[印刷]の今とこれからを考える
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成28年10月度会合より)
●ダヴィンチはなぜヴェネツィアに引っ越したか?
ルネッサンスを牽引した一人、レオナルド・ダヴィンチは、1500年にミラノから出版の中心地だったヴェネツィアに移り住んでいる。出版界の革命児、革新者といわれているアルド・マヌーツィオ(1450~1515)に会いたかったからだろうか? 芸術だけなく科学、医学分野でも異才を発揮した自身の理論を、印刷物として広く社会に知らしめたかったから?? マヌーツィオは16世紀のヴェネツィアで活躍した印刷・出版人で、「出版界のミケランジェロ」あるいは「出版界のラファエロ」と称された。1489年頃に、ローマ郊外からヴェネツィアに移っているが、ドイツからイタリアに印刷技術を伝えたとされるドイツ人の修道士たちとの親交から、印刷や出版に興味をもつに至ったとしても不思議ではない。彼の現れる以前、本は祈祷のためであったり、学習用の堅苦しいもの、真面目腐ったものであったりと、今日のような読書の楽しみとは無縁の存在だった。そんな時代に、マヌーツィオが親しみやすい本の出版を初めて手掛けて、読書を娯楽の一つに数えられるようにした功績は大きい。ほんの憶測に過ぎないが、ダヴィンチは本当にマヌーツィオを訪ねたかも知れないのだ。
●ルネッサンスを支えた印刷・出版の始祖は……
マヌーツィオが最初に出版したのはギリシャ語の文法書であったが、やがて自分の印刷所をつくり、マヌーツィオ文庫など数多くの名著を送り出すようになる。3,000部も売れた詩集でベストセラーの元祖にもなっている。数々の功績を拾い上げると,①机や書見台でしか開けないような重い本を文庫本にした(文庫本の生みの親)、②美しいローマン書体を新規に考案し、またイタリック体にも貢献、③句読点を開発して“ピリオとコンマの父”ともいわれた、④ノンブルをつけることを最初に考えた、⑤1ページを2段組にしてページ数を減らす工夫を最初にした――など。とくに私たちが記憶にとどめておきたいのは、①出版のかたちを一新した、②印刷と出版両方に着目し新境地を開いた、③開発した活字がフランスで新しいフォントになった――点である。亡くなってからちょうど500年、現在でも彼の出版・印刷活動がルネッサンス時代の学芸に大きな影響を与え,とくに印刷面から文芸復興を後押ししたことで注目されている。出版と印刷が別々に発展した日本で、果たして彼と同じような功績を残した出版人はいるだろうか。
●デジタルサイネージ市場が印刷業界を待っている
顧客接点マーケティングの一環として、最近、印刷業界がにわかに関心を寄せ出したものに「デジタルサイネージ」がある。2020年には、その市場が2,700億円を突破するとの予測も出されており、デジタルコンテンツを扱える強みを発揮できる印刷会社にとって、またとないビジネスチャンスが到来している。全国の同業者同士でネットワーク組織をつくり、販促企画からコンテンツ制作、配信、メディアそのものの管理・運用まで支援していこうという動きも出ているくらいだ。地域に根ざしたサイネージ事業を全国規模で展開し、クライアント企業の販促活動をトータルに貢献していくビジネスだという。配信サービスまで手がけることにより、次々と最新のコンテンツを表示できるようになる。その分、販促効果が高まるだけに、クライアントから寄せられる期待も大きいそうである。
●パーソナルな顧客情報と組み合わせることで……
大手の印刷各社からも、このデジタルサイネージを活用したマーケティング戦略が競って提案されている。POSデータ(購買履歴)の分析システムやスマートフォンの専用アプリと、デジタルサイネージを組み合わせることで、よりパーソナルなニーズに沿った“お勧め商品”の販促情報を、店頭でリアルタイムに表示することが可能だとしている。Eコマースと電子看板が上手にコラボレーションすることになる。印刷業界がこのようなデジタルサイネージに力を入れ出した背景には、元々、販促用印刷物のためにデジタルデータの管理、加工をおこなってきた印刷会社ならではの実績がある。広告情報を心理的に抵抗感なく扱える土台がある。他産業と比較してはるかに有利な立場を生かしながら、今後、どのようなビジネスモデルを構築していこうとしているのか、大いに注目されるところである。
●アメリカの印刷産業はなお順調に推移している
経済の上昇期には、発注を待たなければならない印刷産業の景気回復は遅れ、下降期には真っ先に発注を抑えられる印刷産業は早めに低迷してしまう。それでも上昇し切った成熟期には、どの企業も市場シェアを維持したいがために広告メディアを多用することから、一定の期間、印刷産業が恩恵に預かれるときがある。経済が下降に向かい始めたときでも、印刷産業は成熟期を引き延ばすことができる。「Sweet Spot」と呼ばれるこの現象をどう捉えて、今後の印刷市場を予測すべきか――アメリカの印刷産業団体PIAが恒例の特別サポートを公表している。北米の印刷市場でも例外ではなく、この2年間は、価格設定、利益とも上昇傾向にあった。経済回復期の7年目に当たる今年は、まさにベストな「Sweet Spot」にいるとしている。デジタルメディアへの置き換えでビジネスチャンスを探ると同時に、高付加価値型の付帯サービスを加味した独自のビジネスモデルに改良した時期でもあり、「印刷産業は順調だ」とさえ分析している。
●持続的な低成長を維持できる間に次の準備を
経済回復期の“寿命”が近づいているなかで、PIAは今年の印刷市場の動向について①低成長の持続、けれどもムラのある成長(確率50%)、②穏やかな平均的な景気後退(同30%)、③成長の加速(同20%)――と見通している。さらに2018年までの予測では、もっとも可能性の高い経済シナリオとして、出荷額で年率約2%増の継続的な拡大(低成長持続型)を挙げている。もっとも楽天的なシナリオは0.5%増の成長加速型、極端な対立的見解は2~4%減(利益なし)の景気後退シナリオを列挙しているが、遅くとも3年以内には、穏やかな平均的な景気後退が25%の確率で「本当になる」とみている。印刷企業はどう対応すべきか? PIAは以下のように提言する。「すでに堅実な事業戦略計画をもち、印刷市況を先行学習しているなら、自社のマネジメントを大きく変更する必要は全くない」「計画立案上、もっとも重要なリスクは次の景気後退だが、その後退が続いている間に、(来るべき)健全な印刷市場で持続的な競争優位を構築できるよう、柔軟な姿勢で準備(体制づくり)しておくことが、実行すべきマネジメントの戦略課題である」。
※参考資料=「FLASH REPORT」Aug. 2016; Center for Print Economics and Management, PIA
●人材を招き入れるために教育界と連携を深めて
プレプレスの主要技術としてDTPが普及し出した1990年代中頃から、大学をはじめとする日本の教育機関から「印刷」という学科名が消えてしまっている。新しいビジネスモデルを模索しているこの時期に、優れた人材の育成、供給がないことは印刷産業にとって大きな問題である。それにも関わらず、印刷産業からは教育制度の改革についての動きがみられない。学生が集まらないせいなのか、どこの教育機関も印刷科、印刷工学科、写真印刷科といった名称を一斉に避けるようになった。それでも教育内容をみると、印刷工芸あるいはグラフィックアーツ、画像工学的な色彩が残っているようである。印刷産業から方策を提案するとしたら、①画像系の教育のあり方について印刷産業の業界団体と教育界が対話を深めていく、②教育機関では対応し切れない授業に、印刷業界から講師を派遣する――などが考えられる。そのなかで、画像技術とDTPシステムの全体像を教えられる教育プログラムの確立が可能になると思われる。両者がもっと連携を強め、社会のニーズに役立つ印刷メディアの魅力を学生たちに伝えていく必要がある。マーケティング機能と結びつけるという意味で「メディア工学科」と呼称したらどうだろうか?
以上
「印刷図書館クラブ」月例会報告(平成28年10月度会合より)
●ダヴィンチはなぜヴェネツィアに引っ越したか?
ルネッサンスを牽引した一人、レオナルド・ダヴィンチは、1500年にミラノから出版の中心地だったヴェネツィアに移り住んでいる。出版界の革命児、革新者といわれているアルド・マヌーツィオ(1450~1515)に会いたかったからだろうか? 芸術だけなく科学、医学分野でも異才を発揮した自身の理論を、印刷物として広く社会に知らしめたかったから?? マヌーツィオは16世紀のヴェネツィアで活躍した印刷・出版人で、「出版界のミケランジェロ」あるいは「出版界のラファエロ」と称された。1489年頃に、ローマ郊外からヴェネツィアに移っているが、ドイツからイタリアに印刷技術を伝えたとされるドイツ人の修道士たちとの親交から、印刷や出版に興味をもつに至ったとしても不思議ではない。彼の現れる以前、本は祈祷のためであったり、学習用の堅苦しいもの、真面目腐ったものであったりと、今日のような読書の楽しみとは無縁の存在だった。そんな時代に、マヌーツィオが親しみやすい本の出版を初めて手掛けて、読書を娯楽の一つに数えられるようにした功績は大きい。ほんの憶測に過ぎないが、ダヴィンチは本当にマヌーツィオを訪ねたかも知れないのだ。
●ルネッサンスを支えた印刷・出版の始祖は……
マヌーツィオが最初に出版したのはギリシャ語の文法書であったが、やがて自分の印刷所をつくり、マヌーツィオ文庫など数多くの名著を送り出すようになる。3,000部も売れた詩集でベストセラーの元祖にもなっている。数々の功績を拾い上げると,①机や書見台でしか開けないような重い本を文庫本にした(文庫本の生みの親)、②美しいローマン書体を新規に考案し、またイタリック体にも貢献、③句読点を開発して“ピリオとコンマの父”ともいわれた、④ノンブルをつけることを最初に考えた、⑤1ページを2段組にしてページ数を減らす工夫を最初にした――など。とくに私たちが記憶にとどめておきたいのは、①出版のかたちを一新した、②印刷と出版両方に着目し新境地を開いた、③開発した活字がフランスで新しいフォントになった――点である。亡くなってからちょうど500年、現在でも彼の出版・印刷活動がルネッサンス時代の学芸に大きな影響を与え,とくに印刷面から文芸復興を後押ししたことで注目されている。出版と印刷が別々に発展した日本で、果たして彼と同じような功績を残した出版人はいるだろうか。
●デジタルサイネージ市場が印刷業界を待っている
顧客接点マーケティングの一環として、最近、印刷業界がにわかに関心を寄せ出したものに「デジタルサイネージ」がある。2020年には、その市場が2,700億円を突破するとの予測も出されており、デジタルコンテンツを扱える強みを発揮できる印刷会社にとって、またとないビジネスチャンスが到来している。全国の同業者同士でネットワーク組織をつくり、販促企画からコンテンツ制作、配信、メディアそのものの管理・運用まで支援していこうという動きも出ているくらいだ。地域に根ざしたサイネージ事業を全国規模で展開し、クライアント企業の販促活動をトータルに貢献していくビジネスだという。配信サービスまで手がけることにより、次々と最新のコンテンツを表示できるようになる。その分、販促効果が高まるだけに、クライアントから寄せられる期待も大きいそうである。
●パーソナルな顧客情報と組み合わせることで……
大手の印刷各社からも、このデジタルサイネージを活用したマーケティング戦略が競って提案されている。POSデータ(購買履歴)の分析システムやスマートフォンの専用アプリと、デジタルサイネージを組み合わせることで、よりパーソナルなニーズに沿った“お勧め商品”の販促情報を、店頭でリアルタイムに表示することが可能だとしている。Eコマースと電子看板が上手にコラボレーションすることになる。印刷業界がこのようなデジタルサイネージに力を入れ出した背景には、元々、販促用印刷物のためにデジタルデータの管理、加工をおこなってきた印刷会社ならではの実績がある。広告情報を心理的に抵抗感なく扱える土台がある。他産業と比較してはるかに有利な立場を生かしながら、今後、どのようなビジネスモデルを構築していこうとしているのか、大いに注目されるところである。
●アメリカの印刷産業はなお順調に推移している
経済の上昇期には、発注を待たなければならない印刷産業の景気回復は遅れ、下降期には真っ先に発注を抑えられる印刷産業は早めに低迷してしまう。それでも上昇し切った成熟期には、どの企業も市場シェアを維持したいがために広告メディアを多用することから、一定の期間、印刷産業が恩恵に預かれるときがある。経済が下降に向かい始めたときでも、印刷産業は成熟期を引き延ばすことができる。「Sweet Spot」と呼ばれるこの現象をどう捉えて、今後の印刷市場を予測すべきか――アメリカの印刷産業団体PIAが恒例の特別サポートを公表している。北米の印刷市場でも例外ではなく、この2年間は、価格設定、利益とも上昇傾向にあった。経済回復期の7年目に当たる今年は、まさにベストな「Sweet Spot」にいるとしている。デジタルメディアへの置き換えでビジネスチャンスを探ると同時に、高付加価値型の付帯サービスを加味した独自のビジネスモデルに改良した時期でもあり、「印刷産業は順調だ」とさえ分析している。
●持続的な低成長を維持できる間に次の準備を
経済回復期の“寿命”が近づいているなかで、PIAは今年の印刷市場の動向について①低成長の持続、けれどもムラのある成長(確率50%)、②穏やかな平均的な景気後退(同30%)、③成長の加速(同20%)――と見通している。さらに2018年までの予測では、もっとも可能性の高い経済シナリオとして、出荷額で年率約2%増の継続的な拡大(低成長持続型)を挙げている。もっとも楽天的なシナリオは0.5%増の成長加速型、極端な対立的見解は2~4%減(利益なし)の景気後退シナリオを列挙しているが、遅くとも3年以内には、穏やかな平均的な景気後退が25%の確率で「本当になる」とみている。印刷企業はどう対応すべきか? PIAは以下のように提言する。「すでに堅実な事業戦略計画をもち、印刷市況を先行学習しているなら、自社のマネジメントを大きく変更する必要は全くない」「計画立案上、もっとも重要なリスクは次の景気後退だが、その後退が続いている間に、(来るべき)健全な印刷市場で持続的な競争優位を構築できるよう、柔軟な姿勢で準備(体制づくり)しておくことが、実行すべきマネジメントの戦略課題である」。
※参考資料=「FLASH REPORT」Aug. 2016; Center for Print Economics and Management, PIA
●人材を招き入れるために教育界と連携を深めて
プレプレスの主要技術としてDTPが普及し出した1990年代中頃から、大学をはじめとする日本の教育機関から「印刷」という学科名が消えてしまっている。新しいビジネスモデルを模索しているこの時期に、優れた人材の育成、供給がないことは印刷産業にとって大きな問題である。それにも関わらず、印刷産業からは教育制度の改革についての動きがみられない。学生が集まらないせいなのか、どこの教育機関も印刷科、印刷工学科、写真印刷科といった名称を一斉に避けるようになった。それでも教育内容をみると、印刷工芸あるいはグラフィックアーツ、画像工学的な色彩が残っているようである。印刷産業から方策を提案するとしたら、①画像系の教育のあり方について印刷産業の業界団体と教育界が対話を深めていく、②教育機関では対応し切れない授業に、印刷業界から講師を派遣する――などが考えられる。そのなかで、画像技術とDTPシステムの全体像を教えられる教育プログラムの確立が可能になると思われる。両者がもっと連携を強め、社会のニーズに役立つ印刷メディアの魅力を学生たちに伝えていく必要がある。マーケティング機能と結びつけるという意味で「メディア工学科」と呼称したらどうだろうか?
以上