーズケーキ~。



○ 古代船あらわる

すばらしい景色に見とれていると、遠くからなにやら不思議な船が近づいてきました。
あれは・・・なに?



人が大勢乗って、めいめいに櫂を漕いでいます。
その船を先頭に、他の船もついてきて、なんだか賑やか。撮影をしているようです。



お店の人に聞いたら、古代船だそうです。
初めて見る古代船。エジプトの太陽の船のようです。



まっすぐ私たちの方へと向かってきました。



○ 船乗りたちを祝福

岸のすぐそばまで来ると、テラスにいる私たちに向けて、なにやら布を見せます。
それには「祝!三角西港世界遺産認定!」と書かれており、船乗りはみんな、水から上げた櫂を掲げて挨拶してくれました。
岸にいる私たちみんなは、拍手で祝福しました。
おめでとう~!



こんな光景が見られるなんて、感激。テラス席にいて大正解だったわ。
素敵な場所で、すっかり腰を落ち着けた私たち。
暑さをしのいでのんびり過ごし、またバスに乗って、三角駅まで戻りました。

○ 三角東港を散策



何回見ても、絵になる駅ですね。
電車が来るまで少し時間があったので、駅前の三角東港を散策します。
先ほど見た、巻貝の灯台のようなパビリオンのそばに行ってみましたが、まだ工事中で中には入れませんでした。



世界遺産に認定されたのは、なんといってもまだ今月のことなので、これからいろいろ観光整備をしていくんでしょうね
はしりの時に来られてよかったです。まだ観光地ずれしていない、素敵な場所でした。

○ マドロスごっこ

再び海際にやってきた私たち。さっちゃんが「マドロスごっこしたい」と言い出します。
前々から、マドロスが片足をかけるにいい出っ張りを探していたのだそう。
「この前来た時にチェックしておいたのよ~♪ ね、いいでしょ?」



ということで、さっそく撮影会に入りました。
出っ張りに足をかけてポーズをとるさっちゃん。
「いいね、いいね~!」と、うさんくさいカメラマンになりきって激写する私。
ほかの人が見たら、笑える2人だったことでしょう。



がんばった甲斐あって、バッチリいい写真が撮れました!
さっちゃんは満点です。ポーズを研究していただけあって、堂に入っています。
なんといっても、念願のマドロスごっこができたという、嬉しそうな笑顔がイイ!
対して私は、腰が引けていてまるでダメダメでした。

さっちゃんは、「ボーダーシャツじゃないとダメね」と服装を反省しています。
「嬉しそうすぎて哀愁がないねー」「ニヒルな表情をしないと」「もっと垂直に立つ方がそれっぽいかな」
真面目な反省会になった挙句、2人とも声を合わせて「また撮らなくちゃ!」と言いました。
結局そうなるのね~(笑)。

足をかけた、綱を引っ掛ける出っ張りは「ビット」というと、彼女が調べて教えてくれました。
知りませんでしたが、特に困ることはなかったわ。
たいていの人にとっては知らなくてもいい言葉ですが、マドロスごっこをする人は覚えておいた方がよさそうですね。

○ バールのようなもの

この「ビット」から、なぜか「バールのようなもの」に話題は移り、「なぜニュースの事件報道の時に、"被害者はバールのようなもので殴られた"って言って、バールとはっきり断言しないんだろうね?」と、頭をひねりながら電車に乗り込みました。
そのことがなんとなく頭に残っていて、今、清水義範著『バールのようなもの』を読んでいます。



駅の傍にあったレトロな建物。
三角海運株式会社という名前がまたいい感じです。
3-(3)に続きます。

お城と水と火の国へ(三角) 3-(1)

2015-09-21 | 九州
2日目からの続きです。

○ 駅のホーム

昨夜の夜はゲリラ豪雨に見舞われましたが、起きてみると3日目の朝は空高く晴天。
ただかなり蒸し暑い日です。

この日は、電車に乗って昨日の阿蘇とは逆方向に向かいます。
つまり、山側ではなく海側です。

小さなホームの待合室には人が入っており、一見暑そうですが、中にはエアコンが見えます。
普段使っている電車の待合室も空調が効いていますが、ここは家庭用エアコンのよう。
まあ、部屋サイズで、ちょうどいいのかも。



ホームの自販機は、ドリンクでもスナックでもなく、チンして食べる食べ物系でした。
たこ焼きとかフライドチキンとかおにぎりとか。
一律370円でした。
道の駅やスケートリンクなどで時々見ますが、駅にあるのを見たのは初めて。
軽食を食べられるくらい、電車が来ないってことですね…。



電車内には子供が多く、乗客はみんなラフな格好をしています。
この3連休から、熊本の学校はもう夏休みに入っているんだそう。
みんな行楽スタイルで、どこかに出かけるようです。

○ 三角線に乗り換え



熊本駅で三角線に電車を乗り換えます。
さんかくせん(デルタ線)ではありません。熊本と三角(みすみ)を結ぶローカル線です。



これも1両編成。熊本に来てから、すっかりこの短さに慣れました。
じきに、海が見えてきます。わあ、きれい。



○ きれいな終着駅

終点の三角駅まで乗って行きました。
レトロなデザインの木造駅舎です。たて・よこ・ローマ字と、駅名がたくさん書かれています。



天井が高くて、広々とした待合室。
描かれているのは何のデザインでしょうね。家紋風です。



クラシカルな木のホールが落ち着きます。さりげなくくまモン。どこにでもいます。



あっ、星空ビアテラスのポスター。
昨日の南阿蘇鉄道だけでなく、ここでも納涼企画をやっているんですね。
ここも、ビアテラス帰りの熊本行き電車の中は、陽気な飲兵衛たちばかりになるんでしょう。



通りを挟んだバス乗り場からは、山吹色の駅舎の全貌が見えました。



くるっと身体の向きを変えると、海側には気になる建物があります。
巨大な貝のような、あれはなんだろう?



○ ご当地車止め

わあ、熊本では工事の車止めにもくまモンがいるんですね!
もちろん、他の場所では見たことはありません。
佐渡ではトキの車止めを見たし、ご当地ものがでているんですね。



○ シャレトル、シャトル便

ここからバスに乗り換えて三角西港へと向かいます。
さあて、シャトル便がやってきた。
ん?シャルトレ?じゃなくてシャレトル便・・・しゃれとる!?
口の中でブツブツ言って、下を噛みそうになりながら、乗り込みました。



さっちゃんも、駅までなら来たことはあったものの、ここから先に行くのは初めてだそう。
なにがあるか、2人でワクワクします。

○ なにかがありそうな石段

バスはくねくね道を行き、10分くらいで三角西港に到着しました。



海はすぐそこですが、海と反対側にある、水路の先の長い石段(画像右奥)が気になったので、まずそちらに行ってみることにしました。



○ 法の館

けっこうきつい石段。ふうふういいながら上ります。
上にはなにがあるんだろう、お寺とかかなと思ったら、昔の裁判所「法の館」がありました。



平成4年に移転するまで、ここに三角簡易裁判所と三角地区検察庁があったそうです。



無人ですが、中を見学できるようになっており、スリッパに履き替えて見学しました。



○ 法の館で勝ち組負け組

裁判が疑似体験できる当時の裁判室では裁判官の椅子に座り、別室では証言台に立って、被告人のポーズをとりました。
まだ裁判の傍聴もしたことがないのに、いきなり当事者席を体験することに。



「王子とこじき」ならぬ「裁判官と罪人」。勝ち組と負け組の図です。
偉そうな裁判官とおちぶれた犯罪者では、人生の明暗がくっきり分かれていますね。
実際になにかしでかして、被告人として証言台に立たないようにしなくちゃ!

          


この施設は、映画「るろうに剣心」のロケに使われたそうです。
ロケはここだけでなく山形でも行われたそう。南に北に、撮影クルーは移動が大変ですね。



○ 旧郡役所

地図を見て、こっちにもなにかありそうだねと歩いて行ったところには、旧宇土郡役所がありました。
現在は、全国唯一の自治体経営の宇城市立九州海技学院として、船員の養成所に利用されているそうです。



とてもすてきな洋館。こちらは残念ながら閉まっていました。
そこで、入り口のところで、代わりばんこに謎の妖精さんごっこをします(笑)。
さっき裁判官と罪人になりきったところなので、どうもはずみがついていました。



敷地内のレトロなベンチがすてき。
妖精気分を引きずったままぽーっと見ていたら、やぶ蚊に刺されてしまい、強烈なかゆさで我にかえりました。



高台なので、木陰の向こうに港が見渡せます。ここの船員見習いさんたちの実習場です。



先ほど遠くから見た石段の上から。道と水路は真っ直ぐ港に向かっています。
海とは逆方向の奥まった場所にひっそりと立つ、古い建物を見学できました。



3-(2)に続きます。

お城と水と火の国へ(阿蘇) 2-(2)

2015-09-20 | 九州
2-(1)からの続きです。

○ 阿蘇山の南側へ

宮地駅にやってきた豊肥本線に乗ってほどなくして、さっちゃんが「せっかくここまで来たんだから、途中で南阿蘇鉄道に乗り換えてみない?」と言いました。
もともとこの日は、阿蘇神社方面に行くか、南阿蘇鉄道に乗るかと、二択で考えていたのです。

時刻表を見ると、電車の時間も大丈夫そうなので、立野駅で乗り換えることにしました。
土地勘がないのでこういう時、わかる人にひらめいてもらえると助かるわ~。



立野駅に着き、電車を降りました。
「秘湯の里とスイッチバックのある駅」と書かれています。
そう、この駅でスイッチバックするんです。



スイッチバックの説明もありました。
この駅と隣の赤水駅は、約8 ㎞の距離で標高差が約190 mあるというすごい勾配のため、電車はジグザグに動いていきます。
箱根と飯能で経験したことがあって、電車が逆方向に動くと、わくわくします。



先程までいたのは、阿蘇山の北側になりますが、この駅で今度は南側の方にぐるりと移動します。
立野駅は乗換駅なのに、どちらのホームも無人改札。
昼寝中の猫を見ながら、鉄道がやってくるのを待ちます。

○ ビールトレイン

やってきた鉄道は、一両かと思いきや、もっと長いものでした。
(観光シーズンの夏だからかな?)と思いましたが、どうも二両目以降は雰囲気が違います。



近くに来ると、「納涼ビール列車」と書かれていました。
ビール列車!
夏になると、東京湾や横浜港に納涼船が浮かぶのはわかります。
でも、納涼列車はなじみがなかったので、テンションが上がりました。

待っていた人たちは、単なる乗客だけではなかったようです。
「普通の列車に乗る人は1両目に。ビール列車の人は2両目から」と運転士が声を張り上げます。
小さなホームに券売機はなく、乗ってから車両内で精算する仕組みですが、列車の到着に合わせて、いつのまにかビール列車用のブースが作られており、水前寺清子風髪形のおばさまがハッピ姿で受付をしていました。
昨日、熊本の中心部に水前寺公園があると知り、チータが熊本出身だったと知りました。八代亜紀もですね。
わらわらと、チータの周りに男性陣が集まり出しました。



本数が少ないため、列車はすぐには発車せず、車両に入ってもしばらく待っています。
ヒマなので、運転席を撮影したりしていました。
なかなかすてきなコーナーです。



ぞくぞくと乗客がやってきますが、みんなチータから買ったチケットを片手に、1両目を素通りして2両目に向かいます。
ビール列車、大繁盛!

結構不便な場所にある駅ですが、みんなビール飲みたさと納涼のためにやってくるんでしょうね。
意外と一人参加の男性が多い様子で、出発前はとても静かでした。
まあ、カンパイしたらすぐに打ち解けるんでしょうけれど。



発車前になると、1両目の方も混みだして、立っている人もいっぱいになりました。
ようやく、普通列車1両+ビール列車2両は発車しましたが、その直後に突然キキーッ!と急ブレーキをかけます。
座っていても身体が大きく揺れるほどで、(隣の車両のビールは大丈夫だったかな)と、そっちの方を心配しました。
かなり肝を冷やしましたが、特に何の説明もなく、再び列車は動きだしました。

○ 雄大な南阿蘇



列車は雄大な自然の中を走って行きます。
ずっと下の方に渓谷が見え、(ここも高山なんだなあ)と思います。





○ 南阿蘇水の生まれる里白水高原駅

途中の「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」で降りました。
ここは1992年4月1日誕生した、漢字で書くと日本一長い駅名。(文字数14文字、読み仮名22文字)
うん、覚えられません!

ちなみに、一時期一畑電鉄の「ルイス・C.ティファニー庭園美術館前」駅(文字数18文字、読み仮名23文字)に、日本一の座を奪われていたものの、美術館がなくなり駅名を「松江イングリッシュガーデン前駅」に改称したことで、この駅が再び一番に返り咲いたとのこと。
現在の二番目は、鹿島臨海鉄道の「長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅」(文字数13文字、読み仮名22文字)だそうです。
どんな世界にも、競争ってあるものですね。



8角形のログハウスのような新しそうな駅ですが、ここも無人。
ほかに地元の高校生2名が降りましたが、すぐに駅からいなくなりました。



○ 2つの水源探し

この辺りにも水源がいくつかあるようなので、散策がてら探してみることにしました。
本当に阿蘇は、あちこちで湧き水が出ていて、みずみずしいところです。



駅にあった地図を頭に入れて歩き始めましたが、標識がないため、道に迷ったかと不安になりはじめます。
道を聞こうにも人が全く通りませんでしたが、なんとか目的地の水源にたどり着きました。



短い鉄橋の下にある、寺坂水源です。お寺の入り口にあり、昔はここで身を清めて、参拝したそうです。
湧水量は毎分5トン。えーっ、すごい量ですね。



湧き水のすぐそばに立つお寺、正教寺の山門は、小さいながらも立派なものでした。



それからさらに歩いて行くと、民家の裏にひっそりと川地後水源がありました。
そこには、帰宅途中らしき男の子がおり、水をタオルに湿らせて首を冷やし、スッキリして家へと向かったようでした。

泉は本当にきれいで、あめんぼうがいました。
湧き続けているから水が濁ることもないんですね。



湧き水の泉をいくつも見て、すっかり気持ちよくなりました。
辺りは広々とした阿蘇の自然が、視界360度に広がっています。
ここはカルデラ内。こんなに青々としている場所だなんて。

○ カルデラ内ウォーキング

散歩にうってつけの快適な環境。
道は一本だし、おそらくこのまま歩いて行くと隣の駅に着くでしょう。
駅舎が、なんだかおもしろそうだったし。



というわけで、阿蘇の山々を眺めながら、てくてく歩いて行きました。
何もないようなところでも、通り沿いに家はちらほらあり、住んでいる人がいるんだなあと思います。
噴火は怖いでしょうけれど、でも日々美しい自然の中で暮らせる人たち。
うらやましくはあります。



これは何でしょうね~?同じ形をした用途不明の小屋が3つ、並んでいました。
カラオケボックスならぬ、カラオケハウスとか?
しかも、7と8の小屋の間に小屋があります・・・7.5?



大きな鳥居がありました。西宮(下田西野宮)神社です。
阿蘇神社の西にあるお宮のために、西野宮と呼ばれるそうです。
鳥居の向こうに大きく見えるのは、阿蘇山山頂付近。





もちろん阿蘇山を祀っている神社ですが、阿蘇大明神のほかにもご祭神を15柱お祀りしているそうです。
自然の豊かな恵みを受けているこの辺りは、逆に自然の猛威も受ける場所になるため、神様への祈りは欠かせないのでしょう。

○ 駅は城郭風で温泉

30分ほど歩いても、駅らしいものが何もないため、(線路と外れてしまってないかな)とだんだん心配になってきましたが、そのうちに小さな集落にさしかかり、標識が見えてきました。
角を曲がるとあらびっくり。
すぐ目の前に、お城の天守閣のような建物がありました。
「これ、駅だよね?」と恐る恐る近寄ります。
ここが、目指していた下田温泉駅でした。おそらく昔、この辺りにお城があったんでしょうね。



ここは、駅舎内で温泉に入れるという珍しい場所。
駅舎の戸をガラガラと開けると、そこには番台があり、おじいさんとおばあさんが座っていました。
南阿蘇鉄道に、有人駅があったのね!
いえ、どう見ても、駅員ではなく温泉の受付をしているようです。

○ カップル限定幸せの石

駅舎前の地図に載っていた「幸せの石」の場所を聞いたら、番台の横にいたおばさんが「そこの駐車場にあるわよ」と教えてくれました。
お礼を言って向かうと、背後からガラガラと駅の引き戸が開く音がして(駅なのにスライドドア!)、おばさんが「彼氏を一緒に連れてこなきゃだめよォ~!」と声を張り上げました。
ん??どういうこと?
二人で首をひねります。

ここだ!と思って近寄ったら、枝を積み重ねた小山だったりして、うろうろ探して見つけた石。



大きな石に穴が開いており、カップルがその穴に手を通して握り合うと恋が叶うと言われているそうです。
なるほど、そういうわけね~!



あいにく女二人で来ている私たち。
一人で両手をつないでみましたが、あまりに寂しすぎるので、「さっちゃん、一緒に手をつなごう」と、2人で手を握り合いました。
これで私たちはラブラブカップルに・・・ヒロポンごめーん、なりゆきでー(笑)。

○ あやしい恋みくじ

さっちゃんは、石の横にある「恋みくじ」の機械に目が吸い寄せられています。
「なにこれ!?あやしい・・・(喜)!」
あやしいものが大好きなさっちゃん。一瞬前に私とラブラブしたことは、もうすっかり忘れているようです。
「100円って書いてある~!ほんとに出てくるかな?」

普通の人は「あやしい=近寄らない」という行動をとるところを、あえて「あやしい=どうなるかチャレンジだ!」と試してみるさっちゃん。
勇者です。
でもまさかねと笑っていたら、本当に100円を投下しました!
ゴトッと高価の落ちる音。
さっちゃんーー!ほんとにやっちゃったー!



わあ、どんなドラマが起こるの?
2人でかたずをのんで、その後の変化を見守ります。
一秒、二秒。
・・・シーン。

「なにも起こらないー!」と泣き笑いのさっちゃん。
う~ん。

「でもまあ、100円分は楽しめたからいいや」と気持ちを切り替える彼女でしたが、「一応、聞いてみようよ」と言いました。
使えないのなら、張り紙をするか、コイン投入口をふさいでおいた方がいいと思うのです。
第二のさっちゃんがいるかもしれませんからね。

駅舎に戻って、番台のおじいさんたちにその話をしました。
「そうだね、紙を貼っておくよ」と言われるかと思ったら、「ああ、あれ」と訳知り顔でうなずかれます。
知ってて放置かーい!と思ったら、おもむろに身をかがめて、箱を取り出して見せました。
そこには、おみくじがごっそり入っていたので、びっくり。
「あの中に入れておくと湿気がすごいからね。ここから取って」
そういう展開ですかー!

「さあ、さっちゃん、お金入れたんだから」「私にはヒロポンがいるから、代わりに取って」(いまさらー!笑)
譲り合って、結局私が取ったものは・・・
末吉ー!き、凶の手前…。

「愛情運」のお告げは、
「面影を思い描けど叶わぬ愛の儚さよ 楽しかった日々はもうかえらない」
ギャー!メロディつけたらバラードだー!



阿蘇の神様に、人生の厳しさを教えられました。ああう。

○ 阿蘇下田城ふれあい温泉駅

ホームに入ります。「阿蘇下田城」と書かれています。
駅がお城ってことかな?
ここは下田温泉駅といわれていますが、それは通称で、正式な駅名は「阿蘇下田城ふれあい温泉駅」 (文字数11文字)というそうです。
これまた長い駅名だなあと思ったら、こちらは日本で5番目に長い文字数。
「とうきょうスカイツリー駅」と同じ数です。

南阿蘇鉄道に、2つも長さベスト5にランクインしている駅名があるとは。
この辺りの人たちは、気が長いんでしょうね。
ただ、隣の駅の名は「加勢駅」と2文字でした。



すぐに列車がやって来ました。でもこれは逆方向行きです。
これも、三両編成のうち二両はビール列車になっていました。
単線なので、この列車が終点まで行き、再び戻ってきたものに、私たちは乗ります。時間はたっぷりあります。



○ 阿蘇とアイス

なにかと予想外の展開続きで、楽しくなりました。
恋みくじのお返しに、アイスをゴチします。
さっちゃんはしろくま。私は、阿蘇の景色を見ながら食べたくなったソフトクリームにしました。



ホームのベンチには、部活帰りのような大きな荷物を持った湯上りの少年二人が身体をふいており、背後の壁からは「あ~~」という気持ちよさそうな声が聞こえてきました。
壁一枚はさんで、駅ナカ温泉です。
のんびりと列車を待ちながら温泉につかるというのもまた、いいですね。



○ 帰りの静かな列車

辺りが薄暗くなってきた頃に、待っていた列車がやってきました。



またもや3両編成で、目の前に止まったのは2両目のビール列車。
往復の帰り道なので、中のみんなはもうかなり出来上がっているようでした。
2両目のドアはあかず、1両目から運転士さんが手招きしたので、走って乗り込みます。



行きとは違い、とてもクラシカルな車両でした。
オリエント急行気分です。乗ったことないけど。
とても空いていて、隣の車両では宴会が繰り広げられているとは思えない静けさです。



○ 宴会客と一緒のカオス

快適に終点の立野駅まで戻り、先ほど降りた熊本駅行きのJRに再び乗り換えました。
さっきいた猫ちゃんと再び会いました。



でもここで気が付いたんです。
ビール電車の乗客も、同じ電車に乗り込んでくるということに!

これまでは車両が分かれていましたが、乗り換えたらもうみんな一緒。
今度は2両しかないので、逃れようもありません。
冷房のきいた車両内に、お酒の匂いがムンムン充満します。
みんな、仲良しになったようで、和やかな雰囲気。
ガッハッハという笑い声がそこかしこで起こっています。
かわきもののおつまみも、ボックス席を超えて飛び交っています。

さっきの車両の数からいっても、1:2ですから、シラフよりも酔っぱらいの乗客の方が倍はいるということですね。
シラフ車両に乗客はほとんどいませんでしたし、下田温泉駅にいた少年たちは途中下車していきました。
つまり、さっきのビール車両に私たちがうっかり入ってしまったような状態です。
間違ってゾンビ電車に乗ってしまったような、明らかに間違ったところに来ちゃった気分。
ワッハッハと止まらない笑いの渦の中、私たちは予想外の状態に目を合わせて笑いをこらえながら、電車に揺られていきました。

男性の方が圧倒的に多く、世代を超えて語り合っています。
途中駅で降りた青年二人が、車両が動き出すまで待って、中のおじさんたちにお辞儀をしてお見送りしていました。
そこまで仲良くなったのね~。

○ 甘い醤油

私たちの駅に着いた時に、ゲリラ豪雨が降りだしたので、雨宿りを兼ねてyoume(夢タウン)で買い物をします。
イオン並みの大きなスーパーで、地元の野菜コーナーが充実していました。
白瓜にしか見えない大きな白ナスの迫力。
「こっちは醤油の種類が豊富」とさっちゃんが言うとおり、醤油コーナーがありすぎて選べないほどに充実していました。

九州の醤油は甘口だそうです。
たしかに、前の九州旅行で、薩摩揚げと一緒に出された醤油は砂糖が入っているような甘さでした。
かなりのインパクトで、今でも忘れられません。

買い物を済ませた頃には雨も上がっており、家で夕飯をいただきました。



阿蘇の自然にどっぷりと使った一日でした。3日目に続きます。

お城と水と火の国へ(阿蘇) 2-(1)

2015-09-19 | 九州
1日目からの続きです。

○ あとぜきしてね

2日目は朝から日光が照りつけていて、熱い一日になりそう。
マンション裏口のドアに「あとぜきをお願いします」と書かれていました。
これだー!
引っ越ししたてのさっちゃんに「あとぜき」という言葉を教えてもらっていましたが、本当にナチュラルに使われているんですね。
「咳は後でしてね(今はしないでね)」という意味かと思いましたが、「しっかり閉めて」という意味だそう。
熊本では普通に使われているようです。
昔の言葉で、方言ではないんですって。



「くまモン体操」の歌のラストも「はい、おしまい。アトゼキ」でした。

○ 階段県道

光の森駅の改札は、駅建物の2Fにあります。



改札に続く階段を上がりながら「ここ、県道なんだ」とさっちゃんが言いました。
えっ、聞き間違え?
いえ、張り紙に書かれています。本当に階段の県道です。
珍しい~。青森の階段国道なら歩いたことがありますが、階段県道もあるんですね。



道マニア(いるのかな?いるよね)に自慢できるかしら!?



○ 阿蘇の緑の丘

すごく暑い日で、太陽は朝から、じりじりと私たちを照りつけます。
昨日電車に乗った肥後大津駅を通り、阿蘇の方へ行きました。



いつしか山々に囲まれた、緑のなだらかな丘陵が視界いっぱいに広がります。
美しい緑の草原が広がります。遠くに米塚を見ました。



阿蘇駅を通過するときに、ちょっと気になるものを発見。
あれは、犬小屋?駅のホームにあるの?



○ 縦書きの駅名

阿蘇駅を超えて、宮地駅で降りました。
帰りの電車の時間をチェックしようと時刻表を見ると、あまりにスカスカで、気が遠くなりそう。



赤い大きな屋根の駅舎に、縦書きの駅名が掲げられています。
阿蘇神社の最寄駅なので、神社っぽく作っているのでしょうか。



○ 足水でひんやり

暑さをこらえながら、駅からの一本道をひたすら歩いて行きましたが、神社前に着いた時にはぐったり。
体中がほてっているところで、目に入ったのは「足水」という字でした。
足湯じゃなくて足水?
小さな流れができていて、水車が周っています。



見るからに涼しそうだったので、靴を脱いで足を浸してみました。
わあ、冷たい。いい気持ち~。



山からの地下水がわき出ており、またたく間に身体がひんやりしてきました。
たすかるわ。しばらく足をつけて、元気を取り戻しました。

○ 阿蘇の神さま

参道の先に、阿蘇の一之宮、立派な神社が見えてきました。
門の前の道は、珍しい横参道。初めて見ました。

手水舎には「銘水 神の泉」と書かれています。名水で手を洗えるなんて、贅沢~。



日本三大楼門の一つ、大楼門。
重厚感のある檜皮葺の神門です。ステキなカーブに見とれます。



ここには阿蘇山の神様、健磐龍命が祀られています。
この社殿は下宮で、火口に上宮があります。
山から下りてくる爽やかな空気に包まれた場所で、家族の健康をお祈りしました。



健磐龍命の剣とされる、巨大な魔除けの龍。江戸時代の奉納だそうです。
剣に鏑矢が付いているんですよ。それを見ると、いかに大きいかがわかります。



こちらは奥まった場所にある一の神殿。水民元吉という大工棟梁が手がけました。
末代まで名が残って、誉れですね。
お座布団が干してありました。ふかふかですね。



○ 飲んで飲んで、水基巡り

それから、水基巡りをします。
水基(みずき)とは初めての言葉ですが、湧水の水飲み場のことみたい。
阿蘇の恵みの水が、通りの20箇所ほどから出ています。
先ほどの阿蘇神社の手水舎、銘水・神の泉も、その一つです。



あちこちに飲める泉があるなんて、なんて素敵なんでしょう。
しかもどれも、ミネラルウォーターよりも断然おいしくて滋養たっぷり。

水基を見つけるたびに一口ずつ水を飲んでいきます。
暑い日ですが、だれずにすみます。

水基の中で一番の水量の、勢い良く流れる「金脈の水」。
湯水のようにお金を・・・いえいえ、そんなことを考えてはいけません。



通りには、こんなレトロでかわいい雑貨屋さんも。
お馬さんがポップ。



泉の苔も青々としてきれいです。さっちゃんが冬に訪れた時には、苔はほとんどなかったそう。
緑は生きているんですね。
「文豪の水」。あなたも私も、これで夏目漱石に!?



通りに水を撒いている人の後ろにあるのは、水基「欣命水」。
トマトを冷やしています!



「菓恋水」。なんだか乙女の夢のような名前。



「酒社の水」。お酒も作れるほどの名水ということでしょうか。



「妙音の泉」。確かに涼し気な水の音でした。



「よろずの水」。



私の好きな「猿田彦大神の水」。
道の角にあり、道祖神である猿田彦神の代わりだそうです。



○ 時が停まった旧女学校

水基巡りを続けるうちに、旧女学校の建物にたどり着きました。
敷地内からも、水は数カ所から湧き出ています。



明治35年に設立され、昭和52年に閉校した、阿蘇で最初の教育機関だそうです。
時が停まったかのような、レトロな雰囲気いっぱいです。



今は、内装をリノベーションして、輸入雑貨屋さんになっています。
古めかしい外観ながら、とても丁寧に使われていました。



自然としっくりマッチした静かな雰囲気に、函館の洋館を思い出しました。



窓の下に積み上げられた薪が、ロマンをかきたてます。
暖炉にくべるんでしょうね。ああすてき。



○ 石橋とおじさん

Uターンして戻りながら、私の橋好きを知っているさっちゃんが「あの石橋、気にならない?」と指差しました。
先程の水基ルートからは外れる小路にありますが、近づいてみます。
小さな川に架かる橋ながら、きちんと精巧に、そして芸術的に作られています。
写真を撮っていたら、橋の向こうで農作業をしていたおじさんが「どこから来たの?」と話しかけてくれました。

少し会話をして、「昔ここに高野山のお寺があったが、後を継ぐ人がいなくなって無くなったんだよ」と教えてもらいます。
つまりこの橋は、お寺へと続く参道橋だったんですね。
道理で、小さいながらもきちんとした造り。納得です。



「横浜から来たのかい。うちの娘も横浜にいるよ。
えーと、なんだっけ、あの厳しい、事故を起こした学校」
「・・・戸塚ヨットスクールですか?」
「そうそう」

ああ、熊本の人にもそう覚えられているなんて。
「娘さん、横浜の戸塚にお住まいなんですね。
でも戸塚ヨットスクールの戸塚は、人の名前で、横浜の戸塚とは関係ないんですよ」
娘さんの名誉もあるので(?)説明しちゃいました。

でも私も、横浜に引っ越ししたころは「体罰のあるところ!?」と怯えていたものです。
ずいぶん昔の事件なのに、今でも覚えられているなんて、、戸塚校長はよっぽど強烈なインパクトを残した罪な人ですね。
実際に学校のある場所は、愛知県知多郡だそうです。全然ちがーう。

「あ、そうなの?エヘヘ」とおじさん。
お盆に娘さんと会えるのが楽しみのようでした。

「みんな大通りを行くけど、こっち行くと神社があるよ」と教えられた裏道を通って、矢向神社を参拝しました。
阿蘇神社と同じ神様を祀っており、こちらは土地の人たちに大切に管理されているお社。
私たちのほかは誰もいない、小さい社ながら、こぎれいに整えられていました。



○ やわらかハンバーグ

ひとしきり湧水巡りをして、身体の中が浄化された気分。
ランチをとることにしました。
メインの通り沿いのお店は、人が並んで混んでいましたが、少し奥まったところに静かなレストラン「Cafe 璃庵」を発見。



一組いたお客は、入れ違いに出ていき、店内には私たちだけです。
自家農園の豚肉を使っているお店で、頼んだポーク100%ハンバーグは、豆腐みたいなやわらかさで、すいすい身体に入ります。
常連さんらしいお客さんが、一人二人とやってきました。



○ 水鉄砲が虹を呼ぶ

仲通りに戻ると、水の入った木箱に竹の水鉄砲がいくつも入っていました。
(わあ~)と覗き込みます。
自分でやってみたことは、ありません。
実際に見るのも、これが初めてかもしれません。



子どもたちのおもちゃかな?それとも売り物かな?と思っていると、奥から人が出てきて、「水鉄砲、やりませんか?」と言いました。
実際に、やって見せてくれます。水は大きなカーブを描いて、通りの向こう側までよく飛びました。
虹ができそう。



結局、持ち物だったのか売り物だったのか、よくわかりませんでしたが、大人がやって見せてくれたことですし、多分売り物だったんでしょうね。
のんびりした商売っけのなさが、またいい感じでした。

○ 謎の幸せ呼びおじさん

通りにあった「幸せの石」と書かれた巨大な石を見ていると、どこからか謎のおじさんが現れて、
「幸せにしてあげよう。石の前にお座りなさい。写真を撮ってあげるから」と言って撮影してくれ、
時計回りに石の後ろ側に行くよう指示し、「ハイ、ポーズ!」と、また写真を撮ってくれました。
よくわからなかったけど、まあおもしろかったし、これで幸せになったら一石二鳥!



突然おじさんに言われて面食らいながらポーズを取る私たちのことを、ギャル2人が物珍しげに遠巻きにして眺めていたのが恥ずかしかったのですが、私たちが終わると、おじさんは今度はその2人も逃さずに幸せにしていました。
ギャルたちも、笑って逃げるかとおもいきや、おとなしく撮影されていました。
門前町でのゆるいひとときでした。

○ コピーのセンス

駅に戻る途中、夏祭りのポスターを見かけます。
夏らしくていいなと思いましたが、よく見ると日にちの上に、小さく「だっちゅーの!」「どんだけ~!」という文字が。
作った人のセンスにもの言いたし!どんだけ~!



黙って見ていたら、さっちゃんが「だっちゅーの・・・」と口にしたので、吹いてしまいました。
やっぱり同じところが気になったようです。
まあ、これを見た人全員、同じ所に目が行くかもしれませんが。

○ あやうくレミゼ

水基で冷やしているトマトが、水の勢いを受けて、ぷかぷか浮いています。
つやつやと光り、見るからにおいしそう。「食べないの?」と私を誘います。
手を伸ばして取り出し、ガブリとかぶりつきたくなります。



もう私、トマト一つで人生を狂わせても、いいわ!
さっちゃんがいなかったら、うっかり阿蘇のジャン・バルジャンになるところでした。



火の国熊本は、どちらかというと温泉などの「熱い」イメージが強くて、こんなに水の豊かなみずみずしところだとは思いませんでした。
ああ、こんな場所に住みたいわ~!

水基散策に満足して、少し早めですが帰途につくことにします。
行きに通った時から気になっていた丸デザインの石塀を、帰りにパチリ。
これを作るのは、大変そうですね。



○ 豪雨の爪あと

宮地駅で電車を待つ間、さっちゃんが「これを見て」と、駅舎に併設された小部屋に案内してくれました。
そこには、2012年7月の九州北部豪雨災害で、JR豊肥本線の宮地駅-豊後竹田駅間が不通となった時の被害状況の写真やパネル、困難を極めた復旧作業の様子が、記録として展示されていました。
茶色いコードのようにぐにゃりと曲がってしまった、当時の鉄道の線路もありました。



宮地駅から先は、の標高最高地点までは、ぐっと勾配がきつくなります(25/1000)。
こんな山奥の線路が崩れると、復旧するのは並大抵のことではなかったでしょう。
自然の恵みを受けている土地は、自然の危険も受ける場所なんだと、ひしひしと感じます。

○ ひし餅色のターンテーブル



駅のホームはシンプル。2両分の長さしかない、その小ささがいいです。
山手線なんて、最後尾から最前列の車両に移動するだけで、疲れてしまいますから。



ホームから、ひし餅のような配色のかわいい転車台が見えました。
わー、ターンテーブルだー。
かつて走っていた蒸気機関車が、この駅で折り返すために、方向転換に使われていたそうです。

電車がやってきたら、2-(2)に続きます。

お城と水と火の国へ(熊本) 1-(2)

2015-09-17 | 九州
1-(1)からの続きです。

○ 清正公の城



熊本の主、クマモンへの挨拶を終えてから、次はお城を目指します。
前にツアーで訪れた時には下から眺めただけだったので、「お城の中に入りたいー!」と後ろ髪をひかれる思いで離れたのでした。
やはりお城の中のお城、熊本城には行っておかなくては、城好きは名乗れません。

建てたのは、虎退治で知られるリアル熊本の主、加藤清正。
ズイキが敷き込まれた畳に、かんぴょうが塗り込まれた壁、実を食糧保存するために城内に銀杏を植えるなど、災害時を見越した綿密な築城計画を施した、稀代の築城の名手。
日本各地で「清正公」として崇められています。私も好きな武将です。

○ 首なし巫女パネル

お城にまっすぐ行くはずが、隣の赤い鳥居が目立ったので、まずは熊本城稲荷神社に向かいました。
茅野輪巡りをし、巫女さんの顔出しパネルで、互いに撮影します。
さっちゃんとは、似ているところが割と多く、顔出しパネル好きな点も共通しているので、気楽。
巫女さんは、パネルの後ろから首だけを出すというスタイルのもので、繰り抜かれた穴に顔を当てるよりはナチュラルに撮れますが、誰も撮らない時には、首なし状態のパネルが拝殿前に立っているので、ちょっとだけホラー。
あまり怖い画像にならないよう、さり気なく写しています。



大正15年の狛犬とお狐さんにあいさつして、参拝します。
お賽銭箱の前にしゃもじがありました。
身体の悪いところを叩くといいそうです。
「よーし」と2人でやってみましたが、あちこち叩きすぎて、なんだか逆に身体が痛くなりました。



○ 魅惑の武者返し

そうして、念願の城内へと入りました。入城~。
さっちゃんは「うぇるかむパスポート」なるものを持っています。
引っ越してきた人への市からのプレゼントで、市の施設を1年間無料で利用し放題なんだとか。いいですね~。
平日なので空いていて、広さを堪能できます。混んでいなくてよかったわ。



入り口を入ってからすぐに櫓コースと石垣コースの分かれ道があり、石垣コースを選びます。
前から気になっていた武者返しをこの目で見て、感激!
なんて美しいカーブ!ああ・・・(シビレ中)。



二人とも石垣の曲線美にうっとりして、なかなか先に進みません。
興味がない人は、目にもくれずに通り過ぎるでしょうけれど、お互い趣味のポイントが合うと、ぞんぶんに時間をかけて鑑賞できるのがいいわ。
ここのお城はやっぱりすばらしいです。日本一の名城という名を誇るだけのものがあります。



人と比べると、こんなに大きいんですよ。当時の石垣技術の高さに脱帽です。
これでは武者も忍者も、あきらめて戻るしかありません。





石段の上から、和服の人が軽やかな足取りで下りてきました。
近づくと、本格的な和装だと気づきます。
まだ石垣カーブにぽーっとしていた私たちが、あやしい足取りだと思ったのか、
「こちらの方が歩きやすいですよ」と、親切に、すり減っていない石段の辺りを教えてくれました。

さっちゃんが「おもてなし武将隊の人だよ」と教えてくれます。
なんと、熊本城にも武将隊がいるんですね!最近ではどのお城にもいるようになったのかしら。
このお城なら、いなくても人はやってきそうなのに。



「おやつの時間だから降りていくのかもね」とさっちゃん。
えっ、さっきのくまモンと一緒?(笑)

○ 最高の顔出しパネル

上に上がると、お城の天守閣の全貌が見えました。
おもてなし武将隊はここにもいましたが、中国人観光客に囲まれて撮影の嵐。
ここで、目指す顔出しパネルを発見しました。
さっちゃんがすでにSNSのアイコンにしており、「何そのクオリティ!すごい!」と気になっていたのです。



顔出しパネルは、普通木製ですが、これは強化プラスチックでできているよう。見るからに丈夫です。
彩色もしっかりしているし、立体的なのがすごくいいわ。
日本中の顔出しパネルがこうなればいいのに!
強くかけあいたいわ!(どこに?)



石垣の武者返しの曲線美に魅せられ、威風堂々とした黒い本丸に魅せられ、クオリティの高い顔出しパネルに魅せられ、天守閣に入る前からもうすっかりメロメロです。

○ 銀杏城の大イチョウ

熊本城は、別名「銀杏城」といいます。あんまり強そうではありませんが、清正公が築城の際に手植えをしたとされる、城内の大銀杏に由来しています。



この木は大木ですが、当時のものではありません。
初代は西南戦争で燃えてしまい、芽吹いた若芽が成長したものです。
樹齢約130年。立派な巨木に育ちました。
鎌倉の鶴岡八幡宮の大イチョウが数年前に嵐で倒れて、いまは若芽が育っているところ。
130年後には、このくらいに育っているといいなあ。

○ 盆地だった熊本

5階建ての天守閣の上まで上ると、熊本の町が遠くまで一望できます。
どの角度も、青々とした山々に囲まれています。



長崎方面は海に近いはずですが、それでも海は見えずに山がそびえています。
熊本が盆地だということは今まで知りませんでしたが、四方を山に囲まれたこの景色を見ると、確かにそうだと納得。



○ 甦った本丸御殿

数年前に復元されたばかりの熊本城本丸御殿も見学しました。
畳数1570畳、部屋数53もあった建物で、まず通されたのは、大御台所(おおおんだいどころ)。
やんごとなき人をおもてなしする炊事場です。
担当の係の人が解説してくれました。
天井部分の梁には、長さ12mの赤松の木が使われているということでした。
吹き抜けの天井から、煙が外に出る仕組みでした。

有名な武将の手紙も残されていました。
秀吉や家康そっちのけで、私の好きな明智光秀の手紙に注目します。



千利休の自筆の手紙もありました。
戦国時代の手紙がきちんと保存されているというのは、すごいことですね。
誰も、破いたり燃やしたり飛ばしたりしなかったんですからね。



○ キラキラの書院造

本丸御殿の中でも一番格式の高い藩主の居間、昭君之間は、とてもきらびやかでした。
つくりは書院造。日本が誇る建築様式です。





天井に描かれた花の絵が、色鮮やかで美しく、見入りました。
どこを向いてもキラキラと豪華です。



壁や襖には、前漢時代に匈奴(モンゴル)に嫁がされた悲劇の美女、王昭君の物語が描かれていて、中国風でした。
個人的には、清正の虎退治の屏風でもあってほしかったのですが、雰囲気が違いすぎますね。



閉城の時間まで城内でゆっくりと過ごし、清正公に思いをはせました。
どこをとっても非の打ち所のない、素晴らしいお城で、惚れ惚れします。
ここを誇りに思わない熊本人はいないのではないでしょうか。

ここは「一日城主」制を敷いていて、1万円以上寄付した人には一日殿さまとしてもてなされるのだそう。
城主になった人の名前が、お城の中にびっしりと飾られていました。
「一国一城の主」気分を味わいたい人は、熊本城に来ればその希望が満たされますよ~。
私は、顔出しパネルで清正ごっこができたので、満足じゃ~。(小さい)



○ 桜の小路の太平燕

入ったのとは違う門から出たら、方角がまったくわかりません。
お城に併設された「桜の馬場 城彩苑」の桜の小路で、早目の夕飯をとることにしました。
きっと春にはすばらしいお花見スポットなんでしょう。
昔風の建物のお店が並んでおり、雰囲気たっぷりです。



くまモン可愛い!家まで曳いて連れて行きたいー。ガラガラと・・・



「肥後めしや 夢あかり」というお店で、太平燕(タイピーエン)を食べました。
太平燕とは見るのも聞くのも初めてで、読み方すらわかりませんでした。
中国福建省から伝わった熊本定番の食べ物で、こちらの人々はみんな、日本中の人々が食べていると思っているそうです。

「横浜のサンマーメンみたいなものね」とさっちゃん。
「でもサンマーメンは、地元でも知らない人がいるからね~」
横浜の崎陽軒のシウマイみたいなもの、かもしれません。

春雨に具がたっぷり乗ったヘルシーな食事で、だしが効いて美味しかったです。



○ ダイナミックな店内オブジェ

お店の大黒柱には、大きなオブジェが飾られていました。
ぐるりと一周して鑑賞しましたが、よくわからなかったので、もう一周してみました。
ぐるぐる。清正公にやっつけられる前に、バターになりそう。

3つの作品になっていました。こちら側は、清正公の虎退治の図。



反対側は、山鹿の灯篭祭の図。
この左側には、もう一つ、馬追い祭りの図がありました。
どれも、今にも動き出しそうな躍動感あふれるものでした。



○ 大男の長烏帽子

これはなんでしょう?
城彩苑内にあった、自動販売機のデザインです。
熊本オリジナルですね。ゴミ箱のところは清正公の立像写真です。



お堀のわきには、加藤清正座像がありました。
みんな、彼のことを愛しているんですねー。さすが肥後国初代藩主。
彼の長烏帽子形兜はとても細長くて特徴的。
前までは(小人さんの帽子みたい)とファンシーな想像をしていましたが、甲冑とあわせると、ビシっとサマになります。



普通は、おチビちゃんが、少しでも背を高く見せようとこうした兜を好むものですが、清正は身の丈六尺三寸(約190cm)の大男とされるので、この兜をかぶるといっそう巨大に見えたことでしょう。

○ 白夜とおてもやん

お堀沿いのバス停は、いろんな方向へのバスがひっきりなしに来て、路線図を見てもさっぱり頭に入りません。
少し歩いてアーケード街に行きました。

食事の後のデザートね♪と、旅行前に私がリクエストしていた蜂楽饅頭店まで連れて行ってもらいましたが、もう閉まっていました。
「えっ、そんな時間?」
時間は7時を過ぎていました。
熊本は日が沈むのが遅くて、日没時間は8時台なんだとか。
遅いですね。日本国内でもそんなに違うとは。
日本の白夜!スカンジナビア!

ポストの上に和服の女性の像が載っていました。「これは、おてもやんポスト」と教えてもらいます。
「おてもやんって、なに?」
時々聞く言葉です。ほっぺたが赤い人をそう呼びますね。
調べてみると、歌があるようです。熊本の娘さんだったんですね。



夜になったので、帰途につきます。
行きとは別ルートのバスに乗りました。
さっちゃんも、まだ熊本歴半年なので、分からないことが多い様子。
「きっとこの路線で、近いところまで行くはず!」
知らない系統でしたが、確かにかなり近くまで帰れました。すごいわ、野生の勘ね、

会ってからずっと話を続けていましたが、家でもお喋りは尽きません。
夜に、彼女のパートナーのヒロポンから電話がありました。
海外出張中の彼とは今回会えずに残念ですが、その分さっちゃんとこってり2人で過ごせます。
さらにおしゃべりタイムは続き、夜更けになって眠りにつきました。

2日目に続きます。