墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

忍耐のコンビニ

2007-01-07 23:41:35 | 日常

 正月休みの頃だがこんな事があった。

 昼飯の後に腹ごなしのため近所のコンビニまで歩いて買い物に行った。 コンビニでサッポロ黒ラベル4缶をカゴに入れてレジに立つ。レジには体格のいい若い男が店員としていた。レジにカゴを置くと、俺は店員にタバコを注文した。

「ハイライトひとつ」

「は?」

 店員が不審な顔をした。 俺の滑舌が悪いのか声が小さいのか、とにかく俺の注文が聞き取れなかったらしい。 もう一度、今度は少し大きめの声でハッキリと言った。

「ハイライトをひとつ」

「2つですか?」

「ひ・と・つ!」

「はい…」

 店員は返事しながら少し考えモサモサとした動作でゆっくりとタバコの置いてある棚に向かう。だが、なかなか注文したタバコをとろうとはしない。
  店員はタバコの棚の前で一呼吸おいてから俺に尋ねた。

「すいません、何番のタバコですか?」

 この店員は俺を怒らせたいのだろうか。
 レジの奥にあるタバコの棚を見ると、タバコが並んでいる棚の下に品目ごとにそれぞれの番号が表記してある。ハイライトの下にふられた番号は「67」であった。

「67!」

 俺は明らかにイラついた声でぶっきらぼうに答えた。
 するとやっと店員はハイライトを手にしてレジに戻ってきた。
 無言で5千円札を出すと店員は手慣れたかんじでおつりを返してよこした。ハイライトはすぐに取れないけど、おつりのやり取りには慣れているらしい。おつりをもらって外に出る。
 帰り道に歩きながら考えると、どうやら今の店員はハイライトが何なのか知らなかったらしい。だから聞き返したり聞き間違えたりしたのだろう。そして、店員は名前からしてたぶんタバコの名前らしいとまでは察したものの、肝心のハイライトがどれなのだか分からなくて俺に聞いてきたものだと考えられる。 いじめる気はないが、客商売なら商品知識ぐらい身に付けておいて欲しいと思った。お互いの幸せの為だ。

 と、いう経験をしたコンビニに今夜も歩いて行った。

 夕方に少し昼寝をと思って横になったら、目を覚ましたのが9時前だった。それから少しウダウダして出発したので、ビールとタバコを買いにコンビニへ出かけたのは10時頃だったか。
 コンビニでサッポロ黒ラベル4缶と鳥の唐揚げをカゴに入れてレジに立つ。レジには貧相な若い男が店員としていた。俺はレジにカゴを置くと店員にタバコを注文した。

「ハイラ…」

「温めますか?」

 店員に先手をとられて鳥の唐揚げを温めますかと聞かれてしまった。

「いや、いい。ハイライトひとつ」

「あっ、少々お待ち下さい!」

 そう言うと、店員は割り箸を手にしてコンビニの入り口に走っていった。
 入り口でレジ袋を持った他の客が何か言っている。たぶん、箸が入ってなかったとかなんとか言っているのだろう。無精しないでレジまで来いよ、俺まで迷惑する。店員はすぐに戻ってきて言った。

「失礼しました。ハイライト・メンソールですね?」

「いや、普通の」

「4つでしたね?」

「いや、ひ・と・つ!」

 どっから「4つ」なんて出てきたんだ。お前は落語の『時ソバ』か。いや、俺は時ソバよりときメモがいい。って落としてどうする。てか落ちてない。
 やっと、普通のハイライトを1つだけ店員は手にしてくれた。

「温めますか?」

 よほど唐揚げを温めたいらしいが、それはもうさっき聞いただろう。

「いいえ、温めないで下さい!」

 帰り道に、ここのコンビニの店員はよほど俺を怒らせたいんだなと思った。人生とは耐える事である。忍耐、忍耐。


前言撤回めいた日曜の朝

2007-01-07 16:39:58 | 日常

リンク: 前言撤回日記: nothing to write about.
 このブログをはじめて数年ばかりたつが、かなり下らない文章を大量に垂れ流してきたと思う。まさにお目汚しで、はじめた当初から付き合ってきて頂いた方々には申し訳ないと思うが、こんなの読んでたら目ん玉がマジ腐るよと思う。俺がもし俺じゃなくて赤の他人なら、こんな下らないブログは1度見たら2度ともう見ないだろう。あまりに下らなくて目が腐る。
 ところで、このブログに記事を書いてきて、書ききるだけの時間がないと思う事は毎日のようだけど書く事がないと思った事は一度も無い。俺には書いちゃいけないという禁止事項が圧倒的に少ないせいだ。なんでもネタにする。ネタはほぼ無限なんだけれども時間は有限なのでネタの全ては書ききれない。書いてはいけないという禁止の枠が狭いせいで問題となるのはそのネタを書ききれるかどうかだけになる。書ききれるか書ききれないかは時間の問題もあるけれど、本当に重要な問題はテクニックである。ネタは無限にあるが、ネタを書き切るだけの時間と表現するだけのテクが無い。書けるか書けないかが問題となる。
 でも、その無限のネタだが、そのほとんど全ては些細で下らないネタだ。犬の糞が道に落ちていたとか、太ったとか、足の裏が痛いとか、眠いとか。全てはとても書ききれないので、毎日涙をのんで没の山をつくっている。書く事は、あるかないかでなく、書けるか書けないかだ。
 なんでそんな下らないネタをネタに出来るのかと言えば、俺がイタい中年男だからだろう。普通の中年男なら誰かに話して終わるようなネタでも、俺は書く事でしか消化できない。溜まる一方だ。書くのは話すのより効率が悪いが一般生活においてギャグもタメグチも禁止されている俺には書く以外に解消法も無い。だから、普通の人なら話すネタに困らないように俺は書くネタには困らない。
 あと、馬鹿だと思われるのを怖れないので何でも書けるってのもある。他人から馬鹿だと思われるのは悔しいけれど、現実生活においていつも馬鹿扱いされているので馬鹿にされるのにはもう慣れた。37才でフリーターなんて馬鹿にされて当然だからね。その上に仕事が出来ないんだから馬鹿以外の何者でもないだろう。お給料が貰えてるだけでも雇用主に感謝しなきゃならない。
 馬鹿だと思われついでに告白するなら、俺の夢は未だ小学生の頃と同じく漫画家になる事である。だが、現実問題として、もう漫画家はあきらめた。素直にマンガを描きたい。人生は短い。マンガを描けるだけの時間と心のゆとりが欲しい。突き詰めれば、金の問題だ。当分働かないですむだけの金が欲しい。そこでブログに目をつけた。ブログで人気者になって本でも出せたら印税でウハウハなのではないかと思ったのだ。だが、やってみるとどうも文才がない。小説家には絶対になれそうもない。ならエッセイならどうだろうか、いや社会問題にまったく関心が無い。得意なのは、下らない事を下らないまんまに書き下す事だけだ。需要がなさそうな才能である。そういう人間なので、皆様はもう縁を切って2度とこのブログには足を運ばない方が良い。読んでても脳と目が腐るだけだ。実際、もう鼻がトロけはじめているよ。でも、もう誰も来なくてもあきらめないで、最後の最後まで死ぬかウハウハになって働く必要がなくなるまでキーボードを打ち続けよう。こんな無様なブログは本当なら誰にも見せたくないが、そのうちマトモな事が書けるようになるかもしれない。


日曜の朝

2007-01-07 14:18:07 | 日常
 猥雑な夢を見た。
 女が登場して彼女に自分のチンコをしごいてもらっている。
 場所は多くの現実の場所と複合しているドコとも特定できない多くの施設や場所を含んだ巨大な建物の内部。あり得ないほどの巨大さなのに、建物は何故か木造である。
 彼女が誰なのかは一目見て分かった。
 彼女から目をそらし顔をあげると、これまた見知った男の顔が目の前にある。彼も彼女に惚れていた男だ。現実では既に結婚している女を、彼女に惚れていただけの2人の男が相手をしている。
 いきそうになるがこらえる。こらえて彼女を突き放し、なんとか適当な言い訳をして、同じ建物の中にある銭湯に走り、その更衣室で自分で抜こうとこころみる。
 銭湯を出て、螺旋階段をのぼり彼女のいる部屋に戻ろうとしたら、見たことも無い少年が部屋の前に立って何か叫んでいた。大声なのに言葉は聞き取れない。少年があまりに大声で叫ぶので野次馬が周囲に群がっている。
 少年を見たことはなかったが、この少年は彼女の息子なのだとすぐに理解できた。仕方ない。俺は野次馬を追い払い、少年を説得して、ここに隠れているようにと空き部屋に押し込む。
 誰もいなくなったので、彼女のいる部屋の戸をたたく。「もう、出てきて大丈夫」外からそう言うと中からすでに服を着た彼女ともう1人の男が出てきた。2人は手を取り合ってすぐにどこかに消えた。
 彼女は去る直前にマッチの空き箱をくれた。それをポケットにしまい息子にもう出てきて良いよと呼びに行く。

 目が覚めると、6時半だった。仕事のある日なら遅刻だ。今日が日曜である事に感謝。
 パソコンを立ち上げメールのチェックをする。
 パソコンで使っている自分のメール・アドレス宛には、1日で10通以上の「迷惑メール」が届く。多い日には30通を超える。指定してあるアドレス以外から届いたメールは全て迷惑メールのフォルダに納まるように設定してあるので、迷惑メールはやがて全てゴミ箱行きなんだが、それはそれでいいのだが、でもなんだか不安なので、1・2日に一度くらいは迷惑ではないメールも混ざっているかもと迷惑メールをチェックしてしまう。
 迷惑メールを確認していたら、「たった1日で禁煙できた…!?」という件名の迷惑メールが届いていた。
 禁煙サプリで禁煙できるらしいが、1日で禁煙、それって「1日だけ禁煙できた」の間違いなんじゃないのと思った。それだけ。

 8時すぎに散歩に出かける。今日は風が強いが、それほど寒くない。良く晴れている。カモのいる矢川緑地に行く。


神の愛と日曜の朝

2007-01-07 12:55:58 | 駄目

「はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。」
(『創世記』1-5)

 神はこの世界を6日間で創造された。

 第1日目に、神はまず光あれと言われた。すると光があった。
 光と闇を分け、それに昼と夜と名づけられた。

(光さえあれば、昼と夜に太陽は関係ないらしい)

 第2日目に、神は「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」と言われ、おおぞらを造った。
 そして、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられ、おおぞらを天と名づけられた。

(なんと、おおぞらの上には水があるのだ。だから雨が降るのだろう)

 第3日目に、神はまず「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」と言われた。次に「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」と言われたらそのようになった。
 水を1つ所に集めて陸を造り、地に草木を生えさせられた。

(なにもかも思うがまま。さすが神!)

 第4日目に、神は「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」と言われて太陽と月と星を造られた。
 神はこれらを天のおおぞらに置いて昼と夜を司らせ、光と闇を分けた。

(神は太陽と月を造り、季節と時間を造られたのだ。第1日目にやった作業と一部重複しているような気もするが俺の気のせいだろう。ちゅーか、植物を造る前に太陽を造ってやれよ、光合成できないだろうに)

 第5日目に、神は「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」と言われて、水に住む生物と鳥を造られ祝福を与えられた。
(鳥類は太陽ができてから誕生したのだ。鳥目の彼らに暗闇の中を飛ばすのは可哀想だしな)

 第6日目に、神はまず地上の生物を造られた。次に、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」と言われて自分の形をかたどった人を創造した。
(われわれとか言ってるけど、神は1人じゃないの?『すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された』ともあるな。このあたりだけ読むなら、まるで男の姿をした神と女の姿をした神の2人がいるようにも錯覚してしまうが、もちろん俺の勘違いだ)
 神は人を祝福して言われた。
「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」
 神はその他の地上の生物にも祝福を与えられた。
「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」
 そして最後に神は満足なされた。
『神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった』と、御満足なされた御様子である。

 第7日目に、神はこの日を祝福し休息された。
 御満足なされた神は、天地創造の第7の日をお休みとされた。これが、安息日のいわれと天地創造の由来である。

 とまぁ、このように神はえらく偉大である。
 天地を創造しただけでは飽き足らず、なんと安息日までお造りになられたのだ。
 これはいくら誉め讃えても誉め尽くせないほどの偉大さである!
 万が一にも、神がとてつもない働き者で7日目の朝に「今日も1日頑張るぞぉ!」とか張り切って働いたなら、現在の我々は日曜もクソもなく月月火水木金金と毎日休まず働いていたであろう。海軍かっての!
 まぁ、旧暦で行動していた昔の日本人にゃ日曜日はなかったんだんだけど、お盆と正月以外は延々と同じ毎日が続く生活ってのは、現代の俺にゃちょっと想像がつかない。それに比べ神は日曜日を造り賜うた。なんという偉大さであろうか!
 日曜日こそ神の愛である!
 あぁ、日曜日を造ってくれた神様に感謝。

 と、ここまで書いてきて、すごく不安になった。
 あれ、安息日と日曜日は同じもんなのだろうか?
 間違った事を書いているような気がしてきたので、ぐぐっとググッて調べてみる。
 すると、ユダヤ教の安息日は週末の土曜日だとある。これが正しい天地創造に由来する安息日なのだろう。
 キリスト教では、キリストが復活した日曜日を礼拝日として休日としている。どうも日曜日がお休みなのはキリスト教の影響らしい。
 神様の定めた安息日と日曜日がお休みなのは無関係だ。
 誉めて損した。
 イエス・キリスト万歳!