墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

豆腐でなくて逃避だよ

2005-03-28 16:07:40 | 駄目
 極論で言や、人間の全ての行動は個人の死という現実からの逃避に他ならない。

 ま、それはそれとして。俺はいかに社会から外れた人間であるかが、今回、八王子のパン屋に就職して良く判った。そして、さらに実感する。会社や金儲けなんて、ごっこ遊びか、ガキ親父の自己満足にすぎない。そして、そんなことに真剣になったり、つきあったりするとえらいめにあう。

 俺は、未来なんかどうでもいい。過去にも興味がない。目の前の事にしか興味がもてない。そんな人間だから、自分の未来なんかに少しも未練はないはずだった。

 だが、30才を超えてから、子孫を残したい。女と生活を共にしたいとだんだん考え始めた。そうなると駄目だ。家庭とかいう未来を目指すと男にはプレッシャーがかかる。俺は男としての出来は普通の男以下なので俺はプレッシャーとストレスに異常に弱い。ドタバタといらぬ醜態をさらしてしまった。
 去年の11月からパン屋を辞めるまでの、この数ヶ月のプレッシャーとストレスは、ただならぬものだった。パンなんて基本的にはハレの食べもんだ。この俺が無理にパン屋になんかならんでもいいのだ。だれも困らない。
 全ては、女の為である。女と生活を共にしたいと考えたからこの不始末である。誰かの為とか考えるとハマるよとは知ってたが、女と暮らしたいという「自分の為」の欲望にすらはめられるとは。
 どうも、すでに俺が共に暮らしたいと考えた女性は俺への興味を失いはじめたらしい。いいんだ、底が浅いもんな俺は。
 このまま。このまま自然消滅的に彼女との交友は断たれるであろう。それでいい。何も望まないと決めてたから俺は俺でいられた。そんな態度に他の男に無い魅力を彼女は俺にかんじたのだろう。

 ま、いいんだ。俺はこれからも、目の前の事だけを淡々とこなしていこう。それでいい。なにも望まず。なにも怖れず。俺はただの感覚機械だ。内からのプレッシャーやストレスはいらない。感覚が鈍るだけだ。

 ちなみに彼女が何回かこのブログに訪れている事は知っている。この記事も彼女の目にふれるかもしれないし、このブログ自体が彼女の俺への不信装置である事も想像できる、だがあえて書きたい事だけ書いてきた。つもりだ。


缶コーヒー

2005-03-28 01:25:57 | 駄目
 無駄金は使いたくないし使えないんだが、辞められないのは、ビールとタバコと缶コーヒー。
 一日で、ビールが二本。タバコが一箱。缶コーヒーが一本。は必ず毎日消費している。

 今日は缶コーヒーの話。缶コーヒーはホットよりつめた~いの方がうまい。よって、人におごってもらう時以外は、必ず缶コーヒーはつめた~いだ。
 ビールをおかんして飲む奴はいないだろ?それと同じで缶コーヒーはおかんして飲むものじゃない。冷たいのがうまいのだ。なのに、どういうわけか寒い時期には缶コーヒーはホットという人が多い。最近、人材派遣の日雇いの引っ越し屋の手伝いで、久しぶりにお外の肉体系に返り咲いた俺だが。肉体系に一服の休憩はつきものだ。
 そして、一服には缶コーヒーがつきもの。そして、肉体系の現場の一服で、なにか飲み物をおごってもらうときは必ず缶コーヒー。そして冬場は必ずホット。これは法則。さからっちゃいけない。なに飲みたいと聞かれたときだけ、おそるおそる「冷たいコーヒー」と自己主張するのだ。

 本当のコーヒーと缶コーヒーは、別の飲み物だ。夏の暑いときでも、本当のコーヒーならアイスでなく、なるべくホットを飲む。そのほうがうまい。誘惑に負けて、アイスコーヒーを飲みたくなるときもあるが、その時はコーラを頼むようにしている。
 要するに、缶コーヒーはホットで飲む飲みもんじゃない。あっためちゃいかんのだ。俺的感覚ではコーラに近い飲み物だ。コーラをあっためて飲む奴なんかいないだろ。体調の悪い時にホットの缶コーヒーを飲むとゲロとくる。身体がうけつけない。やっぱし缶コーヒーはつめた~いにかぎる。

 最近のお気に入りは、所さんの朝専用。朝だけでなく平気でお昼も飲む。どういうわけか、昔からアサヒの缶コーヒーはうまい。最近、ジョージアに浮気してたが、やはりメーカーの選択ができる場所ではアサヒのワンダを買ってしまう。
 
 俺ランキングでは、一位アサヒワンダ。二位ジョージア(ショートアオカン)。三位ボス(ショートアオカン)。四位がポッカ顔カンかな。

 明朝も仕事前にワンダとタバコ二本。これが俺の朝の儀式。もう二時か。寝るとしよう、おやすみ。